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歓談席から私たちが立ち上がったところに、第二王子がやってきた、この状況。


歓談席についている状態で、話に割り込むのはマナー違反だ。

しかし私たちは立ち上がったところだった。

ギリギリマナー違反とは言えないかも知れないグレーゾーンだ。

そしてフリーディアちゃんの婚約者という立場で、ギリギリセーフになるかも知れない。


それでもニヤニヤと、下品な笑顔を浮かべる様子に腹が立つ。

取り巻き連中もニヤニヤしてやがって、腹が立つ。

まったく、ライル殿下の側近たちとは雲泥の差だ。

さらに護衛の近衛騎士までが、ニヤニヤしながら、私たちを囲む。


護衛は大人で体格もいいので、囲まれると周囲の目が遮られた。

この状況で何をする気かと、すぐに動けるように鉄扇を手に、王子に礼をとる。

あちらが無礼だからといって、同じようにするわけにはいかないからね。

それに何かあった場合のためかはわからないが、ナナリーちゃんがそっと記録魔道具を構えてくれているからね。

バッチリだぜ!




「ああ、楽にしていい。婚約者殿とその友人たちに、少し話をしようと思ってね」

第二王子は楽しそうにニヤけながら、鷹揚に話をしてきた。

えらそうだがお前、マナーすれすれだとわかっているのか。

わかっていないのだろうな。


「こちらをどうぞ」

第二王子の側近らしき男が、飲み物を差し出してくる。

「結構ですわ。間に合っております」

代表してきっぱりお断りをしておいた。


私の目に、そのドリンクからは毒物と思える反応があるのだ。

今まで見た色味とは異なるが、人体に影響を及ぼすものだ。

中和は万能解毒薬の方がいるやつだ。


「そう言わずに、ほら」

と、側近のひとりが、メリルちゃんの口元へ強引に、飲み物のグラスをつけようとしやがった。

すかさず扇で弾いたが、弾いたグラスが近衛騎士の胸元に当たり、メリルちゃん側に傾いた。

いかんと思ったときには、メリルちゃんの腕とドレスにその中身がかかっていた。

飲ませられるのは阻止できたが、皮膚から毒素を吸収してしまうと厄介だ。




「公爵家の控え室へ参りましょう」

すかさずフリーディアちゃんがメリルちゃんを促す。

ドレスが濡れてしまったことでの対処だが、今はありがたい。

「お兄様に声をかけますわ」

「ではお供いたします」

なぜか殿下の取り巻きがついて来ようとする。

「不要ですわ」


私たちが移動しようとするのを、さらに囲んで邪魔をする。

正直イラっとした。

鉄扇で蹴散らしたいのを、ぐっとこらえる。

この程度の護衛連中、その気になれば蹴散らせるが、それは最後の手段だ。


「まあ、ご令嬢のドレスを台無しにしておいて、着替えまで邪魔をなさる殿方がおいでとは」

「いえいえ、台無しにしてしまったからこそ、私どもで部屋まで送り届けようと申し出ております」

「我が公爵家の関係者でもない方に、私どもの控え室まで送り届けて頂くつもりはございませんわ」

「ご遠慮なさらず」

「遠慮ではなく、迷惑と申し上げております」


きっぱり言っているのに引かない。

ああ、扇で張り飛ばしてやりたい。

ゴツい護衛たちで目線が遮られているので、やればイケるんじゃね?




ふと、メリルちゃんの様子がおかしいことに気がついた。

頬が赤らみ、息が荒くなっている。

やはり皮膚から毒素が入ってしまったのだろうか。


「ははっ、媚薬が効いてきたな」

第二王子が嫌な笑いを浮かべながら言った。

というか、え、びやく?


「王家の者を侮辱するからだ。初めての夜会で醜態を晒す気分はどうかな?」


そこからベラベラと語りやがったのは、子供たちのお茶会での抗議が不快だったということ。

自分は偉いんだ、その偉い自分に抗議するなんてと、わめいている。


私は奴の演説を尻目に、空間魔法で万能解毒魔法薬もどきを出し、メリルちゃんのお口に突っ込んだ。

目を白黒させながらも、ポーション瓶で解毒薬だと気づいて、彼女は素直に飲んでくれた。




「待て、今どこから何を出した!」

第二王子の護衛騎士が、威圧をしてきた。

「常時展開の空間魔法ではあるまいな。城内は魔法が禁止だぞ!」

「正式な許可は得ておりますわ」

なにせ宰相直々に、許可証を発行してくださったのだ。陛下も同席だった。


「だが、このような夜会の場です。中の物をお預かりしましょう」

許可があると言っているのに、殿下の護衛たちが食い下がる。

近衛の中でも、頭が緩いのが第二王子の護衛なのかなと、心の中で毒づく。


「お預けして、元通りの状態で私に返せるとおっしゃってます?」

「もちろんでございます」

「では、こちらを」


ならばこれだと、私はポーション用の熱湯鍋を取り出した。

無造作に受け取った護衛騎士だが、モノは熱湯鍋だ。

鍋の取っ手は私が持っている。

奴は鍋の側面に手を添えたので、悲鳴を上げて鍋を放り出した。


今度は角度もしっかり見極めた上で、鉄扇で弾いた。

王子や側近、護衛たちの方に、鍋は傾いて熱湯がぶちまけられた。

当然、女子たちは鍋が傾いたときに腕を引いて避難させている。




悲鳴と怒号に、会場中の目がこちらに向いた。

ふとメリルちゃんを見れば、ポーションが馴染んで呼吸も正常になっている。

そしてナナリーちゃんが、記録水晶をばっちり構えている。

彼女が騒ぎをずっと撮影し続けてくれたことは、目の端に見えていた。


さて、本当の反撃は公爵家に任せるとして、前準備をしておこうか。


何事かと会場の警備をしていた近衛騎士がやって来た。

「殿下と側近の方が差し出したドリンクをお断りしたのに、強引に飲ませようとなさって」

夜会でトイレが近いと女性は困るから、と貴族令嬢のオブラートで伝える。

殿下のドリンクを断っただけだと近衛の反感を買うが、その理由なら、同情は引けるはずだ。


「腕と服にドリンクのかかった彼女は、様子がおかしくなりました」

「以前、わたくしたちが抗議をした意趣返しに、媚薬を使ったと殿下がおっしゃいました」


注目を浴びていた中での暴露。

会場がざわめく中、大人ゾーンにも騒ぎが伝わったらしく、お父様が来た。

フリーディアちゃんのお兄さんも、令嬢方の父たちもやって来た。


「そこで私が、空間魔法から解毒のポーションを出して、彼女に飲ませたのです」

ああ、と会場警備の近衛が頷いた。

彼はまともな近衛騎士だ。私の許可証について認識している。

当然だ。常時展開の魔法の許可証について、近衛騎士ならば知っていなければならない。


「すると殿下の護衛をしている近衛の方々が、私が空間魔法を展開したままだ、中の物を出せとおっしゃって」

「許可証があるのでしょう」

「私もそうお伝え致しましたが、聞く耳を持たれず強要されました」

仕方なく一部を出したら、無造作に受け取り悲鳴をあげて、中身をぶちまけたという経緯を説明。


「すぐにポーションを大量作成できるため、準備をしていたお鍋でした」

嫌がらせの熱湯鍋じゃあない、ポーション大量作成の準備品だと主張する。

「辺境伯領では、不意の魔獣氾濫もございます。緊急時の準備として、私なりに出来ることをと考えていたものですのに」

言葉の最後を少し震わせ、途切れさせてうつむいた。


涙は出せない。女優じゃないからな。

でも健気な少女の演出は出来ただろう。

熱湯鍋の正当性は、これでばっちりだぜ!

面倒で作り置きしていたわけじゃねえんだぜ!




会場中の非難の目を浴び、第二王子と側近たちが嘘だと喚く中、私たちは公爵家の控え室へ向かうことになった。

後始末は近衛に任せ、ひとまず落ち着いて話をしようということになったのだ。


「なんてことをするんだ! 何を考えている、いたずらではすまないだろう!」

フリーディアちゃんから説明を受け、フレスリオさんは憤慨していた。

万能解毒薬がなければ、メリルちゃんは令嬢として致命的な失態を晒すところだった。

いや、全員に飲み物を勧めていたのだから、全員が、だ。


性犯罪者だ。本気で反乱を起こされるレベルだ。


「しかし護衛たちが立ちはだかり、他の目には隠されておりました。殿下も堂々と嘘だと仰って」

フリーディアちゃんは、このまま揉み消されるのではないかと言う。

今までにも、第二王子に揉み消された騒動があったのだろう。

「だからといって、抗議もしないままは、ありえない!」


そこにナナリーちゃんが、すすすっと記録水晶を差し出した。

この部屋への移動中に、記録停止は操作済みだ。


ご令嬢方と父兄たちが見守る中、空間魔法から映写機を取り出した。

これはさすがに自作出来ず、ベルヘム先生が作ってくれた物を買い取った。


映写機に記録水晶をはめ込み、部屋の白い壁へ投影。

私たちのドレス姿のキャッキャウフフから始まり、第二王子登場からの、ドリンクお断り。

そこから私がグラスを弾いてメリルちゃんにかかり、別室へ行くのを阻止され。

挙げ句の第二王子の媚薬発言。

近衛による空間魔法解除の要求、熱湯リアクション芸という一連が映っている。


ふふふ、ドリンクを断った正当性と、熱湯鍋が嫌がらせではないという印象づけは終わっている。

つまりこの映像は、奴らの暴挙だけの証拠なのだ!


なぜか我が父が、熱湯鍋を用意していた私の言い訳に、感動していた。

まったくの嘘ではないが、心苦しい。

実はただのズボラなんだよ。

なんかスマンという気持ちになるから、感動はやめてくれたまえ。


上映会の間に衝立の向こうでは、公爵家の侍女たちの手でメリルちゃんの着替えも終わる。


記録水晶はフレスリオさんに渡した。

公爵家当主と話し合った上で、王家への抗議方法を決めるそうだ。

映写機も必要があれば貸し出し可能だが、ベルヘム先生に依頼すれば販売可能と伝える。


なぜか映写機と、私から記録水晶を買い取りたいという商談が改めてされることになった。

最初のキャッキャウフフ映像で、家族の心がきっとひとつになるとフレスリオ様が主張していた。

いや、まあ、うん。

フリーディアちゃんが家族から愛されているなら、何よりだ。




「今回のことを踏まえて、これを皆に持っていて欲しいのですが」

空間魔法で人数分の万能解毒薬もどきを取り出す。

さすがに残量が少なくなってきたが、彼女たちは、もどきでないと受け取らないと思うので。


「あの、それは万能解毒薬ですよね」

才女のメリルちゃんは、色でわかったようだ。

「かなり高価な魔法薬でしょう。使用して頂いた上ではありますが、頂くわけには」

「大丈夫です。これは惜しい万能解毒薬なので。基準未満の売れないものです」


不思議そうな顔をされたので、説明した。

魔法薬は、基準を満たさないと売れないのだと。

基準に少し足りないだけでも、ダメなのだと。

そしてここにあるのは、基準に少し足りなかったもの。

でも効き目は少し足りないという程度にはあるということ。


「なので、高価な魔法薬ではありません。練習でできた失敗作です。でも、ほぼ万能解毒薬です」


ふふっとメリルちゃんが笑う。

「では、ありがたく頂きますわ」

「私も頂くわね」

「何かあれば使わせて頂きますわね」

「ありがとう」


売り物にならないという点が、非常に受け取りやすかったらしい。


ひとまず何かあったときのための証拠品になる記録水晶と、万能解毒薬を渡せたことに、ほっと胸を撫で下ろした。

今後、奴がどう動くかわからない。

明後日の方向で動く人間は、対処が難しいのだと、つくづくと感じた。










数日後、改めて五人でお茶の席をもうけた。

本日は初めて、現在の我が家である王都別邸にお招きしてのお茶会です。


プレ夜会の翌日には、エルランデ公爵家と我が家の間で、映写機と記録水晶の商談が完了していた。

ついでに米の購入についても、商談が成立していた。

料理長に伝えたら、小躍りされた。


あのあと私は、さすがにフリーディアちゃんの婚約解消の話し合いが、進むと思っていた。

陛下と王妃の同席で、記録水晶を見せ、エルランデ公爵から抗議をされたそうだ。

当然、陛下は婚約解消に同意した。

しかし王妃が食い下がり、頑と譲らず、話が進まなかったそうな。


陛下の同意だけでいいだろうと思うが、バストール公爵家としての話だとか、三大公爵家の重要な縁組みがどうたらとか。

王家としての話だけではないと、ごね倒して色々と大変だったらしい。


結果的に、事の大小にかかわらず、次に第二王子が何かしたら婚約解消は絶対だと約束させた。

その何かは、フリーディアちゃん本人だけではなく、彼女の友人たちや家族も含むこととした。




フリーディアちゃんからそういった経緯を聞いた。

「なので私、何としてもSクラスになりたくて、結果が気になって仕方がありませんの」

結果は後日通知が来る。あと数日といったところだ。


パンケーキに好みのトッピングをしてもらい、食べながらおしゃべりをしていた。

Sクラスは、Aクラス以下とは校舎も違い、快適なサロンもあるそうだ。

将来有望な学生に、しっかり勉強をしてもらうための設備だという。

ついでに「だから頑張ってSクラスへ行けよ」という、発破でもある。


あの第二王子は、性格も残念だが頭も残念らしい。

まあ、あの言動だから頷ける。

なので、確実にAクラス以下だろうとフリーディアちゃんは語る。


何かしたら婚約解消との約束だが、もし早々に解消できた場合も、接点はやはり少なくしたい。

なぜなら奴は常にやらかすからだ。

下手に接点があると、フリーディアちゃんの婚約解消後も、わずらわされることになる。

早々に婚約解消をさせたいところだが、奴はとにかくウザい。

なら、わざわざ日常生活で顔を合わせず、皆の前でやらかす時を待てばいい。


やらかした時の証拠は必要なので、同じクラスだと常に記録水晶が必要になる。

だが校舎そのものが別なら、行き帰りや全体行事のときにだけ、記録水晶を使えばいいのだ。

証拠のための記録水晶は、練習で作った物を提供するよと伝えた。


本日は、先日のお疲れ様という集まりと、フリーディアちゃんからの情報共有のため、軽いお茶だけだ。

数日後にクラス分けの通知が学園から届いたら、改めて昼食会も兼ねたお茶会をしようと約束して、お茶会はお開きになった。




昼食会では、唐揚げにフライドポテト、ホットドッグ、ハンバーガー、サンドイッチ、クラッカーでピンチョスも作っちゃうことを料理人に提案している。

他にクレープやパンケーキ、プリン、パウンドケーキ、フルーツタルトなどなど。

とにかくいろんな料理やおやつを並べて、パーティーをするのだ。


以前の副料理長もそうだったが、新たに来た料理長も、私の「こんなの作れるかな?」によく応えてくれている。

うろ覚えレシピのキッシュも作ってくれた。

むしろ、他にアイディアがあるなら出せという勢いなので、思いついたらリクエストをしている。

色々とレシピが増えたので、お披露目の良い機会だ。


そう考えていたら、侍女頭のテネッサさんからダメ出しが入りました。

辺境の人たちだけなら、大口を開けて食べるメニューもいいけれど、貴族を招くメニューとしてはアウトだと。

急遽、ホットドッグやハンバーガーの軽食は、ミニパンなサイズに変更。

キッシュやサンドイッチなども、ひと口で食べられるサイズで提供することになった。


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