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07 帰ろう


さてさて、アリスティナこと冒険者ティナちゃんです、こんにちは。

ようやく王都に戻ってきました。


何って、ライル殿下とアルトさんとの遭遇のあと、予定していたダンジョン都市に行ってたんですよ。

他にも北部山岳地帯とか、東部湖沼地域とか、色々とゴルダさんたちの知る採取地に連れて行ってもらいました。

しかも帰りは人数が増えて、ゴルダさんの仲間だった現役Sランク冒険者さんたちも一緒です。




アリスティナだった頃、辺境の領地から王都まで旅はしました。

でもあれは、使用人が馬車を走らせてくれて、運ばれていた旅路です。


今回も馬車を使ったし、騎獣にも乗ったけど、自分で地図を見て方向を確認して進む旅路。

街に着かなければ、自分たちで野営する。

そんな旅路は、辺境伯家のご令嬢では出来なかったことだと思う。


北部山岳地帯の秘された神殿、湖沼の深い緑の景色など、私の中のアリスティナちゃんも感動していました。

子供の頃に憧れた景色を見ることができたらしい。


絵本や物語の記憶が流れてきたので、それらで想像していたものが、実際に見られたということでしょう。

私も感動した!

屋久島の森も感動したけど、こっちの景色もきれいでした!




旅行以外にも、実は色々ありました。

ライル殿下と王都の森で会って話したことは、ゴルダさんにも報告しました。

アリスティナとしての記憶とともに。


ゴルダさんは、やっぱりゴルダさんでした。

義母にすごく怒りつつ、私の頭をぐらんぐらんと首がもげそうな勢いで撫で回して、言ったのだ。

「ティナ、よく頑張ったな! 頑張って出てきたな! そんな状況から体をちゃんと回復させて、きちんと考えて動いて、えらかった!」


やー、なんか、おっさん入った女子も泣けました。

もちろん私の中のアリスティナちゃんがボロ泣きでしたよ。

小一時間ほど、エグエグベエベエ泣いてたのは、きっとアリスティナちゃんの方だよ。




そんなこんなでひと月ほど旅立ち準備をする中で。

ふと思いついた魔法がありました。

それをゴルダさんに使ってみたら、喜んだのに、すごく怒られました。

有能すぎて娘が心配過ぎるって。


ゴルダさんは、冒険者な私のお父さんだねと言ったら、泣かれました。


なんでも昔、別の国で活動してたとき、結婚して娘さんがいたそうな。

でも家があった土地で魔獣の大発生があり、娘さんとそのお母さんは亡くなった。

娘さんは三歳の可愛い盛りだったらしい。


悲しい思い出になったその国を出て、色々と渡り歩き、この王都に落ち着いた。

私との生活は、まるで娘との時間を取り戻したように感じていたという。

その私が、お父さんと呼んだことで、泣いたそうです。


また私ももらい泣きしちゃったよ!




さて、ゴルダさんに使った魔法はというと。


現役引退していたゴルダさんは、この度めでたく、Sランクに返り咲きました!

日本人としての知識を活用し、ゴルダさんの足の神経をつないでみました。

つながらないかなって、治癒魔法チックにやってみたら、できたのです。




実はこの世界の治癒魔法って、伝説らしいよ。

なので内緒にしなさいって、すごく心配して怒られました。


ただ、そのあとダンジョン都市で合流した、ゴルダさんの元仲間には話しました。

信用できる人たちらしいし、いざというときに頼るようにって言ってくれて。


そんでもって、その仲間の魔法士だったデオールさんに、めっちゃ気に入られて、弟子にされました。

ゴルダさんの弟子なら、俺たちの弟子だ! って。


いや、まあ、独自魔法の考え方とか、すごく面白がって一緒に色々と魔法を開発して、楽しかったんだけどね。

ときに無茶もさせられて、ゴルダさんにめっちゃ怒られてたけどね。

ゴルダさんはお父さんだけど、デオールさんは見た目はおっさんなのに、お兄ちゃんでした。


魔法の話をデオールさんとする中で、私の魔法の先生の話になりました。

空間魔法が得意なマーベルン先生の名前に、デオールさんは驚いてました。

なんと、同じ師匠の元に学び、切磋琢磨していたライバルだったそうです。

マジか。




ゴルダさんの元仲間の人たちは、ダンジョン都市だけでなく、他の旅も一緒に行くと言ってくれて。

出立から半年ほどかけて、王都に戻ってきました。


ちなみにこの国に入ったときに、戦争が終わった話は聞きました。

数ヶ月前だったとか。

しかも父の辺境伯は生きていたとか。


さらにさらに、辺境伯夫人のやらかし具合が、国に入ったところで聞こえるほど、広まってました。

アリスティナ死亡説とともに。


なんかね、ゴルダさんの方が気にしてしまってね。

うちにずっといろって、言ってくれて。

デオールさんたちも、このままパーティに入っちゃいなさいって言ってくれて。

いやいや、嬉しいけどね。


でももし父が私を探していたとしたら。

ちゃんと会って、話をしたい。

何より、私の中のアリスティナちゃんが父親を求めているので!


なので国境からは、少し急ぎ足で王都まで戻ってきました。




そしてゴルダさんとの共同生活の自宅に荷物を置き、部屋の空気を入れ換えたり、バタバタ動いて。

冒険者ギルドに顔を出して帰着報告をしたら、ギルドマスターから大声で呼ばれました。


「おい、ティナ! ここ数ヶ月、ずっとお前を訪ねて週イチで顔出す客が、ちょうどここにいるんだが!」

ギルドマスターを振り返ると、大柄な彼に負けない、鍛え上げた立派な体格の男性がいた。


私の中のアリスティナちゃんが泣き出す中、少し記憶より痩せたかなと思った。

「…お父様」


ああ、さっきギルドマスターは、週イチで顔を出していると言っていた。

半年ほど帰らないと報告していたので、そう伝えただろうに。


戦後処理で忙しいだろうから、たぶんここに来るために、必死に時間を作ってくれている。

むしろ辺境に帰らなきゃいけないだろうに、王都に留まって。

辺境と距離があって仕事が煩雑になるだろうに、ここに来るために。




「お父様!」

私の中のアリスティナちゃんが、歓喜の声を上げた。

駆け出して、その腕の中に飛び込む。


飛び込む直前、美丈夫な辺境伯の顔がくしゃりと歪むのを見た。

「アリス! ああ、アリスティナ…」


涙声だよ、お父様。

ほぼ号泣なのか、呻く声が頭上からする。鼻まで啜ってる。

せっかく美丈夫な辺境伯閣下が、台無しだよ。




だけど、私の中にずっとあった、凝り固まったアリスティナちゃんの悲しみが。

ようやく歓喜に溶けて、私の中に染みて入ってくる。


そう、記憶はあるけど別の存在だったアリスティナちゃんが、今ようやく私の中の一部になった。




ひとしきり、お互いに抱き合って泣いて、泣いて。

ようやく息が整って、顔を上げる。

まだぐしゃぐしゃの顔のお父様がいる。本当に、台無しだよ。

でも大好き!


「…元気で良かった」

絞り出した、かすれた声。


「…元気だったよ。でも、もしお父様に諦められてたらって、怖かった」

私の声もかすれている。あ、私も鼻を啜っちゃった。

「諦めるわけがないだろう! ああ、もう…」

そしてまた父が号泣。

私は次第に落ち着いてきたので、父の頭をヨシヨシと撫でた。




そしてふと、気づいて振り返る。

ゴルダさんが、立ち尽くしていた。


「お父様、紹介したい人がいるの」

腕の中からペシペシと父を叩いて声をかける。

抱きしめたまま動かないので、ゴルダさんに手を振り、こちらに来て欲しいとジェスチャーする。

表情の抜けていたゴルダさんの顔に、戸惑いが生まれ、自分を指さす。

頷いて、もう一度ジェスチャー。


こちらに来たゴルダさんに、お父様も顔を上げた。


「あのね、こちら、ゴルダさん。冒険者な私の、お父さんなの」


お父様に向かい、ゴルダさんを紹介する。

ゴルダさんが驚いた顔をして、お父様が愕然とした顔をした。


「それでね、こちらがアリスティナな私のお父様なの、お父さん」


二人は微妙な表情ながらも、互いに頭を下げる。


「私ね、私が死んだと聞かされたお父様が、仕方ないって諦めるかも知れないことが、怖かったの」

これはゴルダさんに向かって言うべきこと。

ずっと、私は冒険者を続けるつもりでゴルダさんに指導してもらっていたから。

「だから、辺境伯令嬢なんかに戻らない、ずっと冒険者のティナだって思ってた」




ああ、話の向きを察したゴルダさんが顔を歪める。

楽しかった共同生活が、幕を閉じてしまう。


「でもね、お父様は一生懸命、私を迎えに来てくれたんだ」

戦後処理など忙しい中、冒険者ギルドに通ってくれていた。

「だから、帰るね」


「…そうだな」

ゴルダさんの、悲しそうだけど、優しい目が向けられる。

「元気でな」




「娘が本当にお世話になりました」

お父様も、私が帰るという言葉に安心して、ゴルダさんに挨拶をする。

「こちらこそ、娘が生きていたらこんなだっただろうって、ずっとティナがいて、楽しかった」

その言葉にお父様が目を伏せた。


娘が戻ってきた父と、亡くした娘がいる父と。


「帰るけど、冒険者はまたやりに来るからね!」

「ん?」


ゴルダさんの悲しみと慈しみの顔が、くきっと固まった。

あー、それ、初対面の子供に怖がられる顔だよ。ダメだよ、もう。

ゴルダさんが固まった怖い顔のまま、首を傾げる。


「…アリス、帰るのだろう」

お父様からも、戸惑いの声。

「うん、帰るよ。でも冒険者も続けるの。辺境でも冒険者の仕事はあるよね!」


そう、冒険者ティナを捨てるわけじゃない。

私はアリスティナであり、冒険者ティナなのだ!

心の中の溶けて消えたアリスティナも、賛成してくれている気がするから。




「辺境って南部のラングレード辺境伯領だよね! じゃあ次はそこ行くか! ゴルダも!」

テンション高そうな、デオールさんの声が大きく響いた。

あ、みんないたんだ。


そこからは、王都の森で採取する胡蝶花の花蜜とか、どのくらいここで活動して、どう辺境へ移動するか相談し始める。

ゴルダさんは、なんだかきょとんとしたままだ。


ちなみにゴルダさんは、出立直前にSランク冒険者に復帰し、ギルド職員としては退職している。

だから拠点を移してもいいんだけど。

あ、家の片付けが、ギルドから帰ったらする予定だったのに、どうしたものか。


お父様を見上げたら、困った笑い顔をしていた。

「アリス、辺境にはすぐ戻るわけじゃないんだ」

「あれ、そうなの?」


まだ目が赤いけど、涙もおさまって、美丈夫な辺境伯に戻ってきているお父様。

穏やかな微笑みを浮かべて、私の頭を撫でる。

「今はまだ、戦後処理を王城の人たちと詰めていて、バタバタしていてね」


そんな中で、時間を作ってギルドに通ってくれていたことに、またじんと胸が熱くなる。

「だから、また迎えに来るよ」

「え?」

「ゴルダさん、娘を今しばらく、よろしくお願いいたします」

お父様は、ゴルダさんに丁寧に頭を下げた。


ゴルダさんは目を瞬いて、ぎこちなく頷く。

「い、いいのか?」

「実は、王都の屋敷がまだゴタついておりまして。ただ会いたいと思っていた娘と、ひとまずは会えましたから」


そして私は、今しばらく冒険者ティナを続けることになった。

なにせお父様は、ライル殿下からの話を受けて、ごく一部の人以外には私が生きていることを話していなかったので!

私がいきなり王都の屋敷に現れたら、混乱間違いなしなのだそう。

まずは、私の生存報告を、辺境伯家の家臣や使用人に伝える必要があるという。




話くらいはゆっくりすればいいと、ゴルダさんの家でお父様とおしゃべりをした。


まずは、辺境のお父様以外の人たちについても確かめる。

お父様の側近には、遊んでくれた親しかった人たちもたくさんいたから。


結果、全員が無事でした。


まあ、ね。

今考えれば、あの人たちを怪我させる事ができる人って、そうそういないとは思っていました。

お父様の行方不明も、思いもしない意外なことだったから。


行方不明の理由を聞けば、兵に襲われている村人を救出した際に、ヌエンが出たという。

ヌエンは辺境の森の奥にいる、凶悪な魔獣だ。

いろんな魔獣の強いところをかけ合わせたような、不格好だが素早く力強い、頑丈な魔獣。


普段なら遅れをとることはなくても、村人を庇いながらの戦闘で苦戦した。

足場も悪く、倒したものの横腹を角に貫かれ、さらに斜面を落ちた。

助け出されたときには、怪我から数日経過して、ポーションが効く時期も過ぎてしまった。

ポーションは怪我してすぐなら効くが、時間がたつと効きが悪くなる。

いつもなら持ち歩いているポーションが、転戦するうち尽きてしまっていた。


そうなるとすぐに回復はできない。

守りの心許ない村で動けず、しばらく身を潜めることになったという。




ちなみにヌエンだが、父も側近たちも、単独討伐できる。

それを「ちょっと手こずった」と言いながら、笑顔で持ち帰ってくるのだ。

肉は意外とおいしく、シチューなど煮込み料理が好きだ。


そのヌエンの強さだが、魔獣討伐をするようになり、冒険者レベルと討伐レベルをゴルダさんに教わった今ならわかる。

たぶんお父様や側近の人たち、Sランク相当が大多数だ。

魔獣大発生の中を、最前線で単独の活躍ができるレベルが、Sランクと聞かされている。

それでいえば、あの人たちそのレベルだわー。


軍隊や騎士の一般レベルは冒険者Dランク程度、隊長クラスでCランク程度と聞かされている。

Dランクは複数で囲んで一般魔獣を倒せるレベル。

Cランクは一般魔獣なら単独討伐できるレベル。

どちらも多数でヌエンを相手にしても生きて帰れないレベル。




だから私は、戦争と聞いても、彼らは大丈夫だと思っていた。


だから私は、彼らが王都別邸の様子を知ることも出来ない余裕のなさが、信じられなかった。

見捨てられたのかも知れないと、ちょっぴり思っていた。


お父様が行方不明になるような状況だったと知り、見捨てられたわけではないのかもと思った。

だけどお父様が行方不明なら、やっぱり私は死んだことにされて見捨てられるのかなとも思った。


そんなことをお父様に言ったら、また号泣された。ごめんなさい。




あちらの国に負けていたわけではなく、かなりの損害は与えていた。

でも、あちらの国は総力戦で、対するこちらの兵が少なかったのは事実。

一騎当千の猛者ばかりでも、広く様々な場所を攻撃され、手が回らなかったという。


国の南部は元々が戦闘民族の住まう地域で、逆境はむしろ奮い立つ傾向にある。

なので、攻めてくる兵を、片っ端から撃退した。

それに夢中になる余りに余裕がなく、王都別邸に意識が向かなかったという。


辺境を背負っている父を、責めることは出来ない。

でも父は、戦争に向き合うあまりに、娘のことがまったくの意識の外になったことを悔やんでいる。

また涙を流すので、抱きついて慰めた。




ちなみにそんな戦闘民族なSランク相当多数の辺境勢を相手にした、あちらの国ですが。

そもそも、戦争ふっかけた当初から甚大な被害が出ていたらしい。

国の総力を挙げた攻撃で、辺境伯領軍に返り討ちにされたのだ。


戦争をふっかけた王太子は、周囲から責め立てられた。

逆ギレして王を殺し、新王になった。

そして王命で戦争続行を宣言する暴挙に出た。


さらに兵を招集し、戦争を続け被害を出し続けた。

農家の男や坑夫たちや、商売人でも、成人男性を差し出すように命じた。

成人男性をどんどん徴兵して、戦場へ送り込んで戦争を続けた。

そして大量の死者を出し続けた。


最終的に、本来なら引っ込んでいなければならない新王が、前線に出るしか戦線維持できなくなった。

もう戦争を続けるには無理があり過ぎたのに、続けようとして、なら前線出て指揮しろやとなったそうな。

そして、うちの父に戦場でやられた。


新王が死亡した途端、あちらの国の兵たちは逃げ帰った。

あの男の指示でしていただけで、もう戦争をする気も、その力もなくなっていたのだ。


うちは村がいくつか犠牲になったが、実は犠牲者の数は、あちらの国の方が莫大な損失だ。

戦後、働き手がおらず、国の維持をどうするのかという状況に陥っているそうな。


戦後の話し合いでは、賠償金をふっかけ、高額を分捕った。

あちらの国の領土をもらっても旨味はないのでね。


その賠償金は、辺境の復興資金などに充てられているそうだ。




ゴルダさんの家で、そんなことを話して。

たまに落ち着いたら夕食に来ることを約束して。

お父様は王都の別邸へ帰って行ったのでした。



元祖アリスティナちゃんの悲しみが溶けたので、次回からはっちゃけモード入ります。

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