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32 決戦前のひととき

本日5話目です


約束していた、ダブルデートの観劇です。

男性陣がそれぞれの、本日のパートナーとなる女性を馬車で迎えに来てから、劇場で合流するという流れです。


私のところには、もちろんライル殿下が迎えに来られた。

大きな花束を持って。




うん。お出かけ直前に、これをどうしろと?

とりあえず受け取ったものの、ちょっと困って固まっていたら、マイラがそっと受け取ってくれた。

そして耳打ちをしてくれた。

礼を言って、お部屋に飾ると言えと。


「ありがとうございます、ライル殿下。私のお部屋に飾らせて頂きますわ」

ちょっと遅れたタイミングだが、お礼を口にすればライル殿下は、はにかんだ笑顔を浮かべた。


「そうしてくれると、嬉しい。君の生活の彩りになればと、選んだ花なんだ」

頬を染めて長い睫毛を伏せる様は、なんだか可憐だ。


オイ、なんで私の周囲は、男子の方が女子力高えんだよ。




実はゴルダさんだけでなく、お父様も密かに私より女子力高かったんだよ。


アリスティナは幼い頃から家庭教師がつけられていたが、マナー以外は、お勉強が主体だった。

十二歳で家に戻ってから、ダンスや刺繍などもやり始めたのだけれど。

贈り人のハイスペックをもってしても、前世でも苦手だった裁縫はダメだった。

くじけかけた私に、お父様が刺繍に付き合ってくれたが、普通にうまかったのだ。


お父様は料理や裁縫など身の周りのことは、ひととおり出来るらしい。

学園に入る前に、魔獣討伐の野営などを経験し、必要な技能を習得する。

辺境伯家の教育方針だそうだ。

どうりで、ご令嬢なのに私が厨房に出入りすることを、普通に許されたわけだ。


必要程度ということで、何かを修繕する程度の裁縫や、食べられる程度の調理が出来ればいいらしい。

なので刺繍は初めてだったそうだが、可愛いお花の刺繍を、すんなり完成させてしまわれた。


お互いに初めて刺した刺繍ハンカチを交換しようと提案され、父に女子力で負けたショックから、そのときは何も考えず状況に流されてしまったのだが。

私の初作品である、モチーフが何かもわからない謎刺繍ハンカチを、父が大事に持ち歩いていることを知り、ダメだと思った。


努力してマシになった刺繍ハンカチを改めてプレゼントしたのに、元のやつは返してくれなかった。

隙を見て取り上げても、マイラまでが父の味方をして、取り返されてしまう始末。

今もあのハンカチの消滅を狙い続けているのだが、うまくいかない。


そんなふうに、ゴルダさんに続いて、お父様にまで女子力で負け。

さらにライル殿下にまで、乙女チック風情で負けた。


贈り人のハイスペックさが、女子力には発揮されないこの世知辛さよ!




本日の装いは、以前ライル殿下から贈られたドレスの、リメイクをしたものです。

素材そのままに印象を少し変え、また身につけたいと製造元に依頼しました。

婚約者から初めて贈られたドレスだからと理由をつけたら、喜んで引き受けて下さいました。


そしてライル殿下はやはり、リメイクに気づいてくださった。

目を輝かせながら、以前のドレスから印象が変わったが、とても似合うと、褒めてくださる。

そんなふうにして、また身につけてもらえるのが光栄だと、嬉しそうにされた。


日本人のモッタイナイ精神ですけどね。

一度着たら、もう身につけないとか、勿体ないでしょうが。

他のドレスも侍女にリメイクしてもらっていますよ。

これはデザイナーのこだわりがありそうなので、製造元に依頼しましたがね。


ここまで喜ばれると、その理由を口には出来ないけれど。




殿下の装いも、シンプルに見えて差し色が華やかだ。

しかも私のドレスと、何やらお揃いっぽいデザインな気がする。

殿下の装いを褒めながらそう口にすれば、お揃いにしてもらったのだと嬉しそうに口にされた。


自分の衣装を、以前私への贈り物ドレスを注文した服飾店に、依頼なさった。

そのときに私のドレスリメイクについて、耳にされたらしい。

贈り主がライル殿下だったとご存じのデザイナーが、殿下の耳に入れたのだ。

ライル殿下からの初めての贈り物だから、また身につけるためにリメイクを依頼されたのだと。


私がデザイナーに話したリメイクの理由に、殿下はとても感激され、お揃いにしてもらったのだとか。

そして納品を、今回の観劇に着てもらえるタイミングにしてもらったのだとか。


本当の理由が、ますます言えなくなった。

笑って誤魔化しながら、殿下のエスコートで馬車に乗る。




劇場へ向かう馬車の中でも、殿下は私の手をとり、なんだかとても嬉しそうだ。

なぜこんなにも、ライル殿下のテンションが高いのか。


そういえば、城の外で会うのって、初めて森で会ったとき以来だなと気づく。

いつもお会いするのは、王城の中ばかりだ。

謁見の場、王城の応接室、王城の庭園、そして殿下の執務室。


ああ、久々のお出かけに、テンション上がってるんだねーと、納得した。

王太子殿下ともなれば、なかなかお出かけは出来ないのだろう。

観劇ひとつにしても、今だって近衛が馬車の周囲で護衛をしている。

マイラさえ一緒にいれば、冒険者として森で活動をしたり、買い物に行ったりと、わりと自由にできる私とは違うのだ。




本当に上機嫌で、ライル殿下は馬車の窓から外を眺める。

そして帰りにあそこに寄ろうとか、食事はあちらでどうかとか。

観劇のあとの予定を、嬉しそうに語られるのだ。


帰りの予定までは考えていなかったので、なるほどそういう流れかと頷いた。

ずっと殿下は馬車の中で、ニコニコしていた。


私はよくわからないながらも、殿下が嬉しそうで良かったなと、ニコニコ返しをしておいた。

なぜか殿下の隣のアルトさんと、私の隣のマイラから、胡乱げな目を向けられた。











劇場に最初に到着されていたのは、メリルちゃんゼネス様ペア。

次に私と殿下で、メリルちゃんたちと劇場入り口で合流してすぐに、予定の部屋に案内された。

先に部屋に入れるけれど、メリルちゃんたちは遠慮をしていたのだ。


王族用の観劇ボックスは、以前の高位貴族用より広く、内装に特別感があった。

メリルちゃんがおっかなびっくり状態になっていた。

側近になり、ロイヤルな雰囲気に慣れたゼネス様が、丁寧にエスコートをして座ってしまえば、落ち着いてくれた。


部屋で侍女にお茶を淹れてもらい、まったりする。

そして持参したオペラグラスをお渡しすると、ゼネス様が食いついた。

いろんな質問をされる中、これを開発されたときのベルヘム先生とマーベルン先生の会話を思い出しながら、答える。

興味津々のメリルちゃんからも質問をされ、そこから二人の知的トークが始まる。




どうやら、初対面同士で、エスコートはしていたけれど、当たり障りのない会話ばかりだったらしい。

今の会話で、相手の知識度合いを知り、深い話が出来るとわかった。

そして遠慮がなくなった。

ゼネス様が話すオペラグラスに対する魔法や魔道具としての見解を、メリルちゃんが自分の知識に照らし合わせて聞いている。


そのうちに、皆様が次々に到着した。


ミリアナちゃんとフレスリオさんは、元から顔見知りで、会話も弾んでいる。

ナナリーちゃんとロイド様は、少しぎこちない。

魔獣討伐の話をナナリーちゃんが聞きたがったが、ロイド様は今まで魔獣討伐での活躍が、あまり出来ていなかった。

それをロイド様が正直に話し、まずい会話を振ったナナリーちゃんが謝罪して、少し気まずくなったようだ。


フリーディアちゃんとレオルド様は、初々しいカップルのような雰囲気だった。

もうこれ、そのまま婚約でいいんじゃね?

奴との婚約は、もうなかったことでいいんじゃね?

そう言いたくなるほど、お似合いだ。


フレスリオさんが邪魔をしたそうにしていたが、ミリアナちゃんが絶妙に気を引いてくれている。

ナイスフォローだ、ミリアナちゃん!




そして観劇は、皆様とても楽しまれた。

二度目もやはり、素晴らしい歌声で舞台に引き込まれてしまう。

どうやら歌声に微弱な魔力が乗っており、雰囲気に引き込まれやすい状態になっているようだ。

これは異世界ならではの、観劇なのだろう。

わずかな魔力なので、前回はよくわからなかった。


ナナリーちゃんが感激し過ぎて、舞台閉幕の拍手のあとで、フリーディアちゃんとレオルド様にお祝いを言っている。

お二人は、劇の結末にとても照れてしまい、少しぎこちなくなっていた。

そんな三人を、ロイド様がニコニコと見守る。


ミリアナちゃんとフレスリオさんは、普通に劇の感想を語り合っていた。

どの役者の歌声が素晴らしいか、あの場面の演出が良かったと。


ゼネス様は、舞台演出の魔法や魔道具を、メリルちゃんに解説していた。

メリルちゃんも興味深そうに聞いていたので、まあいいかと放置した。




そんな観察をしている私の隣にいらっしゃる、ライル殿下ですが。

なぜか夢見る乙女のようになっておられた。


「ランドルフが公の場で、エルランデ公爵令嬢に冤罪をかけたら、王位継承権の剥奪につながる。そうしたら、君の夫になれるんだ」

辺境への婿入り予定を、とても嬉しそうに語られる。


ちょっと一足飛びすぎやしないですかね、殿下。

長期休暇あとの、交流会で実行する計画の話は確かにいたしましたが。

まだ私は学園に通うし、結婚は十六歳になってから!


とはいえ、まあ、提案したのは私の方だ。

私も殿下はお相手に最適だし、人柄も好ましい。

最近は向けられる好意に、ほだされつつある。

しかしここまで喜ばれると、少し気まずい。

なんだか悪い大人が、青少年をもてあそんでいるように思えてしまう。




さらに殿下は、交流会での計画を提案した私に、少し誤解をされていた。

フリーディアちゃんの婚約解消と、冤罪である証明。

それから第二王子の継承権剥奪を同時に狙ったあの計画ですが。

私が殿下と一緒になるために、継承権剥奪までを計画に入れたと、思われているようなんですよ。

辺境伯家の婿にライル殿下を迎えるため、私が積極的に計画をしている。

つまり私はライル殿下が好きで、そのための行動をしていると。


いや、婿として最適とは思ってますよ。

でもまだそこまで、積極的にどうこうはないですよ。

しかし夢見る乙女な殿下に、それを言うことは出来そうにない。

気まずい!




そんなふうに、劇の余韻の会話をそれぞれがしながら。

案内の人に誘導されて、帰りの馬車へと向かう。


バストールは今もライル殿下の暗殺を狙っている。

なので私は、劇場内の移動は特に、殿下の隣で魔力を巡らせて注意をする。


私はそのとき、レオルド様をフリーディアちゃんのエスコート役に抜擢した理由を、すっかり忘れていた。

今のフリーディアちゃんは、悪い噂が覆ったものの、トラブルに巻き込まれやすい立ち位置なのだ。

フリーディアちゃんも近くにいれば、殿下についている近衛騎士にも守ってもらえたのに。


雰囲気の良い二人をそっとしておきたいと、距離を置いてしまっていた。

兄弟であるロイド様と、パートナーのナナリーちゃんは、二人と近い位置にいた。




「お前たち、やはりこの舞台は、お前たちが何かしたんだな!」

大きな怒鳴り声に振り返ると、第二王子の側近として見た顔がいた。

彼はいかつい男たちを連れていて、フリーディアちゃんたちを囲もうとする。


劇場の中も、魔法は基本禁止だ。

でもマスクルの戦闘民族は魔法特化型であっても、身体強化で戦える。

なのでレオルド様とロイド様が前に出て、その男たちを撃退する。

大丈夫そうだと思いつつも、足を踏み出そうとしたとき。


フリーディアちゃんが悲鳴を上げた。

囲もうとする男たち以外に、彼女の背後にも刺客がいたのだ。


少し焦ったが、充分に間に合う距離だ。

私が脚を身体強化して、跳ぼうとしたときだった。


ナナリーちゃんの扇が、物陰から短剣を持って出てきた男を、薙ぎ払った。




もう一度言おうか。

ナナリーちゃんの扇が、男を薙ぎ払った。




え、マジで?

すごいなナナリーちゃん!

え、いつの間にそこまで特訓したの?

ドレスで、扇で戦える系女子に、いつの間になっていたの?


金属軸の扇を手にしてたの、スルーしちゃダメなやつだったよ!

だってナナリーちゃん、普通のご令嬢だったはずだよ。

なのにそこまで動けるようになるなんて、すごく努力したはずだよ。


すごいなナナリーちゃん!


他にも刺客がいてはまずいので、そのままライル殿下や近衛たちと一緒に、フリーディアちゃんの近くに急いだ。

レオルド様たちも、男たちを倒し終えて、急いでフリーディアちゃんのところへ向かう。


幸い、刺客はそれで終わりだったようだ。




「ナナリー様、ありがとうございました! そしてとてもお強くなられたのですね!」

お礼と賞賛を向ければ、ナナリーちゃんは嬉しそうに笑う。

「以前、ドレスでどのように動くべきか、お話しくださったでしょう。私も頑張ってみましたの!」

「ええ、とても素晴らしかったですわ!」


そして私は、フリーディアちゃんに謝った。

私がこの計画を立てて、フリーディアちゃんを危険にさらしてしまった。

一番守らなければいけないときに、役に立てなかった。


「結果的に何事もなかったのですから、謝罪など不要ですわ」

フリーディアちゃんはそう言って、レオルド様とロイド様、私にも、お礼を言ってくださった。

守ってくれた、守ろうとしてくれたと。


もう油断せず、頑張って守るからね!




近衛が安全確認などをひととおり行い、改めて馬車へ向かう。

それぞれのパートナーに、改めてエスコートの手が差し出される。


「ずいぶんと勇敢なご令嬢でいらしたのですね」

微笑みながら、ロイド様がエスコートの手を差し出し、ナナリーちゃんに言った。

「ご友人のために、そのような技を努力して身につけられるとは、素晴らしいことです。尊敬いたします」


照れるナナリーちゃんが、いつもよりも可愛らしい。

そしてロイド様の笑みが、少し甘い系に見える。


おっと、もしやここでもカップル成立か!




帰りの予定は、予想外のトラブルもあったので、ライル殿下はまっすぐ帰城されることになった。

とても残念がられたが、今日の彼はとことん前向きだった。


「交流会のあとは、バストールが私に何かをする意味はなくなる。そのあと、またデートをしよう」

嬉しそうに私の手を握り、仰った。

私はご令嬢の微笑みで返しておいた。


なんだか温度差が非常に申し訳ない。

だがこればかりは、仕方がないんだよ!




ちなみにナナリーちゃんとのことについて、後日そっと、ロイド様に聞いてみた。

ナナリーちゃんに、婚約申込とか考えているのかと。


意外なことに、ロイド様はあっさりと認めた。

普通レベルで強いご令嬢は、好みのタイプだと言われた。


ちょっと待て。普通レベルって何だよ。


普通じゃないレベルのご令嬢って誰のことだよ。ああん?



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