26.なぜ死ぬことができない?
趙括はなぜ嬴異人がこれらのことを話してくれたかは分からない。飲酒後の自慢か?あるいは皮肉か?しかし、趙括は怒らなかった。まるで嬴異人の言葉が分からなかったように、軽く笑って、
「公子の言う通りです。確かにそうですね。」
嬴異人は遠くの方に手を振って、少し酔っ払った口調で、
「私は趙括を家族と思っている。こっちに来ても大丈夫だ。」
趙括は頭を振り向くと、一人の婦人が見えた。婦人と言っても年齢は小さく、おそらくまだ20歳にもなっていない。白い服を着て、化粧してないにもかかわらず、美しい人である。
彼女は頭を上げて、趙括に微笑んだ途端、趙括の門客たちは彼女の美しさに惹かれた。
趙括はまだ良かった、彼の注目点はその美貌ではなくその身分だ。始皇帝の生母には奇妙な噂ばかりだ。趙姫は趙括に一礼をして、趙括も返礼した。この時代では女性を制限することは少ない、外に出ても良いし、両親が定めた婚約を断って、愛人と結婚するのもよくある事である。
この時代は女性から離婚の権利もある、秦国だけに。もし夫が嫁に暴力を振るったら、あるいは仲が悪くなったら、女性は上訴して離婚できる。
趙国ではダメだ。殴られた?我慢したらいいじゃないか?結婚をしたのはあなた自身でしょう?趙国と燕国では、妻は財産に等しかった。
特に燕国では、男性が自分の妻を他人にあげる事もあれば、来賓が来て、妻と妾に添い寝させる事もある。趙国は少しマシだが、大して変わらない。男が妻を殺しても、罪にはならない。
これが秦国であれば、例え親でも子供をひどく殴ってはならない。もし子供が不孝であれば、当地の官吏に言ったら、解決しに来るのである。これが諸国から野蛮と呼ばれる秦国だ。
嬴異人は嬉しそうに趙姫を自分の横に座らせ、
「私の妻で、趙姫と呼ぶ者です。」
一人の両親、家族を拝見することはこの時代では最大の尊敬を表す。向こうから自分の両親、家族を拝見させるのは、また最大の礼遇である。自分の知己だけに、こんな事をするのである。
嬴異人はまた、
「彼女は子を宿して、まだ男か女が分からない。」
「男だと思います。」
「ハハハ、そうか。もし男なら、いい名前を付けなくてはならないな。」
「“政”はどうですか?」
「ん?」
「政者、正なり。一個目の政です。」
「ん...政...」と嬴異人はしばらく眉をひそめて考えてから、笑いながら、
「よし!もし本当に男の子だったら、趙政と呼ぼう!」
趙姫が妊婦だからか、嬴異人は彼女に帰って休憩するようにした。去る前に、趙姫は困惑そうに趙括を見た。彼女が大きくなってから、男たちが彼女を見た時は皆彼女の顔を見るのだが、趙括のようにお腹を見るのは初めてだ。
二人はまたしばらく情熱的に会話したが、嬴異人が忽然盃を置いて、笑いながら、
「三つの事をお伝えしたい。」
「言ってください。」
嬴異人は声を低くして、趙括の目を見つめながら、
「一つ目、秦人と趙人は上党で交戦、趙将軍廉頗は食料不足、軍に戦う意思がない中でも、秦軍に趙国の地を攻めさせなかった。秦国は彼を最大の敵と見た。だから私は呂不韋の策に従って、あなたの名声を上げて、秦国により無能の人を相手にさせるため、あなたに廉頗の位置に着かせようとしたのです。」
趙括は驚いた、彼はなぜ嬴異人が自分にこれを言ったのが分からない。
趙括はうなずいて、
「そうか、私が近ごろ名声が上がったのは、諸君らには感謝せねばならないようですね。」
「礼を言うまでもないですよ。」と嬴異人は首を横に振りながら、
「二つ目、あなたは呂不韋の策を見破った。その後に許歴に教え、許歴が上君に廉頗将軍をさらに信頼させた。その後に田単、楽毅などを訪れ、秦人の対策を求めた。あなたが今朝上党郡に二人を遣わしたのも、恐らくは彼達から得た策を廉頗将軍に知らせるためでしょう。」
「なに!!」 趙括は流石に冷静を保てなくなった。彼は立ち上がり、目の前の嬴異人をじっと見た。彼はなぜこれを知っている?こちらの異変に気付き、遠くにいる李魚や幸も立ち上がった。趙括は彼らを見て、首を横に振って、また座った。
「どうしてそれを知っているのですか?」
「だから秦国は趙国に劣ると言ったでしょう?秦国の法律は厳しく、庶民が好き勝手に歩き回る事を許さない、さもなければ捕まえられる。誰であっても身分を証明できる物を持っていなければならない。」
「趙国は違う、趙国では誰がどこへ行っても罪に定められる事はない。外国人は好きに定住しても問われない、番人にさえ賄賂を贈ればどんな場所でも出入りできる。」
「あなたの挙動どころか、趙王が今朝に何を食べた事さえ、秦人は掴んでいる。」
趙括の顔は白くなって、秦国の前に服を剥ぎ取られたような感覚がした。秦人はこちらの一挙一動さえ掴んでいるのに、こちらはそれを全く知らない。趙括は身の震えを落ち着かせて、嬴異人の方を見た。
なぜこんな事を自分に言うのか、さらに分からなくなった。
「なぜこんな事を教えてくれたのですか?」
「安心して続きを聞いてください、まだあなたに伝えたいことが一つ残ってます。」
嬴異人は、
「趙国は戦場で負け続けている。兵士だけでなく、趙国の庶民から貴族までもこの戦争を嫌っている、彼達は趙国が韓国の為に秦国と戦うのは可笑しいと思っている。」
「こんな時に、彼らは誰を憎むべきでしょうか?誰がこの局面を作ったのでしょうか?当初に上党郡を受け入れるのを決めた人は二人います。」
「残念ながら、一人目は趙王。彼は自分が罪人になる事を許せるのか?もちろんダメです。では、二人目はどうだ?さらに残念なのが、もう一人は平原君趙勝である事です。平原君は趙国では名声が高く、士人らは彼を愛している、当然ながら罪人になってはいけない。」
「だから、秦軍を撃退できず、逆に土地を多く失くし、尉官でさえ囚われ、兵士を多く死なせた廉頗は、必ず罪人にならなければならない。」
「彼が無能のせいで、この局面を作ったのだから。趙王のせいでもなく、平原君のせいでもなく、廉頗のせいでなくてはならない。こんな状況で廉頗が引き続き、将軍を務めることは到底できません。」
「趙王はあなたが廉頗に劣ると分かっている。しかし、どうできる?趙国の凡庸な人の中では、あなたが最適です。」
嬴異人はニッコリと笑って、
「彼はあなたを重用するしかない。さもなければ、虎視眈々の太子がいるし、百姓や士族を怒らせたらどうなる?趙王は王宮の中で餓死したくないのですよ。」
「私が思うには、あなたも趙王にとってはもう一人の廉頗です。死んでいい廉頗です。もし戦に敗れたら、あなたは死ぬが、廉頗は生き残る。」
「どちらにしろ、私は死ぬしかないと?」と趙括は聞いた。
嬴異人は首を横に振って、
「あなたが死ぬ必要はありません。」
嬴異人は趙括の目を見て、真剣な顔で、
「呂不韋は私が王になる事を図っている。私はあなたを趙国から連れ出す事ができる。私はあなたを軽視していました。あなたの才能が見えなかった。あなたは呂不韋の策を容易く見破り、名声で傲慢にならず、また許歴をあんな風に勧めた。」
「私はあなたが将才であるかは知りませんが、あなたはきっと良い宰相になれます。」
「私が妻をあなたに拝見させたのも、あなたを家族のように扱っているからです。私が秦国の王になれば、私は秦国の土地をあなたと共有したいと思っている。」
「同意しなければ、私は戦場で死ぬしかないのですか?」と趙括は聞いた。
「ハハハ...」嬴異人は忽然笑い始めた。
その時、趙括も忽然笑いを始めた、彼の声はだんだんと嬴異人の声より大きくなり、嬴異人は笑うのをやめて、びっくりしながら趙括を見た。
趙括は涙が出るほど大笑いしている。彼は立ち上がり、嬴異人を見て、
「馬服郷では、かつてある番人がいて、この人はいつも私に媚び、私は彼の媚びる姿が嫌いだった。その人の弟が丹河で戦死した。」
「私はかつて、ある同郷がいて、彼は靴を作るのが仕事で、家で餓死した。」
「私が邯鄲に来た時、かつてある幼い兵士を見た、彼も死んだ。」
「彼らは皆死んだ!!ならばこの趙括はなぜ死ぬことができない?!!」
嬴異人は啞然として、幸と李魚は剣を抜き、趙括はそれを止めて、また嬴異人を見た、
「白起将軍に伝えてください、無駄に兵士を殺すことは、秦国の征服の道にとっては良くないことです。このままでは誰も秦国に行くことなく、天下は今までのように秦国を蛮族扱いして、秦国を痛恨するでしょう。」
「もし将来に戦場で出会えば、どうか白起将軍に兵士を見逃して、殺すなら、この趙括を殺してください!」
「それでは失礼します!」