32.公子平原君
趙括はついに東武城に到着した。東武城は燕国に近いため、燕の言葉も少し混ざっている。しかし、官吏や身分ある者たちは邯鄲のように燕の口調がない趙語を話すのである。邯鄲人が話す時は焦らずに、通常最後の音節を伸ばすのである。
邯鄲人は言葉だけではなく、服や歩く姿勢までも違うのである。それ故に邯鄲のファッションは常に各国の若者たちに真似られているのである。
邯鄲語を話している戈を見た官吏たちは、例え趙括たちの身分を知らなくとも偉い方だとわかる。
趙括の封地は決して多くなく、馬服郷しかない。それに比べて、平原君の封地は東武城だけではなく、その周辺の城も七つある。
この時代では秦国だけが郡,県,郷、里の名称を重視している。他の国ではあまり気にしていない、例えば馬服郷を馬服城とも言えば、邯鄲城を邯鄲県と言う人もいる。
邯鄲にこんな噂がある。昔に秦王が和議の使節を送り、邯鄲県に行って趙国と和議を談合しろと命令された。しばらくして、その使節は泣きながら帰って来て、
「趙国には邯鄲城しかなく、邯鄲県は見つかりませんでした。」
という噂である。
趙括の馬車が城門に到着した時、すでに多くの人が城門前で待っていた。
李魚は目が良いので、
「平原君が人を連れてあなた様を待っています。早くお降りください。」
趙括は李魚の言ったことを覚えていて、戈に馬車を止めさせた。
戈がいやいやと馬車を止めるのを見た趙括は、
「私はあなたが平原君が好きではないことを知っていますが、我々はお願いをする立場ですから、決して失礼がないようにしてください。」
戈はうなずいて、
「臣下は主君の邪魔をしてはいけない道理くらい承知しております。ただ、私に遠くにいさせてください。さもなければ、もし平原君が何か失礼なことを言ったら、私は我慢できないかもしれません....」
それを聞いた趙括は戈を後ろに配置して、自分と李魚が先を歩いた。
城門に近づけば近づくほど、人群れの中心に立っている人が見える。
平原君の年齢は少し年を取ったようにみえる。錦で作った赤い服を来ていて、他の飾りも豪華である。それと比べたら、趙括は素朴である。しかし、趙括は身長がそれなりに高く、英気に満ちているため、誰も彼のことを無視できなかった。
「子君、この事を成し遂げるためには、何があっても我慢してください。」
と李魚は隣で小声で言った。
平原君は目の前の少年を見て、笑顔で趙括の方に歩いた。趙括は慌てて一拝をした、
「平原君に拝見いたします!お元気ですか?」
趙勝は笑いながら趙括を起こした、
「前に見る時はまだ赤子だったのに、もうこんなに大きくなったのか。」
「私は東武に居ながら、あなたの名声を聞いたことがある。ちょうど拝見しに行くところだったが、まさか自分から来るとは思わなかった。」
趙括は恐れ入った顔で、
「平原君の名声は天下に知られています。諸侯は皆、あなた様が趙国にいることを恐れています!私の名前など邯鄲ですら広く知られてなく、あなた様に拝見させるなどできるわけがありません。」
「あなた様が今回私を出迎えた事にも不安を感じております。あなた様と私の父は親友で、私の先輩であり、先輩に後輩を出迎えさせる道理は決してありません。」
「ハハハ~」、趙勝はもっと嬉しくなり、趙括の手を親密に握りながら、
「私にそれほどの名声はない!言い過ぎであるぞ!」
そう言って趙括を城内に連れ込んだ。趙勝はここに数百人の門客を集合させた。門客たちの視線は趙括に集まり、尊敬、興奮、軽蔑、怒り。いろんな感情を感じるが、趙括はそれをすべて無視した。
趙括は笑いながら、
「言い過ぎではありません。今でも馬服の人々があなた様が私の父を解放した話をしています。あなた様が私情よりも国を重視していると言って、もし趙国に平原君が二人もいれば、秦国など恐れるに足らんと言っていました。」
趙勝はそんなことがないと言いつつも、ニヤニヤしていた。誇らしげな顔で、趙括に対する親近感がますます湧いた。
平原君の屋敷の前に来ると、やっと止まった。しかし二人の門客が道路を塞ぎ、軽蔑するような顔で趙括を見た。そのうちの一人が、
「あなたが馬服子ですか?」
趙括は隣の趙勝を見たが、趙勝は頭を上げて、見て見ぬふりをした。
趙括は微笑みながら、
「私が趙括です。私に何か用ですか?」
「俺はあなたの名声を聞いたことがあります。しかし平原君はあなたの父の親友で、あなたも彼の後輩である。しかしあなたはどうして平原君に自ら出迎えさせたのですか?」
趙括は怒らなかった。ただ戈が来なかった事を幸いに思った。
李魚も何も言わなかった。彼は趙括がしようとしている事は尊厳を守るより大切と知っている。
「あなたの言う通りです、しかしこの件については先ほどに平原君に謝りました。」
そう言った趙括は再び平原君を見て、
「もしあなた様がまだ私を責めているのであれば、私はあなた様にもう一度謝ります。」
そう言ってまた一拝をしようとしたが、趙勝は慌てて趙括を止めて、怒った様子で門客を見た、
「貴様は馬服子になんて無礼だ!彼のような賢才は私に自ら出迎えさせるに値する!」
その門客は道を譲って、もう一人の門客が趙括を見て、
「あなたは平原君がどのような人と思いますか?」
「平原君は私の先輩であり、趙国で最も美徳がある人です。」
その人は冷たく鼻を鳴らし、道を譲った。
趙勝は笑いながら、
「躾がなってなくて悪かった。」
趙括は屋敷に入れたが、屋敷と言っても、城の中の城のようだった。豪華な建築物がたくさんあり、屋敷を囲む壁も城壁と同じくらい高かった。
それらの豪華な建築を見て、趙括の心の中の平原君への評価はどんどん下がった。