なんちゃって悪役王子と婚約者

作者: 藤森フクロウ

 特に深く考えないで読むことをお薦めします。

 その場のテンションです。




 生まれ変わったら悪役令息でした。つーか王子?

 しかも、将来的に悪役令嬢が婚約者に「お前みたいな糞女には、下種野郎がお似合いだ」とばかり嫁ぎ先にされる。

 マジかよ。つらたん死ねる。

 姉さん(前世)の好きな乙女ゲームってやつだ。タイトルは忘れたけど、スチルではまさに西洋モブおじさんみたいなやつだった。顔ははっきり映っていなかったけれど、きったないオッサンだった。

 浅黒い肌は腹なんか三段腹、太った芋虫みたいなぶっとい指、脂肪がぶよぶよで、髪はギトギトしていそうなぼさぼさ縮れ毛。厭らしい分厚い唇に丸い鼻。


 神様ひどい。俺が何をしたっていうんだ。


 俺の母親は異国の小国――あったかい気候の海に浮かぶ小さな島々から輿入れした。だが、王妃であっても正妃ではなく側妃だった。

 こういっちゃなんだが、肉感的な美女でお国柄もあり露出の多い民族衣装だった。出身国自体も香辛料と真珠、そして海産物の輸出が盛んな国だ。そういったものを融通してもらうために結婚したんだろう。

 だが、裕福な小国のお姫様だった俺の母親は糞我儘だった。娶られたばかりの頃は大層美女であった。なまじ、一度国王陛下の寵愛なんざ得ちまったものだからそりゃあ贅沢を覚えた。悪い権力の使い方も。



 物心ついたころ、既に母親はつわものどもが夢の跡といわんばかりに、美女だっただろう残骸だった。圧倒的にお肉だった。肉感的ではない。物心つく頃には既にボンレスハムだった。当然、陛下の寵愛なんざもうどっかに吹き飛んでいる。

 自分の中に潜むDEBU遺伝子に恐れおののき、俺は断固として体重を増やし過ぎないようにした。

 剣術、体術、護身術、魔法の訓練、地理学、歴史学、経済学、帝王学と体と頭を使うことを積極的に行い、日々出される甘いお菓子の誘惑と格闘しながらカロリーを消費しようと奮闘した。

 そんなこんなで生活していると、俺は甘いお菓子よりも野菜と果実を好む草食男子になっていた。肉は好きだけど淡白なものを好んだ。

 俺の母親は第四妃。三番目の側室だ。

 一番目と二番目の王妃様はもともと隣国の大国のお姫様と、国内の有数の大貴族のご令嬢だった。当然、王宮の王位継承争いはこの二つが一番苛烈だ。第三妃は子宝に恵まれなかったため、今は後継争いから外れている。

 俺は一応王位継承権もってるんだけど、側妃の子供だしその妃もそれほど強力な後ろ盾ではない。

 しょっちゅう王宮や庭園でお妃様方がバチバチやらかしているのを見て、俺は「女ってこぇええ」と青ざめながら猫のように木に登って逃げた。

 護衛のルッツは「殿下ズルい」と、見たくもない修羅場に巻き込まれる度に、俺に対して口を尖らせる。

 だが、俺は悪目立ちしたくなかった。

 この国では珍しい、褐色の肌に漆黒の髪、そして目立つ金色の瞳。母の国では王族らしい見てくれらしいけど、この国では異質だ。明らかに異国の匂いを感じさせる俺は、好まれないだろう。美形遺伝子は仕事をしていて、幼い頃はぱっちりおめめの可愛らしい子供だった。

 だが、人とは異端なものを排斥しようとする。当然他の王妃たちの受けは悪い。この蛮族の小僧が! って視線をバシバシ感じる。

 兄上たちはそこそこに可愛がってくれる。

 何故って?


 馬鹿っぽく振舞ってるからだよ!!


 菓子を手づかみでバリバリ食べてるからな! クッキーやクラッカーどころか、ケーキやプリンも!

 好きでこんな野生児をしているわけではなく、自衛の一環だ。

 なんせ最初のお茶会で俺は一番目の王妃様に一服盛られた。血反吐が出るんじゃないかって勢いでゲロをはいてのたうち回った。

 王様になれなくていいから手に職つけたくていろいろ勉強したのがマズかったのだ。

 下手に剣術とか魔法で目立ったら、兵士として追い出されそうだし。普通に軍人とか騎士とか、戦う系は草食男子には無理っすわ。

 うん、悪役下種王子にもなりたくないし、文官希望でいこうとしたら……

 幼いながらに聡明かつ利発な美童というのは、父王の関心を引いてしまったみたいだ……

 そしたら、それをよく思わない他の妃たちによりさっそく殺意が非常に分かりやすい形で現れたのだ。

 こりゃやべぇ、と思わざるを得ない。

 前述通り俺の外見はこの国ではウケが悪い。臣籍に婿としていくにも、名家は嫌がりそうだ。だが、死ぬよりはマシ。

 仕方なく、馬鹿王子路線でいくことにした。

 ルッツは「俺は殿下についていきますよー」とへらへらしてた。お前、第一王子か第二王子のほうが絶対甘い汁すすれるつーのに。


「いいんスよ。俺はサフィシギル様くらい緩い方がやりやすいっす」


 しかしまあ、俺も王子だしその辺にふらふらされちゃならんと婚約者がついた。

 キルシュタイン伯爵令嬢エリアーデ。三女らしい。初めて見たときは長い前髪で顔を隠し、しめ縄のような亜麻色のお下げ。白い顔にそばかすの散った素朴な感じの子だった。お下がりなのか、あまりサイズの合っていないぶかぶかの青いドレス。これ4年前くらいに流行った奴じゃん。つーか、次女ちゃんがどっかのお茶会で着ていた気がする。

 彼女はこうとも呼ばれていた。キルシュタインの出涸らし令嬢エリアーデ。

 この子は間違いなくキルシュタイン夫妻の娘らしいが、この引っ込み思案の性格から、華やかな二人の姉と比べられて肩身が狭いらしい。

 ある日、交流という名のプライベートなお茶会の時、庭でごろごろしていると彼女が独り言のように語った。

 傍から見ればダメ王子と出涸らし令嬢。割れ鍋に綴じ蓋ってやつなんだろう。

 俺はキルシュタイン家に婿入りする。伯爵は俺を王家のつなぎとして飼い殺しして、実権は自分で握るつもりなんだろう。


「エリーは可愛いよ。俺はアンタの優しい暖かい髪色も、静かな声も好きだ」


 姦しい女なんざ後宮で嫌って程見ている。陰惨な争いとヒステリックな声も耳にこびりつくほど聞いた。

 エリアーデの慎ましい物静かな性格も、柔らかな色合いを持つ髪や瞳も好きだった。よくある色だとエリーは自嘲するが、俺みたいに異端な奴からすれば羨ましいくらいだ。

 そして何よりエリーは頭がいい。俺よりちっちゃいのに、リケジョな婚約者は画期的な魔道具を色々作っている。

 俺が褒めるとエリーの分厚い前髪の奥の目が、きょとんとしばたいてるのが判ってくつくつ笑う。

 自慢ばかりの甲高く囀る馬鹿女よりよっぽど上等だ。

 伯爵は下らないと一蹴しているし、そんな暇があるなら刺繍の一つでもしろという。

 これ、絶対売ったら利益出ると思うんだけどな。あのオッサン、目が節穴すぎだろう。


「ルッツ~、お前んとこのかーちゃん、もとは商家だよな? これ見せて売り込んでみろよっていってみ」


 作ったものはドライヤーとヘアアイロン。自分の髪をびっちゃびちゃに濡らした後に乾かし、くるんくるんの縦ロールにして実践し見せたらルッツのかーちゃんは飛びついた。

 女っつーもんは身綺麗にするのに命がけだろう?

 そんなん社交界のデビュタントからマダム、後宮でも腐るほど見てる。

 ちなみにエリーはその後、魔道具のミキサーやアイロン、コンロなどを発明した。特許をとらせ、ルッツのとこで利益の7~25%を貰うってことで専属で売りに出した。

 それはもう爆発的に売れて、そりゃもうウハウハだった。

 あとでキルシュタインのおっさんが喚いていたけどシラネー。

 キルシュタインのおっさんは金の卵を蔑ろにしたと、キルシュタイン翁ことエリーのじーさんにどやされて追い出された。蟄居だよ、四十いったとこなのに。おっさん弱かったんだな。へー、婿養子だったんだ。

 ご隠居が出張ってきて、今まで日陰者扱いだったエリーの待遇は改善された。

 ドレスや靴やアクセサリーはお下がりじゃなくなった。まあ、魔道具好きなエリーは社交に興味はないから、その辺のフォローは俺がやってた。後宮の弱者の処世術を舐めないで欲しい。

 俺はいろんな伝手を作りながら、エリーが魔道具作りに没頭できるようにした。

 伯爵邸の敷地内に、エリーの為の工房がもうけられた。手がけた商品の流通にはちゃんとルッツのとこの商会を通すことになり、俺とじーさんで金に無頓着なエリーの資産を管理している。

 エリーは本当は王子妃なんて息苦しいものではなく、研究者や職人になりたかったんだろう。

 大手を振って魔道具作りをできるようになったら、社交をほったらかして熱中した。まあ、そのための婚約者だけど。エリーは熱中すると睡眠も食事もおろそかになる。それをサポートするのが俺。


 俺、王子なんだけどなー。


 低血糖でぶっ倒れたエリーを膝で抱っこしながら、砂糖と食塩、そしてレモンを垂らした簡易スポドリを飲ませながら遠い目。なんとかコップ一杯飲ませた後、口に飴を突っ込んでおく。

 エリーは研究に没頭しすぎるとたまにやる。


「エリー、腹に良いモン作ってやるからちゃんと全部舐めろよ」


「ママー、私オートミール粥じゃなくて卵のお粥がいい」


「ママじゃない! 野菜も取れ! スムージー作ってやるから!」


「トマト入れたら吐く」


「裏ごしして種の周りのヌルヌル当たらないようにするから、ちゃんと飲め!」






 俺は来るべき未来のメタボに怯えながら、日々体を絞っていた。

 幼少期はぷにぷにだった体も、十五になった今では身長は兄弟で一番でかいうえ、腹筋バッキバキだ。ルッツが時々「なんでっすか!? ねえ、なんでっすか!?」と騒いでいる。

 今ではアラビアン系ダウナー王子である。こういっちゃなんだが、メッチャモテる。そしてルッツが良く分からん方向に嫉妬して追い払っている。

 そして俺はイケメンになった。乙女ゲームの補正すげえ。もしかして裏キャラとかだったんじゃねーかというくらいのクッソ麗しい顔面偏差値をしてやがる。俺が引き継いでいたのはDEBU遺伝子だけじゃなかったと再確認。前世の醤油どころかソルトなフェイスの俺に謝れ。

 まあ、この国では異国風の顔立ちなのは事実。お遊びにはいいけど、本命じゃないってのが大概だ。親父の国王陛下は、今では国でも指折りの資産家の、稀代の魔道具職人であるエリアーデ・キルシュタイン伯爵令嬢を絶対手放すなとうるさく言われている。

 海老で鯛が釣れたと内心ホクホクなのだろう。

 俺は相変わらずやる気のない盆暗王子をやっている。キルシュタイン翁は、そんな俺を面白そうに見ている。

 第一王子と第二王子は、俺の婿入り先に嫌われたくないのか前より当たりがソフトになった。王妃たちもな。現金なものだ。まあ、婚約者サマサマであるが。

 そーいや乙女ゲームが始まるな。

 俺、攻略対象じゃねーから高みの見物だし。そもそも婚約者いるから、嫁ぎ先にはならんだろう。まあ豚みたいなドラ息子なんて他にもいっぱいいるから、どーにでもなるか。

 そんなことを考えながら、今日も俺はエリーの世話をする。

 エリーのお気に入りのパジャマのボタンが取れかけていたのつけ直していると、エリーがとことこやってきた。


「サフ」


「あ? ちょいまて。今、ボタン付け終わるから。飯はそのあとだ」


「そうじゃない。サフはどうして私でいいの? その、イライザお姉様や、ウェンディお姉様のほうが美人なのに」


「美人は三日で飽きる、エリーは何年たっても飽きない」


「男の人って、その、胸のおっきい人とか、そのお姉様たちみたいに」


「アレは七割強が肋骨ごと締め上げたコルセットと寄せ挙げた胸パットで作り上げた根性鳩胸みたいなもんだ」


「どうしてわかるの?」


「あ? この前、すり寄りすぎて胸が落ちてたぞ」


 胸を腕に押し当てすぎて、ズルっとずれたのがポーンとテーブルの上に打ち上げられて紅茶を蹴散らかして落下した。それをみた隣の公爵令嬢と、侯爵子息が「ぐげほっ」ってきたねえマーライオンになった。

 つーか、妹のオトコに粉かけるとかどーいう頭と股の緩さなんだ。普通にキルシュタイン翁に怒られてたけど。

 俺は一応、外見は気怠いお色気たっぷりのちょい悪王子みたいな方向性になっている。

 いや、俺が疲れているのは育児疲れみたいなもんだ。俺をママと呼ぶ婚約者の朝昼晩の飯づくり。アイツ、俺の飯じゃなきゃ食わねえって勢いで食を疎かにしやがる。


「あーっ! お前、またフリルシャツ着てカレーうどん食べただろ!? やめろっていったよな!? 白は止めろっていったよな!? ふりじゃなくやめろって!」


「白のフリルシャツを着てカレーうどんを食べたかったんじゃない。カレーうどんを食べたかった日に、たまたま白のフリルシャツだったんだ!」


「いい話っぽくキメ顔してんじゃねーよ。これ、絶対落ちない奴じゃん……どうすんだよ、これキルシュタインのじじいからの贈り物だろ……」


「王子を信じてます!」


「ぶん投げんな! クッソ、ぜってー落とす!」


 メッチャごしごしとんとんした。めっちゃ手が痛い。ルッツがハンドクリーム塗ってくれた。

 あれ? 俺の婚約者ってルッツだっけ?

 あのカレー染みのせいで、あの汚部屋を掃除できなかった! 何とか布団は干してシーツは洗えたし本の虫干しは出来た。クッソ、アイツなんなの!? 普通ブラとパンツとかのランジェリーは手洗いだろ!? なんで食器洗浄機(開発中)の中に入ってんだよ!?

 洗えるって言っても用途ちげーし……あとサイズ違うのつけんな! 垂れるぞ! あと体にも悪い!

 キルシュタインのじーさんに愚痴ったら、なんだかすごく微妙な顔された。おめーのとこのお嬢様だぜ?

 外見はお美しいお姉様がたの教育の賜物か、メイドすら警戒するエリアーデ。

 イライザおねーさまとウェンディおねーさまは、ダメ王子というハズレ籤を引いたはずの末妹が成長した結果セクシー美男子が婚約者になったのが気に食わないらしい。

 まあ昔の俺は小汚い黒猫だが、今は黒獅子だからな。

 一応ダメ王子路線だから、いつも気だるげに振る舞い服を着崩して遊んでますよアピールはしているけど清童だ。要するにチェリーボーイだ。他所に胤をばらまく趣味はねえ。

 最近、飯炊きをしているとエリーとルッツだけでなく、キルシュタイン翁まできやがる。あのジジイ、いい年してピーマンを食いたがらねえ。むかつくからみじん切りしてハンバーグに練りこんで食わせた。たっぷりのデミグラスソースと彩のブロッコリーと人参のグラッセに騙され、気づかないでご機嫌にハンバーグにかじりついている。


 バーカバーカ、気づかないで食ってやんの!


 後でネタばらししたら、杖をもって追いかけ回して来やがった。あのジジイ、なんであんなに元気なんだよ。だけど家宰のロバーツさんにバレて、二人とも説教。

 でも、俺が先に解放された。そして野菜嫌い克服レシピの横流しをお願いされた。あのじーさんの偏食は筋金入りらしい。

 エリーも結構偏食だしな……変なところが似ている。





「エリー! エリアーデ! お前、何したか分かってるんだろうな!?」


「さあ、わたくしは存じ上げませんわ。何を怒っていますの?」


「しらばっくれんじゃねえ……


 お前……


 モンブランの上のマロングラッセだけ食ったろ!?

 行儀が悪い! つーか体に悪い! 変な食い方やめろっていったよな!? この前もレーズンパンのレーズンだけほじくり返したり、おはぎの餡子だけ食ったり、シチューの中の星ニンジンだけ食ったり! おかしな偏食は止めろ!」


「夢の贅沢食いです。食べ残しはルッツが食べた」


「ルッツ! 甘やかすな!」


「だってお腹減ってたんだもん。あ、モンブランはデザートに一部とってあるので責任もって食べます! 次はアップルパイがいいです!」


「だもん、じゃねー! お前らは欠食児か! つまみ食いすんな! あと服は脱いだまま放置しない! ちゃんと籠に入れる! 靴は揃えろ! 靴下は裏返して脱ぐな! アップルパイは良いリンゴがあったらな!」


「ママうるさい!」


「反抗期か! 泣くぞ!」


 あれ……? 俺コイツの婚約者だよな? お母さんじゃないよな? 最近ルッツまでこんな感じだし……ロバーツにすっげえ憐憫の眼差しで見られるんだけど。

 メイド長のポーラなんて「お嬢様を真人間にできるのはサフィシギル殿下だけです」って最後の頼みの綱みたいな勢いだし。

 待って。俺、婚約者。ママじゃない。そして男!

 でも、エリーは知らない人間が工房や部屋に入るのを嫌がる。でも、掃除嫌いのエリーを放置すれば腐った森は広がっていく。完全な腐海になる前にかたづけなきゃいけねー。


「あのな、エリー。俺は来年から魔法学園の寮暮らしになる。そうなると、他の人に頼むか、エリーが片付けなきゃなんねぇ。

 わかるよな?」


「え? サフいないの? ヤダ、魔法学園に私も行く」


「でもお前、半年以上前に学園やだって、寮暮らしも嫌って断ったろ。まあ、三年の辛抱だし」


「サフのごはんを三年も食べれないなんて死んじゃう。お爺様に頼んでくる!」


 いうが早いか走り出したエリー。三十分後、哀愁漂うキルシュタイン翁が「孫を頼んだ」と頭を下げてきた。押し負けたな。

 俺の行く予定だった王族寮――っていうか屋敷を一戸に、婚約者枠で無理やり入り込ませることになった。あのー、年頃の男女なんですが。そこんところいいんですか?

 信用されているんじゃなくて、もはや男と思われてないんじゃない?

 つーか俺の価値ってメッシー君?(※ご飯を用意してくれる人、奢ってくれる人)

 側室腹のダメ王子の婿なんてこんなものなのか。

 エリーはやろうと思えば王子妃をできるくらい優秀なレディだ。まあ、キルシュタイン伯爵家は魔道具で隆盛した資産家。その金の卵を産む天才。俺以外にも引く手あまただろう。







 学園に入学し、同じ屋敷に住むようになった俺とエリー。

 俺の道楽部屋と書斎にする予定だった場所をエリーの工房スペースに宛てた。

 エリーの才能は世の宝だ。少しでも不便なく過ごさせてやりたい。エリーに渡せた部屋は実家に比べればちっぽけな場所だったけど、目を輝かせて喜んでいた。可愛い奴め。今日はエリーの好きな牛筋のワイン煮にしてやろう。

 今まで魔道具の合間にたまに社交みたいなエリーだが、学園に通う以上は単位を取って卒業しなきゃならん。

 エリーとルッツを毎日叩き起こし、飯を食わせて弁当を持たすのはなぜか俺の仕事だった。最初は頑張っていたメイドや従僕の皆さんは、寝汚い婚約者様に泣き、寝相の悪いルッツに物理的に叩きのめされてダメだった。

 ルッツは飯の匂いをかがせれば、大抵起き上がるからいい。問題はエリーだ。エリーの奴は本当に起きないんだ。

 眠ねむ状態のエリーを椅子に座らせ飯を食わせる。そしてぼけーっとしている間に亜麻色の髪に櫛を通す。動きやすく、そしてお淑やかに見えるようにハーフアップにした。シニョンの時もある。そして、俺の髪色であるブラックベルベットのリボンを結ぶ。

 綺麗な空色の目に前髪が掛からないようにきちんと脇に寄せ、跳ねない様にヘアアイロンを軽くかける。流石に服は着させられないのでメイドにやってもらうが、眠くて不機嫌なエリーの足に靴を履かせるのは俺の仕事だ。

 細いエリーの小さな足。学校は制服の代わりに男子は上着、女子はケープを纏う。校章のワッペンとリボンの色で学園が判る。その日の服装に合わせ、可愛いエリーの足に似合う靴を選ぶのが俺の仕事だ。

 膝をついて吟味した靴を履かせているとき、エリーは薄目をあけてちょっと俺のことを観察している。

 エリーは淑女だから、きっちりと服を着せる。だらしないとふしだらだとか言われるからな。

 俺は馬鹿王子やっているんで、胸元を開けさせたり腕まくりしてたりと露出多めにしておく。この国ではカッチリキッチリだから、鎖骨チラ見え、胸板チラ見えだけでもうフェロモン野郎扱いだ。見苦しくない程度にはしているが、たまに伸びをしていると男女の視線が突き刺さる。

 何故男まで、と思ったらルッツが「王子、なんでか俺より腹筋バキバキなんすよ。何あれ? 人種? もはや存在のグレードの違い?」とクラスメイトに口を滑らせたらしい。やめろ、男のチラリズムなんざ期待すんな。

 ルッツ、男なら女を片手で持ち上げるくらい鍛えた方がいいぞ。

 女性からの婀娜っぽいお誘いはそこそこにかわし、学園生活を謳歌していた。

 ちなみに第一王子と第二王子が同じ学校にいた。

 まあそれなりにつかずはなれずやっていた。エリーはあの二人が大嫌いだから、あんまり仲良くできないんだよね。

 あんまり話すとぶすくれるし、拗ねられると困ってしまう。



 実は恐々入学してきたけど、やってきたヒロインちゃんは普通にいい子だった。

 ミアナ・リリアンタールはリリアンタール伯爵家に養子入りしたけれど、慣れずに困っている感じだった。あー、庶民ルールと貴族ルールって違うもんね。

 彼女は俺にコスパ最強の美味しいレシピを教えてくれた。しかも、行き倒れているエリーを助けてくれたいい子だった。何か奢るよ、と言ったら「お肉! できればうっすいのじゃなくてガッツリ塊の!!」って。

 可愛らしい女の子なんだが、嗜好は結構ガッツリ系らしい。

 だがそんなもん、王侯貴族基準が染みついた学園の学食にそうそうない。基本、メニューがお貴族向けのお上品なもんばっかだから。

 なのでリクエストにお応えして、スペアリブや漫画肉みたいなのを作ったら大はしゃぎしていた。可愛いなー。うちの妹たちって俺のこと見下して高飛車だからなー。

 ……ガチ目にルッツと肉戦争してなければ、もっと可愛かったんだ。

 ちなみにエリーはすぐに負けて、俺の皿から大人しく盗っていた。ちがくねー?

 二年に入ると変な女がやってきた。うっわ、テンプレ電波ヒロイン過ぎ? みたいなあざとい感じ。あれだな、ちょっと恋に恋する女の子の持っていた小説そっくり。

 実は貴族の隠し子でしたってのが発覚して令嬢デビュー。そこで見初められるシンデレラガールって感じの。えーっと、タイトル何だっけ?


「『星乙女は運命に溺愛される』通称、ホシデキです」


 ちょっとミアナちゃんの出生と被るもんがあるが、ミアナちゃんは恋にキラキラってタイプじゃない。肉にギラギラはしているけど。

 そんな肉天使ミアナちゃんはルッツの恋人になった。解せぬ。俺はエリーとちっともラブラブできていないのに、デリカシーも甲斐性もないルッツに先に春が来るなんて。

 しかも! なんで俺が他所のカップルの弁当作ってんだよ!? アーンしてんじゃねえ! そこのバカップル! エリー! ご飯食べるか寝るかどっちかにしなさい! こぼすぞ!

 その頃、電波ちゃんは兄上たちの婚約者と修羅場っていた。

 おい、あーいうロマンスノベルは娯楽ならいいが、リアルでアウトだ。

 電波ちゃんは俺にも粉掛けてきたけど「俺、王位継承権低いし金ないよ」っていったらすぐ消えた。わかり易い。

 俺に金があると母上が全部使っちまうから、キルシュタイン翁に預けてる。まあ、ほぼほぼエリーのプレゼントにしか使わない。



 そんで迎えた卒業式。

 プロムではどこもかしこもそわそわとした空気が流れている。卒業生も在校生もこの機会に勝負をかけている人は多い。

 着飾った若い紳士淑女たちが、こっそり目配せをし合ったり、声をかけてどこかに消えていく。

 そして、そんな中でルッツはミアナちゃんにプロポーズしていた。


「一生肉に困らないご飯を約束します! がんばって作ります、サフィシギル殿下が!」


「え……っ、サフィシギル殿下のハンバーグがまだ食べれるの……?」


「ミアナ、俺はサフ殿下付きです。エリアーデ様の偏食が治らない限り、サフ殿下はずっと台所に立ちます!」


「嬉しい! あのターキーがまた食べれるのね!」


 ねえ、なんでそんなに食い気溢れるプロポーズなの? 感動は? ねえ、俺にまでなんか余計なモン飛び火していない?

 なんで指輪とか家に代々に伝わるアクセサリーじゃなくって、お皿の上にミートボールがクロカンブッシュみたいに聳え立ってるわけ? そしてそれを差し出してるの!? ロマンスじゃなくて肉汁が溢れている。

 あんなもんだれが作ったんだよ。俺だよ、俺! なんで作っちゃったんだよ!?

 周り見ろよ! 目ぇひん剥いているのがいるぞ! だよな!? 普通あんなもんもってプロポーズしねーよな!?

 エリーは拍手しているけど、感動するところじゃないから。


「あー……っと、エリー。ちょっといいか?」


 頷いたエリーをエスコートし、薔薇園のガゼボに向かう。どこのバルコニーも埋まっていた。今日はプロポーズに最適だしな。卒業パーティで盛り上がってるし。

 あの電波ちゃんも勝負してんじゃない?

 咳払いして、エリーに向き直る。

 今日のエリーはとても綺麗だ。艶やかな亜麻色の髪を結い上げて生花と簪で彩られている。薄化粧を施された顔は、ちょっと大人びた色のルージュがエリーの愛らしさを引き立てた。俺の目をイメージした輝く黄色のドレス。華奢なエリーに似合うように正統派のプリンセスライン。デコルテラインを広めにとっているが、生地自体がしっかりしているから安っぽくない。むしろ真珠の粉をはたいた肌が輝き、初々しい感じがいい。繊細な金糸の刺繍と、ダイヤを散りばめてある。上品で緻密、そして一点物の黒いレースは隣国の王室御用達。ドレープがしっかりあるため、翻るたびに美しいシルエットが浮かぶ。淡水真珠とイエロートパーズをあしらった髪飾りに、揃いのピアスとネックレス。この日のために誂て、キルシュタイン翁のとこでバイトしまくった。

 ライトアップされた庭を抜けてガゼボの中までエスコートし、エリーの前に片膝をついた。

 ここまでくれば、パーティの喧騒は届かない。


「エリー、君を愛している。人生を歩むなら、君と共に。月並みだけど、私と結婚してくれませんか」


「え、本気で言ってる?」


 え、俺振られた……?

 メッチャ砂になりそう。崩れ落ちそう。風になって消えたい。




「婚姻届けなら、二か月くらい前にお爺様が出してたわよ。サフ、貴方まさか知らないの?」



 貴方以外に、私の面倒なんて見れる人なんていないわ、とエリーが困惑したように言う。

 ジ、ジジイ! おま、ジジイ! あのジジイ!

 あれか、まさかあの刻んで誤魔化す野菜嫌い克服メニューを根に持っていやがったのか!?

 俺の人生の見せ場を! つーか、一世一代の告白台無しじゃねーか!

 うなだれる俺の手から、イエローダイヤの指輪をとるエリー。それを細い指にはめると、悪戯っぽく笑った。

 ……本当は、ドレスもイエローダイヤにしたかったけど予算が足りなかった。俺の目に合わせると、すごく高いんだよ。


「似合ってる?」


「凄く似合ってる。当たり前、君のために用意したんだから――じゃないと、渡せないよ」





 そして晴れて両思いになった翌日、おせっかいジジイにピーマンの肉詰めをたっぷり用意した。刻んでやらねー。もうそのまま食べろ。ヤダヤダいうな。ロバートさんやっちゃってください。


 だが、厄介なことが一つ。


 あの電波ヒロインはやらかした。第一王子と第二王子、そしてその側近らを誑し込んでいた。マジかよ、あいつどう見てもヤベーのに……と思ったら、思春期の青少年はただでやらせてくれる若い女のカラダに陥落したそうだ。控えめに言って糞だ。

 顔はそこそこ可愛かったけど、地雷がすげー女だったじゃん。嘘だろ、兄上がた。

 隠す気がなかったのか公然の秘密だった。秘密の爛れた関係に気づいた彼らの婚約者たちは、そりゃあ容赦なく旦那予定だった馬鹿たちを吊し上げた。

 すると、泣き喚いた電波ちゃんが特大の爆弾を投げた。

 あの電波ちゃんの腹には、誰の胤か分からないのがいるらしい。

 王の影に筒抜けの失態により、兄上たちは廃嫡とまでいかないものの、王位継承権を取り上げられ、蟄居を命じられた。

 側近たちは軒並み廃嫡、もしくは勘当、辺境に飛ばされる、修道院入りなど様々だった。

 そして、それに伴い王妃たちは失墜。影で協力していた側妃たちも巻き込まれまくり、そりゃ大騒ぎになった。

 王子たちの同腹の弟妹達もその余波を受け、急遽他国へ嫁ぐか臣籍降嫁するか、修道院入りか選ぶという運びになった。



 その結果、俺が父上――国王陛下に呼び出された。


「……父上、本気ですか」


「仕方あるまい、もう私の嫡子はお前しかおらん」


「私は見ての通りです。この国では異端ですよ。反発が酷くなるでしょう」


「だから子を作れ。お前がキルシュタイン令嬢一筋なのはよーっく聞いておるわ。

 私が元気なうちに、できるだけ多くこさえろ。結婚した直後で第二夫人は不味かろう。私とてキルシュタイン翁を敵に回したくはない。陞爵の話がでてるんだ。伯爵でも、実質侯爵……いや、公爵に匹敵する。

 どうしてもできないなら時期を待って愛妾でもいいから、スペアを多めに作れ」


「お断りです……妃同士、女同士の陰惨な争いは陛下もご存知でしょう」


「むぅ……」


「私の母は国母の器ではありません。恥です恥。あれが国の顔になるなんて」


「だから、そちの子を私の養子として引き取ることを考えておる」


「……エリアーデに相談をさせてください。キルシュタイン翁の説得はそちらで」


「頼むぞ」


 父上がガチで頼み込んできた。エリアーデは俺の頼みでしか多分頷かないって。

 あの大人しかったエリアーデをあそこまで奔放に育てたのは俺だ。責任はとる。あとエリーは可愛い。健やかに育てた可愛い婚約者を他の奴にやりたくない。そいつを去勢したくなる。竿も玉も根こそぎ潰したくなる。

 まさか、一番昼行燈やっていた俺だけが残るとか……俺の遊び人ムーブの努力は一体……?

 つーか、父上も影もこんなんなる前に止めろよ。













『こら! エリー! 弁当の中身を摘まみ食いしない!』


『エリー、お菓子零してる。あーもう、ほら、ハンカチ敷くからじっとして』


『こんなところで寝てたら風邪ひくよ、エリー』


『エリー、俺たちはもう子供じゃないんだ。同じベッドで同衾はダメ……ヘタレとか言わないで。ここで手ぇ出したら、俺がキルシュタイン翁に殺される』


『はい、生地はこれで……エリーは首が綺麗だから、鎖骨は見えるデザインで。バッスルスカートもいいな。でもやっぱりこのAライン? プリンセスラインもいいな、ボリュームがあると華やかだ。でもあまりウェストは絞りすぎないでください。締められるの苦手だから』


『お手をどうぞ、エリアーデ嬢。床で本を読むのはほどほどに』


『王位継承権? ……んー、別にいいかな。俺はエリーと時間取れる方がいいし』



 映し出された映像が途切れる。

 国王は所謂ゲンドウポーズというものを決めている。宰相も天を仰いでいるし、大臣たちも「アチャー」と言わんばかりだ。

 最初からすべてを知っていた王国の『影』は、ただ沈黙を貫く。

 国王は一通り唸り終わった後、たっぷり間を置いて影に問う。


「………マジ?」


「マジです」


「めっちゃ遊び人だと思ってたんだけど」


「ガチです」


「サフィシギルだけ? 純愛100%の婚前交渉一切なし、ほっぺやおでこにチューどまり?」


「清く正しいお付き合いです。余りの面倒見の良さからキルシュタイン伯爵家ではママと呼ばれているそうです」


「え……サフィ可哀想……」


「御婚約者様一筋です」


「これ、離婚させたらぐれるやつ?」


「国外に逃亡、もしくはキルシュタインが反旗を翻す恐れがあります。翁のお気に入りですから、サフィシギル様は」


「うん、知ってる。メッチャ婿入り催促されていた」


「そして王族で微塵も例の電……こほん、スピカ・ポラリーに篭絡されなかったので、学園での評判も悪くありません。社交界でもなかなかの評価です。

 上手く女性を褒めながら逃げる甘え上手な王子としてね。巧く顔を使い分けています」


「でも立太子したら、キルシュタインのじじいがめっちゃ切れそう。頭いいサフィ大好きだもん、あのジジイ」


「ですね。警戒したサフィシギル殿下は、兄殿下方を反面教師にスピカを撒いたそうです」


「それに比べて嘘だろオイ、上二人。こんな露骨なハニトラに私の息子が二人も引っかかるとか。泣きたい」


「影だってドン引きですよ。遊びだと思ったらガチ恋のお花畑。あの王子たちを立太子したら本気で宰相たちが退職されますよ」


「ああもう、せめてやらかしが早ければ、サフィの婿入り止められたのに……っ」





 サフィシギル

 第三王子。母親は小国の王女だった側妃。色っぽい美形で、野性味ある美男子。高身長で鍛え上げられた体躯もあり、黙っていればあるくフェロモン。ちゃらんぽらんのふりをするは、根は糞真面目で中身はオカン。

 本来なら悪役王子だったが、乙女ゲーのありがちの痩せたら美男子の神髄を見せる。

 駄肉を蓄える熱意を勉学等に向けていたため、優秀。でも責任ある仕事は嫌でござる。


 エリアーデ

 キルシュタイン伯爵家三女。亜麻色の髪に空色の瞳。小柄で華奢のインドア派。魔道具を作るスペシャリスト。

 サフィシギルの言葉に救われて、すくすくと自由人に成長する。

 自分を一番に愛してくれるのはこの人しかいない思っている。その通り。

 サフを愛しており、サフのご飯が大好き。偏食。

 サフに餌付けされている。


 ルッツ

 サフィシギルの護衛。でも王子のほうが強いし筋肉バキバキ。

 可愛い彼女ができてハッピー。そのまま結婚予定。

 サフに餌付けされている。


 ミアナ・リリアンタール

 肉天使。美少女。肉を愛する美少女。優秀。ルッツの彼女。結婚予定。

 サフに餌付けされている。


 キルシュタイン翁

 ピーマン嫌いの御隠居だが、婿が特大の魚を逃がしかけているので慌てて待ったをかけた。

 サフのことを虐めるが、気に入っている。

 サフに餌付けされている。