08
結論から言うと、私は辺境にはしばらく戻れそうにないという話になりました。
なぜなら、王太子の婚約者になる予定だからです。
って、ライル殿下! どういうことですかー!
私がその話を聞いたのは、ゴルダさんの家にお父様が、側近のダズさんを連れていらした、夕食の席でのこと。
ちなみに夕食は私の手料理です!
それを知ったお父様とダズさんが、料理を前に感激していた。
まあね、お父様が来ると知らせを受けて、張り切って作ったからね!
もしかしたらゴルダさんが作った方がおいしいかもって言うのは内緒だよ。
ちなみにSランクパーティのメンバーである、デオールさん、ジオさん、アダムスさんも一緒なので、大人数です。
ゴルダさんと二人だった家の居間に、七人なので狭い。
でも広い作業机もあり、なんとかセッティングして、座れるようにしています。
「え、ティナちゃん未来の王妃様?」
話を振られて、私は慌てて首を横にぶんぶん振る。
「王妃様は無理だよ。だって辺境伯家の一人娘だし!」
そもそもライル殿下とは、義姉が私に成り代わるという悪事を暴いてもらう約束をしていた。
約束を果たすため、王城に呼び出す理由で婚約申し入れをしたのなら、悪事を暴かれた時点で用件は済んでいるわけで。
慌てる私に、ダズさんが憤慨している。
「そうです、お嬢様はラングレード辺境伯領の次期女領主ですよ。王城にとられるなんて心外です!」
いや、確かに領主の勉強はしてたけど、普通にお婿さん迎えて、お婿さんが領主になるものと思ってたよ。女領主って何さ!
ダズさんは、子供の頃から私を可愛がってくれていた。
奥さんを早くに亡くして、子供もいなくて。
そもそも領主と側近だけど、お父様とダズさんは幼なじみで親友って間柄。
なので親友の娘である私をめちゃくちゃ可愛がってくれてました。
ときどきお父様に叱られると、ダズさんのところに逃げ込んでいたほどに。
そしてダズさんが私をかばって、一緒に叱られたりもしていた。
実はダズさんも、辺境のお父さんのひとりなのです。
お父様がさっきこっそり教えてくれましたが、冒険者な私のお父さんであるゴルダさんに、どうやらジェラシーだそうです。
アリスティナちゃんモッテモテですね!
おっさんばかりだけどね!
いや、逃避している場合じゃない。
おっさんじゃないモテをどうするかだ。
モテじゃない、なんか理由がある可能性が非常に高いけど。
なんせ眩しい美形な王太子殿下に、冒険者で命の恩人だけど、は?とか低い声で脅していた女だよ。
うん。ないな。何か理由があるな。
そこで思い至る。
冒険者としてゴルダさんに戦闘の特訓もしてもらい、魔獣討伐ができることを話した覚えがある。
そして彼は、誰かに命を狙われている。
まあ、王妃様とか第二王子派閥の関係者だろうけど。
「なるほど。ドレスで護衛できるパートナーですね」
私がひとりごちると、視線が集まった。
あ、ダズさんが唐揚げで頬袋状態になってる。
おっさんだけど、ダズさん時々可愛い感じになるんだよ。
ゴツイおっさんだけど。
「ええと、このメンバーだからお話しますが、毒で倒れていたライル殿下を助けたのが、そもそもの始まりなのです」
そう告げると、ああとお父様が頷いた。
「王都の森で助けられたと仰せだったな。毒?」
「ええ、毒で倒れていたので、万能解毒薬もどきを」
「もどき」
「あ、完成品じゃなく、惜しいところで基準を満たさなかった万能解毒薬です」
調薬ができるダズさんは、あー、と声を出した。でもお父様は不思議そうな顔をしている。
なので基準を満たさなかった魔法薬も、活用はできるのだという話をした。
「それで万能解毒薬もどきと、上級ポーションもどきを殿下に飲んでもらって」
あとアルトさんの自白魔法の話をして、あのときの会話を思い出せる範囲で再現する。
もちろん、は?のおっさん声は内緒だ。
「冒険者になった経緯を説明したとき、ゴルダさんに戦い方の特訓をしてもらい、魔獣討伐ができるようになったお話もしたんです」
「うん。うん?」
みんな話の向きがわからない顔をしている。
「だから、私が戦える令嬢だってことを、ご存じなんですよ、殿下は」
だから婚約者として、パートナーとしてドレスで護衛を期待されているのだと告げると、変な顔をされた。
何だろうと思ったけれど、ゴルダさんからデザートをそろそろ出すべきじゃないかと言われ、私はキッチンへ向かった。
「求婚なんだよな」
「そう仰ったな。まあ、いいじゃないか、勘違いしてるアリスも可愛いし」
「そうだな。嫁とか恋人とか、まだ早いしな。まだ子供だしな」
「ドレスで護衛するつもりなんだ。特訓してあげちゃうか?」
「それはウチの連中が張り切りそうだな。先々代辺境伯夫人の再来だと、隠居世代が騒ぎそうだな」
「あ、そういう人いたんだ」
「お祖母様も辺境伯のひとり娘で、ドレスでも戦えた。たぶん皆、張り切って協力する」
戻ると大人同士で何やら顔を寄せて話をしていたが、私が運んだデザートに、みんな相好を崩している。
ふふん、シナモンをきかせたアップルパイは、この世界ではまだ見ていないのだ。
ポーションの材料になっていたシモーロは、シナモン風味だったのだ!
体が温まる効果なので、体にもいいのだ!
狙い通り、アリスティナちゃん特製デザートは、皆様に好評でした。
「とにかくティナが王太子の婚約者になるという話で、王城と色々調整が入るので、辺境にはしばらく帰れなくなったと」
「ああ。私も今は王都で話し合いが多く、アリスも顔合わせを予定されていてね」
「顔合わせのためのドレスとか、貴族令嬢として色々と準備がいるってことか」
「侍女たちにせっつかれていてね。婚約の成立はまだ調整中で、婚約者候補といったところだが、登城は必要なんだ。今度こそ、帰ろうか」
そして翌々日、私は王都の別邸に帰った。
辺境で親しかった人たちがいて、泣いて抱きしめて抱き上げてグルグルして、他の人に手渡されて。
いや、もう、色々大変な目に遭いました。
死んだと思われていたから、みんななんかすごかった。
私を見た途端に泣き崩れた人もいた。
ご令嬢としての言葉や所作は、冒険者として馴染もうとした分、ちょっとダメなレベルになっていた。
でもまあ、引かれるほどでもない。
なぜなら、頭の中のおっさん入っている女子言語は、この世界の言葉にならないからだ!
ああん?(しゃくれ顎)にあたる言葉は、アリスティナちゃんの語彙にはない。
冒険者ティナは、お嬢様言葉ではないけど一般よりは上品な口調だった。
ギルドでガラの悪い人たちの言葉が飛び交うときも、ゴルダさんたちは意味を教えてくれず、覚えることはなかった。
意味不明の言葉がときどき聞こえても、スルーするよね。
だから貴族言葉ではないけど、ある程度お上品な一般家庭くらいの言葉で過ごしていた。
この世界の言語は、元の世界のどの国とも言えない響きを持っている。
もし言葉を覚える前に私の意識があったら、言語習得できなかったんじゃないかってレベルで違う。
生まれたときからの異世界転生だったら、言葉の壁で詰んでいた。
文字もアルファベットより種類が多い。
発音と文字が結びついているものと、文字同士の組み合わせで発音するものと、複数種類がある。
そんなわけで、日本のおっさん入った女子の言葉は、アリスティナちゃんの口から飛び出したりは、しないのだ。
だから私がアリスティナちゃんと混ざっていても、ガラが悪くなったと嘆かれたりはしていない。
もし私そのままの口調が飛び出たら、お父様やダズさんたちは泣くだろう。
帰った当初は大騒ぎだったが、数日たつと落ち着いた。
今では侍女がいて、辺境伯家令嬢としての生活に戻っている。
さて、ここから内緒話です。
お父様から行方不明のときの話や、側近の方からお父様が何度か倒れた話を聞いて、気になっていたのです。
そこで恥の気持ちは抑えつけ、お父様に「ずっと離れてて本当は寂しかったの、しばらく一緒に寝たい」と伝えました。
お父様、いそいそと一緒に寝て下さいました。
寝ているところを全身スキャン。
やはり怪我の後遺症やら色々と、体の不具合がありました。
だよねー。
むしろそこで普通に動いてしまうお父様が、色々と心配になるところだよ。
一気にやるとバレそうなので、毎晩ちょっとずつ治して、お父様を健康体にいたしました!
寝起きに不思議そうにしている日もあったが、私に何かを聞くことはなかった。
健康体になったところで、もう寂しくないから一人で寝ると伝えると、ちょっとショック受けていました。
しばらくって言ったじゃん! 三十代女の私が無理なんだよ!
目的は達成したので、にこやかにおやすみ前の挨拶をして、自分のお部屋で寝ました。
こちらの生活の合間に、ゴルダさんのところへ顔を出すのは、ゴルダさんたちにもお父様たちにも許可は得ている。
ただドレスを作ったり、礼儀作法を改めて学んだりと、登城準備で忙しい。
家庭教師との勉強も再開した。
そう、解雇された家庭教師だけど、ほとんどの人が引き続き教えてくれることになりました。
もちろん空間魔法が得意なマーベルン先生もね!
解雇されてから、心配してくれていたらしい。
辺境に帰っていた人も、こちらで別邸の様子を気にしてくれていた人も、お父様に連絡をとってくれていた。
先生方との再会でも、マーベルン先生に抱き上げてグルグルされて、もみくちゃにされた。
礼儀作法の先生に怒られていた。
二年間のブランクがあるけど、私の学習はかなり進んでいたので、王立学園入学までに充分準備はできると言われた。
王子の婚約者候補として、王子妃教育も始まるらしいけど。
まずは家庭教師の先生方が、二年のブランクの影響を確認して、王城に報告をするらしい。
よし、お勉強と、ドレスでの身のこなしについて、頑張るか!