11.小さな恨みでも必ず返す
馭者…馬車を操る人
鄭朱は怖い。
すでに道の途中で死ぬ覚悟ができていた。
趙国は五人の使者を出した、鄭朱が秦国、趙禹が魏国、趙豹の門客の平陽未が楚国、門客の車不害が燕国、門客の陳説が斉国へ行った。楼昌は趙王に秦国と和議する事を提案し、虞卿は趙王に諸国に援軍要請をすることを提案した、結果的に趙王は両方の提案を採用した。
しかし、鄭朱には趙王が一番自分のことに気を配っていると感じた。
何しろ彼の状況はすべての使節の中で最も危険であるからだ。秦国と趙国の関係が悪いだけでなく、彼の通る道はまさに趙国と秦国の交戦地域である。
ここを通過するということは少なくとも戦争の影響を受けるということ。ましてや自分の命で趙王に和議を成し遂げると誓った。
鄭朱は両親に別れを告げ、幼児にキスをし、妻にいろいろ注意して、それから馬車に乗った。
馬車はゆっくりと邯鄲を離れた。この速度では明らかに不十分だ。鄭朱は上君に誓った事を考えると、馭者に加速するように要求した。
彼はできるだけ早く秦国にたどり着き、秦王を説得し、戦争を終わらせなければならない。
邯鄲城から出発して、馬服山、武安を通過して、上党郡にたどり着けばいい。上党郡は今秦国の手に落ちているから、当然一番危険な場所となる。
馭者も鄭朱の気持ちを理解しているので、鞭を振る頻度を上げた、馬は痛みを味わい、だんだんと速く走った。鄭朱は両手で木の端をしっかりと握り、馬が疾走した。 馬車はどんどん揺れ、車輪は絶え間なくうめき声を上げていたが、鄭朱は馭者に減速するように説得することがなかった。
たとえ馬車から落ちても、口を開くことはなかった。
馭者が休憩をしようとしたときに、初めて鄭朱が馬車に乗っていないことに気づいた。馭者は怖がって、急いで馬車を後ろの方向に戻った。
最後に道の横の芝生で、知らぬ間に投げ出された鄭朱を見つけた。
馭者は馬車を降りて謝罪しようとしたが、鄭朱が大声で笑い出した。鄭朱の笑い声を聞くと、馭者もまた大声で笑いだした。
二人は短時間で馬服にたどり着いた。
鄭朱は休憩を取るつもりはなかったが、馬が流石に走れなくなった。鄭朱はここに一晩泊まることにした。
“馬服郷の番人趙去死は誠実で有能な役人であった、彼は熱心に招待してくれて、私の使命を聞いたら、何度も私を称賛して、私を楽しませてくれた。”
鄭朱は満腹に食べ、何かを思い出して聞いた、
「私は趙国には馬服子という名の若く賢明な人がいる事を聞く、私を彼のところへ連れて行ってくれないか?」
番人は鄭朱を趙括の屋敷の前に連れてきた。
この時にちょうど趙括が休憩しようとした時に、荻が知らせに来て、趙括は仕方なく門を開けて、邯鄲城から来る使節を接待した。鄭朱は目の前の若者を見て、目を輝かせた。その若者は背が少々高く、顔が整っていた、実に才能のある男に見える。
鄭朱は失礼なことなく、挨拶をしてから、二人で中庭に座った。
「私は邯鄲にいた時から馬服子の賢名を聞いたことがある。この度、秦国に和議の相談をしに行くのだが、馬服子に何か提案はありませんか?」と鄭朱は率直に尋ねた。
趙括はそれを聞いて、少しおかしいと思った、歴史書には和議のことは書かれていなかったはず。
もしかして自分が来たことで何か変化が起こったのか?
趙括は少し考えてから言った、
「秦と趙は両方とも広大な領土を持ち、人口が多い大国である。しかし天下には秦国と趙国だけではない、虎が二匹争ってもきっと共倒れし、最後に勝つ国もきっと別の国に違いない。あなたにこれらの道理を秦王に伝えてほしい。」
鄭朱はそれを聞いて大いに喜んだ、
「馬服子は文武両道、世にも珍しき人材である。この事がうまくいけば、必ず趙王にあなたを推薦します。」
趙括は今回あまり止めなかった。もし秦国と趙国が和議すれば、別に趙王に推薦されても構わなかった。
二人は一晩中休むことなく話をしたが、趙括は本当に理解できなかった。
鄭朱はもう若くないはずなのに、なぜ彼は一晩中眠らないのか?趙括は客を尊重する気持ちから、一晩中目を閉じることはなかった。
この夜、鄭朱は趙と秦の戦争について話した。彼の口から、趙括は多くのことを知れた。自分が将軍になる前に、廉頗と白起は互角に戦っていると思っていた。
しかしどうやら今の秦国の将軍は白起ではなく、王齕という名前の、趙括の前世に聞いたことがない名前だ、まさか王翦と何らかの関係があるのか?
さらに趙括を驚かせたのは廉頗将軍がこの“無名の将”に何度も打ち負かされて、戦線を後退させたことだ。
やはり何かがおかしい、廉頗将軍は戦争を得意にしていたはず。
趙括は眉をひそめて、趙王と同じ疑問が出た。
“なぜ廉頗が王齕に勝てない。”
鄭朱は火が付いたように朝になったら、すぐに馬服を離れた、出発する前に邯鄲の方向を見て、趙括に言った、
「もし事がうまくいかなかったら、私は函谷関で死ぬつもりです。その時になったら、あなたに将軍の職に就いてほしい、趙の軍隊を率いて、秦国を討伐してください。函谷関のガレキを一枚取って、私の墓に入れてほしい」
趙括は長く黙って、老人の馬車の姿が見えなくなってから、屋敷に戻った。
このように十数日以上の旅をして、鄭朱が上党郡に到着した時、当地の官吏から衝撃的な知らせを聞いた、秦国は趙国への攻撃をやめ、戦線を後退して、趙国から占領した地区から軍隊を撤退したと言う。
鄭朱は踊るほど喜び、失態な程に笑った。彼は秦国の和議する傾向を察して、休むことなく秦国に占領された屯留に向かった。
馭者が馬を操り、屯留城外に来た時、多くの兵士がそこに立っていた、矛のようにまっすぐに立っている。兵士たちが鄭朱を見る視線を熱く、鄭朱はすぐに自分の首が狙われていることに気づいた。
鄭朱は怖い.....
彼は死を恐れていない、彼は秦国の兵士たちが怖い。ここへ来る途中、趙国の兵士もたくさん見た。兵士たちは鄭朱を止めて、いつ家に帰れますかと尋ねたが、その多くは悲しく、落ち込んだ様子だった。
しかし、秦国の兵士にそのような様子はなかった、彼らはまるで自分の将軍よりも戦争を渇望している、王齕が兵士たちに撤退を命じた時、秦人はそれを嫌がっていた。
鄭朱は兵士たちを見て、ますます和議する事が正しいと思った。彼はたとえ各国が連合しても秦国を倒せるとは思えなくなった。もしかすると秦人は連合軍を見てより喜ぶかもしれない、功績に見えるからだ。
秦国の将軍は若い人である。肌は黒く、笑っているときは穏やかそうに見えるが、鄭朱は彼を見下すことはなかった。
この青年の爵位は低くない。秦国の貴族は軍功で成り上がることが多いので、この穏やかそうな青年も、腰にある短剣でどれほどの人を殺したか...
青年は敬意を込めて次のように言った、
「趙使に謁見します、蒙武と申します。大王様から命令が出て、趙使に無礼をしてはいけないと、どうか私たちと共に城に入って休んでください。」
鄭朱はぎょっとして、同意した。
蒙武は彼を城内に連れ込んだ、城内には秦国の兵士たちの訓練している声が聞こえる。鄭朱は平気な顔をして、何事も起きてないように、蒙武について行った。
蒙武は鄭朱を屋敷に連れ込み、
「将軍の体調は悪くないので、私にあなた様を招待するように命じました、どうかここで一晩休んでから咸陽に向かってください、大王様はすでに使いを遣わして、こちらへ向かっています」
「ワシは何をしたら、応侯にみずから迎えるようにできるか?」
鄭朱も遂に冷静を保てなくなった。
蒙武は何も言わずに、鄭朱を手配して、その場を去った。
鄭朱は一晩ここに滞在した、誰も彼を困らせなかった。もちろん、王齕も彼に会いに来なかった。次の日に秦国の護衛が来て、鄭朱とともに城を出た。
しかし彼は知らない。
この時、王齕は近くの屋敷で怒っていた事を.....王齕の背丈は高くないが、怒りやすい性格である、彼は大声で、
「応侯はいったい何がしたい!あいつが秦国に攻めて良いと言ったのに、今更撤退して、趙国の人を接待しろだと?!」
「将軍、応侯にも何らかの理由があるはずです。趙を倒すための。」と隣にいる蒙武は小声で言った。
「あいつは大王様に策を出すだけでいい、なんで戦争に関することに手を出す!趙国を倒すことは難しい事か?もし武安君におれを助けに来てくれたら、おれは四ヶ月以内に邯鄲を攻め落とせるわ!」
王齕は怒りながらそう言ったが、范雎をどうしようもできない、秦王は范雎をとても可愛がっている。武安君ですら范雎と敵対する事を嫌がっているのだから、自分にはどうしようもできない。
「ふん!もし今回の件が失敗したら、おれは必ず武安君の所へ行き、共に大王様に謁見して、応侯に戦事に口出しできないようにしてやる。」
蒙武は苦笑しながら言った、
「将軍、そんなこと言わずに。応侯は.....道でばったり会って挨拶をしたような小さな善意をも忘れない。逆に、睨まれるだけの小さな悪意にも必ず復讐をするような、簡単に怒らしてはいけない人です!」