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05 王城にて

※他者視点です




城への帰り道は、長く沈黙が続いた。


王妃のお茶に仕込まれていた毒は、普通の解毒薬では中和できないものだった。

せめて私の死体を悪用させないために、その場から逃れるだけで、精一杯だった。

そう、恐らく死ぬと思っていた。


あの状態の私を治療したのなら、万能解毒薬と、あの毒で焼けた内臓を治療するための上級ポーションだろう。

それら高級な魔法薬を惜しげもなく救助に使った少女冒険者に、最初は驚いた。

だがアルトの攻撃に対する身のこなしに、年少でも有能な冒険者なのだと知った。


将来名を馳せるだろう英雄の年少期は、このようなものかも知れない。

そんなふうに思った。


だが、あの年齢で空間魔法、しかも温かい食事を出せる時間停止まで使えるなど、あり得ない。

魔法と戦闘力両方は、あの年齢で身につけられるレベルを超えている。


贈り人と知った今ならわかる。

あれらは死の間際から蘇生して生き直すにあたり、能力が上がるという。

身体能力と魔法の両方、能力が高いのは贈り人ならではだろう。




それを知らないあのときは、戸惑った。

空間魔法は、高魔力であることが前提にある。


どこかの王族か貴族の血をひいているのか。

この森で会ったのは、偶然か、何か裏があるのか。


アルトも怪しく思ったのだろう。

それでも何の要求もなく立ち去ろうとしたのを見ている。

不本意ながらといった顔で出してくれた食事に、毒は入っていないと見て食べた。


昼食を食べそこねていた私たちにとって、少し粗野だが味のある料理は、とてもおいしかった。

パンに豪快に具材を詰め込んだ、自分たちで食べる前提の食事。

それがとても安心できて、おいしく食べられた。




こちらの昼食の準備を取りやめさせた上での、王妃の呼び出し。

用意させたと出された食事に、手はつけられなかった。

あいにく他の物を口にして入らないと言い訳して、お茶にだけ口をつけた。

そこに毒を盛られていたとは。


私に従うアルト以外は、王妃に都合のいい人物ばかりがその場にいた。

以前から異母弟を王にしたいという考えは透けていた。




ペラペラと優越感に満ちて話してくれたのは、毒の入手経路。

隣国の王族であった母の、従妹が嫁いだマスクル公爵家の領地から取れる毒物だという。


マスクル公爵家は、我が国の三大公爵家のひとつ。

南部の領地をとりまとめる家のため、今回の辺境伯領での戦争に、いち早く兵を投入するはずだった家。

だが派兵準備の最中に、魔の森から魔獣があふれ出た。

その対応に追われて派兵が遅れた。


魔の森は、マスクル公爵家と、王妃の実家のバストール公爵家の間に広がる。

戦争の派兵とは別に、魔獣の氾濫の調査をしたところ、バストール公爵領から魔獣が追い立てられた形跡が見えた。

証拠となるほどのものではないが、限りなく怪しい。


マスクル公爵家の子息たちとは交流がある。

次男のロイド・マスクルは私より年少だが、年も近いため側近候補だ。


そのマスクル公爵領から入手した毒。

私を殺して王位を異母弟に継がせるだけでなく、私の死体をマスクル公爵家を陥れる手段にするつもりだと知った。

殺されるだけでなく、その死さえも利用しようとされて、あがいた。




万一のための魔道具で、結界の端まで転移した。

毒のため、魔力操作が狂い、アルトは別の場所に飛ばされたのだろう、そばにいなかった。

悲鳴を上げる体を酷使して、なるべく城から遠ざかった。


死ぬにしても、死体をいいように使われないように。

まさか、その行動で冒険者に助けられるなんて、思いもしなかったけれど。




お腹に物が入って落ち着いて、アルトが彼女の身元を確かめた。

アルトの特殊魔法は、相手に真実を語らせるというものだ。


その魔法はたまに使い手が出てくるので、王族が保護することが多い。

だがアルトは、私のために何か特殊魔法ができるようにならないかと努力して、その魔法を会得した。

例がないわけではないが、珍しいことだと聞いている。




そこから聞いた真実は、驚くものだった。


貴族令嬢だったことに失望したが、辺境伯家令嬢ではないと思い返した。

辺境で、本家筋でなければ、冒険者として修業する者もあるだろうと、納得しかけたのに。


贈り人を発現させた、辺境伯家のご令嬢本人だったとは。

しかも今回の王城の不手際による犠牲者だ。


バストール公爵家を好きにさせていなければ、マスクル公爵家の派兵は速やかに行われたはずだ。

彼女が言ったように、辺境伯家が別邸にまったく人をやれない状況に追い込まれることはなかった。


辺境伯の行方不明も、防げたことかも知れない。

無理に無理を重ねた上でのことだったと聞く。


彼女は貴族に戻る気はないらしい。

濁していたが、そういうことだろう。

この国に失望したのかも知れない。




私の命の恩人である彼女から、強引に情報を引き出したことを持ち出されたとき、私もアルトも構えた。

贈り人と私は言ったが、来訪者の可能性もあったからだ。

絶望の中で生まれた人格は、良いものばかりとは限らない。

悪しきものは来訪者という。


だが、彼女はやはり贈り人だった。

真実を明らかに。

そんなことは、頼まれるまでもない、当たり前のことだ。

アルトの魔法の使い道として、本当にまっとうなことを願われた。


アルトも戸惑ったことだろう。

脅すような言葉でありながら、とてもまっとうな願いだったのだから。


最後の魔力を込めた念押しも、困った。

そんな魔力の使い方は慣れていないのだろう、私の方にも漏れていた。

脅すような魔力で、まっすぐな願いをぶつけて来ていた。


必ず真実を皆の目に明らかにする。


アルトも私も、心に据えた。






ライルは帰城後、すみやかに陛下への謁見を求めた。

王妃から毒を盛られた一件のあとなので、生きていたことに対するざわめきが煩わしい。


おそらく王妃は、特殊な毒で倒れた王太子について言って回っていたのだろう。

マスクル公爵家を陥れるために、特殊な毒を印象付けていたはずだ。

自分の死体が見つかり、毒の分析がされることを心待ちにしながら。


いつもなら、憂鬱で押しつぶされそうになるところだ。

だが、いつもの重苦しさは感じない。


あの王妃の一番の犠牲者は自分だと思っていた。

けれど、今日会った彼女との話で、犠牲者として嘆いていたことが、恥ずかしくなった。


自分は王太子なのだ。

もっと王妃本人や、かの公爵家に対して強かに立ち回り、防げた事態もあったはずなのに。


あがけ、動け、考えろ。

彼女のために何ができるかと考えると、自然とまっすぐ前を見据えられた。


謁見を待つ間、身支度をしながらアルトにそれらを語ると、泣かれた。

どうやら嬉し泣きらしい。




優秀な王子と褒められ、政務に少しでも早く係わりたいと、宰相や大臣に教えを受けていた。

民のためにと考えた施策が、認められたこともある。

そして父が認め、立太子してから、命を狙われるようになった。


犯人は王妃であろうと思われながら、証拠はない。

今日のことだって、残念ながら証拠は残っていないのだ。

逃げるので精いっぱいだった。


王城の使用人を信用できず、でも生活圏は王城しかない。

なんとか信頼できる従者や乳母などの協力で、信頼できる使用人で周囲を固めた。

けれど政務となると、人の出入りは多くなる。

立太子されたからには、王太子として動かねばならない。


信用していた人すら信じ切れなくなることもあり、絶望感があった。

それでも、絶対に信頼できるアルトのような人物は何人かいた。

閉塞感や重苦しさに、そのうち贈り人が自分の中に現れるのではないかと、ふと思ったことがある。

王家の者として、自分は魔力が高いから。



ああ、恥ずかしいなと思う。

彼女の絶望はそんなものではない。

味方は誰一人おらず、貴族令嬢としての矜持も尊厳も剥ぎ取られ。


牢の囚人よりも酷い扱いなんて、想像したこともなかった。

自分にそんなことが起こるなど考えられない。

ただの憂鬱を絶望などと、よく言えたものだ。


なのに彼女は、見ず知らずの倒れている男を助けた。

自分に剣を向けたアルトを許し、食べ物をわけてくれた。

復讐は考えておらず、悪事を暴いて欲しいと望む。


かなわないなと思う。

年下の少女だが、贈り人であればその人格の年齢はまた異なる。

けれど、自分が大人になり、そうあれるかと言えば、別だ。




不遇な貴族令嬢から、冒険者になる。

無謀なのか勇敢なのか大胆なのか知らないけれど。


辺境伯家の令嬢としての名前を名乗らされたときの、呆然とした顔。

そして自分の言葉に成り代わりを知り、愕然としていたときの顔。

あれらは、まだ傷が癒えていないながらも戦おうとしていた人の素顔だった。

彼女は逃げたのではない。戦い続けている。

しっかりと生き抜こうと、あがいているのだ。

負けてなどいられない。




陛下との謁見で、宰相以外の給仕などの人払いを願い、彼女の話をした。

正確に話すために、王妃に毒を盛られた経緯も語ったが、そこで反応しかけた二人を制止し、話を続けた。

毒を受けた話が主題ではないことに困惑した彼らだったが。


「辺境伯家令嬢が、あのときの者ではなく、成り代わりであったなど」

話の先が見えた頃には黙って聞き、結論に二人は衝撃を受けていた。









辺境伯領とその周辺貴族のわずかな支援と、王城からもささやかな支援。

それで戦場を持ちこたえさせてしまった負い目が、王にも宰相にもある。


だからこそ、辺境伯が戦場で行方不明になったと聞き、心を痛めた。

せめて後嗣には、しっかりとサポートしようと場を設けて、主要貴族との面通しもさせた。

夫人も令嬢も、領主の行方不明に気落ちしつつも、しっかりと対応しているのが、健気だと思っていたが。


後嗣の成り代わりを企む連中だ。

むしろ領主の行方不明を好機としていたのだ。

健気どころか、ふてぶてしい悪党たちだったとは。

陛下も宰相も嘆いた。


そして贈り人が発現した、本当の辺境伯家令嬢アリスティナ。

冒険者ティナと名乗り、人助けまでしているという。


裏取り調査をした上になるが。

彼女の希望通りに、人々の前で暴露させることとなった。

アルトの魔法を使うための段取りを、陛下と宰相が相談する。



「偽物辺境伯家令嬢たちを城に招くにあたって、ひとつ提案があります」

国王は、息子の言葉とそのまっすぐな視線に、目を丸くした。

長男のこんなまっすぐな視線、いつぶりだろうか。

笑みがこぼれそうになりながらも、顔を引き締め言葉を返す。


「申してみよ」

「私は辺境伯家令嬢、アリスティナ嬢に婚約を申し込みます」

宰相が隣で静かに笑った。


「企みを暴くためにしても、本物のアリスティナ嬢が戻れば、本当に婚約者になりますぞ」

「そうなれば、嬉しいですね」

少し頬を染めて、目を伏せる息子。


ごふっ、と宰相から咳が漏れた。

自分は危うく飲み込んだ国王は、ことさら顔を引き締める。

そうしないと、なんだか崩れそうだから。


「では、そのように」

重々しい口調での国王の言葉に、宰相が頭を下げて応じた。



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