20 学園入学
本日は王立学園の入学式です。
ちなみに王立学園は、自宅から通いでもいいし、寮もある。
私のように王都別邸がある場合は通いだが、王都に屋敷を構えていない家の子供は寮に入る。
私たち五人はみんな、王都に別邸があるので、通いです。
ロナウ子爵家も、資金繰りがうまくいかなくなる以前に購入していた別邸なのだと、メリルちゃんが話していた。
寮から通う人たちは、既に入寮を済ませている。
通いの人たちは、馬車で通うため、エントランスは馬車で混み合う。
エントランスで次々と馬車が来て、学生たちが降りてくる中、私はフリーディアちゃんたちと合流した。
学園には使用人を伴えるので、高位貴族は侍女や侍従を伴っている。
彼らには、専用の控え室が用意されている。
送り迎えだけ共に来て、馬車とともにいったん帰る人たちもいる。
うちのマイラは控え室に向かうことになっていた。
ラングレード辺境伯家は、あの戦争後に公爵家と並ぶ家格になってしまった。
色々とトラブルが発生する可能性があると、お父様たちが心配していた。
私だけだと、軽いトラブルだと報告せずに済ませそうだから、マイラをつけておくそうだ。
まあね。あまり心配かけたくないからね。
何より心配かけるようなことは、鉄扇で解決するからね!
王立学園の制服姿を互いに見せ合い、どこをどうカスタマイズしたのか、ミリアナちゃんからチェックが入る。
基本の形さえ押さえれば、カスタマイズが自由なのです。
私は襟元や袖の刺繍などだけで、あまり装飾はつけていない。
この方が動きやすいからね!
鉄扇は学園でも標準装備だ。
ナナリーちゃんは私と似たようなものだ。
そして芯が金属製らしき扇を持っていた。
表面も普通のレースではなさそうだ。
深く聞いてはいない。
メリルちゃんも、刺繍と飾りリボンなどで、シンプルだがさりげないおしゃれをしている。
そしてミリアナちゃんは、刺繍も飾りリボンも、レースも、色々とカスタマイズしていた。
なのにすっきりとして見える装いに、おしゃれな彼女のセンスが光る。
フリーディアちゃんは刺繍と、ポイントで小さめの魔宝石がつけられている。
私の目には、守護効果があると見えた。
恐らく何かトラブルがあったときに、防御の魔法が展開するのだろう。
あと胸のブローチに、記録水晶がつけられている。
ずっと構えておくのは、疲れるからね。
今日の入学式は帰宅までひとつの記録になるだろうから、大きめ魔石を使った大容量タイプの記録水晶だ。
入学式を行うホールに向かいながら、互いの装いにキャッキャウフフしていたら、前方に第二王子の姿が見えた。
安定の取り巻きたちがいて、朝からうぜえなと思う。
「あら」
私の口から言葉がこぼれた。
アリスティナちゃん語彙ではこうなったが、私としては「なんだこりゃ」である。
ピンク色の髪で、いかにもファンタジー萌えキャラ系の女の子だった。
その彼女が急ぎ足で第二王子のところに突っ込んで、二人で倒れ込んだ。
と思ったら、事故チューしおった。
がっつり唇が合わさってるやつだった。
そこまでは、偶然そういうこともあるかも知れない。
しかし第二王子を警戒して、薄く魔力を通しっぱなしにしている目には、魔力の動きが見えた。
ピンク髪の女学生が、魔力を第二王子に向けてふわりと動かした。
そして魔力の働きかけを続けたまま、彼女と第二王子が見つめ合った。
と、彼女がいきなり第二王子の頬に平手打ちをした。
当然、周囲の取り巻きたちが騒ぎ立てる。
「貴様、殿下に何をっ」
「よせ」
それをすかさず、第二王子が止めていた。
王子の横っ面を叩いた彼女は、涙目で、頬を赤くしている。
「ご、ごめんなさい。でも」
言いながら、自分の可愛く見える角度を計算しているかのように、うつむいて上目遣いになる。
「…だって、私、初めてだったのに」
なぜか第二王子も頬を赤らめている。
「事故だ。気にするな」
ナンダコリャ。
私たちは何を見せられているのだろうか。
それは殿下の取り巻きたちも同じらしく、反応に困って立ち尽くしている。
やがて彼らは立ち去った。
何やら彼女と第二王子が自己紹介をしながら。
ふと隣を見れば、フリーディアちゃんが目をキラキラさせていた。
「これで婚約解消は、できるかしら!」
あかん。期待に満ち満ちている。
「あれでは弱いのではないかしら。私たちに今後何かしたら、という条件とは少し違うわ」
メリルちゃんが冷静に返し、しゅんとするフリーディアちゃん。
そこに教師らしき女性から声をかけられた。
フリーディアちゃんは首席なので、今日の新入生代表挨拶をする。
事前の打ち合わせで行かなければならず、私たちも入学式のホールへ行くようにと言われた。
クラス別の座席のため、私たちはSクラスの並びに向かう。
席順は成績順のようだ。
首席の端の席を空け、メリルちゃん、男子学生、私となっている。
ミリアナちゃんとナナリーちゃんが少し離れた位置だ。
三席の男子学生は、銀髪に紫の瞳だった。
ふと、ライル殿下や陛下と同じ色だなと気づき、もしかしてと思う。
彼が王弟殿下のご子息だろうか。
残念ながら名前は知らない。
声のかけ方を迷ううちに、入学式が始まる。
まずはお馴染み、学園長の挨拶からだ。
訓示を聞き、来賓の挨拶などを聞き流しながら、私は考える。
さっきのは何だったのだろうと。
学園は、王城のように基本は魔法禁止だ。
使えるのは演習場だけとなっている。
魔法を使えば感知され、恐らくは教師が駆けつけるだろう。
しかし王城で魔力の抜け道を探している私にはわかる。
私の収納魔法のような常時展開の場合、感知はされない。
また、体に魔力を巡らせて、外に出さないものも、感知されない。
身に触れたものに魔力を伝えるのも、そこから魔力を放出しなければ、感知されない。
常時展開の収納魔法も、物の出し入れをするときは魔力が動く。
しかしそれも感知されない程度。
微弱な魔力の揺れは、感知されないようになっている。
なぜなら高魔力者が動揺したとき、魔力が揺れることがある。
それをいちいち感知していては、困るのだ。
いちばん簡単な灯りをつける程度の魔法でも、収納魔法の出し入れよりも放出される魔力が多い。
つまり魔法を感知されるのは、灯りをつける魔法以上の魔力だったとき。
さっきの魔力の動きは、自分の魔力に第二王子を触れさせた感じだ。
高魔力者から漏れる程度のものだった。
あれは魔法としては、感知されない。
でも私の目には、魔法現象が起きていたように見えた。
殿下に対し、魔力で働きかけていたからだ。
ふと思う。
魅了魔法というものは、この世界にあるのだろか。
さっきの現象がそれだというなら、説明がつく。
普通の注意でさえ明後日の方向に解釈して怒る第二王子が。
彼女の平手打ちを許した。
事故だったから気にするなと、頬を染めていた。
だが彼女にはこう言いたい。
お前、正気か。
なぜよりによって、その王子を狙ったんだ。
言ってはなんだが泥船だぞ、そいつは。
もし王妃になりたいという狙いなら、ライル殿下一択だろう。
顔だってライル殿下の方がはるかに上だ。
第二王子も整った顔ではあるが、それなり程度だ。
顔で選ぶなら、少し年食ってるがうちのお父様の方が、はるかにかっこいいぞ!
身内の欲目もあるけどな。
あとそいつ、コミュニケーションとれねえぞ。
明後日への爆走っぷりがすごいぞ。
悪いことは言わん。やめとけ。
今ひとまず色仕掛けで魅了したところで、君の時間が無駄になるだけだ。
自己紹介程度では、奴の真価は露呈していない可能性もあるが。
きっと君は気づくだろう。
あまりの話の噛み合わなさに、我慢の限界を迎え、性格の不一致で破局する未来が私には見えている。
それとも王族のヨメを目指して、我慢の限界に挑戦するのかね?
そんなことを考えていたら、いつの間にか入学式が終わっていた。
ヤベエ。マスクル主家の嫡男が学生会長として挨拶されるはずだったのに、まったく聞いていなかったぜ。
入学式のあとは、クラス別で今後の授業の進め方などの、説明会だった。
まずはSクラスメンバーの自己紹介から。
そこで私は、三席の男子学生の名前を知った。
やはり王弟の第一子だった。
ルードルフ・イルシュバードと彼は名乗った。
今まで語りそこねていたが、この国の名前はイルシュバードだ。
ライル殿下は、ライルフリード・イルシュバードが正式なお名前だ。
Sクラスになるために異様な頑張りを見せたフリーディアちゃんと、才媛のメリルちゃんに続く、三席の成績。
物腰は穏やかで、クラスに移動するときに観察していたが、気配りもできる。
まともな王族だと感じた。
これからクラスで接するうちに、彼の人柄はわかってくるだろう。
そのとき、もし第二王子の継承権が剥奪されたらの話が、できるようになるかも知れない。
今はいきなりそんな話はできないため、普通にクラスメイトの挨拶をしておいた。
成績順で特別なSクラスだけあり、授業は他のクラスより少し深い知識を学ぶ。
たとえば魔法理論では、一般のクラスが基本の魔法構築として、一般的な魔法がそもそもどのように構築されるかを学ぶ。
Sクラスは、一般の魔法構築は既に知っている前提で、新魔法の構築をどうしていくのかを学ぶ。
特殊魔法はともかく、火や水などの現象を起こす魔法は構築理論に基づいている。
実は現代知識に基づいて実際の水を出すことは、特殊魔法にあたる。
一般的な水魔法は、水という現象を起こせるが、現実の水を出しているわけではないのだ。
使った後に、周囲が水浸しということには、ならない。
魔法の水という現象を引き起こす構築理論があり、そこに方向性や威力などの理論を加える。
新魔法は、水と光をあわせて幻影を作るなどの場合だ。
科学知識と少しかする面もあるが、少しかする程度なのだ。
だから水魔法で出した水は、飲めない。
物置に閉じ込められていたアリスティナちゃんが脱水症状を起こしてたのは、そのためだ。
一般クラスより特別なことを学べる。
そのことに、期待に満ちた目をしている学生が多い。
Sクラスになるのは、新たな知識を身につけることが好きな人たちなのだろう。
本来のアリスティナちゃんも、その部類だ。
担任からの挨拶と、各自の自己紹介と、授業の説明。
学園のルールや設備についてなど、ひととおりの基本説明を終えて、本日のカリキュラムは終了。
寮生は寮に、王都に家がある私たちは帰宅する。
Sクラスの方が説明の時間が長かったようだ。
校舎を出ると既に多くの学生がいた。
侍女たちと合流し、向かったエントランスも混み合っている。
本日はそのまま帰宅ではなく、フリーディアちゃんとともに登城する。
王子妃教育はこれまで、家庭教師スタイルで行われていた。
王城から派遣された王子妃教育用の家庭教師が、週に何度か来られていた。
その人から王族独自のマナーやルール、外交知識などの教育を受けていた。
王族としての視点で学ぶ歴史や、王族視点での法律の勉強などもあった。
それらは知識として知っていて損はないものだと思っている。
知識というものは、いずれ意外な何かで役立つことがあるものだからね。
今後は家庭教師方式ではなく、フリーディアちゃんと二人で、学園帰りに週に二日ほど王城で教育を受けることになる。
本日はその初日として、どのように通い、どのように王城で学ぶかの説明がなされるそうだ。
思うのは、私たち二人とも王子妃教育は、王城側からすれば無駄になるのだろうなということ。
私は王妃になる気はなく、辺境伯領を継ぐ気まんまんで。
フリーディアちゃんは第二王子と婚約解消する気まんまんで。
私が気にすることではないが、なんだかなと思う。
まあ、あれだ。
陛下頑張ってー!
王城から王都別邸に帰宅した私は、住み込み家庭教師のマーベルン先生をつかまえて聞いてみた。
「相手を魅了するような魔法は、ありますか?」
マーベルン先生は目を丸くしていたが、今日の学園で見た事象を説明すると、興味深そうな顔になった。
第二王子にふわりと向かった彼女の魔力。
見つめ合ったあと、いつもなら怒るだろうことをされて、腹も立てず仲良さそうに立ち去った姿。
「そうだね。たとえば魔力を声に乗せる自白魔法があるだろう」
言われてアルトさんを思い出す。
魔力を乗せた声を聞いたとたんに、勝手に口が動いた、あの感覚。
「あれはわかりやすく声に乗せているが、精神に関与する魔法は、相手に意図した魔力が届けば、声でなくてもいい」
至近距離なら、声で飛ばさなくても、魔力に触れさせればいいという。
そして自白以外にも、精神に作用する魔法というのは、滅多にないが存在する。
つまり魅了魔法は、この世界にあるのだ。
「しっかりと魔力循環ができていて、魔力を操作できれば、弾くことは可能だよ」
マーベルン先生は続ける。
私がアルトさんの自白魔法を受けたときは、魔法を受けた感覚がした。
咄嗟に開いた口は閉じることが難しかったが、あれが長く続く魔法なら、弾くことはできたと思う。
つまり精神に作用する魔法は、万能なわけではないのだ。
ただ魔力操作がきちんとできていない場合、魔法を受けた感覚そのものを感じられないだろう。
第二王子は、あのとき何の疑問も持っていないように見えた。
うん。奴には無理だな。
そうなると、やはりあれは魅了魔法だったのだろうと思う。
マジかー。
なぜアレを相手に使うかな。
乙女ゲームの王子様路線でも、あの王子はない。
明後日の方向に暴走する系といえば、騎士キャラなんかが脳筋というパターンはあるけど。
奴は弱すぎる。魅力がどこにも見当たらん。
けっこう可愛いヒロイン系キャラに見えたけど、男の趣味が悪いヒロインはどうかと思う。