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22 噂


その日は王子妃教育もないので、急遽、我が家へ寄り道して頂いた。


「実は私、本日の彼女の行動で、思い当たることがございます」

ミリアナちゃんが話し出す。

それは最近流行している、舞台の演目の話だった。


詳しくない私もタイトルを耳にしているほど、有名になっている舞台だ。

タイトルは、王子と薄紅の花。




脚本家は、本物の歴史を紐解いて話を作ったのだという。

元は他国の歴史らしい。

王子が身分の低い女性に一目惚れをして、始まった恋の話。


王子の婚約者だった女性は、大輪の花のような美人。

気位が高く、彼女の実家の権勢欲も高い。

対する王子は控えめな性格だった。


お茶会で挨拶に疲れた王子は、庭園の淡い色の花々に癒やされる。

そんな中に、可憐な花の精のような令嬢があらわれた。


大輪の花ではなく、野の花のような控えめな空気の、可憐な令嬢。

王子はその令嬢に惹かれ、恋が始まる。

だが彼女は身分の低い男爵家の令嬢。


そして婚約者の実家である公爵家は、絶対にその恋を認めない。


結果、王子の婚約者は、殿下が想いを寄せた下級貴族令嬢に厳しい態度を取り。

公爵令嬢の取り巻きも男爵家の令嬢をいじめ始め、次第にやることがエスカレーションしていく。

いじめは陰湿で凄惨、下級貴族令嬢の様々な危機を、王子とその仲間が助ける。


最終的には、婚約者の令嬢に婚約破棄が突きつけられる。

安定の悪役令嬢とヒロインモチーフな演目だ。


しかしこの世界では、あまり聞かない類のお話だった。

アリスティナとしての記憶には、この世界でそのような物語は、記憶にない。

前世では、悪役令嬢ものとして定番の展開だったが。


今や貴族たちにも民衆にも、大流行の演目だという。

私はその話を聞きかじってきたマイラから、熱く語られた。

マイラはその手の恋物語が大好きらしい。




「私は思うのです。ミンティア様は、あのお話をなぞって、フリーディア様の悪い噂を流そうとしていらっしゃるのではないかと」

「ベルク男爵令嬢が、エルランデ公爵家のご令嬢へ冤罪だなんて、大胆な」


あの行動からすれば、彼女の意図は、ミリアナちゃんが語ったとおりだろう。

男爵令嬢がまさか公爵家の令嬢に冤罪をかけるなどと、そんな大それた事はできないだろう。

そういう前提で、信憑性が生まれることも考えられる。




もし実際にそんな展開があり、婚約破棄が起きたなら。

フリーディアちゃんが解放されるという意味では、良いことだ。

だが婚約破棄を相手から突きつけられるというのは、フリーディアちゃんにもエルランデ公爵家にも傷がつく。


今は、何がどうして彼女があの行動を起こしたのか、裏がよくわからないけれど。

本日の記録水晶の映像は、何らかの形で効果的に公開しなければならない。


上書き保存できる機能があるだけに、急いで上書きが出来ない処理は施した。

上書き機能をつけた段階で、上書き禁止処理機能も、きちんとつけていた。


うっかり大事な記録を上書きしてしまい、泣いた経験は、前世でアホほどあったので。




これからの話として、新たな冤罪も予想される。

その対策として、私たちは行動記録を各自つけ、まとめておこうと打ち合わせた。

特にフリーディアちゃんと一緒にいたときや、先生や他の学生などと一緒にいた時間などを、詳細に書こうと取り決める。


「万が一にそなえましょう。第二王子殿下は、あの舞台の筋書きをなぞろうとする人の手のひらで踊らされかねません」

「婚約が解消されることにつながるのは歓迎ですが、フリーディア様の名に傷がつくのは、本意ではありませんわ」


婚約は解消したいのであって、王子からの一方的な婚約破棄はありえない。

むしろ常にフリーディアちゃんが婚約破棄を突きつけたい方だ。




それにしても、あのご令嬢は、本気なんだろうか。

本気であの殿下と添い遂げるつもりがあるというのだろうか。


ないわー。

何か裏があるわー。


その裏を探ることは必要だが、ひとまず冤罪対策だ。


「もしもあの殿下が婚約破棄を突きつけてきた場合、破棄は受け入れた上で、冤罪は即座に叩き潰すというのが理想ですわね」

私の言葉に、みんなが頷く。


舞台のように、聴衆の面前での婚約破棄。

王妃が取り消しようもないほどの、婚約破棄!


それは是非ともして頂きたい。

破棄を受けた上での、冤罪潰しをすることで、我々のミッションコンプリートだ。


破棄した側の根拠がどこにもなく、理不尽な行いだったと即座に周囲に知らしめれば、傷ではなくなる。


「冤罪の証拠は、記録水晶や行動記録で常にとりましょう」

みんながやる気まんまんで頷いてくれる。


婚約破棄され受け入れた上での、反撃。

これまでの恨みも乗せて、奴の主張を完膚なきまでに叩き潰す!


その方向で話はまとまった。











常に人に囲まれているおかげで、記録は順調だ。

この時間はこの人とこの場所で会った。

ほぼ人目につく場所にいた。

そんな記録が着々と積み重ねられている。


しかし私は記録よりも、自分の記録水晶を起動した上での、単独行動を選んだ。

久しぶりに、そのための複雑な特殊魔法を作り上げてみた。


名付けてステルス魔法だ。

水魔法と光魔法の原理もあわせて、自分を見えなくする魔法だ。


元から魔力を外に漏らさず、気配を消すことは、魔獣討伐の一環として冒険者訓練の中、身につけていた。

これで誰にも気づかれず、Sクラス校舎の外で行動ができるようになった。




私は今、校舎前のミンティアさんを撮影中です。

「私、あの方に睨まれましたの」


ちょっといつのことかわからんが、さっきすれ違ったときのことか?

Sクラスの人たちと楽しくおしゃべりしてるのと、すれ違ってなかったか?

睨むどころか、一瞥すらされていないと思うのだけどな。


あと女優みたいに涙を流せるのはすごいが、私には嘘泣きがバレバレだぞ。

なぜなら鼻水が出てないからな。

涙と鼻水はセットなんだからな!





焼却炉前のミンティアさんの行動。


自分のノートを焼却炉に放り込み、薄暗い笑いを浮かべるのを、ばっちり側面から撮影。

そして上がる悲鳴。


「わ、私のノートが! こんなところで!」

駆けつける第二王子とその側近たち。


「くそ、フリーディアめ、なんてことを」

ノートの燃えかすを見せられて、第二王子が毒づく。


いや、フリーディアちゃんはそんなことしないから。

むしろ必要ねーから。

お前のところの母親が了承さえすれば、婚約はあっさり解消されるから。

了承というか、抵抗しまくって大変なことになってるから!

陛下が疲労困憊なの、主にお前の母親のせいだから!


突っ込みは心の中だけにして、その光景を映し続ける。






あるときは校舎裏で、自分の靴を泥に突っ込んでから、叫ぶ彼女。

「私のなくしていた靴が、泥だらけに!」


いや、なんで靴脱いでるんだよ君。

この学園は下足箱などはなく、常に靴は履いているだろうが。

いつどうやって脱いだんだよ!


「これでは、履けませんわ。他の靴なんてないのに」

「なんて可哀想な。おのれ、フリーディアめ」


だからフリーディアちゃん関係ねーつーの。


「私から靴を贈ろうではないか」


「まあ、嬉しい!」

「貴族街に夜会向けの、おしゃれな靴を扱う店がある。あそこがいいな」

「いえ。学園で履く靴ですもの。もっと手軽なもので結構ですわ」


「何を言う! 君にはきっと、あの店の靴が似合う!」

「ありがとうございます。ですが」

「そうだ、ドレスもいるな。同じ通りにいい店がある」

「そうなのですか。私、高級なお店は詳しくなくて」

「私に任せろ。そこであつらえて、ともに出かけよう」


「お気持ちは嬉しいのですが、今は学園の靴が」

「どこがいいか。そういえば、あの先にレストランもあったな」


オイー! 聞いてやれや!


お前、ホンマ話聞かねーな、第二王子!

聞いてるだけで噛み合わないイライラ感が募ってくるよ!


あの子、よく平気だな。

いや、平気じゃないな。笑顔が一定で、指先を握り込んでいる。

あれは耐えてる状態だな。

イラっとしてるの、耐えてるよな。




またある日は、教室で。


「私のノートがこんなに破られて」

うん。さっき君が無心にビリビリ破いていたよな。

それにそこ、一般クラスの教室内だよな。

Sクラスのフリーディアちゃんも、友達の私たちも、来ないからな。


「まだ新しいノートだったのに」

「私が買ってやろう」

「まあ、ありがとうございます」


「そういえば先日、表紙に宝石をはめ込んだ日記帳をもらってな」

「いえ、普通のノートで」

「私は日記帳はつけないんだ」

「そうなのですか」


「世に交換日記というものがあるらしいな。君となら、やってもいいと思っている」

「まあ、とても親しみがありますね」

「君が書いてくれるなら、してみてもいい」

「是非お願いいたしますわ」


「分厚い日記帳だが、その分やりがいがあるな」

「いえ、私は普通の」

「あの分厚い日記帳は五冊ある。楽しみだな」


苦行か!


正気か、本気でやる気か! 宝石が表紙に埋め込まれた交換日記って!

第二王子、貴様はともかく細腕の貴族令嬢に、そんな日記を持ち帰らせるつもりなのか!


またも彼女の笑顔が一定で、口元がひくついているが、気づいているか。

いや、気づいていないだろうな。

安定の暴走野郎だな、貴様は。




またある日は、階段で。


「今、上から突き飛ばされて!」

うん。君自らジャンプしていたな。

華麗に着地したあと、へたりこんで演技を始めたよな。


「足をくじいたみたいですの」

「可哀想に。怪我といえば、良い療養先があるんだが」

「いえ、療養などは別に」

「王都からそうかかる距離でもない。次の休日にでも行くか。何なら遠乗りで私の馬に乗せてあげよう」

「いえ、遠乗りなどは」

「私の馬はとても賢いのだ」




やめたげてー!

もうやめてあげて、そろそろ彼女の目が死んできているから。




そんな証拠集めを日々積み重ねているけれど、積み重ねた証拠を公開する場というのは今のところない。

なのでフリーディアちゃんが彼女を虐めているという噂が、広がり続けている。

Sクラスのみんなは、それが冤罪だと察しているけれど、一般クラスの人たちの間で広がっている。


池での入水事件の騒ぎがあって。

そういうこともあるかもと、皆が思ってしまったようだ。

証拠映像を見ない限り、あれが冤罪だということは、わかりにくい状況だった。


そして大人の社交界でも、噂が広まっていると聞く。

第二王子派閥が言いふらしているのだとか。


待て。自分の婚約者を貶めて、何をしたいんだ。

政治的配慮とかガン無視かよ!











日々の情報収集と、日々広まっていく噂。

あの舞台に似た状況に、貴族から話を聞いた者から民衆に、噂が広がりを見せた。


王城の王子妃教育に二人で行くと、下働きの人まで陰からヒソヒソと話している様子が見える。

フリーディアちゃんの顔が陰るので、早くどうにかしたい。

誰かが下手なことをしないよう、王城ではずっと一緒にいるようにしている。


証拠は集めているものの、うまい手が今のところ思い浮かばない。

ライル殿下にも情報共有はしている。

殿下の意見としては、思い込みの激しい第二王子は、いずれ決定的な何かをする。

そのときに、今の証拠を公開するのが効果的だと言われた。




だけど、それまでの辛抱ってやつが、たまらないんだよ!

奴がしでかすのは、いつなんだよ!

こんなに奴のしでかしを心待ちにするなんて、思いもしなかったよ!




フラストレーションが最大限までたまっているのを感じる。

三十代女性の記憶では、こんなときはおいしいお酒とおいしいお料理で、気分転換をはかったものだ。

とりあえずおいしいものと、おいしいお酒で気を緩めれば、いい案が思いつくということもある。


そこで私は、特殊魔法でおいしいお酒を造れないか、やってみることにした。

できそうな気がするんだよ。魔法で発酵。


まずは柔らかく炊いた米と水を用意します。

空気中から麹菌を、炊いた米に呼び寄せるイメージをする。

そして集めた麹菌を発酵させるイメージで、魔力を放出。


さらに発酵した米を水の大樽に入れ込み、醸すイメージを保ちながら。

前世で感動するほどおいしかったお酒を強くイメージして、魔力最大出力だ!

醸せ!


魔力がごっそり持って行かれたが、成功した。

改めて、すげえな魔法!




ムシャクシャしてやったが、後悔はない!

とってもいい匂いがする! 絶対おいしいやつだ!


と、思っていたが、すぐに後悔した。

アリスティナちゃんは、酒が飲めない。


いや、葡萄酒なんかは子供でも普通に飲む世界だから、飲もうと思えば飲める。

だが飲まない。

なぜなら、背が低いからだ!


酒は成長を阻害するというから、飲まないのだ!

私はもっと背が欲しいのだ!

だから飲まないのだ!

すっごくおいしそうなのに!


酒粕をしぼり、瓶詰めする工程をマイラと料理長に手伝ってもらう。

料理長がそわそわしているので、酒蒸しについて説明した。

酒蒸しならアルコールが飛ぶし、いい匂いはちゃんとするから、私も食べられる。


そして粕汁についても説明した。

あと甘酒を作って欲しいと依頼した。


酒粕とお酒を何本かわけてあげたら、小躍りしていた。

マイラも目で訴えていたので、ひと瓶渡した。

小躍りしていた。


なんでも戦闘民族マスクルは、酒も大好きらしい。

言われてみれば、お父様も夕食のときに、お酒のグラスがあった。

おいしそうに飲んでいた気もする。




だからといって、そんなにたくさんはあげないからね!

厨房の入り口で覗いている人がたくさんいるけど、振る舞わないからね!


夕食のとき、お父様もソワソワしていた。

なので飲む用に、ひと瓶あげた。

さっそく開けて飲んで、感激していた。

こんなにも風味豊かで香り高いお酒は、初めてだと。とてもおいしいと。




そこでふと、このお酒って使えそうだなと思った。

なので、お父様にお願いごとをした。

お父様からは、いつ相談するか待っていたと言われ、快く引き受けてくれた。


フリーディアちゃんの冤罪騒動で、私が思い悩んでいるのを、見守ってくれていたらしい。

自分で考えて動こうとしているのなら、大人がむやみに手を出してはいけないからと。


大人の包容力の大きさを感じるぜ。

お父様大好き!











第二王子の安定の暴走に、あれだけ辛抱強く付き合っている彼女だが。

あの一定の笑顔や死んだ目は、奴に惚れているわけではないとわかっている。


そしてあれだけの辛抱が必要な相手と、一生をともにする気はないだろう。


これは彼女自身の意志ではない気がする。

たとえば脅されたり、人質とられたりで、やらされているのではなかろうか。


あれはない。

自らの意志でやるには、限界突破しているはずだ。

奴の相手は、本当にきつい。


今回観察していて、つくづく思った。

フリーディアちゃん、本当にお疲れ様!

よく奴の婚約者を今までやっていられたな!


なのでつまりは。

黒幕がいると見た。




私は学園帰り、王都街門近くに馬車を止めてもらい、冒険者ギルドへ来た。

学園帰りなので制服のままだ。

ドレスよりマシだったと思って欲しい。


マイラとともにギルドへ入ると、当然のように注目を浴びたが、窓口へ向かう。

窓口業務のマリアさんが、私に気づいて目を見張った。


「ティナちゃんじゃない! そんなおしゃれな格好で、わからなかったわ」

ほんわか笑顔で迎えてくれるマリアさんに、やさぐれていた気分が癒やされる。


「本日は依頼に参りました」

「よお、ティナ! またトーダオへの依頼か?」

「違う依頼です。依頼票を頂いてもよろしいでしょうか」

「ほらよ」


ちょうど事務の人たちと話していたギルドマスターから、依頼票を渡される。

記入していく私の手元を、ギルドマスターが覗き込む。

「なんだ、調査?」

その顔が次第に、難しくなっていく。

やっぱりギルドへの依頼としては、不向きかなあ。


調査向きな斥候のアダムスさんは、個人的に頼めば引き受けてくれるだろう。

でも貴族相手で個人間の秘密裏な調査依頼は、ちょっとマズイと思うんだよ。

出来ればギルドを介して依頼をしたいんだけどな。


「難しいかも知れませんが、ギルドを通して依頼したいのです」

「まあな。依頼履歴があれば個人責任にはならんから、冒険者個人が責められることはないってか?」

私の意図を察したギルドマスターが、言ったとおりだ。


貴族相手の調査だ。

下手をすれば調査した冒険者が、貴族への不敬罪なんてことに、なりかねない。

それを防ぐには、貴族である私からの依頼として、正式な書類を交わすこと。

万が一、調査をしていることがバレても、依頼をした私の責任であって、調査した個人の責任は問われない。


「奥で事情を聞こうか」

「ありがとうございます」

「じゃあオレも」


後ろから、アダムスさんが顔を出した。

手紙でお呼び立てした時間より、少し早いはずなのに。

しかも私が気配に気づかなかった。

くっ、さすが斥候! 気配を消すのがうまい。悔しい!


「ちょっと早めに来たら、ティナちゃんがそんな格好でいるから、驚いたよ。それ学園の制服?」

「はい。王立学園の制服です」

「他のみんなより、先に見ちゃったな!」


アダムスさんが笑って、二階のギルドマスターの部屋へと促す。

ギルドマスターがマリアさんのことも呼んだ。

マリアさんは、窓口業務の責任者になっていた。


ギルドマスターと窓口事務の責任者、そして指名依頼予定のアダムスさん。

私はまず、流行の舞台劇を知っているか聞いてみた。


マリアさんと、意外なことにアダムスさんは知っていた。

ギルドマスターは、ちょっと聞いたことあるかな、くらいだ。

そしてフリーディアちゃんの噂話の方は、全員が知っていた。


そこで私は、色々と語るよりも記録水晶を見てもらった。

入水事件から始まり、校舎前、焼却炉、校舎裏、教室、階段と。


入水映像で、冤罪であると気づいたマリアさんが口元を押さえ。

校舎裏、教室、階段の第二王子の迷走っぷりに、別の意味でアダムスさんが口元を押さえ。

ギルドマスターが天を仰いでいる。




「それで、これがベルク男爵領を調べる依頼と、どう結びつく?」

「一連の冤罪を作っているミンティア・ベルク嬢は、第二王子に心を寄せているとは思えません」


だよねーという空気が流れた。

どう見ても、我慢してるとしか思えないよね、あれは。


「何か理由があると思うのです。脅迫されているとか」

「それがベルク領にあるかも知れないと」

「わかりません。でも、そもそも彼女がどういう人物であるかという情報も、私は持っていません」


「わかった。引き受けてもいいかな、ギルドマスター」

思いが空回った依頼だけれど、アダムスさんがそう言ってギルドマスターを見た。


「まあな。これだけしっかりした否定材料がある冤罪で、それを起こしている者の調査だ。何でも屋のギルドとしては、受けるべきだろうな」




冒険者ギルドは、魔獣討伐や採取ばかりではない。

街の清掃だとか手伝い的な、何でも屋な依頼もある。

もちろん犯罪を疑われる依頼は、受けられない。


今回のような、場所や人物に対する調査は、その正当性の申告が必要になる。

私は記録水晶の映像をもって、正当性の申告とした。


冤罪をどうにかするために、それを起こしている人の調査をする。

調査依頼が記録として残っても、マズイ状況にはならないだけの根拠がある。




「ただ、この報酬欄に書いてある、特別製の酒って何だよ」

「だってお金だと、アダムスさんが受け取ってくれそうにないから」


先日のムシャクシャしてやっちまったお酒を、ここで使おうと思ったのですよ。

私は空間収納から、お酒の瓶を一本とグラスを取り出した。

そして彼らに飲んでもらった。


「うっわ、めちゃくちゃうまいな!」

「なんだ、これは」

アダムスさんが顔を輝かせ、ギルドマスターが目を剥いている。


そうだろう、そうだろう。

アダムスさんの口には、絶対に合うと思っていたのですよ、日本酒は。

そしてギルドマスターも、おいしいだろう。

だってこの世界のお酒、おいしくないのがけっこう出回ってるからね。

調理酒が、あまりいい匂いじゃないとか、ないわー。


「なのでこの調査依頼の報酬は、このお酒五本です!」

ドンとテーブルに五本の瓶を並べた。


アダムスさんがニッカリと笑って、受けてくれた。



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