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本日7話目です
よっしゃ、第一段階の婚約破棄もとい解消からの、冤罪の立証、クリア!
そう心の中で拳を振り上げたとき、割って入った声があった。
「冤罪はわかりましたわ。ならば、そもそもの話が誤解だったのですから、婚約の解消は不要でしょう」
ようやく来た王妃が、陛下の横から口を突っ込んできた。
うん。意味がわからんな。
「国を割るような抗議をせねばならないことが、今までに積み重なっております。ご承知でいらっしゃいますかしら」
さっきの陛下の言葉を聞いとったんかい、というツッコミを入れてみる。
「記録された映像で、本音は漏れておりましたでしょう。抗議したくとも、国を割ることになる可能性があり抗議ができないと」
私は池映像の記録水晶を、手に乗せて示す。
「そんな無理を強いる関係を、エルランデ公爵家に求めると、バストール公爵家の方々は公の場で仰せになると?」
お前、それ国を割る理由を、この場でわざわざ作るって公言するんかい。
内乱が本気で起きたら、その理由はバストール公爵家にあると国中に知れ渡るぜ。
婚約続行するなら、内乱起こすぜ、バストール公爵責で!
ああん?
「今回の件で抗議が必要となれば、我が辺境伯領も、サーディス・ドラクール両侯爵家も、もちろん主家のマスクル公爵家も、エルランデ公爵につきます」
「令嬢が勝手なことを」
「事前の了承は、各ご当主から得ております。国の南部全てと、本当に国を割って争うおつもりでしょうか」
エルランデ公爵が目を剥いている。
まあ、わかるよね。
そうなったときの総大将は、あなただ! スマン!
「これだけの事態を起こして、それはならんであろう、王妃よ。そもそも次に何か事を起こせば婚約解消と、固く約束しておったろうが」
王妃と私のやりとりを黙って聞いていた陛下が、ようやく割って入った。
陛下、このやりとりを狙って、王妃に場所を譲ったのでしょうか。
ここまでの流れからの、王妃の無理矢理っぷりを、大勢の貴族や将来の嫡男たちに公開したかったのでしょうかね。
内乱起きるの無理ないよ、君のせいだよ状態を、お待ちだったのですかね。
私の性格を大体把握されてきているからね。
こんのクソダンディ国王め!
「ここまでの問題を起こした第二王子と王妃について、どうにかせねば、最悪国が滅ぶな」
「そうですわね。エルランデへの無理強いについて、抗議のためにもバストールに攻め込む。そんな了承を、マスクル本家がなさったからには」
戦闘民族マスクルが本気で離反すると、理解した方々の、ざわめきが聞こえる。
「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか」
セレイアお姉様が、ここで登場した。
壇上の陛下に向けて、書類束を差し出している。
「こちらをお納め頂けますでしょうか」
「これは、どういう書類かな」
「学園関係者から聴取いたしました、第二王子殿下からの、大小様々な被害状況の報告にございます」
それは学園内で、フリーディアちゃん以外の学生たちが、第二王子から受けた被害の証言だという。
学生たちからの証言をとりまとめ、城での被害なども家族目線で聴取したもの。
各貴族家に及ぶ、証言の数々。
ざくっと目を通した陛下が、なるほどと唸る。
「エルランデ、マスクルのみならず、バストール配下からも、証言が出ておるな」
「嘘だ! そんな証言など」
第二王子が喚き始める。
「この場で口にするのは憚られる事例もございますので、ごく小さな事件を。例えばBクラスの終業時、バストール配下の子爵家子息に大量のゴミを押しつけた件」
「そんなことは、していない!」
即座に否定した第二王子に対し、セレイアお姉様が冷ややかな声で続ける。
「詩歌を書いた大量の紙を、下賜と称してお渡ししたお心当たりは?」
「それならある。私の素晴らしい詩を、くれてやったのだ」
「残念ながら、大量の書き損じの紙は、ゴミでしかございませんわ」
あー。ねー。
つまり明後日の暴走の被害が、あちこちに出ていたと。
そりゃあ、あるよねー。
本人に自覚がなくても、被害は出てるよねー。
私たちは全員がSクラスになり、一般クラスの事情に疎くなった。
そのため一般クラスの状況に気づかなかったという敗因があった。
でも一般クラスだったら、やはりコレに煩わされていたことだろう。
「書類の精査については、既にしておりますわ。このように認識の違いによる被害が、多数出ております」
認識の違い!
きれいに言うなら、そういうことだ。なるほど。
「第二王子殿下は、周囲との認識に、かなりの差をお持ちです。そのような方が、王位の継承権を持つことは、貴族として国を憂えるばかりでございます」
わー。本当にうまく言うね、セレイアお姉様。
「血筋だけではなく、継承権には、統治者の資質についてもご配慮を願いたいと、そこに記載の各貴族家からの、上申にございます」
つまり、いろんな貴族から継承権剥奪してって声が上がったってことだよね。
それを書類にして、セレイアお姉様はご用意してくださったと。
うん。見事にとどめを刺して頂けたな。ありがたい。
そこにサーディス侯爵が出てきた。
「娘に続き、私からもこれを提出させて頂きたい。王妃とバストール公爵、ならびにバストール配下の高官たちの、中央で不正をしている証拠ですな」
提出された陛下が、先ほどと同じようにざくっと目を通されたが、あるところで手を止めた。
そして目を剥いたと思ったら、その箇所をサーディス侯爵に示す。
「これは」
「そちらは、冒険者ギルドや商業ギルドなどから情報を集めましてな。証言できる人物も、ここに記載しております」
うぬうと陛下が唸った。
「王妃よ」
「なんでしょうか」
「三年ほど前だったか。そなた、ライルフリードが毒を飲まされたと騒いでおったな」
「はあ?」
王妃が目を見開く。
「マスクル公爵領に現れる、特殊魔獣の毒としか考えられない症状であったと」
ライル殿下が毒を飲まされたと王妃が騒いでたって、自作自演? どういう状況?
と、考えてから、ふと思い至った。
あれ、その頃って、森で出会ったときのアレなんじゃないかな。
殿下と初めて会って救助したとき、毒でやられてたよな。
しかも万能解毒薬の方でなければ解毒できない種類の、毒だった。
「その特殊魔獣の毒の売買履歴を辿り、そなたに行き着いておるのだがな」
「そ、そんな、ありえませんわ!」
「もちろん、内容は後ほど精査する。だがな、あれは不思議な事件だった」
陛下は語った。
王妃が、ライル殿下が急に苦しまれた末に姿を消したと騒いだ。
そのときの様子を子細に語り、マスクル公爵領でしか手に入らない毒の症状ではないかと言い回った。
捜索したがライル殿下は見つからず、数刻たってから、侍従を伴い自分で歩いて、王城へ戻ってきた。
毒の症状は見当たらず、話はうやむやになったという。
王妃に詳細を訊けば、無事であったなら見間違いでしたと堂々と言っていたと。
「ライルが無事に戻ったことで、あの件はなかったことにされてしまっておるがな。実際に、ライルは毒を飲まされておったのだ」
本日の最大音量で、会場中がざわめいた。
「だが証拠がなかった。ライルはそなたに毒を飲まされたと話しておったがな」
「そうですね。食事に呼ばれ、警戒をしてお茶だけを口にいたしましたが、そこに仕込まれておりました。マスクル産の毒のため、疑いがマスクルに向くだろうと仰ってましたね」
私の横から、ライル殿下が証言する。
「そうか。あのときの証拠が、出てきたのか」
陛下がしみじみとした声になられた。
「実はライルフリードはな、あの毒で…国王の激務には、当たれぬ体に、なっておるのだ」
…え、ピンピンしてますけど?
私は隣のライル殿下を、魔力の流れも探りながら、まじまじと見る。
ライル殿下は微笑で頷く。
「せめて、望む縁をとアリスティナ嬢との婚約を続行させておったが、やはり王太子として、いずれ王になるには、あの毒で体が…」
陛下が目元を手で覆うが、途切れさせた声には、きちんと張りがあるままだ。
陛下って、口は立つけれど。
演技へったくそだな!
あとこういう場だから、感覚鋭くしているので気がついたのですが。
そろそろお腹が鳴っている人が、複数おられます。
たぶん交流会開始宣言直後からのコレで、ごはんを食べ損ねてる状態の方が、多数いらっしゃいます。
陛下、へったくそな演技を中断して、巻きでお願いします。
それをどう令嬢言葉で言えばいいのかが、わからないのですがね。
「ライルはアリスティナ嬢に、本気で心を寄せておる。傷ついた体でも、女辺境伯の伴侶であれば、どうだろうか、ラングレード辺境伯よ」
「は…は?」
いきなり話を振られた父が、驚いている。
あ、お父様に殿下の婿入り計画の話をするの、すっかり忘れてた。
お父様に向けて、こくこく頷いて見せると、微妙に視線をうろつかせてから、陛下に礼を返していた。
「辺境伯領といたしましては、アリスティナには聡明な伴侶を求めておりました。ライル殿下であれば、申し分もございません」
私が差し出した拡声魔道具に向けて、落ち着いた声で話すお父様。
事前の打ち合わせを怠りまして、大変申し訳ございませんでした!
てゆーか陛下、ここでそんな話をぶっ込むのは、どうなんですかね!
「王太子には、次期学生会長となる、王弟の子、ルードルフをと準備を進めておる」
またも、会場にざわめきが起きる。
「そして、これらの証言や根拠を精査することにはなるが、王妃との離縁と、第二王子の継承権剥奪は、先にこの場で宣言をする」
「なんですって!」
「父上!」
王妃と第二王子の、悲鳴にも似た声。
「そこまでの問題ではないでしょう」
王妃の主張に、陛下がすかさず返す。
「そこまでの問題だ。王族が国を乱してどうするか。マスクルが本気になったなら、他の勢力には抵抗ができんぞ。のう、マスクル公爵」
「さようでございますな」
そこでマスクル公爵家のご当主が登場。
レオルド様とロイド様の保護者として、当然ご出席なさっておられた。
「今回のエルランデへの無理強い、問答無用でバストールを殲滅せんと考えていたが、この場で解決下さるとの陛下のお口添えに、お待ちしていた次第」
つまり、この場で解決という名の、王妃の離縁と第二王子の継承権剥奪がなされなかったら、バストール殲滅作戦を決行するぜと。
マスクルご当主自らの宣言が下された。
そしてマスクルは、実行してしまう行動力を持っている。
戦闘民族の力業には、さすがの王妃も抵抗を失い、がっくりと肩を落とす。
これでようやく、諸々の問題が片付いたと、私もようやく肩の力を抜いた。
ライル殿下が肩に手を回して支えてくださったのに今回は甘えて、ぐてっともたれさせて頂いた。
そしたらお父様がさりげなく後ろに立ち、背後にもたれさせてくれた。
交流会は、その後ようやく開催されたものの、なんだか不思議な空気だった。
陛下と王妃、第二王子、そして主要貴族は帰城されてしまい。
エルランデ公爵家の方々も、断罪の場は即席で整えたものの、今は泣いたあとの顔をどうにかされるため、いったん退室。
そしていそいそと、レオルド様が婚約申込のために、ご当主とともにその控え室へ向かわれるという状況。
そんな中、私とライル殿下はミンティア嬢の見送りに行った。
彼女は後期授業を受けずに学園を去り、故郷に帰ったそのまま、ダンデさんと旅立つ予定だという。
「ご迷惑をかけた私が言うのもなんだけれど、良かったわね、彼女。学生会長の方が、よっぽどいい男だわ」
解放感あふれるサバサバ笑顔で、彼女は笑う。
「ご迷惑をかけた謝罪をしたいところだけれど、今お会いするのも、迷惑よね」
「お伝えしておきます。ミンティア嬢も、お元気で」
「ふふっ、もう嬢ではないわ。ただのミンティアよ。また会えたら嬉しいわ、冒険者ティナちゃん」
笑い合う私たちを、ニコニコとライル殿下が見守っている。
彼女が立ち去ってから、殿下は私と手をつないで言った。
「君は本当に、いろんな人と仲良くなるね」
「話してみれば、良い方だったのですもの」
彼女とは、またどこかで会ったら笑顔で話せるだろう。
あちらもまた被害者なので、後味の悪い終わり方にならなくて良かったと思う。
これで、本当に憂いはすべて片付いた。
フリーディアちゃんとレオルド様の婚約も整いそうだし、第二王子と王妃の離縁にまで話が及んだため、今後はこれまでのように、バストールに煩わされることはないだろう。
しかし私は、すっかり忘れていた。
セレイアお姉様が言っていた、サーディス侯爵が怒っていたという言葉を。
怒ったサーディス侯爵の本当の脅威は、こんな程度ではなかったということを。