27 セカンドステージ
民衆に広まった冤罪の噂を否定するために、私は舞台公演を提案した。
話題の舞台をもとに話が広がったのなら、さらに冤罪モチーフの舞台を広めてしまえばいいと。
あちらも冤罪の片棒を担いだことにされてはたまらないと、危惧はあったらしい。
快く応じてくれた。
その日のうちに、大まかなあらすじは決まり。
脚本を書いた作家さんが、なんと一週間ほどで台本を書き上げて下さって。
さすがにこれ、陛下に許可をとらなきゃまずいなと、登城して許可を得た。
冤罪については、ライル殿下を通じて陛下にも話は行っていたからね。
あのプレ夜会のやらかしで婚約解消できなかったあとの、この冤罪は、非常にまずいと認識されていた。
王家の今の事情を漏らすような筋書きだが、登場人物の名前を変えることを条件に、あっさり許可を頂けた。
許可する旨の書状も出してくださった。
公演準備がなされる中、ベルヘム先生の力を借りて私が作っていたもの。
そう、オペラグラスだ。
舞台は観たいが、たぶん高位貴族用のボックス席で観る羽目になりそうだ。
そうすると舞台がちょっと遠いんだよ!
関係者として舞台袖なんかでガッツリ見せてくれないものかな。
たぶんそれは叶わないので、オペラグラスです。
遠くのものを、目のすぐ近くに映せないかと提案すると、ベルヘム先生は面白がってくれた。
魔法のマーベルン先生も加わり、魔術式なんかを考えてくれた。
「属性効果としては、幻影魔法と同じ光と水かな」
「幻影魔法は、全体的に光ってしまって、はっきりした映像ではないからねえ。あるままを映すとなると」
「水鏡の魔法というのが、昔の資料にあったな。水属性が主体の魔法で、光は反射のために添えていたはずだ」
「基本は記録水晶の映像と同じだね。今目の前にあるものを、その場で大きく映写か」
「記録部分が不要ということだろう。簡単じゃあないのかい?」
「あれは記録が主体の構築だから、少し異なる」
属性の効果だの指向性だの割合だのと、難しい話をされた上で。
完成いたしました。オペラグラスが!
先生方がチート過ぎる気がする件について。
舞台準備が進む間に、こちらもまったり進展していたのが。
フリーディアちゃんとレオルド様の恋模様!
朝の馬車に迎えに来て、フリーディアちゃんのエスコートは必ずのようにレオルド様がなさり。
放課後上映会のあと、馬車まで行くときも、レオルド様エスコートで。
お昼もなんと、Sクラスサロンでご一緒しているほどだ。
少し休憩時間がずれているはずなのに、私たちに日々合わせてくださっている。
私は放課後上映会もお昼も、ひっそり撮影のために不参加が多いが、ときどきご一緒することもある。
そんなときはどちらも、はにかんだ嬉しそうな顔で、会話をしている。
もどかしいが、初々しい!
ちなみにロイド様の魔力操作は、私がスパルタでビシバシ指導をさせて頂いた。
まず魔力を感じろ。腹の中でグルグルしてみろ。次に全身にくまなく回せ。
朝も昼も夜も、寝る直前までグルグルするように!
グルグルがスムーズに行くことが、まず第一歩だ。
というか、それが出来れば、勝ったも同然だ。
本人も実は、魔力操作がうまくできないことは、劣等感だったらしい。
コツをつかんで上達しだすと、嬉しそうにしていた。
そしてロイド様とのステルス撮影会において。
相変わらずの第二王子の暴走と、今となってはほぼ常時死んだ目になっているミンティア嬢。
でも奴と見つめ合うときは、女優になれる根性のある女だ。
ときどき会話のあまりのズレっぷりに、絶対に笑ってはいけない撮影会状態になっている。
ステルス魔法をしながら、笑い声を漏らしちゃいけないからね。
ロイド様の肩がプルプルし出すと、私までプルプルしちゃって困るんだ。
最近二人で変に腹筋を鍛える羽目になっていることに、第二王子のせいだと物申したい。
てゆーかロイド様、あなた笑い上戸ですよね。
あなたが先にプルプルするから、私までつられてプルプルするんですよ。
笑いの沸点の低さを、どうにかして頂きたい。
舞台の初上演が決まったことの連絡が、劇場経営者からお手紙で来た。
なんと、初回の舞台にお招きくださる切符まで入っていた。
お父様に声をかけると、すぐに日程調整して下さった。
一週間後には、お父様のエスコートで、この世界での初観劇だ!
ウキウキと準備する私に、屋敷のみんなが嬉しそうだ。
このところの私の苛つきなどは察していて、心配をかけていたらしい。
料理長も、私が好んだ料理を頻繁に作ってくれていた。
お父様もずっと見守ってくれていた。
何かがあれば、頼れる人たちがいる、この人生。
チート以上に人に恵まれていることに、会ったことのない神様に感謝する。
ちなみに初観劇について、王子妃教育ついでのライル殿下執務室訪問でお話をしたら、拗ねられた。
「初観劇というのなら、婚約者の私がエスコートをしたかった」
婚約者じゃなくて、今も婚約者候補だけどね。
なので後日また、今度はライル殿下と観劇へ行くことになった。
今回はエルランデ公爵家と私へのご招待なので、出来れば次はみんなで行きたいと提案をした。
例えばライル殿下の執務室メンバーと、私のお友達の皆様と。
その中にレオルド様も入れて、ダブルデート風にできないか相談したら、呆れられた。
でもでも、いい案だと思うんだ。
アルトさんは、殿下の侍従兼護衛だから誰かをエスコートはしないとして。
例えばメリルちゃんを、ゼネス・トルディ様がエスコート。
ミリアナちゃんを、フレスリオ様がエスコート。
ナナリーちゃんを、ロイド様がエスコート。
そしてフリーディアちゃんを、レオルド様がエスコート。
ひとり足りないから、側近のひとりのご兄弟に協力してもらったとかさ。
そのメンバーの中でいちばん戦闘力の高いレオルド様が、危険な立場のフリーディアちゃんをエスコートってことでね。
理由は行けそうな気がするのですよ。
そう主張して、最終的にはオッケーをもらった。
殿下としては、侍従と侍女はついて来てもいいから、二人だけの観覧席で観たかったらしい。
二人ずつの座席にしてもらえばいいでしょうと伝えたが、がっくり肩を落としながら、そうじゃないと言われた。
アルトさんよ、そんな残念なものを見る目を向けないでくれたまえ。
私は映画館デートとかはしない主義だったんだ。
映画に夢中になっているときに話しかけられたら、ウゼエと思うクチだったんだ。
映画中のポップコーンとか、買ってても途中で忘れ去っちまってたんだ。
映画が観劇になっても同じだと思うんだよね。
二人きりで観劇に行くという価値観に、意味が見いだせない。
さて、ご招待の観劇の日が来ました。
お父様は謁見のときほどの重厚さはないが、やはり軍服チックな、カッチリした服装です。
背が高く肩幅の広い体格なので、とても見栄えがする。
私も登城のときよりは少しカジュアルで、でも見栄えのするドレスです。
遊び心の感じられる系の、洒落たドレスにテンションが上がる。
いつものごとく、お互いに褒め倒してからの、馬車移動。
招かれた高位貴族用のボックス席には、公爵家ご夫妻とフレスリオさん、フリーディアちゃんがいらした。
劇場経営者と座長と、脚本家のバルベナ女史が挨拶に来られた。
バルベナ女史には密かな親近感を持っている。
三十代くらいのおひとり様で、学園に姪っ子ちゃんがいらっしゃるという。
劇作家として成功をおさめ、家から独立された職業婦人だ。
この世界では、かなり珍しい。
彼女は初めてお会いするフリーディアちゃんの可愛らしさに、頬を染めている。
そうだろうそうだろう、ヒロインのモデルとして申し分ないだろう。
「この度は、私どもの舞台がご迷惑をおかけいたしましたこと、謝罪いたします」
三人そろって頭を下げられ、少しうろたえるフリーディアちゃんが可愛い。
「舞台のせいではございませんわ。王子と薄紅の花は、私も拝見いたしましたが、とても素敵な演目でした」
奴らが利用した舞台は、フレスリオさんとともに、フリーディアちゃんも観に行っていた。
ヒロインと王子との、庭園での逢瀬がとても切なく胸を打たれたことを、彼女にしては珍しく熱く語られた。
「この度は、私への冤罪に対するため、骨折りを頂いたこと、感謝いたしますわ」
「こちらこそ、公爵家のご令嬢をお話の基にさせて頂いたこと、誠にありがとうございます」
「我々としては、とても演出に力の入るお話を頂きました」
「ご満足頂ける舞台になりますよう、関係者一同、尽力いたします」
挨拶のあと、ソファーに腰をかけて、まずは歓談。
侍女たちがお茶と軽食を用意してくれる。
もちろんマイラも来ている。
侍女としての立ち位置ではあるが、観劇ができることを彼女も楽しみにしていた。
本日は舞台初日のため、関係者からの挨拶が入るそうだ。
そこで前回の公演が、悪意をもって利用されたこと。
昔の史実であり、現在あの舞台のような事態は起きていないことを話して頂けるそうだ。
舞台の関係者が去り、公演開始の前に、私は作成したオペラグラスを配った。
数は足りないので、共有して使用して頂くことになる。
お父様は「遠くの魔獣を見張るのに便利だな」と呟いていた。
舞台を観るためのものなので、今後の活用方法は帰宅後にして頂きたい。
戦闘民族な発言に、公爵家の方々からの視線が生ぬるい。
開幕前の、関係者からの挨拶が始まった。
まず座長から、事前に伺ったとおり、前回の公演を利用されたことが語られる。
今現在、あの舞台の筋書きに似た事実が存在しないという話に、会場でざわめきが起きた。
噂を信じていた人たちなのだろう。
わざわざ告げられたその言葉に、困惑をしている様子だ。
次にバルベナ女史からの挨拶で、期待以上の発言を彼女はしてくれた。
「私は作り物の話ではなく、真実を求めて歴史や事実から話作りをしております。これは私の信念でございます」
裏付けのある情報なのか調べた上で、今回の舞台脚本を書いたのだと、宣言してくれた。
「結末はもちろん、舞台の演出として見応えがあるように創作をいたしました。恋のエッセンスも同様でございます」
まあ、そこはね。現在婚約状態で、恋の話が事実と広まるのは、マズイからね。
いくらあの第二王子があれで、相手が既に浮気していてもね。
婚約中の女性側の浮気となれば、マズイ話だからね。
「ですがお話のもとは、実在するご令嬢について取材した情報です。私は事実を元に、今回も台本を書き上げました」
彼女は堂々と声を張って語る。
拡声の魔道具を利用しているものの、張りのある声は説得力を持つ。
「取材をさせて頂いたご令嬢の境遇は、とても胸を打つものでした。皆様の胸に残る舞台になれば、幸いでございます」
そして舞台が始まった。
フリーディアちゃんを思わせるご令嬢の可憐さと、健気さ。
第二王子との婚約話に、拒絶したいのに、国や家を思うと出来ず。
家族の嘆きに、みんなの心が明るくなるように、健気に心配りをする。
それを家族も察して、明るい態度を取るが、心は重く苦しい。
密かに涙する両親。
悔しさを侍従に告げながら、無力さを嘆く兄。
そして閉ざされたかのように思える未来に、涙を見せまいと耐える少女。
しょっぱなから飛ばして来る。
歌劇になっているので、透き通った声の嘆きの歌が、少女の心情を見事に表している。
兄役の人も見事な歌声だ。
フレスリオさんとは思えない、素敵なお兄さんに見える。
いや、まあ、フレスリオさんも見栄えのする方ではありますが。
なんだろうか、ときどき残念な雰囲気を漂わせているのですよね。
そして第二王子役の傲慢そうな態度。
横柄な歌声が、絶妙にムカつかせてくるぜ。
フリーディアちゃん役の少女への仕打ちに、舞台に殴り込みをかけに行きたくなるほどだ。
王妃とその周囲の嫌がらせも、すごく陰湿で少女に同情が集まる。
王妃役の人は、とても美人だけど、ゴージャスな化粧で高飛車な態度がすごい。
甲高いソプラノの歌声は、きれいだけれど棘を含んで、迫力がある。
公爵令嬢な少女の健気さが、本当に可哀想でハンカチを目に当てる。
出口の見えない暗い道を表現する歌が悲しくて、駆けつけて慰めてあげたい。
理不尽と戦おうとする両親。
婚約解消を願いながらも、打ち砕かれて。
兄も奔走するが、望みが砕かれる。
家族の嘆きの歌が、また胸に迫る。
エルランデ公爵役の男性は、バリトンの声がものすごくいい。
公爵夫人役の女性も、王妃とは異なる柔らかい声のソプラノがいい。
あと陛下役も重厚な声のおじさんだ。
ダンディな陛下をよく表現していらっしゃる。
ある日の王妃主催のお茶会に、今までにない軽やかな音楽が響いた。
そこで登場した少女は、優しげで優美で、凜とした歌声がきれいだ。
フリーディアちゃん役の少女に、丁寧に挨拶をして、好意的に話しかける。
そして彼女の危機に、次々と対処をして見せた。
あ、私だと気づいて、劇に浸りきっていた気分から我に返った。
隣を観ると、お父様が目を輝かせている。
いや、なんか、美化され過ぎてやしませんか。
ちょっとなんか、恥ずかしい。
少女二人の軽やかに歌う声。
そこから友人たちとのお茶会で、成立する友情。
フリーディアちゃん役少女の、浮き立つ声でのソロが響く。
公爵家の中が、以前より明るくなる。
そしてプレ夜会を思わせる展開。
決定的な証拠がありながらも、婚約解消が叶わず。
でも交渉が前進したことでの希望。
そこからの急転直下。
学園入学後に、冤罪事件が発生する。
池の側で、堂々と冤罪にかけられ、呆然とする少女たち。
冤罪の噂が広まり、嘆く少女たちと、公爵家の方々。
またも胸に迫る歌声がすごい。
歌の威力って、あるのだねと感心した。
ミンティア嬢役の少女は、意地悪そうな声を響かせる。
絶妙にムカつく演出がすごい。
しばらくして、レオルド様らしき青年が登場。
まだ大人になり切らないアルトの声が、誠実そうに響く。
少女の境遇に心を痛め、心を沿わせて力になろうとする懸命さ。
私役とレオルド様役が、噂を信じた心ない人たちからの声や行動に、対処をする。
少女を守り抜く決意をしたレオルド様役の青年が、すごく格好良く見える。
そしてクライマックス。
聴衆の面前で、少女を断罪しようとする王子。
ミンティア嬢役と王子の傲慢な歌声がこれまた、絶妙に腹が立つ。
絶体絶命のピンチに、フリーディアちゃん役の少女の、悲痛な声。
公爵家ご夫妻とフレスリオさんもまた、少女の歌に悲痛な響きを乗せる。
突然、心を奮い立たせるような音楽が流れた。
そしてレオルド様役と、私役の少女が声を響かせ、フリーディアちゃん役の少女に寄り添う。
確固とした証拠を提示して、冤罪であることを証明し。
聴衆に賛同させ、王子とミンティア嬢役の少女の理不尽さを突きつける。
陛下の前で、フリーディアちゃん役の少女が婚約破棄を宣言。
そして重厚な雰囲気をもたせた陛下が、ダンディな歌声でこれまでの少女の献身を労い、婚約破棄が成立する。
フリーディアちゃん役の少女の、解放感にあふれる歌声。
公爵家一家の、喜びの歌声。
なんか、すげえ。
歌劇の唐突に歌が始まる雰囲気が、前世では苦手だった。
でも、これはいける。
なんというか、歌での雰囲気作りがすごく絶妙だ。
そういうものだと思わせられる。
喜びの歌が終わり、しっとりとした音楽が流れて。
レオルド様役からの求婚の歌。
若くも誠実な歌声に、浮き立つ少女の声が重なる。
公爵家の方々も、祝福の歌声を重ねる。
彼らの明るい未来を演出して、終幕となった。
しばらく静かに余韻が残ってからの。
割れんばかりの拍手が響く。
私も夢中で拍手をした。
自分らしき登場人物に、スンとなったところもあったけれど、素敵な舞台だった。
こんなに素敵な舞台を作る方々だったら、前のお話も観ておけばよかった。
お父様も、公爵家の方々も惜しみない拍手を送っている。
特に公爵家の方々は、噂を払拭する威力を持つ舞台に、晴れやかな顔だ。
帰り道の馬車の中、私はお父様に相談をして、王都別邸にある複写魔道具を一台、譲って頂いた。
辺境は魔道具が豊富で、我が家は稀少な複写魔道具を、複数持っている。
王都別邸にも二台あったので、一台を頂けた。
帰宅からのトンボ返りで劇場へ向かい、座長に複写魔道具をお渡しした。
開幕前の関係者挨拶を、今後も観劇する方々にビラとして配って頂けないかとお願いしながら。
快く了承頂いた。
彼らも、あの言葉を毎度の挨拶とするのは難しいので、どうしたものかと考えていたそうだ。
あの言葉とともに、舞台の公演を続けて頂ければ。
きっと冤罪の噂は払拭できるはず!
それだけの威力を、あの舞台は持っていたから。