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本日3話目です
その日の私は、冒険者ティナになっていました。
ダンデさんの足を治療しに行くのは、冒険者ティナなのです。
彼の足が治った結果は知られてしまうため、アリスティナではなく冒険者ティナが行くのです。
皆様にも、当日は私をティナと呼んでくださるよう、お願い済みです。
普通の週末休みに行くのは、本来なら無理な場所。
ですが、私には強力な味方がいらっしゃいます。
そう、大規模転移魔法も使えてしまう、マーベルン先生です!
大規模転移魔法を使うには、大きな魔石がどうのとか、事前準備が必要だけれど。
大人数ではない、普通の転移は、疲れるけど出来ると聞いている。
疲れるから滅多にしないという話だったが、頼んだら協力を約束して頂いた。
「小さいときから見てきた生徒の頼みじゃあ、しょうがないね」
無茶振りかと思っていたが、けっこうあっさり引き受けてくれたのだ。
「そのうち、アリスティナ様も転移魔法を使えるようになろうね! 便利だよ!」
そしてこちらが無茶振りを受けた。
あまり同行者は多くできないが、五人程度なら大丈夫らしい。
フリーディアちゃんの冤罪問題解決のため、マーベルン先生の転移魔法でバストールの領域へ行く。
お父様に報告をしたら、とても渋られた。
冒険者ティナとして行くと言ったが、それでも渋られた。
ダズさんをつけようとされたが、それでは治療が難しくなる。
贈り人のことを話していないダズさんだと、治癒魔法を堂々と使えないのだ。
ゴルダさんを護衛にして、マイラを常に傍に置くことを約束して、ようやく許可を頂けた。
事後承諾になったが、ゴルダさんに冒険者ティナの同行をお願いすると、あっさり了承してくれた。
私が古傷の治療を出来ると話してしまったことには、苦い顔をされたけれど。
私に全面協力をすると魔法で誓約したと言えば、仕方がないという顔をされた。
レオルド様とロイド様、マイラは、信用していい相手だと判断している。
マーベルン先生にも、同行してもらうのだからと事情を説明したら、治癒魔法と誓約の魔法について、目を輝かせていた。
イメージ説明をしたら、自分には無理な特殊魔法らしいことに、悔しがっていた。
先生が構築できそうなイメージとはかけ離れ過ぎていて、無理なんだそうだ。
行くのは私とマイラ、ゴルダさん、ミンティア嬢、レオルド様、そしてマーベルン先生。
転移魔法は、行ったことのある場所を明確にイメージして転移する方法と、座標型がある。
座標型は事前準備が必要なので、今回は行ったことのある場所になった。
バストールの領域で、マーベルン先生が行ったことのある場所は限られていた。
なのでそこからは、馬で移動する。
帰りは辺境伯家の王都別邸へ直接帰還できるので、行きだけ時間のかかる行程だ。
私以外の皆様は、馬に普通に乗れる。
マイラは騎獣しか経験がなかったが、騎獣に乗れるなら馬も乗れるらしい。
私はゴルダさんに抱えられて行くことになる。
マーベルン先生の魔法での転移は、一瞬だった。
転移魔法は気持ち悪さもなく、少し浮遊感がある程度。
着いたときにバランスを崩しそうになることは、注意を受けていた。
そこは山間の、のどかな景色だった。
見渡せば、近くに街道らしい道と、街門が見えた。
それなりに大きな街のようだ。
街で馬を借りた。
騎馬民族の土地だけあり、別の街でも馬を返せるシステムがあるそうだ。
ミンティア嬢も知る街だったようで、あとはミンティア嬢の案内で馬を走らせる。
途中休憩も挟み、夕刻にさしかかり、ようやく目指す街に着いた。
そこはダンデさんのボルド伯爵領の領都。
ここに問題の精霊神殿があるという。
精霊神殿は、なぜか人に囲まれていた。
囲んでいるのは、この領や近隣領地の人々らしい。
ミンティア嬢の父親もいて、突然の娘との再会に驚いていた。
「ミンティア! お前大丈夫なのか?」
心配する声に、ミンティア嬢が涙ぐむ。
そして泣き出したので、同行していた私たちに険しい顔が向けられる。
けれどすぐに、彼女が否定してくれた。
「私、とてもひどいことをしたけど、協力してくれる人なの。ダンデを、助けてくれるって」
涙声で崩れそうになる彼女を、父がしっかりと支える。
そして決意の顔を上げ、彼女は言った。
「私、神殿にダンデを助けに来たの!」
父親は理由を問わず、しっかりとした顔で頷いた。
「わかっている。もうバストールも精霊神殿も、信用なぞ出来ない。俺たちの民族を、利用するだけ利用してやがる」
そう言って、父親以外の人たちも、私たちに協力を申し出てくれる。
ありがたいけれど、理由がよくわからないと首を傾げたら、説明してくれた。
バストールが、エルランデの公爵家令嬢をずっと貶めてきたという話を、彼らは聞いたのだ。
令嬢を人質にしたかのように、エルランデを苦しめてきたという。
そこにマスクルが、古くから付き合いのあるエルランデに同情を寄せた。
彼らはエルランデのために戦うことまで考えている。
敵はバストール公爵家。
バストールの支配のままでは、古くからこの地にいる騎馬民族たちも、一緒に攻撃をされる。
助かるためには、バストールの支配下から、逃れなければならない。
バストールを追い出して、元の騎馬民族の領域に戻せば、助かるはずだと。
あれ、攻め入るって話、どこからの情報?
レオルド様を見ても、彼も首を傾げている。
マスクル本家が何かをしようとしているわけでは、ない様子だ。
確かに最終手段として、その手も考えてはいたけれど。
マスクル公爵家にも両侯爵家にも、お父様にも、最悪のときの協力は取り付けていたけれども。
ミンティア嬢が蒼白になっていた。
私のせいだと口にして、精霊神殿の指示で公爵令嬢に冤罪をかけたことを話す。
慌てるミンティア嬢の父に、そのことは話し合いがついていることを説明した。
ここに来る前に、レオルド様とは今後の流れについて話をしていた。
冤罪の噂払拭のための、舞台のように。
人々が集まる場で、第二王子から婚約破棄劇場をして頂く。
ミンティア嬢にはそのための協力をしてもらうことを。
あの舞台では、フリーディアちゃんから婚約破棄を突きつけていた。
でも王家の王子に対し、公爵家の令嬢から婚約破棄を突きつけるのは、現実としては難しい。
なので、あちらから婚約破棄を突きつけてもらい、受けた流れを作ってから。
冤罪である証明をして、逆に王子を断罪する。
レオルド様からは、フリーディアちゃんの婚約が解消できるならいいと、賛成して頂いた。
なので、ミンティア嬢の協力で、婚約解消と第二王子の断罪が成立した暁には、彼女に責は問わないこととした。
エルランデ公爵家にも、話を通すことは必要だが、了承頂けるだろう。
その流れを作るために、私はダンデさんを治療しなければならない。
治療の話はしないものの、彼を助けるために来たと話せば、彼らも協力すると言ってくれた。
元より彼らがここに集まっていたのは、精霊神殿の神官たちを追い出すとともに、ダンデさんを助けるためだったという。
ダンデさんをこの場に連れてくるよう伝えているが、彼は治療中で動かせないというのが、神殿側の主張らしい。
「それなら私たちを、ダンデに会わせて!」
「よろしいのですかな、ミンティア・ベルク嬢」
囲まれて身を寄せ合う神官たちの後ろから、恰幅のいい煌びやかな衣装の、神官より高位そうな男が出てきた。
服装は立派だが、嫌な目つきの男だと感じる。
ダンデさんを盾に、ミンティア嬢を脅している精霊神殿の人だろう。
「ええ、いいわ。ダンデに会わせて」
「そうなると、奇跡は起きませんぞ」
「どうせ起こせないのでしょう、あなたたちには」
割り切ったミンティア嬢の物言いに、彼は目を眇めた。
「ほう、希望を自ら捨て去るとは。愚かなことですな」
「いいからダンデに会わせなさい!」
「あなたはどれほど偉いのかな、この精霊神殿の責任者である、神官長に命じるとは」
そして彼は、周囲を睨めつけながら言った。
「信仰に対してのそのような行いは、精霊様の怒りを買いますぞ」
なんだかカチンと来る物言いだ。
信仰をたてに人を脅すような自称聖職者は、ろくなものではない。
自分がその信仰を支配しているような言動は、その人物が、その神様を馬鹿にしているのだろうとしか思えない。
信仰心がちゃんとあるのなら、自分を戒めることはしても、人を脅すことはしないはずだ。
「何が精霊様の怒りよ! あんたたちに都合良く、精霊様の怒りなんて、起こるわけがないじゃない!」
ミンティア嬢が強く言い返す。
「ふん。わが教会の使徒様は、精霊を従えておられた。その方法は我々に伝わっている」
神官長を自称する、煌びやかな服の男が、そう宣言した。
「そなたら、使徒様に逆らえば、どうなるかわかっているのか」
「使徒様って、大昔の人でしょう。いるわけないでしょうが!」
使徒様とは何ぞやと思ったが、そっと聞いてみたところ、精霊を呼び出せた人のことらしい。
奴のことかと、精霊神殿の経典を思い出した。
ふざけたことを書き残していた、元日本人だ。
あれを読める人間が現れたわけでもなさそうだ。
もったいぶって、使徒様を敵に回すと、とんでもないことになると声高に言っているだけ。
自然界を信仰する彼らは、その主張に少し怯んだ様子になる人もいる。
なんだかムカついた。
使徒様なんていないくせに。
精霊を呼べやしないくせに。
だって奴らは、日本語を読めない。
もし解読できても、あれはあの時代の日本人でなければ、伝わらない内容だ。
あのアニメーションや音楽の文化があってこそ、理解できるイメージだ。
アニメーションの海の映像を思い浮かべて、主題歌を歌う。
アニメーションの中にいた、火の精霊を思い浮かべて、主題歌を歌う。
アニメーションの雪景色、氷の魔法の情景を思い浮かべて、歌う。
それはあの世界の人にしか出来ないことだ。
「もう押し入りましょう、ミンティア様」
私がミンティア嬢を促して足を踏み出すと、神官長が威圧するように手を広げた。
「なんだ、冒険者風情が。この地が神の怒りを買ってもいいのか」
今日は冒険者ティナとして行動するため、以前の冒険者装備だ。
レオルド様とマーベルン先生は仕立ての良い服を着ているけれど、私とゴルダさん、マイラは冒険者そのものの服装と装備だ。
それに対する見下した発言に、ゴルダさんの怖い顔が、さらに怖くなる。
マイラも不機嫌そうな顔になっている。
そもそも神の怒りを呼べるのかお前はと、私は再度足を踏み出したが。
「例えばここらの山で、もし山火事が起きたとすれば、それはお前たちのせいというわけだ」
具体的なことを言うので、私は男を見据えた。
「それは、自分たちで火をつけて、神の怒りだとでも仰るおつもりでしょうか」
「火などつけはせんとも。精霊の怒りにより起こる現象である」
精霊神殿に押し入るから、精霊の怒りを買うのだと神官長とやらが主張する。
どう考えても、彼らが火をつけてそれっぽく演出するつもりだとしか思えない。
けれど、このまま押し入ったら、彼らは実行するのだろう。
そしてこの地の精霊神殿を信仰の対象にしている人たちの中には、精霊の怒りだと考える人はいるかも知れない。
「行動できないよう、殲滅するか」
私より先に、レオルド様がキレた。
マスクル的には、わけがわからない主張で煙に巻くような相手は、とりあえず殲滅したいとは確かに思う。
しかしそれをやって、残党が山に火をつけたら、それはそれで禍根を残しそうだ。
もういっそ、やっちゃうか?
あの日本人が書き残した、精霊を呼び出す方法。
こちらに使徒様がいて、逆にあちらが使徒様の敵だと決定づければ、奴らが自作自演をしても、信憑性はなくなる。
あとの影響が少し怖いものの、この状況を打開するには最適だ。
あの氷の女王なお姉さんの歌は、何を隠そう、前世で散々カラオケで歌った。
アニメだって何度か観ている。
あの雪の中を駆け抜けながらの氷の魔法とか。
氷の城を作ってしまう風景とか。
あれをしっかりイメージしながら、声に魔力を乗せて歌えばいいのだ。
いけるいける。
なんなら動く城のカルちゃんでもいい。
あちらも歌える自信がある。
歌詞のわからないところは、ラララで誤魔化せばいいのだ。
要は強いイメージで声に魔力を乗せ、歌えればいい。
このメンバーなら大丈夫だ。
何より今の私は、冒険者ティナだ。辺境伯家令嬢のアリスティナではない。
レオルド様やマイラ、ゴルダさん、マーベルン先生には、黙っていてもらおうか。
さてと、では前振りと行くか。
「あなたたちは、逆に自分たちがその使徒様とやらの敵になることは、考えていないのかしら」
魔力の威圧を向けてやれば、神官長なおっさんは少し怯んだけれど。
「我々は精霊様、ひいては使徒様の僕だ。使徒様が我々の敵になることはない」
大きな腹を揺すり、言い放つ。
「その使徒様って、精霊を呼び出せる人のことよね」
「そのとおりだ。精霊様を敵に回すことになるのだぞ」
「へえ。じゃあ私が精霊を呼び出せたら、私がその使徒様ってことかしら? あなたたちはその僕ってことになるのよね」
「呼び出せるわけがないだろう」
やってやろうじゃない。
このムカついた勢いで、やってやろうじゃないのよ。
そう決意した私に、ゴルダさんが不安そうな目を向けてくるけれど。
私が経典を読んだことを知るマイラが、顔を引きつらせているけれど。
そろそろ私の性格を把握し始めたレオルド様が、困惑の目を向けてくるけれど。
マーベルン先生が、期待に満ち満ちた目を向けてくるけれど。
息を吸い込み、あのアニメーションを強くイメージする。
思い出して一小節目を歌えば、するすると歌は出てきた。
アリスティナの声は、伸びも良く、音域も幅がある。
何よりきちんと腹筋を使って歌えるので、魔力を乗せた声がきれいに広がる。
ひたすらイメージに集中しながら歌ううちに、何やら寒くなってきた。
ひとつめのサビを歌い切って、目を開ければ、スターダストが舞っていた。
寒気が押し寄せる。ヤバい。
白い息を吐きながら歌をやめると、スターダストが私の周囲に集まった。
キャラキャラと、甲高い声が聞こえる。
ああ、これが氷の精霊かと思った。
そっと周囲に魔力を振りまくと、喜ぶように、ざわめくのがわかる。
「うわあ、すごいね!」
マーベルン先生が、はしゃぐ声を上げる。
よし、やり方はわかった。
得意な方の歌から行ったが、本命は火の精霊だ。
奴らは山に火をつけると言ったからな。
相反する精霊でも、同時に呼び出せると経典には書いてあった。
なので、続けて行ってみよう!
何より寒いからな。
今度は城を動かそうと張り切るカルちゃんをイメージしながら、あの主題歌を魔力を込めて歌う。
火の精霊、カルちゃんカモン!
何フレーズか歌ったあたりで、周囲に暖かさを感じた。
ひとしきり歌って目を開けると、鬼火のようなものが周囲に浮かんでいる。
魔力を撒いたら、これもフルフルと遊ぶように揺れた。
うん。寒くなくなった。
彼らを周囲に纏わせた状態で、精霊神殿の偉そうな男に目を向けた。
尻餅をついて、呆然とした顔をこちらに向けていた。
「ねえ、これが出来るのが、使徒様ってやつよね。私、あなたたち精霊神殿に、怒っているのだけれど」
「まさか、本当に…」
腰を抜かしているくせに、神官長はニタリと笑った。
「使徒様であらせられるならば、もちろん我々にご協力頂けるのでしょう!」
は?
今度こそ、何を言っているのかが本気でわからない私に、男はさらに続ける。
「今こそセザールの本国を、我々に従えましょうぞ。この国も!」
そして熱に浮かされたように、神官長は語る。
以前の使徒は、失敗をしたのだと。
神殿は精霊を従える使徒様を王にと推していたのに、失脚して国外へ逃げる羽目になってしまった。
使徒様に、後の時代でも精霊を呼び出せるように教会は要請したが、書き残したとされた書物は、誰も読み解けない記号が書かれていたと。
精霊神殿の高位神官には、それらの話が伝わっており、代々受け継いでいる精霊を呼ぶ方法を知るのは、精霊神殿の関係者だ。
ならば、協力するべきだと、私に言う。
つまり、あの日本人は、何らかの事情で贈り人を発現したセザールの王族で。
精霊を呼べたため、精霊神殿に目をつけられ、次期王として担ぎ上げられた。
けれど失敗したので、この大陸に逃げてきた。
そして騎馬民族を従え、バストール公爵家の元になった国を造ったと。
迷惑だな! 最悪だな!
あのふざけた性格を思わせる文章からして、何も考えずに調子に乗って担がれたんじゃないかな。
その後、精霊神殿の人たちに精霊を呼び出すやり方を残せと言われ、あれを書いたのは、何だろう。
あの時代の日本人にしかわからない書き方は、抵抗なのかな?
当時の事情はわからないけれど、何かの事情で書き残す必要はあったが、伝えるつもりはなかった、ということ?
それにしても、結局は原因すべてが精霊神殿だったということが判明した。
そもそも精霊神殿が過去にそんなことをしなければ、このあたりは今も騎馬民族の土地だった。
バストールが支配することもなかった。
権力争いが基本の宗教なんて、本当にろくなものではないと思う。
「私、セザールとは縁も所縁もありませんが」
「ほう。しかし精霊は我々が崇める存在。関係ないと仰るなら、他の宗派の方に精霊を呼び出して頂きたくはないですね」
うん。よくわからない理屈だな。
ただの冒険者だから従うと、本気で思っているのかな?
ならば、ばっさり行ってみようか!
「強いて言えば、マスクル公爵家の方が一緒におられます」
レオルド様を示してみた。
「この方が私の上司です。場合によっては、このバストールに攻め入る可能性もある側の人間ですね」
つまり、我々はあなたがたの敵ですよ?
そう言うと、愕然とした顔になった。
ただの冒険者ではなく、攻めてくると噂のマスクルと、関係を持つ冒険者。
この地へ攻め入るにあたり、精霊が敵になる可能性が出たということ。
ようやくわかってくれたかね。
「さて、あなた先ほど仰いましたよね。精霊に火をつけられた場合は、精霊の怒りを買ったということ。この精霊の火があなたや神殿に燃え移ったなら、あなたたち精霊神殿が、精霊の意志に反した行いをしている証明になりますよね」
ニコニコ笑顔で言ってやったら、奴の顔から血の気が引いた。
本当に、ようやく今更わかったのかね?
お前が使徒様と定義した人間が、自分の敵だということが。
「さらに、精霊を呼ぶこともできないあなた方が、山に火がつくと言った。それは精霊の仕業ではない、人為的なものということになりますよね」
これを言っておかないと、奴らは精霊のせいと言って好き放題しそうだからね。
そのために精霊を呼び出したのだ。
頭を抱えているゴルダさん、レオルド様、ごめんなさい。
「カルちゃん、やっておしまいなさい!」
宣言して火の玉が動き出すと、ヒイと、男の口から甲高い悲鳴が聞こえた。
うるせえ。ふてぶてしいオッサンの悲鳴なんざ可愛くもねえ。
大気中の水蒸気を呼び集め、水球を作った上で。
精霊の火を男の服に燃え移らせる。
男は喚いて転がり回った。そこに水をぶっかけた。
「はい。火があなたに燃え移ることは、証明できました」
火傷もほとんどしない程度で消してやったんだ、感謝しろ。
ついでに水魔法ではない、ずぶ濡れ状態になる火の消し方に、脅威を感じろ。
最後に、火傷してる可能性があるなら、冷やしてあげないとねと、氷の精霊をまとわりつかせてやった。
彼と神官たちは、泣き喚いた末に、逃げ去った。
氷の精霊たちと火の精霊たちに、帰るように魔力を乗せて呼びかけると、私の周囲をクルクルと回ってから、姿を消した。
とりあえず撃退できたことに、ふうと息を吐く。なんか疲れた。
それでは神殿の中に入ろうかと、ミンティアちゃんたちを振り返れば。
その場にいた地元の方々が、私に向かって平伏していた。
いや、なんで?
マーベルン先生が笑っていて。
ゴルダさんとマイラ、レオルド様が頭を抱えている。
勢いよくやり過ぎたのはわかっているが、この状況をどうすればいいのか。
どなたか、助けてくれませんかね。
精霊神殿の中に入ると、奥の部屋にいた青年に、ミンティア嬢が駆け寄った。
ベッドに座っていた彼が、ダンデさんらしい。
見張りの神官がいたが、他の人が逃げ去ったと知ると、逃げて行った。
ミンティア嬢の方が、よほど根性があるなと思う。
ダンデさんに紹介してもらい、治療をさせて欲しいと伝える。
彼は疑う視線を向けてきたものの、なら試せばいいと、足に触らせてくれた。
私はダンデさんの足に手を置き、魔力を通す。
「く、なんか、ぞわぞわする」
「オレもそうだったな」
呻くダンデさんに、この治癒魔法を体験したゴルダさんが同意した。
「それは『神経』を構築しているからですね。体中に繋がる伝令管が途切れているのを、修復しているの」
そして治療完了後、彼は足を動かした。
恐る恐る立ち、普通に立てることに、信じられない顔で足を動かす。
やがて彼は、泣き始めた。
それをミンティア嬢が、泣き笑いで抱きしめていた。