26 劇作家
※他者視点です
バルベナ女史には、学園に通う姪っ子がいた。
その姪っ子から、彼女自身が見たことを交えて、学園の噂を聞いていた。
舞台の筋書きに似たことが、学園で起きているのだと。
歴史は繰り返すというのを、しみじみと感じていたのだが。
つい先日、その姪っ子からさらに情報を得た。
高位貴族令嬢の嫌がらせとされていたことについて、決定的な冤罪の証拠があるそうだ。
「私も記録水晶の映像を見せて頂きました」
神妙な顔で姪は語った。
「普段はSクラスの校舎には行けないのですが、学生会にお願いをして、サロンに行かせて頂きました」
なんと、被害者とされていた人物が、自分からザブザブと池に入る様子が撮影されていたという。
わざとらしく騒ぎ、彼女たちから池に突き飛ばされたような演出をしていたと。
つまり学園から広まっている噂は真っ赤な嘘で。
公爵令嬢を陥れるために、自分の脚本した舞台を利用されているのだと知った。
下手をすれば、公爵家の令嬢に冤罪をかけた共犯者に仕立て上げられかねない!
趣味の舞台脚本作家の仕事が、家に迷惑をかけるかも知れないことに、バルベナ女史は愕然とした。
家族からは当初、反対されてはいたものの。
今回の流行で好意的な反応に変わっていたのに。
そんなとき、冤罪をかけられていたご令嬢の家、エルランデ公爵家から面会希望があった。
釈明の機会を与えられたと、すぐさま応じた。
劇団座長と、劇場経営者とともに、指定された王都のレストランに向かった。
上品な調度品で整えられた個室には、エルランデ公爵家当主と嫡男、それから令嬢がいた。
公爵や嫡男と似ていないご令嬢だと感じたが、他家のご令嬢だという。
「アリスティナ・ラングレードと申します」
今回、冤罪をかけられた、フリーディア・エルランデ嬢の友人で、王太子の婚約者候補と説明された。
ラングレード辺境伯家のご令嬢といえば、記憶に残る事件がある。
義母と義姉の後嗣成り代わり事件の被害者だ。
ひどい虐待からSランク冒険者に保護され、無事に帰還したご令嬢。
噂では、ご令嬢自身が冒険者ギルドに出入りしているとか。
王太子の危機を救ったことがあるとか。
時間停止の空間魔法という稀少魔法の使い手であるとか。
魔道具作成を学び、あの稀少魔道具の記録水晶を王城に納めているとか。
様々な噂があるご令嬢。
できれば彼女から事情を伺って、舞台化したいと夢見たこともあるご令嬢!
輝く蜂蜜色の髪は優美に整えられ、優しげな深い青の瞳、楚々とした所作もご令嬢らしい。
冒険者ギルドに出入りしているというのは、保護した冒険者に会いにといったところだろう。
彼女が冒険者をしているという噂は、デマだと見た。
まずは公爵家当主から、娘の噂を知っているか確認がなされた。
姪から聞いたことを話した。
最初は学園で広まる噂を聞いていたこと、その後の冤罪の証拠の話も聞いたこと。
「私の書いた脚本と似た状況で、噂が広まったと聞きいております。意図せぬこととはいえ、謝罪いたします」
関わりはなくとも謝罪は必要だ。
座長と経営者もそろって謝罪の言葉を口にし、ともに丁寧に頭を下げれば、了承の頷きが返った。
ほっと息を吐き出した。
共犯容疑をかけられているわけでは、なさそうだ。
「あなた方には今回、お願いがあるのですよ」
穏やかなご当主のお言葉に、首を傾げる。
弁明ではなく、お願いとは何だろうか。
「これは彼女の発案なのだがね」
そしてアリスティナ嬢を示される。
「私としては、是非ともフリーディア様を主人公にした舞台を、公演して頂きたいのです」
彼女は優美に扇を広げ、そう告げた。
「強引に押しつけられた婚約ですのに、お相手ご自身と、その母や周囲からの仕打ちについて」
垂れ目で優しげだった雰囲気から、優美ながらも貴族らしい、ひんやりとした眼差しに変わる。
そして語られたのは、そもそも第二王子にバストール以外の大きな後ろ盾を求めての、王妃からの婚約打診。
だがエルランデ公爵家も貶めたい王妃サイドから、彼女への嫌がらせ。
加えて第二王子の婚約者に対する、ありえない態度の悪さ。
エルランデ公爵家は、受けたくない婚約を、王族からの圧力で渋々受けた。
なのに娘の扱いの悪さに、何度も婚約解消を求めながら、拒否されている。
バストール公爵家の、数々の理不尽。
あまり強引に拒否をした場合、内乱にも発展しかねないからと、耐えに耐えたエルランデ公爵家。
口火を切ったアリスティナ嬢に続き、ご当主や嫡男からも、次々と語られる事情。
そんな内情があったことは、民衆には知られていない。
貴族として私は、多少は耳にしていたけれど。
そこまでひどいとは思いもしなかった。
私以上に、初耳の座長と経営者が唖然としていた。
「そしてこちらをご覧ください」
記録水晶と映写機だと説明され、目を見張る。
「こちらは、アリスティナ嬢が作成されたという、噂の?」
そう尋ねると、噂という言葉にきょとんと瞬きをされた。
「噂は存じませんが、魔道具の先生に教わり、私が作成したものですわ」
こんな場ではあるが、彼女にまつわる数々の噂の一端が確かめられて、私は密かに興奮した。
記録水晶の映像は、子供たちの夜会の様子。
王立学園の入学前に、子供たちのプレ夜会が行われる、その日の映像だという。
着飾ったご令嬢が賑やかに記録水晶を覗く、そのひとりがフリーディア嬢だと言われた。
とても愛らしいご令嬢だ。
そして現れた第二王子。
強引に勧めた飲み物に、薬が入れられていたことを語る様子。
これが王族であることに、嫌悪を抱く。
機転を利かせたアリスティナ嬢が、被害者に解毒薬を飲ませる様子。
許可証がある空間魔法の解除の求め。
元通りの状態で返すと約束しながらも、鍋をぶちまける護衛。
しかもその鍋は、領地の危機にそなえての、急なポーション作成に応えられるようにとの理由で収納されていたもの。
健気なご令嬢の気持ちを、踏みにじる行為!
一連の映像に、彼らが語る第二王子側の理不尽さが見えた。
そしてさらに、冤罪である証明となる映像も流される。
池に自ら踏み入り、身を沈めた上で、悲鳴を上げて訴える少女。
他にもいくつかの映像で、自身で演出した被害を、声高に訴える姿。
すべてを婚約者のせいとしながら、堂々と浮気をしている第二王子のその行動。
姪が語っていた言葉を思い出した。
「私もあの、池に突き落とされたという事件のとき、叫び声を聞いて行ったのよ。すぐ近くにいたから」
姪の話によると、すぐ近くにいただけに、叫び声で人が集まる前に駆けつけた。
あの場には、池の中で座り込む女学生ひとりと、池のほとりに女学生五人。
あとは、自分と似たような位置から駆けつけたような人ばかり。
「池に突き落とされたのを、見た人はいなかったと思う」
被害者とされる女の子の騒ぐ声で、人々は突き落とされたことが事実だと、信じ込んでしまったのだ。
さらにその後の噂についても。
「池に突き落とした事件があったから、またあのご令嬢がやったのねと思って。噂を信じてしまったわ」
最初の池に突き落とされたという事件からの、一連の作られた冤罪。
それ以降も、わざと作り続けられた、冤罪の数々。
あとのものは姪からも聞いていなかった、新情報。
しかも自分のあの劇を利用して、大々的な噂が広められた。
「…っやってくれるじゃないのよ」
バルベナ女史は燃えた。
「劇には劇を。なるほどね」
怒りとやる気に、ぼうぼう燃え盛った。
隣では、涙もろい座長が泣いている。
証拠映像のひどさと、その前に耳にした公爵家令嬢の、あまりにもおかわいそうな状況に。
劇場経営者も、あまりのひどい話に頭を抱えている。
なるほど、理不尽に押しつけられた婚約を、家のため国のためにと受けて立った、健気な公爵家のご令嬢。
だがその後に置かれた理不尽な立場。
王妃と王子のあまりのひどさに、耐えがたい日々。
家族は嘆き悲しみ、なんとか彼女を助けたいと願うが、叶わぬ日々。
そこに冤罪を押しつけられ、悪評が広まる。
少女も家族も絶望感に苛まれる中、友人の助けでなんとか冤罪を晴らそうと立ち上がる。
さて、ハッピーエンドにするには、どのような筋書きにするべきか。
「かしこまりました。前回以上に話題となる脚本を、書かせて頂きますわ!」
私は宣言する。
「つきましては、フリーディア様の日常のご様子ですとか、どのような方なのか、詳しく教えて頂けませんこと?」
アリスティナ嬢が目を輝かせ、語った。
初めて会ったお茶会での、ひと目で引きつけられたご令嬢の様子を。
少しつり目で子猫のような印象。
ほうほう、本来は好奇心旺盛で活発な少女が、王子の婚約者にされて、窮屈な思いをさせられていらっしゃるのね。
元来の能力の高さで淑女の振る舞いは完璧だけれど、彼女の良さを押し込められているところがあると。
王子の婚約者になったばかりに、普段から不自由を強いられているのね。
そのお茶会で起きた出来事も、詳細に語られた。
あらあら、目に魔力を満たして、毒を感知できるですって?
それを異国の風習を使い、お茶を入れ替えたと。
聖銀と魔蜘蛛絹製の扇で、熱湯を防いだですって!
あの、できればアリスティナ嬢ご自身のことも、詳しく!
興奮した私を、両側から座長と経営者が押さえ込む。
わかっていましてよ。少し興奮してしまっただけですわ。
公爵家のご当主と嫡男からも、フリーディア様の日々の愛らしさを語られ。
以前からの第二王子の仕打ちや、王妃とその周囲からの嫌がらせを語られる。
話を聞いて、質問などもするうちに、劇の筋書きは固まった。
家族からも領民からも愛される、公爵令嬢。
彼女は容姿も性格も愛らしく、優しく、幸せに満ちた日々を送っていた。
幸せな日々は、しかし傲慢な第二王子との婚約話が来たことで、陰りを見せる。
息子を王にしたい王妃から、強引にねじ込まれた婚約。
断れば、三大公爵家のふたつが対立し、内乱にも発展しかねない。
家や家族、国のために、少女は婚約を受け入れるしかないと、健気な決意をする。
当主や夫人、嫡男の必死の抵抗もねじ伏せて、婚約は成立してしまった。
顔合わせのときから態度の悪かった第二王子は、婚約後も彼女に対して傲慢な態度をとる。
約束に遅れるのは当たり前。
そこらの女性に声をかけて褒めさえするのに、婚約者には悪態をつく。
エスコートは気遣いの欠片もなく。
周囲と険悪になっては、婚約者として少女が謝罪をする羽目になる日々。
別の公爵家出身の王妃さえも、令嬢の公爵家を下に見て、ひどい態度を取る。
さらに王妃の周囲にいる侍女からさえ、嫌がらせを受ける。
あるときは用もないのに呼び出され、寒い庭園で待たされる。
王子妃教育と称しては、ネチネチと言葉で弄ばれる。
趣味の悪いものを贈られ、王妃からの贈り物として身につけなければならず、恥をかかされる。
あちらの都合で押しつけられた婚約なのに、あまりの仕打ち。
家族は嘆き悲しみ、何度も抗議をするも受け付けられず。
理不尽さに何度も婚約解消を願うも、叶わず。
王も口を添えるものの、三大公爵家の一角として権力を振りかざし、抵抗する。
あるときから心強い味方が現れた。
魔法開発と魔道具作りが趣味の、第一王子の婚約者。
彼女はエスカレートしてゆく嫌がらせの中、毒から少女の身を守り、怪我の危機からも守る。
三大公爵家の残る一角の、重臣である辺境伯家のご令嬢。
彼女と家族、友人たちの助けで、少女は何度も危機を乗り越える。
そんな彼女に、ひどい冤罪がかけられた。
罠にかけたのは、第二王子を密かに慕う令嬢。
王子妃の座などくれてやりたいのに、悪役に仕立てられ、公爵令嬢は絶望感に苛まれる。
そんな中、第一王子の婚約者の主家、三大公爵家の残る一角である家の嫡男が、冤罪であることを知る。
健気な少女の涙を前に、彼女を守り抜く決意をする。
クライマックスは、聴衆の面前で少女を断罪しようとする王子。
対して第一王子の婚約者や公爵家令息の力を借り、冤罪を撥ね除ける少女。
共謀した王子に対して、女性である公爵令嬢から婚約破棄を突きつけた。
最後は公爵家令息からの求婚に、胸をときめかせ頷く彼女たちの、明るい未来という展開で、幕を閉じる。
途中の公爵家令息との恋については、アリスティナ嬢とフレスリオ様の間で、意見が分かれた。
だがバルベナ女史としては断然、アリスティナ嬢の推す恋物語は、取り入れるべき展開だ。
実際にマスクル公爵家の嫡男と、恋の予感があるのですって!
物語はハッピーエンドがいちばんよ。
健気で悲しい目に遭うヒロインには、彼女を助けるヒーローが必須なのよ。
何々、マスクルの男は、一途で庇護意識が強い。
何が何でも守り抜き、浮気は絶対にしないはずですって!
いいわねいいわね、もっと情報はありませんこと、アリスティナ嬢!
話を聞いたからといって、裏付けは必要だと、バルベナ女史は知り合いの貴族のツテで、話を聞きまくった。
その結果、エルランデ公爵家やアリスティナ嬢の話は、真実だとわかった。
一週間、睡眠時間を削って書き上げた話を、皆様に見て頂いた。
だが書き上げてから、思ったのだ。
王家や公爵家の方々について、好き勝手に描写をし過ぎたかも知れないと。
けれどアリスティナ嬢に台本を預けたその翌日、陛下から了承を得たと言われた。
登場人物の名前を変えさえすれば、問題はないのだと。
実際に、陛下のサインの入った、許可をする旨の書状を頂いた。
そこからは座長と劇場経営者と、話を詰めて。
特に座長は、雰囲気に合いそうな歌劇用の歌を、以前の舞台で利用したアレンジではあるが、あらかじめ用意してくれていた。
今の舞台装置などはそのまま利用することで、配役や演出などの詳細を詰めるのに、一週間程度。
そしてひと月ほどかけて、舞台練習をしながら、宣伝や公演の計画を立てて。
二ヶ月という、驚異の短期間で、新たな舞台公演が始まるのでした。