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13.身を殺して仁を成す

 鄭朱(ていしゅ)は少し困惑している。


 范雎(はんしょ)と共に咸陽に向かっているが、咸陽に近づけば近づくほど、秦人の態度が冷淡になっていく。


 上党郡の時は、当地の官吏たちは迎えに来るが、今となっては自分を指して罵ってくる、


 趙国に帰れと.....


 恐らく遠くなればなるほど、秦人の野蛮な本性が表に出たに違いない。鄭朱はそう言いながら自分を慰めた。


 幸いに范雎の態度は変わらなかった、これは唯一鄭朱を安心させた要因であった。


 馬車がまだ函谷関(かんこくかん)に着いていないにのに、道案内の秦国の武士たちは足を止めて、休むことにした。


 今度はさすがに鄭朱も我慢できなくなって、范雎に質問しに行った。范雎がいる屋敷に到着すると、范雎だけでなく、蒙武もいた。


 しかし、その顔はいつものように微笑んでおらず、冷たい顔で鄭朱を見ていた。


 「范叔、私は上君の命令に従い、あなたも和議の要求を受け入れたはず。なぜこんな時に前に進まなくなったのですか?」と鄭朱は心の中で怒ったとしても表には出さずに聞いた。


 范雎が返答する前に、隣の蒙武が口を開いた、

 「和議?早く帰って戦争の準備をしてください。」


 それを聞いた鄭朱は慌てて質問した、

 「蒙武将軍、それはどういう意味ですか?」


 范雎は複雑な顔で彼を見て、

 「蒙武将軍の言う通りです、和議は...できなくなった。」


 その瞬間、鄭朱は心底焦り始め、震えずにはいられなかった。急いで范雎の手を取り質問した、

 「范叔よ!私が秦国に来た時、あなたは私を情熱的に招待してくれた。私はあなたを友と思っている。なぜ約束を守らないのですか!?」


 蒙武(もうぶ)が彼を罵ろうとした時、范雎は蒙武を一目睨みつけて言った、

 「あなたは門の外で待ちなさい。私の命令がないと、入ってきてはいけません!」


 「承知しました。」と蒙武は言って、部屋から出た。


 范雎はやっと鄭朱を見て、仕方ない様子で、

 「この件に関しては私は関係ありません。大王様は元々趙国の和議を受け入れるつもりだったのだが、趙が悪いのです。秦に和議と言いながら、魏と楚に救援要請を出したのではないか。」


 「大王様は趙国の和議は援軍がくるまでの時間稼ぎと思い、激怒してあなたとの面会を辞めて、王齕(おうこつ)に戦争を始めるように命令したのです。」

 と范雎は首を横に振りながら、また聞いた、

 「本当に他の国に援軍要請したのですか?」


 鄭朱は涙目で、

 「私の説明を聞いてください。趙国は秦国に勝てない..私たちは和議が失敗するのが怖くて、諸国に援軍要請の使者を出したのです。」


「どうか助けてください!私を秦王に謁見させてください!私は必ず趙国には秦国を攻める意思がないとはっきりと説明して見せます!信じてほしい!私は命をもってで誓います!!!」

 

 范雎は怒った様子で、

 「私も和議をする事であなたをこのように尊敬して、自ら出迎えに来たのです。しかし、趙国のこのような行為は信義を背く行動ではないか。」


 「それに、大王様はすでに命令を出している。臣下である私がそれに逆らうことはできない。」


 「ましてや戦をする将軍たちは私の命令に耳を傾いて、大王様の命令に裏切るわけがありません。」


 「しかし...これは...」鄭朱は呆然と范雎を見て、言葉が出なかった。


 「まあ、良い。もう一度大王様にお願いしてくるので、ここでしばらく休んでください。」

 范雎はそう言って、手を振った。


 すぐに武士が現れる、鄭朱を彼の屋敷に連れ戻した。


 蒙武が入って来て、范雎を見て笑いながら、

 「あやつは連れ去られているにもかかわらず、あなた様の恩徳に感謝していました。ハハハ...さすがは応侯の策略!まさか趙国の援軍要請をすべて断らせただけでなく、さらに趙国に信義を背く悪名を着せるとは....」


 蒙武はそう言って、顔を厳粛にして范雎に一拝して、

 「私が今まで応侯に無礼を果たした理由は、あなた様の才能を知らなかったからです。今日初めて応侯が大王様の寵愛を受ける理由を知りました。どうか応侯に私の今までの過ちを処罰してください!」


 范雎も少し顔色を和らげて、

 「蒙武将軍、そんなこと言わずに。私たちは皆大王様の臣下であり、共に秦国とために仕えるべきです。」


 蒙武は頭を上げて、范雎を少し尊敬な目で見た。そしてまた尋ねた、

 「それでは鄭朱をどう処置すべきですか?」


 范雎はにっこりと笑いながら、

 「すべてのことはできる限り最善を尽くさなければならない。私は今、自ら上党郡へ赴いた。もし趙国の援軍を絶つだけなら、本来の目的を果たすだけで、もっと大きな効果が欲しい。」


 「あなたは金銭をたくさん用意してきてください、多ければ多いほどよい、明日に使います。」


 今度こそ、蒙武は何も質問しなかった。何のためにするかも聞かずに金の用意をしに行った。


 鄭朱は絶望している。


 彼は顔色を白くして、一日中食べることはなかった。

............

 

 次の日に范雎が部屋に入って来た。


 「范叔(はんしゅく)?」鄭朱は一瞬で立ち上がり、期待な顔をして、范雎の前に走ってきた。


 范雎は老人を見て、鄭朱はまるで一晩中で老けたようだった。顔色が悪く、

 「范叔にお願いしたことはどうなりましたか?」

 

 范雎は長くため息をして、鄭朱を部屋の外に連れ出した。そこにはいつの間にか多くの金銭があって、ほとんど足の置き場所がなかった。


 鄭朱はそれを見て、何を言ったらいいか、分からなくなった。


 范雎は鄭朱の手をつないで、悲しそうに、

 「大王様は和議の事でもう私を信用してくれず、私の宰相の職を取り消そうとしているのです。」


 「私はあなたの使命を助けることができなく、とても恥ずかしいですが、一つだけあなたに言わなければならない。」


 鄭朱は徹底的に絶望した。范雎は彼の肩を揺らして、鄭朱に自分の方に振り向かせて、泣きながら、

 「私はあなた様にお願いをしに来たのです!どうやら秦国と趙国の戦争はもう避けられません。」


 「秦国は廉頗を恐れないが、唯一馬服君の子である趙括を恐れています!かつて趙括は秦国を討伐する策を十個書いた文章を書いたことがある。まさに秦国の要害をすべて的中していた。」


 范雎は恐れたように、

 「あなたは私の友達であります。だから私はあなたを殺しません。私はこの財宝をすべてあなたに捧げますので趙王の前では趙括を蔑み、趙括に趙国の将軍をやらせないでください。」


 「私はあなた様と同様に、私の子供が戦場にいます。私は趙括が将軍になってから、私の子供が死ぬことが怖いのです!」


 「だからこの千金をもってあなたにお願いします!絶対に彼に将軍をやらせないでください!」

 と范雎は言って、鄭朱に大きく拝した。


 鄭朱の目に再び希望の火が燃え上がり、范雎を見て、しばらく戸惑ってから、

 「分かった。」と言った。


 范雎は涙を出して、

 「ありがとうこざいます!それではこの事をお願いします。」と言った


 部屋に戻って、鄭朱は馭者を呼んで、二人は面を向って座った、

 「()よ、私についてきたのはこれで何年目だ?」


 「十六からあなた様についていきました、三十年目です。」


 鄭朱はうなずいて、忽然兜に深くお辞儀をした。兜は慌てて鄭朱を起こした。


 鄭朱は頭を上げ、すでに涙が止まらなかった、

 「私は上君の命令で趙国を助けに来ました。私は上君に誓ったにもかかわらず、私は使命を果たせなかったので...生きて趙人に会う顔はありません。私は家を離れる時はすでに家族に注意した。だから家の事はもう心配していません。」


 「私が唯一心配なことは趙国のことです。」


 「どうか趙国に戻り私の言葉を上君に伝えてください。」


 兜はも泣き始めた、首を縦に振りながら、言った、

「おっしゃってください。必ず伝えてまいります。」


 「秦の恐れる事は、ただ馬服君の子の趙括を将軍にする事なり!」

 鄭朱はそう言って、また言った、

 「私の言った言葉を繰り返してください。」


 「秦の恐れる事は、ただ馬服君の子の趙括を将軍にする事なり!覚えました。」


 「それでは安心しました。どうか今すぐに趙国へ戻り、この事を上君に伝えてください!」

 と鄭朱は言って、兜は立ち上がり、

 「私も使命を果たしたら、あなた様を追いかけます。」

 と言って屋敷にある金を一目も見ずに、屋敷を出て馬車に乗った。


 室内に座っている鄭朱は服を整えて、冠をかぶり、腰にある短剣を抜き、笑いながら、


 「われの仇を取る者は、括なり!!」


 范雎が人を連れて、部屋に入った時、すでに鄭朱は血の溜まりに倒れて、長いひげが真っ赤になっていた。范雎はこの老人を見て、しばらく黙った。


 脳裏ではあの日の鄭朱の興奮した様子と涙を流す様子が浮かんだ。


 「...彼の体を侮辱しないで、彼を土に埋めなさい。」


 「彼を趙国に送り返さないのですか?」


 「彼は申し訳なさを感じて、趙国に帰る顔がないと、敢えてここで死んだのだ。ここに葬ってやりなさい。」


 鄭朱は死んだ。

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