36.太行山道
馬車の行列が東武城から邯鄲に着いた時は多くの人を驚かした。東武城の時と同じように貴族や官吏たちが食料と護衛を送ってきたのである。前方では騎士たちが見回りをしているため、ほこりが舞い上がり、まるで軍隊のようであった。
前方の騎士が二人を連れて来た。一人は幸、もう一人は明と呼ぶ。趙国の木子郷生まれのため、皆から木子明と呼ばれている。二人が騎士についてきて、最初は不機嫌な戈が見えて、その次に子君が見えた。趙括は彼らを見て慌てて馬車から降りた。
「やっと来ましたか!」
「子君、あなた様の消息を知ったらすぐに馬服郷から出たのですが、あなた様がどの道から来るのが分からず、邯鄲で待つことにしたのです。」
趙括は笑って、
「それで正解です。もし食い違ったら、より面倒なことになってしまう......私の母は元気にしていますか?家の皆、郷の皆は元気にしてますか?」
「主母は元気です、皆も元気です。...これは主母から託された物です。」
幸はそう言って荷物袋を取り出した。趙括は果物のにおいを嗅いで、中にある物が分かった。幸はまた石ころを取り出して、
「これは平公から託された物です。この石を持っていたら、幸運が訪れると言ってました。」
趙括は石を見たが、特に目立つ場所もなく、ごく普通の石だった。いつも人を祝福する平公を思い出して、趙括は笑いながらその石ころを懐に入れた。重くて結構堅そうだ。
少し会話を交わした後に、
「邯鄲から武安、露、そして長安まで道は極めて危険と聞きます。秦国の騎馬隊が露一帯を襲っていると噂で聞いたことがある。故に趙国の西南の地形が詳しい人が必要だ...明。」
木子明は一拝して、
「臣は木子郷で暮らしたことがあります。木子郷は露城一帯にあるので、そこの地形には詳しいです。」
「それは良かった!」趙括はいつも自分の門客たちに驚かされる。良い方もあれば、悪い方もある。
「しかし子君、邯鄲から長平までは必ずしも武安路を通るとは限りません。もし邯鄲の南から出発して、滋県を通っても長平にたどり着くことは出来ます。」
「ただ、この道を通るには、太行山を通らなければなりません。そこの山道は険しく、よく知っている人しかそこを通過できません。」
「あなたでも知らないのです?」
木子明は少し
「そこは人気が少なく、城も村もありません。私もこの道を聞いたことがあるだけで、実際に通った事はありません。」
趙括は長いため息をした。結局武安路しかないか...武安路は秦軍が攻め落とした長子城に近いから、よく趙軍の輸送部隊が襲われることがある。
ましてや平原君から食料を借りたことは広く知れ渡っている。秦軍がすでに集結して、武安道で待ち伏せをしている可能性が高い。趙国の正規の輸送部隊ですら抵抗できないのに、ましてや趙括。
趙王に兵士を借りることも考えたが、相手が白起では、多くの犠牲を出すかもしれない。それだったら、やはり戦場を避けた方がいいか...
趙括が迷っている時に、幸が忽然口を開いた、
「子君、太行の地形は私がよく知っています。だから私もついてきました。」
趙括はぎょっとして、
「あなたも確か邯鄲出身のはずです。なぜ太行の地形を知っているのですか?それにどのくらい知っていますか?」
幸は少しだけ黙ってから、
「私はかつて、ある人たちを避けるために、太行で何年間暮らしていました。だからそこの地形をよく知っています。」
趙括は嬉しそうにして、馬車を指した。
「こんな馬車でも通れますか?」
幸は馬を操り最後方まで行って、すべての馬車を見終えてから帰って来た、
「子君、これならば通れます。昔に魏国と趙国の商人もそこを通っていましたので、羊腸付近に道があります。」
木子明が忽然叫んだ、
「そうだ!私もその事を知っています!」
「確かに最初は商人たちが羊腸道を通っていましたが、ある時に盗賊たちが現れて、そこを通る商人たちを襲いました。商人たちは大金を払って周囲の官吏たちに依頼しましたが、盗賊たちを倒すことはできなかった。故にその道を通る人はだんだんといなくなりました。」
趙括はうなずいて、
「では、私たちがその道を通ったら、盗賊たちに襲われるのではないか?」
幸が忽然口を開いた、
「子君、安心してください。大丈夫です..」
馬車は進行方向を変えた。趙括のおかげで、馭者たちは何も文句を言わなかった。しかし、騎士のリーダーが趙括を探しに来た。彼が趙括に話しかけに来るのはこれで初めだ。
「馬服子は山道を通るのですか?」
「そうです。私の門客はそこの道を知っているので、安心してください。」
騎士はしばらく黙って、
「私はかつて馬服君と戦場に行った事があります。秦軍はとても狡猾で、邯鄲を離れた後も恐らく...」
騎士はどう言ったらいいかわからない様子だったが、趙括は彼が言いたいことが分かった。
「あなたは私に、門客たちの指揮権をあなたに渡した方が良いと言いたいのですか?」
「...はい。」
「分かりました。そうしましょう。私に指揮を執れと言われても、私は仕方がわかりません。では、よろしくお願いします。」
趙括が笑いながらそう言っているのを見た騎士はぎょっとして、微笑んだ。
趙括はそれから、毎日この騎士を観察していた。
彼は門客たちの見回りの時間と成員を決めた。三百人の門客たちを十隊に分けて、それぞれに違う任務を与えた。
前方の門客は前の道を調べ、後方の門客は馬車の痕跡を消していた。
趙括はそれらを見て、騎士が出した指示を全部覚えた。