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本日4話目です


精霊神殿を出てから、私はもう一度、火の精霊を呼び出した。

そして神殿を燃やしてもらった。


目に見える形で、精霊神殿が精霊の怒りを買ったと残すべきだろう。

ダンデさんの治療後、神殿から出る前に、ゴルダさんやレオルド様と話し合った。

彼らはなんだか、諦めの空気を纏っていた。

ここまでやったのだから同じだろうと、呟いていた。


神殿を取り囲んでいた人たちは、まだ残っていて。

精霊に神殿が燃やされる状況を見守っていた。




夕方の光はそろそろ薄くなり、夜空が広がり始めている。

早く帰りたいところだけれど、マーベルン先生の前準備なしでの転移魔法は、日に何度も使えない。

帰還は明日の予定だった。

ここまで人に注目されてしまい、さてどうしたものかと考えていると、ミンティア嬢の父親が、ダンデさんのご両親とともに話しかけてきた。


今夜はダンデさんのご両親、ボルド伯爵家に泊めて頂けるらしい。

ダンデさんが立って歩いていることに、彼らは目に涙を浮かべていた。


ゴルダさんは、詮索されないかと少し気を張っていたけれど。

歓待だけしてくれて、深い話を聞こうとはしなかった。


私たちも、今後のことについては明日の帰還後に話すことにして。

お食事を頂いたあとは、とっとと休ませて頂いた。




そんなこんなの翌日の帰還後。

私はレオルド様に、盛大に叱られていた。


「事前に聞いていなかったことを、本当に君は、次から次へと」


主家の嫡男として、かなり気を揉ませてしまったらしい。

なんだか、申し訳ない。

ゴルダさんとマイラが、横でうんうん頷いている。

二日続けての転移魔法で、マーベルン先生はひと足先に、自室で休んでいるため、部屋には五人だけだ。


「あの地で、どれだけ話が広まるかが心配ではあるが、昨日のことはひとまず父に伝える必要がある」

まあ、そうだろうなとは思う。

マスクル公爵家の方が同行していると示したのは、私だ。

昨日の人たちが問い合わせる先は、マスクル公爵家になる。

ご当主が把握していないと、まずいだろう。


「その上で君の能力が、他に漏れないように、情報を集めて対処してもらう」

主家として、手を回して頂けるらしい。

「こんな能力が知れて、もしも君に何かがあれば、うちの最大の重臣、ラングレード辺境伯家の血が絶えるかも知れないからな」


そこでレオルド様は、はーっと、深いため息を吐いた。

「なので君は、あんな極端な行動を、今後はしないようにしてもらいたい」


彼の隣で、やはりゴルダさんとマイラが、うんうん頷いている。

私も勢いでやらかし過ぎたとは思っていたので、素直に頭を下げた。

「お手を煩わせまして、大変申し訳ございません」




そこでレオルド様は、ふっと笑った。

「いや、君が思いきって精霊を呼んだからこそ、奴らはおかしなことが出来なくなった。あれはこちらが強引に行けば、本当に山に火をつけて、精霊がどうのと、おかしな理屈をつけていただろう」


まあね。そのために精霊を呼び出したからね。

まさかあれを、本当にやる羽目になるとは、私も思っていなかったのですよ。

王家に秘密裏に伝わる文書だったので、うっかりあの方法をどこで知ったとか、言えないしね。


「あの土地の騎馬民族との間に、禍根を残さなかったのは、お手柄だ」

レオルド様は、意外と人あしらいがうまいのかも知れない。

叱るべきところは叱られたが、褒めてもくれた。


「ただ自分のためにも、きちんと隠さなければいけないことは隠せ。君に何かあれば、辺境伯領の皆も、フリーディア嬢たちも、ライル殿下も悲しまれる」


そのことには、素直に頭を下げた。

自分の身を大事にしろと叱ってくれる上司は、ありがたい存在だ。

この方が、未来のマスクル公爵家のご当主となられることは、喜ばしいことだ。




ひとしきりお叱りを受けてから、私たちはミンティア嬢に向き合った。

レオルド様とは今後の話を詰めていたが、彼女には、私に協力してもらう内容を、まだ話していなかった。


「アリスティナ様の目的は、エルランデ公爵令嬢の汚名を晴らすことでしょう」

彼女が確認して来たので、私は頷いた。

「あの劇で目的は達成できているじゃないですか。あとは何? 私が冤罪を自白すればよろしいのでしょうか」


ミンティア嬢は、ダンデさんの治療を終えて一日たった今日、ようやく自分がした、とんでもない誓いを意識したようだ。

私の要請に全面協力なんて、何をさせられるのかと、構えている。


「自白をする気はあるの?」

「今となってはね。もうダンデを心配する必要はなくなったもの」


冤罪を自白すれば、貴族令嬢としての彼女は終わる可能性がある。

実質的な罰がなくても、名前に傷がつくのは、決定している。


それでも、殿下の断罪に、彼女による冤罪の証明は必要だ。

だからフリーディアちゃんに知らせずに、この計画を進めることにした。

彼女はひとりの令嬢が、ご令嬢としての人生を諦めることを、良しとはしない気がするから。




「冤罪については、自白というより、その決定的な証拠を公開する場さえあれば、いいの」


私は彼女に、あの最初の冤罪の記録水晶を見せた。

彼女はあの場の出来事が、映像記録として残っていたとは思っていなかったようで、呆れた顔になる。

「何よ、あなたたち。こんな証拠があるなら早く皆に見せなさいよ」


密かにSクラスのサロンで公開はしていたが、やはり第二王子や彼女には、その情報は届いていないようだ。

それでこそ、婚約破棄劇場を焚きつけることが出来る。


「もうすぐ上期が終了して、長期休暇に入るでしょう。そして休暇明けに、学園の交流会がある」


それは彼女も承知していた。

学生全員と保護者と、陛下も来賓として来られる、大規模な学園の催しだ。

学園関係者だけではなく、国の主要な方々も来賓として参加なさるものだ。


「その場で第二王子殿下が、あなたを虐めたという理由で、フリーディア様に婚約破棄を宣言するように、仕向けて欲しいの」


彼女は少し、ポカンとした顔をした。

それから、さっきの証拠を思い出し、なるほどと頷く。

「それが、あなた達にとっての、決定的な証拠を公開するための、最良のタイミングということ?」


「ええ。それと同時に、あの殿下からようやく、フリーディア様が解放される」

力強く頷くと、彼女も力強く頷いた。

「そうね。あの殿下のお相手は、大変だものね」


やはり彼女は、耐えに耐えていたようだ。

うん。本当にダンデさんのために、根性見せてたよね。




「それにしても、よくそんな映像をとっていたものね。冤罪を仕掛けたのは、あのときが初めてだったのに」

「元々、第二王子殿下が何かをしでかすのを、待っていたもので。Sクラス校舎の外では、常に記録水晶を起動させていたのよ」


彼女が少しきょとんとしたので、プレ夜会のときの騒動を説明した上で、その後の公爵家と王家のやりとりを説明した。

その話はレオルド様も初耳だったため、媚薬なんてものを仕込んでいた第二王子に対し、大変お怒りになられた。

ミンティア嬢も呆れている。


「殿下はいつも、フリーディア様が王妃になりたがっている、自分の婚約者の立場に執着していると、吹聴されていたわ。何よ、そんなに嫌われていたの?」

「むしろ好かれる要素がありません」

きっぱり言うと、カラカラと彼女は笑う。

「ついでにあの殿下が王になる目も、ありえません。もしなったら、マスクルが離反します」

私の言葉に、レオルド様が深く頷いた。


「ライル殿下は、母にとっては仲良しだった従姉の息子。従姉の忘れ形見を、もしバストールに暗殺され、母が悲しんだなら、母を溺愛する父はバストールを即座に殲滅しにかかるだろうな」

さらりと言われた内容に、ミンティア嬢がブルリと震えた。

マスクルがバストールに攻め込むという話が、かなり具体的だったことに、気がついたのだ。


「本当に、何をやらかしてくれているのかしら」

彼女たち騎馬民族の主家に、ため息しか出ない様子だ。

「私たち、かなり危うい状況だったのね」

「そうだな」

あっさりとレオルド様が同意した。




「そんなわけで、バストールがこの国を狙っていることに対しての、幕引きが必要なのです」

それが第二王子の断罪だと私が言えば、彼女は頷いた。

「あの殿下の婚約破棄劇場からの、冤罪暴露は、ミンティア嬢のことも大勢の前で晒してしまうことになるけれど」

「いいわよ、そんなの。私の名前なんて、とっくに地に落ちてるもの」


あの劇を見た人は、もう彼女の正当性を信じていない。

それは彼女も理解しているし、そもそもダンデさんさえ無事なら、もういいのだと言う。


「それに私は、平民になるの。ダンデと一緒に世界を旅するのよ!」

ご令嬢としての致命傷は、自分には何でもない事だと彼女は語った。


「そういえば、ダンデさんの夢って、何だったのかしら?」

「遺跡調査。彼は昔から、世界中を巡って歴史の謎を解き明かす旅をしたいんだってさ」

だから、足が丈夫でなければならないのだと言い、笑う。


晴れ晴れとした笑顔に、私たちも笑顔になった。




話し合いを終えて解散になった帰りがけに、ゴルダさんがそっと私に言った。

レオルド様の様子を間近に見て、安心したと。


彼は我が辺境伯家の主家の嫡男。

その彼が、私の能力を色々と知ったことで、心配になっていたらしい。

あんなふうに怒る人物なら、大丈夫そうだなと、安心したと。


私も、フリーディアちゃんの新しいお相手が彼で良かったと、つくづく思った。

彼は次代のマスクル公爵家当主として、信頼の置ける人物で。

フリーディアちゃんの夫として、申し分ない人柄だと、わかったから。











休日明けの学園で、私はフリーディアちゃんたちに、ミンティア嬢の事情について知ったことを話した。

彼女が幼なじみを人質にされ、第二王子に近づくことや冤罪事件を起こすことを、強要されていたこと。

そして、詳細は省くが、その問題が解決したこと。


彼女を協力者に、長期休暇のあとにある学園交流会で、婚約破棄騒動を第二王子に起こしてもらうように計画していること。


「以前話していたことを、こちらが狙ったタイミングで起こして頂くことにいたしました」

Sクラスのサロンには、フリーディアちゃんたち四人と、レオルド様とロイド様、そしてセレイアお姉様が集まっていた。


「ミンティア嬢をいじめた責で、第二王子殿下からフリーディア様への、婚約破棄宣言」

第二王子がそう行動するように、ミンティア嬢に誘導をしてもらうのだ。

「そこへ、婚約解消は受け入れたとフリーディア様が宣言した上で、記録水晶で冤罪を公表いたします」

なるほどと、メリルちゃん、ミリアナちゃん、ナナリーちゃんが頷く。

以前話し合いをしたとおりの流れを、実現させるのだ。


「目標は第二王子殿下とフリーディア様の婚約解消と、冤罪であることを大々的に公表すること」

レオルド様が大きく頷く。そして頬を染めている。

うん。その後の婚約申込みまでを思い浮かべるのは、今しばしお待ちを。




「あと出来れば、第二王子殿下の王位継承権剥奪まで狙いたいところですが」

「ではそこは、私も後押しの材料を集めておきますわ」

セレイアお姉様が宣言した。


本日は、私たち一学年五人と、レオルド様とロイド様で話す予定だった。

そこへレオルド様がセレイアお姉様も連れてきた。

今回の件は、サーディスの後継者にも動いてもらおうと仰って。

その理由はよくわからなかったが、しっかり者のセレイアお姉様がいらっしゃるのは、心強い。


「冤罪の件は、学園の方々に話は広めたものの、あまりお役に立てた気はしておりませんでしたの」

セレイアお姉様は悔しそうに口にする。

「証拠は既にお持ちでしたもの。マスクルのご意見番として、きちんと働きたいと思っておりましたの」

「そうだな。サーディスが動いてくれるのは、非常に心強い」

レオルド様が満足そうに頷かれる。


「冤罪事件に、あとひとつの後押しをつけて、陛下が継承権剥奪を宣言しなければならず、バストールも反論の余地がない状況にいたしますわ」

セレイアお姉様が請け合ってくださった。

何やらレオルド様と、そのあたりの話し合いが既についているようだ。

宣言のあと、セレイアお姉様は颯爽とサロンを去って行かれた。




そして私たちは、心置きなく長期休暇を迎えることになる。

婚約解消と、冤罪事件の解決の目処が、これでついたのだ!


なので、以前の計画を実行することにした。


ライル殿下とお約束していた、ダブルデートの観劇です。

皆様が領地に帰ってしまわれる前、長期休暇に入ってすぐの時期に決行予定です。


「私たち女性五人と、ライル殿下とその側近の方々で、観劇をしたく思っておりますの」

私は女性陣に向けて話を切り出した。


「冤罪の噂対策の舞台について、私とフリーディア様は劇場で拝見いたしましたが、皆様はまだと伺っております」

「そうね。そろって観劇が出来ますなら、嬉しいことですわ」

ミリアナちゃんが乗ってきてくれた。

一緒にライル殿下からのご招待という名目なら、メリルちゃんが遠慮をすることはない。


「ですが、殿下の側近のアルト様は、侍従兼護衛でいらっしゃるので、エスコートをして下さる男性側の人数が足りません」

私は頬に手を添え、わざとらしくレオルド様を見る。


「そこで側近のひとりであるロイド様のお兄様、レオルド様に、フリーディア様のエスコートをお願いしたいのです」

「あらあら、いいですわね!」

ナナリーちゃんも目を輝かせた。

フリーディアちゃんとレオルド様の恋路は、私たちみんながそろって、密かに盛り上がっていることなのだ。


「今の情勢は、フリーディア様がトラブルに巻き込まれる危険もございます」

「そうですわね、心配ですわ」

わざとらしいため息に、メリルちゃんが乗ってくれた。


「レオルド様は、マスクル公爵家嫡男として、何事かあったときの対処も優れていらっしゃいます」

にっこりと笑って、私はレオルド様に理由を説明する。

「フリーディア様には、護衛を兼ねてのエスコートが必要になります。お引き受け頂けますでしょうか」




二人が想いを向け合っていても、明確な理由がなく、婚約者以外の男性がエスコートをすることは許されない。

学園の朝夕のエスコートは、冤罪事件についてこれ以上の誤解を発生させないため、学生会として対処するという理由がある。

なので観劇のエスコートをするにも、明確な理由が必要なのだ。




きちんと理由があり、心置きなくフリーディアちゃんの観劇エスコートが出来る。

そう察したレオルド様は、即座に頷いて下さった。


「もちろんお引き受けいたします。フリーディア嬢、私にあなたをお守りする栄誉を与えて頂けますか?」

「そんな、こちらこそお願いいたしますわ」

理由がきちんと付くなら、憂いは何もないとばかりに、二人は微笑み合った。




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