18 入学直前
王立学園の試験結果が参りました。
無事にSクラスになりました。
イヤッフー!
早速、ご令嬢たちとその保護者もお招きしたいと、お手紙を致しました。
そのお返事で、みんな同じSクラスとわかりました。
祭りじゃー!
ミリアナちゃんとナナリーちゃんは、かなり必死に勉強をしたらしい。
メリルちゃん以外は、特待生優遇は辞退したけれど、やはりみんな一緒にSクラスなのは、本当に嬉しい。
なぜなら公爵家情報で、第二王子はBクラスとわかったからな。
確実にあの第二王子と校舎が分かれるからな!
フリーディアちゃんも、勉強は進んでいたものの、確実にSクラスになれるように必死だったらしい。
おかげでメリルちゃんではなく、フリーディアちゃんが首席だった。
メリルちゃんが次席、私は四席です。
お祝いの席で首席おめでとうと言ったら、フリーディアちゃんは涙ぐんだ。
そこまで嫌がられる第二王子どうよと思う。
さて、本日は保護者の方も一緒です。
先日の夜会騒ぎでは、保護者の方々も集合したけれど、騒ぎがメインで互いに挨拶ができていなかった。
お父様が、私のお友達の保護者と、落ち着いて挨拶がしたいと希望されての、本日のセッティングです。
まずナナリーちゃんのご両親、モルト侯爵夫妻は、どちらも背が高く、健康的な雰囲気の人たちだった。
特にお母様が「姐御!」と言いたくなる雰囲気の方だった。
モルト侯爵領はマスクルの領地と接している。
そのためマスクル基準で弱めの魔獣が出る地域だ。
ミリアナちゃんのご両親、タイグ伯爵夫妻は、お上品でスタイリッシュな雰囲気。
お母様がやわらかめ、お父様がピシリとした雰囲気と違いはあるが、なんだかどちらもスタイリッシュ。
ご領地は大きな湖に接していると聞き、一度行きたいと思っている。
リゾート地的な雰囲気の街があり、そこがお勧めだと言われました。
だが私の目的は魚介類だ!
アダムスさん情報で、海の魚介類に近いらしいので、興味津々なのだ!
メリルちゃんのお父様、ロナウ子爵は学者さんな雰囲気。
残念ながら、お母様はお亡くなりになられたそうだ。
内陸部だが、広く畑を作るには向かない起伏のある土地で、領地経営に苦慮されているらしい。
最後に以前軽く挨拶をさせて頂いた、エルランデ公爵家のご夫妻。
上品ながらもスタイリッシュなのはミリアナちゃんのご両親と同じだが、上位貴族らしい雰囲気もある。
そしてお父様の雰囲気が、エルランデ公爵の方がやわらかい。
あとお兄さんのフレスリオさんも来ている。
ちなみに皆様、エルランデ配下のお家です。
エルランデの一族もマスクルの一族も、比較的早くに当主が交替する。
なので皆様、三十代から四十代と、それなりにお若いご当主方だ。
早くに当主として経験を積ませ、先代当主が後見をすることで、世代交代がスムーズに進むのだとか。
もっともマスクルは、早くに当主を譲り渡し、余生を魔獣討伐で過ごすことを目指される方が多いという。
先代と新当主で、もういいだろう、まだ早いと争いが勃発することもあると聞く。
お父様は先代様が亡くなられ、早くに当主になった。
大体は子供世代が学園に入るあたりで、世代交代することが多い。
対してバストールは、長く当主にしがみつく傾向にあるそうだ。
お父様と保護者の方々も挨拶を交わし、私たちもそれぞれのご家族に挨拶をして。
和やかながらも賑やかに、昼食会が開かれた。
我が家のお料理は、皆様にとてもご満足頂けるものになっていたようだ。
皆様それぞれ驚かれたり、嬉しそうに口にしたり、楽しい雰囲気の昼食会になっている。
庭園での昼食会だったので、料理長が木陰からそっと覗いていた。
皆様の好感触な反応に、ガッツポーズを作っていた。
いや、隠れろ。そこは木が細くて丸見えだから!
ロナウ子爵からは、何度も感謝の言葉を頂いた。
でも私としては、飲み物を弾くのがうまくいかず、メリルちゃんにかかってしまってのアレだったので。
謝罪の言葉を口にしては、あちらから礼が返り、なぜか応酬になってしまった。
タイグ伯爵からは、記録水晶を売って欲しいと言われた。
今後どのくらい必要かわからないので、多くは売れないと伝えたが、希望が数個だけだったので了承した。
そしてモルト侯爵夫妻は、うちの父から魔獣退治について色々と聞いていた。
ナナリーちゃんの領地にも、魔獣の森がある。
特殊魔獣がいるような特別手強い場所ではないが、冒険者の質もそれなりでしかないのだという。
兵の訓練も心許ないという話が出て、辺境が落ち着いているので、父の側近の一部に出張へ行ってもらう話になった。
兵の指導をすることで、対策が打てるだろうという話になったのだ。
エルランデ公爵夫妻からも、お礼の言葉を頂いた。
あのときの記録水晶があったから、婚約解消の具体的な話が前進したと。
私としては、あれが決定打になっていないことが不満だったが、これまでは証拠がなく話にもならなかったそうだ。
次回のやらかしがあればと、そこが決定しただけでも前進だと言われた。
実は記録水晶について、ベルヘム先生に上書き機能を相談中だ。
今後、第二王子相手に証拠を確保するため、学園の行き帰りや校舎外に出るときに、常に記録水晶を起動することになる。
いつもその記録を残さなければならないものではないため、上書きができれば無駄にならないはずと思った。
ベルヘム先生も、その機能に興味を持ち、試行錯誤中なのです。
ひとまず必要な分の記録水晶は作成しておくと、フリーディアちゃんのご両親には約束をした。
フレスリオさんから感謝の勢いで手を握られたのを、お父様がペイって引き剥がしていた。
最後の帰り際にそっと、ロナウ子爵から別件のお礼の言葉があった。
実は以前メリルちゃんに、種子油による上質な石鹸作りを提案していた。
私は製法に詳しくはなかったが、石鹸は既にこの世界にあるため、作れるだろうと思ったのだ。
今ある石鹸は油の質のせいか、お風呂での使い心地がいまいちだ。
メリルちゃんからそのとき聞いたのは、そもそも石鹸を開発したのは、ロナウ子爵家らしい。
けれど提携した商家に騙され、その利権を奪われたそうだ。
それで石鹸には今まで苦い思いしかなかった。
私が提案したのは、今の石鹸とは異なる上質な種子油で、ラベンダーオイルなどの香油でいい匂いをつけて、高級品として扱ってはどうかというものだ。
レシピが異なれば別の商品として商業ギルドに登録ができる。
あと高級路線なら、今の石鹸と棲み分けができることもある。
その石鹸作りがうまく行き、商売として軌道に乗ってきたそうだ。
今までロナウ子爵領は金策がうまく行かなかったが、これで領地の整備など、やりたかったことが出来ると喜ばれていた。
お役に立てて何よりだ!
自身の贅沢ではなく、領地整備にお金を使いたがるロナウ子爵に提案できて良かったと、心から嬉しく思う。
なので以前考えていたこととして、香油の種類や加える成分によって、お肌の保湿に特化できるので、美容石鹸と売り出してはどうかと提案した。
と、そこまでは良かったのだが。
こっそり話していたつもりだが、お見送りの中でのことだ。
皆様に絶対聞こえないという状況ではない。
タイグ伯爵夫人がツカツカとこちらに歩いてきて、私の手を掴んだ。
「戻りますわよ!」
言うなり元いた庭園に戻る方向へ、歩き出した。
そのあとをすかさずエルランデ公爵夫人もついて来る。
最初は訳がわからなかったが、タイグ伯爵夫人の横顔を見て、察した。
目が爛々としているこの横顔は、三十代女性としての記憶にある。
つまり私は、美容部員魂に火をつけてしまったのだ。
美容に力を注いでいる人は、自分の知らない美容情報に対して、強く反応する。
今のタイグ伯爵夫人はその状態だ。
そして彼女より控えめではあるが、エルランデ公爵夫人も。
ご家族のフレスリオさんやエルランデ公爵、タイグ伯爵は慣れているのだろう。
他の男性陣や子供たちを、元の庭園へと促していた。
まあ、好都合ではあるなと、席に戻りながら私は考えていた。
ロナウ子爵は奥様がいらっしゃらないので、貴族への営業力がいまいち弱い。
タイグ伯爵夫人やエルランデ公爵夫人が宣伝を担ってくれるなら、むしろ良い方に転がるはずだ。
あと以前の商家がやらかしたようなことは、公爵家が関わってくるなら、出来なくなる。
他にも、タイグ伯爵領は柑橘系の栽培に強い土地だ。
オランの皮は、冒険者時代の美白美容液なポーションの材料にもしていた。
つまりタイグ伯爵家との提携も、視野に入れるべきだ。
戻った庭園のテーブルに座り、ロナウ子爵にそんな話をすると、彼は伯爵夫人と公爵夫人に遠慮を見せた。
だがそこは、伯爵夫人と公爵夫人が逃すはずがない。
最終的に侍女が改めてお茶を入れ、提携の話や宣伝の話がその場で詰められ。
私に対して両夫人から香油についての聴取がなされ、私も蒸発の温度差で香油やフローラルウォーターが作られたはずという、うろ覚え知識を話し。
さらにそのための魔道具が作れないかと、魔道具士のベルヘム先生までその場に呼び出されて。
大人たちによる話し合いは、夕食の時間まで続き。
昼食で好感触だったことから自信を持った料理長が、ウナギの蒲焼きならぬナギラの蒲焼きを、おにぎりのようにしたものや、オムライスなどをお出しして。
保護者たちの交流会は、商談の場に変化した上で、幕を閉じたのでした。
まあ、ナギラの蒲焼きおにぎりやオムライスが皆様に好評だったので、良しとしておこうか。
昼食会の数日後、陛下からプライベートなお呼び出しだと、お手紙が来ました。
謁見ではなく個人的なものなので、応接室的なところでお会いすることになった。
とはいえ陛下からのお呼び出しなので、お父様とともに登城する。
ご指定のお部屋へ行くと、用件は記録水晶の購入希望だった。
まあ、そうよね。有益だものね。
魔力に困らずアホほど作る私に依頼が来るのは、当然よね。
記録水晶は、今も魔道具の先生から指導を受けて日々作り続けている。
フリーディアちゃんのために必要だからということ以外に、基礎の技術すべてを使うため、指摘なく作れるようになるまで作る約束をベルヘム先生としているのだ。
今でもまだ、必ずのようにどこかで指摘を受けることになってしまっている。
すっごく悔しい。
目玉の魔物の核がさすがに減ったので、王都ギルドを通じてトーダオに依頼をしたら、大量に来た。
外れ素材だったが、人助け的にトーダオのギルドが買い取って保管していたものらしい。
陛下にはフリーディアちゃんのために必要なので、多くを提供できないことは条件として付けた。
だって王妃を納得させられなかった陛下も、どうかと思うので。
陛下からは、その埋め合わせになるかどうかわからないが、帰りにライル殿下の執務室へ寄るようにと言われた。
王家として以前から持っている、バストール公爵家に関する情報を私に共有してくれるそうだ。
本来なら公開しない情報だからと言われた。
第二王子のことだけではなく、確かにバストール公爵家は厄介なので、その情報は欲しい。
陛下にはくれぐれも、次にやらかしたら必ず婚約解消という約束を守らせるように、念押しをしておいた。
そして私はライル殿下のもとへ行くことになり。
お父様は王城の鍛錬場へ行くことになった。
王城勤務のマスクルの人たちが、いつもとは違う人と手合わせをしたいと、父が登城するのにあわせて申し入れをしたそうだ。
鍛錬場に、防護結界付きの闘技場が完成していた。
なのでお父様とダズさんはウキウキと、そちらに向かった。
いつもと違う人との手合わせは、二人にも望むところだったようだ。
私は専属侍女のマイラと一緒に、殿下の執務室へと向かった。
執務室へ着いたとたんに、アルトさんがテンション高く言ってきた。
「毒がわかるようになりました!」
まだ種類はわからないけれど、毒ということがわかるようになったという。
アルトさん、すげえな。
贈り人スペックで身につけた鑑定だけど、普通はこんなに早くできないと思うよ。
どうやら自白魔法などを身につけやすい、特殊魔法に特化した人がいるらしい。
アルトさんは、努力して自白魔法を使えるようになった、その特殊魔法に特化した人だそうだ。
なので鑑定魔法も出来るはずだと、努力を続けたと語る。
わかった。偉かった。
だがアルトさんよ。
挨拶をすっ飛ばしてのそれは、後ろの殿下が引きつった笑顔になっているんだが、どうなんだ。
君がそれをどうにかしてくれるのかね?
殿下は以前のお疲れの顔からは、回復されていた。
マスクルの人たちは、闘技場が出来てストレス発散が順調らしい。
本当にうちの戦闘民族たちが、申し訳ない。
今日は側近の方々もいらっしゃる、執務室内の応接コーナーでのお話だ。
側近候補から、皆様そのまま側近になられたと聞いている。
殿下や皆様とも改めて挨拶をして、応接コーナーへ招かれる。
そこで陛下からマル秘情報と言われた、バストール公爵家のことを話して頂けることになった。
基本的に王家だけが持つ情報で、側近には伝えられるが、それ以外には伏せられたものだ。
今回、私には異例の情報公開になった。
その理由は、バストール公爵家がやらかし過ぎて、エルランデ公爵家と下手をすれば内乱になる、その手前まで来てしまっているからだ。
なんならそのうち、私がマスクル的な武力解決もやりかねないので、陛下と殿下が相談して、穏便な方向に進む一助にならないかと、情報開示するに至ったそうだ。
そんな、簡単に武力解決は実行しませんよ。
最終手段に決まっているじゃないですか。
まあ、埒が明かなければ、最終手段で使うけど。
そしてライル殿下は、そもそもバストールが騎馬民族の国家を作った経緯を語ってくれた。
この国の西部には山がある。北部山岳地帯から続く山脈だ。
ちなみに北部山岳地帯は、北にある隣国の領地だ。
その西部の山の向こうには海がある。
バストール公爵家の祖先は、その海にある、海洋国家セザールの王家に連なる人たちだった。
政治争いで敗れて、大陸に来た一族らしい。
海洋国家セザールは、精霊信仰をしている国家だ。
そして西部の山に住んでいた騎馬民族は、精霊信仰と似たような自然をあがめる信仰をしていた。
言われて思い出したのは、北部山岳地帯にあった、朽ちた神殿だ。
あれは自然そのものをあがめているのかなという印象だった。
大樹があり、大岩があり、そちらに向けられた祠があった。
石造りのため印象は異なるが、日本の神社を思い出した。
北部山岳地帯には騎獣を飼い慣らす山岳民族がいて、西部の騎馬民族は、そちらから分裂した一族だという。
つまりあの神殿があらわすような信仰を、西の騎馬民族も持っていたのだ。
自然そのものをあがめていた人たちにとって、精霊信仰は考え方が近い。
そのために受け入れられやすい素地はできていた。
西の騎馬民族の土地にたどりついたバストール公爵家の祖先は、その地で精霊信仰を広めた。
少し違っている精霊信仰を、騎馬民族たちが受け入れたのは、バストール公爵家の祖先の中に、彼らの信仰心を刺激する力を持つ者がいたらしい。
真偽のほどはわからないが、精霊を呼び出せたという。
その力を示すことで、騎馬民族を従え国家を作り、精霊信仰を根付かせていった。
彼らは国としての形を作る中で、セザールから精霊神殿の神官たちを招いた。
最初は信仰を利用して、うまく統治が進んでいたらしい。
だが次第に、神殿とバストールの王族が反発するようになってきた。
神殿は海洋国家セザールから招かれたので、あちらと繋がりがある。
本国からの圧力があれば、神殿側はそれに呼応して動く。
神殿を利用しての統治であれば、そのうち神殿の方も力を持つようになる。
バストール側が神殿を排除したくても、信仰を利用した統治では、どうしても神殿は必要だ。
そんな経緯で、バストールの王家が神殿よりも力を持つために、エルランデが治めていた国を狙うようになった。
まあ、北の戦争の気配に刺激されたマスクルが、両者を攻撃する構えで横槍を入れたわけだが。
マスクルは領土が欲しかったわけではないが、バストールは戦闘民族に攻撃されるという危機感は持っただろう。
だから、この国の王家の祖先が間を取り持ったときに、それを受け入れた。
バストールの問題が、今のこの国の一部になったことで解決したわけではない。
神殿との対立は、今も続いているのだという。
もしかすると神殿を押さえつけるために、今度はこの国の王家を狙っているのかも知れない。
「中央で力を持てば、騎馬民族の信仰心を利用しなくても、権力は維持できると考えているのかも知れないな」
ライル殿下もまた、そう結論づけた。
なるほどと、思うところはある。
バストール領の精霊神殿には、大陸の精霊神殿特有の経典があるという。
不思議な言語か記号か、中身は読めないそうだが、そもそも騎馬民族に精霊信仰を根付かせることになった、精霊を呼び出せるという人物が残した経典なのだとか。
しかるべき者がその力を使う日が来る、などと言われて大事にされているそうだ。
王家はその写しを手に入れていた。
殿下から手渡され、パラリとめくった一枚目。
緻密な飾り枠の中に書かれていたその文字は。
『やあベイベー。今日の君の、下着の色は何色だい?』
思わず床にそれを叩きつけていた。
「殿下、ふざけてます?」
低い声をライル殿下に向けたら、驚いた顔をされた。
「あ、アリスティナ様?」
後ろのアルトさんも、びっくりした顔。
そこで気づいた。
さっきの文字は、日本語だった。