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舞台は順調に評判となっていた。


前回は、王子と男爵令嬢の恋に、婚約者の公爵令嬢が嫉妬するお話。

そして今回は、王子との婚約が嫌でたまらないのに、さらに冤罪をかけられた公爵令嬢の話。


現実のエルランデ公爵令嬢の噂と重なる筋書きに、民衆の間で波紋が生まれた。

さらに複写魔道具で作られたビラの内容も、評判を呼んでいる。


座長より、前回の公演を利用され、広められた冤罪の話があったこと。

今現在、あの舞台の筋書きに似た事実が存在しないこと。


そして劇作家の語る、彼女の信念。

作り物の話ではなく真実を求め、歴史や事実から話作りをしていること。

今回ももちろん、背景を調査した上で脚本を書いたこと。

結末は舞台の演出として見応えがあるように創作がある。

恋のエッセンスも同様に創作であること。

けれど話のもとは、実在するご令嬢を取材した事実を元にしたこと。




舞台が話題になれば、皆様思い出したらしい。

第二王子周辺は、悪い噂が多かった。

対して婚約者のエルランデ公爵家のご令嬢に、悪い噂はなかった。


そこからは第二王子サイドに、一気に逆風が吹いた。

世間の噂として、冤罪であったことが広まったのだ。









Sクラスの教室でも、舞台の話で盛り上がっていた。

観た人たちは、素晴らしい舞台だったと語り、フリーディアちゃん役の少女の健気さを語る。

語られたフリーディアちゃんは、貴族令嬢の微笑みは浮かべているものの、微妙なこわばりを感じる。


まあ、わかる。

私も自分役の少女について語られて、しょっぱい顔になりそうなところを、取り繕っている。

でも冤罪を晴らすためには、効果的な一手だったと思っている。

なんか、スマンが。




経緯を知るルードルフ様も、素晴らしい舞台だったと言って下さった。

恋人と一緒に観劇をなさったそうだ。


そしてまた、惚気られた。

だからいいから、聞かせなくても!


ライル殿下から、王になっても恋人といられる方法を提案されたという。

私とライル殿下に感謝しているとのお言葉があった。

同性愛者の味方になってくれて、ありがとうと。


ライル殿下にも、恋人とのことを色々と語ったそうだ。

今まで秘密にしていたので、語れる人ができて嬉しいと熱く言われた。


今度ライル殿下にお会いしたら、お疲れ様とねぎらっておこうと思った。









民衆の反応も、貴族社会での冤罪払拭も、順調な中。

私はロイド様とともに、ミンティア嬢の観察と撮影を続けている。


そこでロイド様と私は見た。

記録水晶も見た。




「いやあ、素晴らしい舞台だったな。感動した」

第二王子の言葉に、顎を落としそうになった。


なんと、彼とミンティア嬢は、あの舞台を観に行ったらしい。

ミンティア嬢の目が、さらに死んでいる。


「しかしあの劇の王子は、なんともひどい人物だったな」


お前のことだよ。

なぜ気づいていないんだ、第二王子!


ミンティアちゃんはノーコメントを貫いた。

まあ、そうだよね。コメントできないよね。




しかし全てを黙っているのではなく、彼女は顔を陰らせて言う。

「私たちのことと、似た状況で嫌な感じでしたわ」

「名前が違うのだがら、また別の話だろう。どこかの時代の話ではないのか」


てめえらの話だよ!

そしてたぶん第二王子、お前以外は皆が気づいているよ!

見ろよ、傍らの側近たちの何とも言えない顔をよォ!




ミンティア嬢は、自分がフリーディアちゃんに冤罪をかけたとは言えない。

なのであの話が自分たちそのままだとは、第二王子に言えない。

ツッコミ不在のまま、第二王子が感想を語り続ける。


母親が無理に結んだ婚約に気づかないなど、馬鹿なのかとか。

恋人ができたなら解消の申し入れを受け入れればいいだけなのに、訳がわからないとか。


全部、お前のことだよ!




ロイド様がまた、ずっとプルプルしている。

やめてくれませんかね。私にも笑いが移りそうになるんですけどね。




そしてふと、嫌な予感がよぎった。

私はミンティア嬢が、最初だけ第二王子に魅了魔法を使ったのだと思っていた。


あれからは魔力が動いていないので、最初のきっかけだけだと。

あとは魔法効果はなくなっているのだと。




けれど第二王子が、ここまで気づかないのはおかしい。

いや、奴のことだから本当に気づいていないのかも知れないと思ったりもするが。


あの話と自分たちを、まったく結びつけていないのは、いくらなんでもおかしい気がする。


まさか精神支配とか、洗脳とか、そっち系のやつだったのだろうか。

それが効き過ぎて、状況に気づかないとか。

だとしたら、かけたのは最初だけでも、効果が続いているということ?




もしそうであれば。

その状態で婚約破棄をされ、受け入れても、王妃が無効だと騒ぎそうな気がする。

正常な状態ではないときのことは、無効だとかなんとか言ってね。


ああ、嫌な予感がすごくする。

これは対策が必要だと、メモを取っておいた。


ロイド様にも、その考えを共有すると、頭を抱えていた。

彼も兄の恋に気がついており、フリーディアちゃんの婚約解消後に、兄の恋が叶うことを願っている。

婚約解消がすんなりと行かないのは、困るのだ。


ライル殿下には、ひとまずロイド様から情報共有を頂けることになった。

私と行動をともにしていることに、また文句を言われると、こぼしていた。

適任者がロイド様くらいだったんだから、仕方がないでしょう。

ロイド様にきつく当たらないよう、私からライル殿下に状況を伝えようかと提案したが、拒否された。











朝の登校時間、いつものように馬車を降りたところで、エルランデ公爵家の馬車が来るのが見えた。

私はフリーディアちゃんと一緒に教室へ行こうと、彼女を待つ。


既に登校されていたレオルド様が迎えに来られ、フリーディアちゃんにエスコートの手を差し出した。

少しはにかんだフリーディアちゃんが、レオルド様の手に支えられながら、馬車を降りてくる。

丁寧な仕草でレオルド様はフリーディアちゃんを隣に誘導し。

女性にあわせたゆっくりとした歩調で、歩き出す。


お似合いだ!

あの乱暴な第二王子のエスコートとえらい違いだ。

フリーディアちゃんも嬉しそうなのが、喜ばしい限りだ。


そこへ、ピンクの頭が視界をよぎった。

ニンマリ眺めていた私は、急いで彼女たちの傍へ行く。




彼女はフリーディアちゃんたちの前に立ち塞がると、睨みつけた。

「あの劇は何よ。私の邪魔をしないでよ」

むき出しの敵意をぶつけられ、フリーディアちゃんが戸惑った顔になる。


まだ早い時間のため、人は少ない。

エントランスには、幸いなことに私たちだけだった。

遠巻きにこちらを眺める人はいる。

でも大声でなければ会話は聞こえないだろうという範囲だ。




「冤罪をかけてきた貴様が言うことではないだろう」

レオルド様がフリーディアちゃんを背に庇い、魔力で威圧した。


マスクル本家の彼が、魔力で威圧をするのは、普通のご令嬢が受けたら死にそうになるやつだ。

さっと前に出ると、私がミンティア・ベルク嬢を庇う立ち位置になった。

「レオルド様、今しばらくお待ち頂けますでしょうか」


不快そうな顔ながらも、私がフリーディアちゃんの全面的な味方として動いていることは、ご承知下さっている。

レオルド様は魔力をおさめ、状況を待つ顔になられた。




私はミンティア嬢に向き合った。

「あなたの学園における今回の行動は、ダンデという幼なじみの方が精霊神殿から出てこられないことと、関係がおありでしょうか」

彼女が目を見開いた。


そうなのだ。

私はアダムスさんの調査結果を聞いて、それらしき情報を得ていた。




「第二王子殿下を謀っての、公爵令嬢への冤罪は、大きな罪になる可能性がございますわ」

彼女が話に乗ってくれるように、慎重に言葉を選ぶ。

「今回の冤罪事件が調査された際、あなたの背景ももちろん調べられるでしょう」


危機感を煽り、なんとかこちらの話に乗ってもらえるように、考える。

「冤罪を作る理由になった、関与する方々も含めて、罪に問われる可能性もございます。その幼なじみの方も」


「待って、彼は関係ないわ!」

青ざめた顔になった彼女が、必死な声を上げた。

「関係あるかどうかは、公的な調査結果次第です。加害者の言葉は考慮されないでしょうね」

彼女の顔から、さらに血の気が引く。


「そんな。彼は本当に関係ないの。彼だって被害者よ。あんなことをされて」

やはり、アダムスさんの話とつながった。


「あなたの大切な人が被害者であったとしても、あなたの今回の行動は、明らかに度が過ぎている。その原因となった人も、巻き添えになるほどにね」

「そんな…」

彼女が膝をついた。




「お話を、いたしましょう。今日の放課後、あなただけを私の屋敷にお招きいたしますわ」

私の提案に、彼女が力なく顔を上げる。

「ただし、周囲にけして気づかれないようになさって下さい。第二王子にも、あなたの協力者にも」


そして座り込む彼女の耳に、屈んでそっと囁く。


「あなたの大切な人を本当に守りたいのなら、今のあなたの協力者ではなく、私にきちんと話をしなさい」

彼女は二度、三度と呼吸をしてから、ゆっくりと頷いた。

守りたいならという言葉で、少し落ち着いた様子だ。




彼女が立ち去ってから、レオルド様とフリーディアちゃんが、物言いたげな顔をしている。

私は少し困った顔で笑った。


「まだ確証はないのです。彼女の話を聞いて、確認をしてから、お話をさせて頂きますわ」

「ではせめて、マスクル本家の嫡男として、私は同席をさせて頂きたい」


辺境伯の王都別邸に招くのだから、主家として関与する義務があるという。


私は了承した。

フリーディアちゃんは、事情次第では彼女に同情して許してしまいそうだ。

でもレオルド様なら、フリーディアちゃんを本当に守るためにどうするべきかと、考えて下さるだろう。









アダムスさんの調査結果は、舞台の公演開始直前に聞いていた。

話はゴルダさんの家で聞いたのだが、その際ゴルダさんから、なぜ自分ではないのかと文句を言われた。


なぜも何も、調査は斥候のアダムスさん向きだと思ったんだよ。

ゴルダさんは厳つすぎて、目立つんだよ。

第一印象でばっちり覚えられる顔立ちなんだよ。


あと、もし私を保護した冒険者がゴルダさんだと調べた人がいたとして。

そのゴルダさんが今回の調査をしてくれたら、まずい気がした。

ゴルダさんが、矢面に立たされるかもしれないと。

形式的な調査依頼をしただけで、私を助けようとして個人的に動いたと思われるのではないかと。


その点、アダムスさんなら、少し距離のある人だと言える。

ゴルダさんの仲間ではあるけれど、私を保護して同居していたわけではない。

それを伝えたら、今度はアダムスさんが拗ねた。

同郷なのにと。


同郷じゃねーわ。食生活が似てる異世界だわ。

いつまでそのネタ引っ張ってるんだよ、アダムスさん!




さて、そのミンティア・ベルク嬢のことですが。

ベルク男爵領は、バストール公爵家配下の貴族家だ。

元騎馬民族の一族だ。


彼女の地元での評判は、悪い噂はなかった。

裕福ではない男爵家だが、領民との距離も近く、親しみやすいお嬢様で。

幼なじみの伯爵家の三男と、とても仲が良かったらしい。


つまり、公爵令嬢に冤罪をかけるような人ではない。

第二王子に恋をしそうな人ではない。


そんな気がしていた。


池に入っていった、あのときも。

自分のノートを破るとき。

焼却炉に入れて焼くとき。

靴を泥だらけにしたとき。


人を貶めようとか、傷つけようとか、そういう意図よりも。

作業をしているような感じだった。

ほの暗い笑みを見せていたときもあったが、あれは自分をあざ笑っているかのように見えた。




だから、彼女のことを調べてもらった。

たとえば誰かが彼女の魅了魔法のことを知っていて。

弱みを握って指示を出しているとか。

人質がいるとか。

だとすれば、黒幕がいるはずだ。


「黒幕まではさすがにわからなかったけどね、気になる話は聞けたよ」


そしてアダムスさんから聞いたのは、男爵領近隣にある精霊神殿について。

以前ライル殿下から共有された、騎馬民族をバストールが従えるために利用した信仰だ。

元は海洋国家セザールのものだ。

バストール公爵家の祖は、海洋国家セザールの、政争に敗れた王族だったという、あの話だ。




ミンティア嬢とその幼なじみの少年が、精霊神殿に招かれた。

そのときに、少年が足にひどい怪我を負ったらしい。

神殿の中でのことなのに、すぐに治療がなされず、ポーションの効きが悪かったそうだ。

見た目はそれほどの怪我とは見えなかったが、うまく歩けなくなったという。


怪我の経緯は、二人とも語らなかった。

ただその日から、ミンティア嬢は巫女に選ばれたからと、神殿で教育を受けることになった。

少年は、治療のために精霊神殿に部屋を与えられ、生活することになったらしい。


家族にも同様の説明がなされたし、本人たちの口からその意志は聞いたという。

けれど家族の目には、何かが変だと感じたそうだ。




つまり、その状況からすると、黒幕は精霊神殿ではないだろうかと。

その人たちの指示のもと、彼女は今の行動をしている。


あとは、家族にも頑なに言わなかったという、その理由を本人からきちんと聞き出す必要がある。


だから、圧力をかけることにした。

このままでは幼なじみの少年も巻き添えで罪に問われると。

彼女が彼を守ろうとして、今の状況になっているのなら。

精霊神殿の言うとおりにすることで、彼を守れないと知れば、こちらに事情を話してくれはしないかと考えた。




放課後、帰りの馬車でレオルド様とロイド様に、以前ギルドを通して冒険者に調査依頼をしたこと。

その結果として、わかったことと、私の考えを説明した。


「恐らく彼女は、伯爵家三男の幼なじみを助けるために、精霊神殿の指示を受けていると思われます」

「そうかも知れないが、確証はないな」

「その確認をするためにも、彼女から直接、事情を聞きたいと思っております」


なるほどと、レオルド様が頷いてくださった。

ついでに私は、そうした事情を知れば、フリーディアちゃんは許してしまうかも知れないこと。

でも私たちが取るべき道は、フリーディアちゃんを守るにはどうするかなので、彼女抜きで話をしたかったことを伝える。


「確かに、彼女は優しいからな。それでいいと私も思う」

少し甘い空気を漂わせて、頷かれる。

思わずロイド様と顔を見合わせた。

レオルド様の恋心は、順調に育っているようだ。




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