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28.趙国に義士多き

 鄭朱はまだ戻ってきていないが、彼の失敗の消息はすでに読めていた。秦国がまた攻撃を仕掛けてきたから。もし彼が成功したら、こんな事は起きなかった。故に、趙国の人たちはこの使節を忘れたように、誰も彼のことを話すことはなくなった。失敗者は取るに足らん。


 しかし、それでも趙王は鄭朱の馭者に会ってみたかった。


 希望をかすかに持っているか、あるいは秦国の状況を知りたかった。


 馭者は王宮に迎えられた。大臣楼昌と虞卿は趙王の両側に座り、三人は馭者を見つめた。馭者は初めて王宮に来たわけではない。


 鄭朱の家臣として、鄭朱が王宮に誘われたときに、鄭朱と一緒に来たことある。しかし今回は一人だ。


 「寡人は鄭朱を秦国に遣わして、和議に行かせた。彼も使命を果たすと誓った。今となっては失敗した。それで、なぜ自分で来ないで、身分の低い人を来させた?」


 趙王は非常に怒っているように見える。


 「鄭朱様は自分の使命を果たせず、自害しました。」


 「ならばなぜ、貴様はまだ生きている。」


 馭者は頭を上げて、興奮しながら、

 「私は鄭朱様の言葉を伝えるために未だぬけぬけと生きているのです!上君はどうして私を侮辱する?」


 趙王は立ち上がり、馭者を座らせて、申し訳ない顔で、

 「寡人が悪かった。鄭朱が寡人に伝えたい事を言ってください。」


 馭者は鄭朱の遭遇をありのまま言って、三人は真剣に聞いた。


 馭者はまた、

 「その後、范雎は鄭朱様に千金の賄賂を贈って、鄭朱様に馬服子を貶すようにお願いしましたが、鄭朱様はそれを拒否しました。また、私に上君に伝えて欲しい事があると...」


 「秦の恐れる事は、ただ馬服君の子の趙括を将軍にする事なり!」


 趙王はぎょっとして、二人の大臣を見た。


 馭者は言い終わると、立ち上がって三人にお辞儀をして、

 「私の使命は果たしました。今から鄭朱様を探しに行きます。どうか鄭朱様の以前の手柄に免じて、鄭朱様の家族をお許しください。」


 馭者は王宮を出た。趙王は手を伸ばして、何かを言いたかったが、結局手を下ろした。


 「趙国の義士はなんと多き。」


 趙王はまた虞卿を見て、

 「寡人は鄭朱の息子に褒美をあげたい、どう思いますか?」


 「恐らく無理です。」


 「なぜですか?彼は自分の使命を果たすことはできなかったとは言え、趙国の面目を失わなかった。」


 「なぜなら彼の息子はすでに秦国に囚われ、殺されました。」


 趙王は言葉を失い、ため息をついた。


 虞卿は怒って、

 「今は義士を感慨する場合ではありません。鄭朱は范雎の策にはまったのです。范雎は狡猾の悪人です。彼が鄭朱を招待したのは趙国の援助を失わせるためです。今では、諸侯たちはもう趙国を助けてくれません。秦国はこれから全力で攻めてくるでしょう。」


 「これもすべて楼昌の手柄です。」


 「楼昌!もはや秦国に行って、宰相になれるのではないですか?」

 

 楼昌は頭を下げて、趙王の顔色も悪い。何せ、二つの策を同時に使うのを決めたのは趙王である。


 「寡人は自ら上党郡へ赴き、大軍を統率して、秦国と決戦することにします!」


 虞卿は少し考えて、

 「上君が行くのであれば、まずは太子を立候補して、また太子の補佐役も決めてください。そうすれば、秦国も上君の決心を知り、趙国の兵士たちもあなた様の為に必死になるでしょう。」


 「そうなれば、たとえあなた様が戦場で死んでも、秦軍は趙国を滅ぼせないでしょう。」


 趙王はぎょっとして、しばらく考えた後に微笑んで、

 「よく考えたら、寡人の子供はまだ幼すぎます。寡人は戦死が怖いわけではありませんが、ただ後継者が幼すぎると、趙国を葬ってしまうのではないかと心配で仕方ありません。他の策はないのですか?」


 虞卿は趙王を見つめてから、

 「そうであれば、上君は自分の家の畜生をすべて上党郡へ送って、兵士たちに分けてください。兵士たちは必ず上君の恩徳に感謝し、あなた様の為により必死になります。」


 三晋地区では、すべての封君は自分の財産を持っている。趙国内で最大の封君は趙王である。彼のために放牧する人だけで数百人いる。


 趙王は苦しそうに、

 「では寡人の分だけ残して、残りをすべて送るのはどうでしょうか?」


 虞卿は激怒して立ち上がり、立ち去ろうとした。趙王は急いで彼を止めて、

 

「怒らないでください、寡人はすぐに人を遣わして畜生を送ります!!」


............


 ある人は邯鄲城外で死体を発見した。その人は道の横で倒れていた。隣に馬車があって、彼の胸に短剣が刺さっていた、北西に向かって跪いて死んでいた。


 馬は彼の隣で鳴いているが、主人の返事を得ることができず、不安で彼の蹄をこすった。


 鄭朱の家族が彼を認識し、彼を葬った。彼の死後、彼の馬は飲まず食わずして、一日中ずっと鳴いて、四日後に死んだ。


 この時に、趙括も家を出る準備をした。彼は門客を集め、

 

 「私が応侯范雎から得た手紙によると、秦国はこれから白起を将軍として、廉頗将軍と死戦するそうです。私はこれから平原君の屋敷に行って、彼と諸侯を連合して、秦国を討伐する事を相談します。私が去る前に、いくつか皆に覚えてほしい事があるのです。」


 門客たちは非常に驚き、嬉しそうにする人もいた。子君はやっと秦国を討伐しに行くのだ。これで秦国も傲慢であり続ける事ができない!


 「一つ目、私が去る後、郷内の人を助けてほしい、決してまた餓死する人が出ないようにしてください。」


 「二つ目、もし誰かが私の助けを求めたら、金を求めずに、できる限り助けてあげてください。」


 「三つ目、私が去った後に、皆に私の代わりに楽毅将軍をしばしば訪れてください。」


 言い終わると、趙括は隣にいる幸を見て、 

 「幸は残って、家のことを任せます。」


 戈が忽然口を開いて、 

 「子君、幸は昔に悪事を散々しました。彼を残すことは良くありません。どうか彼も連れて、他の人に家を任せてください。」


 趙括は首を横に振って、笑いながら幸を見て、

 「私は彼を信頼しています。彼はきっと私の期待を裏切らないでしょう。」


 幸はしばらく黙って、趙括に大きくお辞儀をして、真剣な顔で、

 「ご安心ください。私は決してあなた様の期待を裏切りません。」


 幸の言葉を聞いた戈はもう何も言わなかった。


 趙括は馬へ乗り、馬服郷から出た。ある意味では、戈は確かに良い人材だ。趙国の地理について非常に詳しい。

 

 平原君の屋敷に行く道のりでは戈は一言も話さなかった。噂に聞くと、平原君は馬服君のすべての門客を受けれ、戈だけを受け入れなかった。戈はいつも趙括を世話するために、平原君のところへ行かなかったと言っているが...


 まぁ、この性格では、恐らく前者が本当だろうな...


 李魚は馬に乗って、忽然口を開き、

 「子君は本当に平原君と諸侯を連合する話を相談しに行くのですか?」

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