03 ある日森の中
ある日いつもの採取に来たら、王都の森の中に、男の子が倒れていた。
外傷はない。
そもそもこの辺りは、王家の森に近い。
王城から続く王家の森は、騎士がマメに魔獣討伐しているため、このあたりは魔獣が少ない。
出ても小さな弱い魔物ばかりだ。
だから魔獣にやられて倒れているわけではない、はず。
目に魔力を集めて鑑定のようなことをしてみる。
これ便利なんだよ。採取がはかどるんだよ。
病気の異常場所なんかもわかりやすいんだよ。
そして毒で倒れていると判明した。
ため息を吐く。
彼を蝕んでいるのは、普通の解毒薬では中和できない毒。
このあたりには、こんな毒を持つ魔植物も魔獣もいないのだ。
厄介ごとの匂いがプンプンしやがるぜ!
まあでも、見捨てるわけにはいくまい。
なんせお人好しゴルダさんの、弟子を自認している私だ。
倒れている人を見捨てるなんてことしたら、ゴルダさんに顔向けできないのだ!
私は万能解毒薬が作れる。まあ、今は持っていないけど。
ここでちょっと話がそれるが、上級ポーションや特殊魔法薬など、初めてのレシピに挑戦すると、ほぼ失敗する。
何度か失敗した上で、失敗と成功を繰り返し、安定して作れるようになるのだ。
RPGでもあるよねー。
その失敗作は、実は利用できる。
要するに基準に満たないものは失敗作と判定されるが、失敗度合いによって、ほぼ成功のものもある。
基準を満たさないものは売れないが、ちょっと惜しいだけなら自分で活用できる。
効き目がちょっと惜しいだけなのだから。
たとえば上級ポーションの失敗作は、通常ポーションより数倍の効き目がある。
そして私は今、ちょっと惜しい万能解毒薬をアホほど持っているのだ!
安定して作れるまでの、意地になった結果だ。
うつ伏せになっている彼を、身体強化で仰向けにひっくり返し、頭を上げさせる。
おお、なんだか美人さんな男の子だ。私より何歳か上だと思う。
アホほどある、ちょっと惜しい万能解毒薬を一本取り出し、口に含ませた。
誤嚥しないように、ゆっくりと流し込む。
喉が動いて、無事に飲んだのがわかる。
目に魔力を集中して状態を確認すると、解毒中で快方に向かっている様子がわかり、ほっとした。
あとは魔法薬が体に馴染むのを待たないと、次の手が必要かどうかもわからない。
厄介ごとに巻き込まれたくないが、回復して目覚めるまでは待たねばなるまい。
冒険者ギルドではポーションの人で知られるようになった私だが、今では討伐も、それなりにしている。
ゴルダさんとの共同生活が始まって一年。
今の私はゴルダさんに特訓してもらい、かなり戦えるようになった。
剣は体格的に無理だが、短剣と体術をずっと教わっている。
あと投げナイフとか、色々と扱える武器も増えた。
ゴルダさんの馴染みの武器屋、ドワーフのゼンデズさんに、私専用の短剣も作ってもらった。
袖口やブーツに仕込む隠しナイフなんかも提案したら、面白がって作ってくれた。
今や私は、体のあちこちに武器を仕込んでいて、ゴルダさんに呆れられている。
ちなみにゼンデズさんは、武器への付与魔法が絶妙だ。
その人のレベルや癖、持ち味を生かした、戦いやすくなる付与をいつもしている。
私も自分専用の武器を作ってもらうときに、付与魔法をしてみたくて教わったが、難しかった。
でも筋はいいらしい。
教え甲斐があると、ときどき教えてもらっている。
自分で付与をした、自分の魔力に馴染ませた武器は、すっごく使いやすくて高性能になるらしい。
頑張って自分で付与をした武器を作れるようになれと、応援されている。
私もいつか、自分の魔法武器を作ってやるのだ!
付与ができれば魔道具にも興味を持つが、ゼンデズさん曰く、そちらは別の先生を当たれとのこと。
付与は得意だが、あくまでも武具職人。
武具作成を極めたいゼンデズさんには、「魔道具は知らん!」と言われた。
攻撃魔法ができなかった私でしたが、今は攻撃も防御もできる。特殊魔法も色々と使える。
魔法は苦手なゴルダさんからは、基本の攻撃魔法程度しか教わっていない。
あとは自分で工夫して発展させた。
でも他の冒険者に必要な技能は、たくさん教わっている。
野営の仕方や、旅先での宿の選び方、馬や騎獣の乗り方、乗り合い馬車の選び方とか。
本当に多くをゴルダさんから教わっている。
実は来月から、遠方に半年ほど旅をしようと誘われた。
昔の冒険者仲間とダンジョン都市で落ち合い、旧交を温めるらしい。
すっごく楽しみにしている!
そこで私はゴルダさんの一番弟子だと自己紹介する予定なのだ!
なにせ共同生活もしているのでね。一番弟子なのだ!
旅の間、冒険者ギルドは長期休暇をとるらしい。
もしかすると、辞職するかも知れないと言っていた。
そこはゴルダさんの人生設計なので、何も言う気はない。
色々と考えているようだ。
さて、解毒はできたが彼は目を覚まさない。
顔立ちもきれいだが、服装も上質で仕立てのいいものを着ている。
いいところのお坊ちゃんなのだろう。
解毒はできたが、内臓にダメージを受けている様子が見えた。
なので上級ポーションの惜しいやつを飲ませた。
もちろん上級ポーションも成功したものは売ってしまっているので、惜しいやつしか持っていない。
ゴルダさんからは、完成品も一応持っておけと言われている。
今の惜しいやつ在庫が減ったら、そうしようかと思っている。
ポーションが馴染み、回復するとともに男の子が目を開けた。
私を見てビクリとするが、体がうまく動かないようだ。
まだ回復中だからね。
「解毒と回復のポーションを飲ませました。しばらくすると大丈夫になると思います」
貴族であろう男の子に、使用人たちが使っていた丁寧口調で言った。
今はもう馴染んでいる冒険者たちとの言葉遣いは、彼に対してマズイ気がするのでね。
貴族言葉にはなっていないはずだけど、どうだろうか。
男の子は瞬きをして、ふうっと息を吐くと、ゆっくりと身を起こした。
「本当だ。楽になっている。ありがとう」
やわらかく笑うと、美形度合いが上がる。ちょっと眩しい。
「ここはどこだろうか」
「王都の森の中です。冒険者が採取などに来る」
「冒険者が…ああ、そうか。結界をまたいだのだったな」
あ、聞きたくない情報が入ってきたよ。
王城から続く王家の森側には、結界が張られている。
そのため王都の森から王家の森には入れないようになっている。
だけど逆は可能。
つまり結界をまたいだなら、王家の森から来たということ。
黙って彼の続く言葉を待っていると、うなじがチリリとした。
慌てて飛び退き、短剣を構える。
「よせ、アルト! 助けてくれた恩人だ!」
毒にやられていた彼が、慌てた声を上げた。
目の前の、これまた美形だが男らしい顔立ちの男子は、剣を構えたままこちらを見据えている。
私の背後から来て、襲おうとした人物だ。
ちょっと、あの、本当に厄介ごとは勘弁して欲しいんですけど。
「ライル様、ご無事でしたか」
「ああ、彼女が解毒薬と回復薬を処置してくれたそうだ。おかげで助かった」
アルトと呼ばれた男子が、剣をおさめて頭を下げてきた。
「殿下を助けて頂いたのに、剣を向けて申し訳ございませんでした」
うわお、殿下ときたか。
殿下と呼ばれる人物は主に二人だ。
第一王子の王太子殿下は、ライルフリード様という名前だった気がする。うろ覚えだけど。
異国から輿入れされた最初の王妃の子供。
幼い頃に母王妃が亡くなられ、新たに輿入れされた今の王妃にも王子が生まれた。
そちらが第二王子殿下。名前はランドルフだったかな。こちらもうろ覚えだ。
王太子殿下は、十五歳にして既に高い能力を示されており、彼が王になることを望む人々は多い。
でも自国の血筋である王子を王にしたい第二王子派も、現王妃の実家を筆頭に盛り上がっているんだとか。
そしてライル様と呼ばれた殿下が、毒で王都の森に倒れているとか!
結界をまたいだってことは、王城で毒を受け、森を抜けて王城側から逃げてきて、倒れたってことでしょう。
うわーい、巻き込まれたくなーい!
「お気になさらず。無事に回復されて何よりでした。では」
早口で言い置いて、背中を向けようとしたが、立ち去れなかった。
「では」に重なるように、大きなお腹の音がしたのだ。
背を向けたのに、つい振り返ってしまった。
アルトさんとやらが、膝をついていた。
あ、手もついて四つん這いになった。
「おい、アルト!」
「ご無事で、本当に良かった…」
しみじみと言いつつ涙ぐみ、そして鳴る腹の音。
どうやら危機的状況に空腹も忘れて殿下を探し回り。
見つけて無事な姿に安心して。
気が抜けて、体力使い果たしていたことと空腹で、へばって立てなくなっている、と。
………見捨てちゃなんねえだろーな。
厄介ごと嫌だけどな。
結果、空間魔法から食事を出すことになった。
なぜならゴルダさんの弟子だから!
持ち歩いている軽食から、豪華版ホットドッグをあげた。
アルトさんだけでなく、なぜか殿下も食べている。
ゴルダさんもお気に入りの、大きなパンにたくさんの具材の巨大ホットドッグもどきが、見る見る小さくなる。
王城の子たちが、なぜ欠食児童状態で食べているのか謎だ。
だがその謎は解けなくていい。巻き込まれたくないからな!
そして次がいりそうな予感がする。大きかったパンがもう小さいのに、いまだ勢いがすごい。
ハンバーガーも持ってるけど、出した方がいいかな。聞いてからでいいかな。
ライル殿下もおいしそうに食べている。
毒見問題があるんじゃないかと言ったけど、解毒した冒険者が毒を盛るはずがないとの理屈だそうだ。
いや、解毒したとき殿下とか知らんかったし! ただの救助だし!
師匠仕込みの、倒れている人は救助すべし、という精神論を説明すると、立派だと褒めてくれた。エヘン。
「念のため、身元の確認だけはさせて欲しい」
豪華ホットドッグもどきを平らげてから、アルトさんがこちらを向いた。
そしてハンバーガーもいるか口を開こうとしたところに、彼からのこの言葉。
ああ、うん。遅いんじゃないかな。
私の身元確認の前に、与えられたご飯を食べてちゃダメじゃないかな。
冒険者の身元確認はタグでするので、いつものごとく冒険者タグを示して名乗る。
「冒険者のティナです」
ちなみに本名の後半部分が冒険者名です。
親からはアリスと呼ばれていたので、冒険者名は違う方がいいと思いまして、そちらを採用しました。
「冒険者名は本名とは違うと聞く。できれば本名も教えて欲しい」
ふと気づいた。
言葉に魔力が混じっている。
そして意図せず、私の口が開く。
「アリスティナ・ラングレードです」
「…ラングレード? ラングレード辺境伯家か、やはり貴族か!」
アルトさんが険しい顔になり、ライル殿下の腕を引いて距離を取ろうとした。
だが、ライル殿下が逆に引っ張る。
「アルト、失礼だろう!」
「だが、空間魔法まで扱える高魔力者の貴族です。普通の冒険者のふりをして接触するなどと」
「彼女は恩人だ! 名を強引に引き出し、警戒するなど、失礼極まりないだろう!」
はーーーーっと、深ぁいため息を吐いた。
殿下の従者としての特殊魔法なのだろう。
意図せず勝手に口が開き、名乗るつもりのない辺境伯家令嬢の名前が口から出た。
つまり彼は、魔力を込めた言葉で、真実を口にさせることができる。
自白魔法というのだろうか。秘密がある者には、恐ろしい魔法だ。
念のための確認をしたつもりだったのだろう。
だが、なんてことをしてくれたんだか。