29 ヒロインの事情
本日2話目です
王都別邸に、学園帰りのレオルド様とロイド様をお招きいたしました。
マスクル公爵家嫡男のいきなりの来訪に、お父様やダズさんたち側近が、まずは挨拶をすることになりました。
あのあと、お二人をお招きするという連絡はしていたけれど、なにぶん当日いきなりの話だ。
突然ごめんよと、お父様たちに心の中で謝る。
フリーディアちゃんの冤罪絡みで相談をするためだと説明し、お父様たちは退室。
ミンティア嬢が来るまでは、軽食をお出しして歓待してみた。
初めて見る料理に、お二方とも目を丸くしながら、おいしそうに食べてくれる。
「これが、フレスリオ様が仰っていた料理か」
「はい。私の異世界の記憶で、料理人に再現してもらったものですわ」
「この穀物は初めて食べるが、なんとも美味いな」
「イリという、エルランデ公爵領で作られている穀物ですわ」
「この肉は何だ」
「水棲魔獣のナギラです。滑りと臭みをとって、焼いた物です」
「あのナギラが、コレになるのか!」
「我が家の料理人にも是非、ナギラの調理方法を教えて頂きたいのだが」
「父に伝えておきますわ」
部屋に待機する使用人は、侍女のマイラだけにした。
なので贈り人関係の話もできる状態だ。
もしかするとミンティア嬢に、その話が必要になるかも知れないので。
軽食を食べて頂いていると、ミンティア嬢の来訪が告げられた。
場を整えて、部屋に通してもらう。
そして扉から入ってきた彼女は、挨拶もなくいきなり平伏した。
「私の身はどうなっても構いません。どうか彼…ダンデだけは、お助け下さい!」
案内された人物がいきなり平伏したため、案内をした使用人が引いている。
いや確かに脅したけどさあ、そうじゃないんだよ。
ちゃんと話をするため、話し合いに応じるように脅しただけなんだよ。
にっこり笑って使用人に立ち去るよう合図をしてから、彼女に声をかけた。
「まずはご事情を、正直にお話し頂けますでしょうか。そうでなければ、判断もつきませんわ」
そう告げると、ぽつりぽつりと、彼女は事情を語り出す。
彼女の領地は、山際の貧しい男爵領。
隣接するダンデさんの伯爵家も、裕福ではない。
けれど、慎ましい生活でありながらも、それなりに平穏で幸せだった。
精霊神殿の教えはあったものの、昔から変わらない、自然に祈るための祠などもあったという。
あるとき精霊神殿の神官から、呼び出しがあった。
そこで聞いた話は、彼女も驚くような話だった。
「私は海洋国家セザールの王家の血を引くのですって」
「あら、そうなんですの」
「知らないわ! 母の両親は、どこかから来た人らしいとは聞いたけど、とっくに亡くなったもの」
母方の祖母が王家の姫で、その護衛騎士と駆け落ちをして、男爵領に来た。精霊神殿にいた人がそう言ったという。
そして王族の血を引くのだから、祖国のために協力をしろと、ミンティア嬢に迫った。
自分の血筋がどうのと言われても、知らなかったことだ。
協力を迫られても、困ったことだろう。
「セザールの王族には、魅了の特殊魔法持ちがときどき現れる。それが私だって、彼らは言ったわ」
やはり魅了だったのねと頷きながら、確認をする。
「魅了なのね。精神支配などではないの?」
「魅了よ。しかも少し好意を持ちやすくなる程度のものよ」
なるほど。ではあの第二王子の明後日の爆走ぶりが出ていただけかと思いつつ、念のために確認を続ける。
「その魔法を使われたのは、第二王子殿下と初対面の、入学式直前のときだけかしら?」
「そのときだけ…って、どうして知っているのよ!」
「居合わせたからですわ。魔力の動きは見えましたもの。あなたの魔力に触れさせて、魔法現象が起きていたことはわかっておりますわ」
そして、肝心のことを聞いてみる。
「その魔法は、持続するものなのかしら」
「しないわ。そのとき少し好意を持ちやすくなる程度みたいよ。神殿で、色々と実験をやらされたもの」
なるほどと、私はロイド様に頷いて見せた。
では第二王子のアレは、天然ものだったかと。
ロイド様は肩をプルプルさせて、頷いた。
だからその笑い上戸、抑えて下さいませんかね。
「そいつら、なんだかおかしな雰囲気だったから、協力とやらを断ったら、ダンデの足を…」
話すミンティア嬢の顔が、陰っている。
自分のせいで幼なじみが怪我をさせられたことに、罪悪感を抱いているようだ。
「元に戻す方法があるから、言うことを聞けって言われました」
「その言うこととは?」
「元は同じ国の王族だったバストール公爵家が、この国を乗っ取る。それに便乗するため、第二王子の伴侶になるよう動けと」
それは第二王子が国王になる前提での話なのだろうか。
あの王子が国王になるというのは、今では限りなく薄い可能性なのだが。
たとえライル殿下の暗殺に成功していたとして、あの王子だ。
あれを本気で中央が王に据えたなら、マスクルは中央を攻撃すると思う。
なぜなら、中央が面倒なことを背負ってくれる前提で、マスクルはこの国に属しているのだ。
中央そのものが面倒になったら、離反するのは目に見えている。
なので、陛下も宰相も、その他現実をわかっている中央の人たちは、全力で阻止するはずだ。
ライル殿下が、第二王子の継承権剥奪前に王太子から降りないのは、第二王子が王になるからというよりは、それを主張するだろうバストールが面倒くさいからだ。
ライル殿下が王太子でなくなるイコール第二王子が王太子になるわけではない。
むしろ、あの王子が国王になるイコール国が滅ぶという図式を。
バストールも精霊神殿も、なんならセザールも、なぜ気づかないのか。
なんなの、この現実の見えない人たちの、明後日への爆走ぶりは。
「バストール公爵家が、この国を乗っ取るという方法は、耳になさったのかしら」
念のために聞いてみる。
「第一王子の暗殺が成功すれば、第二王子が王になる」
やはりその話が出た。
「最初は他の公爵二家を押さえたら、バストール公爵家が好きにできるはずだったと言ってたわ。エルランデは逆らわないだろうから、マスクルさえ戦争で力を落とせばと思っていたのに、うまくいかなかったって」
あー…そうね。
なんかそういうの、予測してたよね。
あの戦争のときに、マスクルに魔獣を追い立てたのも、その一環だったということでしょうかね。
隣のレオルド様とロイド様が、魔力の圧を出してるんですけどね。
彼女も被害者っぽいから、やめてあげて頂きたい。
そっと私もお二方に魔力を向ければ、やめてくれた。
「それで、どのように便乗をするのかしら」
「言うことを聞かせられる私をそこに送り込んで、自分たちの都合のいいように、ランドルフ様を動かせって。あとで私がセザール王族の血筋だと公表すれば、それで本国も関われるって」
第二王子と学園で同学年になる年齢であり、魅了魔法が使えるミンティア嬢は、彼らが調べた範囲で実に都合が良かったようだ。
人質をとり、言うことを聞かせられれば、思うがままに動かせると考えたらしい。
勝手なことを言いおる。
まあでも、つまりアレだ。
神輿は軽い方がいいというやつだ。
第二王子はその軽い神輿で。
国を乗っ取ろうとするバストール公爵家を、さらに乗っ取ろうとするセザール国。
そもそもが、セザールでの権力争いの末にこの大陸に来て。
この国になる以前のバストール領内でも、権力争いをしていたような連中だ。
影響範囲が広くなると知り、欲を出したのだろう。
ひとりの令嬢を貶めるだけの話ではなかった。
国に対する目的があって、色々とやらかしているわけだ。
これはライル殿下から、陛下に報告が必要な案件だな。
殿下への報告で、フレスリオ様、ひいてはエルランデ公爵家にも話は行くだろう。
私がロイド様に視線を向けると、ロイド様が頷かれた。
あとはレオルド様からマスクル本家には話が行く。
私はお父様に報告をして、両侯爵家にも伝えて頂くことになる。
「それで言いなりになり、エルランデ公爵家の令嬢に、冤罪をかけたと」
「冤罪をかけて追い落とせって、指示されたわ。指示どおりにしないと、ダンデを…」
彼女の瞳が、また陰る。
「でもね、どうしてあんなにうまくいったのか、私自身が不思議なの」
彼女は語った。
とても杜撰なやり方を自分はしたはずだと。
最初のときも、私たち以外の誰かが見ていれば、まったく別の場所から池に入ってから騒いだことは、わかるやり方だったと。
それ以外のときも、端から信じた第二王子の頭がおかしいのではないかと。
冤罪の噂があれほど広く知られるほど、うまくやったつもりはなかった。
ただ、指示通りにしていると示しておいて。
それで何か、いい手がないか考えていくつもりだった。
なのにうまくいってしまった。
彼女自身が戸惑っていたほどらしい。
そういえば、最初の事故チューから、傍目にナンダコレと思ったことを思い出す。
うん。杜撰だったよね。
なんでうまくいっちゃったんでしょうかね。第二王子がアレだからですかね。
考えられるのは、第二王子が事前に吹聴していた話が、一般クラスの一学年生に広まっていたことだと、彼女は話す。
それはプレ夜会の、媚薬事件のことだった。
私としてはあの場で、第二王子のとんでもない行動を指摘し、こちらの正当な理由付けはしていたつもりだった。
証拠の記録水晶もあった上で、陛下と王妃にも話は行っていた。
ただ、他の新入生たちは、記録水晶のことまでは知らない。
その場で騒動が起き、何やら第二王子がしでかしたらしいとは聞こえた。
だが近衛がその場をおさめたあと、第二王子に処罰はなかった。
そして第二王子は学園入学後、フリーディアちゃんに虚言癖があると広めたというのだ。
あのときの騒動は、自分の気を引くために、フリーディアちゃんがわざと騒ぎを起こしたのだと。
もちろんエルランデ配下の家の子供たちは信じなかったけれど。
噂というのは、声が大きい強引な人の言い分が、広まってしまうケースはままあることだ。
エルランデ系の貴族は争いごとを避けたがる傾向もあり、王子と側近たちの圧力に屈していた。
そして屈していた子供たちは、きちんと家に報告ができていなかった。
私たち全員が、Sクラスに入れてしまったことでの弊害が、こんなところで出ていたとは。
全員Sクラスだったために、一般クラスの情報に疎くなってしまっていたらしい。
プレ夜会でフリーディアちゃんたちに挨拶をしていた子供たちも、家のつながりであったため、家族にも報告ができなかった情報は共有されていなかった。
マスクル系は、フリーディアちゃん本人を知らないため、そんなものかと流してしまっていた。
そんな素地があっての、あの冤罪事件。
彼女の予想外に、事がうまくいってしまったそうだ。
うまくいった罪悪感に苛まれながらも、人質のダンデさんを傷つけられないことにほっとしていた。
そこに、あの劇で冤罪だという噂が一気に広まり、情勢が逆転した。
情勢が勢いよくひっくり返ったことで、精霊教会の人たちから責められた。
ちょっとうまく行っていない程度が希望なのに、なぜどちらも極端に振り切れてしまったのか。
彼女自身が、悩んでいたそうだ。
あー、ひょっとして、根はいい子なの?
彼女自身が、フリーディアちゃんの噂があんなに広まったこと、罪悪感な感じだったみたいだしね。
幼なじみとは、やはり互いを人質に取られた状態で、言いなりになっていたことを聞けた。
最初は一緒に話を聞くことになり、ダンデさんは、相手の言うことが嘘だから聞いてはいけないと言っていた。
そこで痛めつけられ、怪我を治してもらえなかった。
彼女には、うまく歩けなくなった足を、元に戻す方法があると、希望を持たせて。
ダンデさんは、それも嘘だからやめろと言ったが、彼女は言いなりになった。
そして引き離されたため、ミンティア嬢を人質に取られた状態のダンデさんは、事情を誰にも言えなくなり。
ダンデさんを人質に取られたミンティア嬢も、言いなりになったと。
「ポーションがもう効かなくなった怪我を、治すことなどできないと、わかっているだろうに」
呆れたようなレオルド様の言葉に、彼女が立ち上がる。
「治せるって、言ったもの!」
「協力を約束したときに、治さなかったのだろう。出来ない報酬を約束して、要求だけをする。悪人によくある手口だ」
「そんな……」
ミンティア嬢が、泣き崩れた。
ダンデの夢がとか、泣きじゃくりながら言っている。
ああもう、どうしたものか。
「では例えば、私に全面的に協力すると約束したなら、私ならダンデさんとやらの怪我を治してあげられるわ。どうする?」
冒険者だったときの口調にして、彼女に告げた。
「出来ないって、言ったじゃない!」
「私なら出来ると言ったら?」
「どうやってよ!」
「人の体の原理、怪我をしたときに何が起きているのかをきちんと知っていれば、出来るのよ」
「古傷が治せるというのか!」
横から、驚いたレオルド様の声。
ヤバイ。忘れてた。
この世界で治癒魔法は伝説レベルだから隠せと、ゴルダさんからは言われていた。
でも言ってしまったからには、納得できる説明は必要だろう。
「私の記憶にある異世界は、魔法がなく、科学や医療の知識が発達していました」
ロイド様が頷いた。殿下の執務室で話した内容だ。
「専門家でなくても、ある程度は人の体の仕組みが知識としてあります。一般教養として、学ぶのです」
そこまでは話していなかったので、少し驚いた顔。
レオルド様も、目を見開いている。
「魔法はイメージです。人の体の仕組みを知っており、治療のイメージがきちんと出来れば、治せます」
神経や腱が切れている状態なら、それをつなげばいい。
ゴルダさんのときのように。
「異世界?」
いぶかしげな彼女に、告げる。
「ええ、異世界の記憶がある私なら、出来るのよ」
「なによ、それ」
「贈り人としての私の魂は、異世界を生きていたの」
ミンティア嬢が、驚きに目を丸くして私を見る。
私は彼女と話して、全面協力をさせるための交渉がしたかった。
彼女の協力があれば、第二王子を誘導しての、婚約破棄騒動を起こさせて。
そこから冤罪をひっくり返すという計画が、タイミングも考えて誘導できるはずなのだ。
狙うなら大規模な集まりだ。
学園は前期後期にわかれている。
収穫や冬ぞなえの確認をする時期に、いったん長期休暇に入る。
領主一家が領地に帰る時期でもある。
その長期休暇のあと、後期開始時期に学園全体の交流会がある。
保護者も参加し、陛下まで挨拶に訪れる、大規模な学園の催しだ。
狙うのはそこだ。
交流会で婚約破棄騒動を誘導し、フリーディアちゃんの婚約問題と冤罪問題を一気に片付けたいのだ。
そうするには、この機会に彼女を味方につける必要がある。
「魔法のない世界の記憶。魔法がないからこそ、科学技術や医療知識が発展した、世界の記憶」
日本の記憶は、今の私の武器になる。
「私には治癒魔法が使える。既に治療した人もいて、証明済みなのよ」
宣言すると、ミンティア嬢は私にすがってきた。
「お願い、彼の足を治して! 彼には夢があるの。叶えさせてあげたいの!」
「それなら私に協力をしなさい」
「…協力だけさせて、治さないつもり?」
私の要求に、懐疑的になる彼女。
まあ、わかる。
たった今、甘い餌で要求だけされることを、指摘されたばかりだ。
「いいえ。先に治してさしあげますわ。そうね、誓約を魔法にしましょうか」
互いに約束をしたことを、守らなければいけないと縛る魔法。
イメージが難しいが、出来なくはないと思う。
自分が口にした誓いを縛るというイメージの中、互いに宣言をして、そこに魔力を入れ込めば、成立するはず。
うなれ、私の異世界転生チート!
「約束を必ず守る。そういう魔法を使いましょう。私が彼の足を治すかわりに、あなたは私に協力する。私のことを話さない。その誓いを魔法にするの」
レオルド様に許可を求めると、出来るのならばすればいいと、許可を頂いた。
私は立ち上がり、ミンティア嬢の手をとった。
彼女も立ち上がり、私に向き合い真剣な顔で頷く。
私は目を閉じ、魔法のイメージを練った。
これから互いが宣言し、それに互いが納得すれば、契約の魔法が成立する。
その宣言から外れた行いは出来ない、そういうイメージを強くする。
魔力が光となり、つないだ手にあらわれた。
「私、アリスティナ・ラングレードは、ダンデ・ボルドの足をきちんと癒やし、歩けるようにすることを誓う」
まず私が宣言し、彼女の宣言を促す。
「その対価として、私ミンティア・ベルクは、アリスティナ・ラングレードの要請に全面協力をし、彼女の情報を誰にも明かさないことを誓う」
魔力をその魔法に投入すると、またごっそりと持って行かれたが、出来た手応えがあった。
ああ、本当に魔法すごい。
元日本人のいろんなイメージがあれば、いろんな魔法が作れてしまう。
具体的なイメージがきちんと出来て、魔力量がその魔法イメージに見合うだけあれば、成立してしまうのだから。
それにしてもミンティア嬢。
私の要請に全面協力を誓うって、えらい誓いを立ててしまったね。
私がそれを悪用したら、何でも言うことを聞かなきゃいけなくなるよ。大丈夫?
レオルド様とロイド様が、あっけにとられていた。
うん。聞いたこともない特殊魔法を使い、成功させてしまったからね。
申し訳ないが、必要だったんだ。
あと私が古傷を治療できることは、なるべく内緒の方向でお願いします。
でもどうしても必要なときは、こっそり協力をいたしますので。
「さて、では次のお休みの日にはべルク領へ行って、ダンデさんをちゃっちゃと治療しましょうか」