13 交流
ご令嬢のお友達が一気に四人も出来ました!
実は同年代の貴族の友達がおらず、王立学園入学が不安でたまらなかったんだ。
本当なら十歳くらいから、お茶会でお友達を作るところだが、冒険者生活をしていたからね。
そして王太子の婚約者候補になってしまって、ちゃんとお友達が作れるか、自信がなかったのです。
だが、これで安心だ。
冒険者活動の秘密もバラしたし、気を抜いての会話もできちゃうお友達になれたのですよ。
なんせうっかり話すといけないことがあるままだと、考えながら話して会話も楽しめないしね。
そうそう、あのとき出た料理は皆様試して、おいしかったそうです。
オランの皮風呂も好評でした。
オランはみかんみたいな柑橘で、実は甘くておいしく、皮は柚の皮みたいに香り付けにも入浴にも使える。
ビタミンC豊富な素材で、冒険者のときに作っていた美白化粧水的なポーションの、材料のひとつだった。
あとカラアゲにするモランは、鶏肉系の魔獣。
生姜がわりのジンジェを摺り下ろし、ソイソーという醤油に似た調味料とあわせると、まさに絶品唐揚げ!
ゴルダさんの好物なのです。
ギルドのしんどいとわかっている仕事があるとき、夕食に唐揚げをリクエストされるほどに。
それを支えに仕事をすると言ってました。それほどらしい。
お弁当を作って採取活動をしていたとき、ゴルダさんのお弁当も作っていた。
唐揚げはお弁当の定番なので、よく入れていた。
すると、ゴルダさんてばある日、お弁当を冒険者にお裾分けして、自慢したことがあったそうな。
その冒険者と、彼らから話を聞いた人たちに、作れ作れとねだられた事件があった。
ウザくてたまらず、冒険者がよく利用する下町にある食堂の、気のいいご夫婦にレシピを伝えて、店で出してもらった。
ゴルダさん以外のために料理するとか、やってられるか!
今日は王子妃教育もお休みで、予定はフリーにしてもらっている。
冒険者装備に着替えて、久しぶりにゴルダさんと過ごすのだ!
厨房で、ゴルダさんが喜びそうな料理満載のお弁当も作っちゃう!
もう遠出はできなくなったので、近場の王都の森で散策です。
それでも久々の森歩きは気持ちが良かった。
お友達ができた報告に、ゴルダさんも嬉しそうに聞いてくれた。
怖い顔のゴルダさんだけど、二年の共同生活で、些細な表情から感情がわかるのさ。エヘン。
私との森歩きにゴルダさんも上機嫌なのです。エヘン。
「しかし第二王子の婚約者か。そのご令嬢も大変だな」
ゴルダさんから、意外な言葉が出た。王族の話とか、するんだ。
貴族の使用人や王城に勤めている人から、噂話は市井に、そして冒険者たちにも流れてくるらしい。
「第二王子はかなり高慢らしいぞ。ときどき火消しするような噂も出るが、だからこそ高慢な噂の信憑性が高まる」
ゴルダさんは苦い顔で言う。
私が友達になった女の子が、そんな人の婚約者だということを、心配してくれている。
まだ第二王子は会ったことがないけれど。
フリーディアちゃんと初対面のお茶会で、お互いのお相手の話題が出たとき、彼女の表情が陰ったのが気になっていた。
とても良い子な彼女の表情を陰らす、第二王子。
どういう人物か情報収集しとくべきかな。
第二王子の母の実家は、噂や動きを辺境伯家でも注目していることだしね。
そう考えていると、コツンと頭を小突かれた。
「余計なことを言ったかも知れない。極端な行動には出るなよ」
「情報収集しとくかなと思っただけですよ。王族相手に下手を打つつもりは、私もございませんわ」
おほほと柄にもなくお嬢様笑いをご披露してみると、苦笑された。
「まあ、お友達のご令嬢のために、心を配っておくことは大事なことだな」
「良い子だからね、フリーディアちゃんは」
うん。フリーディアちゃんは、本当に良い子だと思う。
高位貴族令嬢だけど、傲慢さは欠片もない。
子爵令嬢のメリル様にも丁寧に接している。
だからこそ、第二王子という人に苛立つ。
あの王妃の子供だし、同類の可能性が高い。
恐らく私と同じく、フリーディアちゃんも断れなかった縁談なのだろう。
でも私は、第一王子とはまあ、信頼関係はそれなりにある。
社交界に出たときのボディガード目当てだろうが、人柄は好ましいし、こちらの事情も考慮してくれる。
でもあの王妃は、エルランデ公爵家の後ろ盾目当ての政略結婚で彼女を指名した。
なのにフリーディアちゃんも、私と一緒に標的にするようなことをしている。
その上で、第二王子自身は、フリーディアちゃんをないがしろにしていると聞く。
ふざけんな!
クソッタレの王妃と王子がよ!
やってやるか。
いざってときのために弱みを探って、いざが起きたらフリーディアちゃんだけ助けて奴らはドボンだ!
陛下はあちらの理不尽に困り切っているが、私だっておっさん入った女子の魂を持つ戦闘民族だ。理不尽さは上だ!
贈り人チートを発揮して、何かはできるはずと信じようじゃあないか。
民衆の噂話や王都の情報は、冒険者としてのツテを頼って探ってもらうとして、王城の情報はどうするか。
貴族の人脈はまだないんだよねー。
でも作っとくと便利だよねー。
いっちゃう? 知識チート。
こないだメリル様の領地の種子油について、金策をちょっと入れ知恵したけど、そういうのいっちゃう?
第一王子の側近候補の人たちとか、顔合わせのお茶会予定なんだよね。
その人たちから情報をもらえるように、動いとく?
うん。情報は大事だ。
無駄にはならないだろう。よし行っとこう。
私の中で、王妃との第二ラウンドの鐘が鳴った。
ちなみによそ事ばかり考え出した私にヘソを曲げたゴルダさん相手に、そのあとのご機嫌とりが大変になった。
冒険者のお父さんと久々のお出かけなのに、もうひとつの世界のことばかり考えてちゃいけないよね。スマン。
だいぶご機嫌をとったあと、お昼のお弁当でご機嫌は回復してくれた。
午後は冒険者として、採取や討伐を満喫いたしました。マル!
翌日はライル殿下の側近候補の人たちとも顔合わせ予定だったが、ライル殿下からは、その前に時間が欲しいと言われた。
お茶の席に着いて、しばらくは何でもない話をしていたが、ふと殿下が合図をされると、大きく空気が動いた。
護衛や侍女たちが距離を取る。
そして聞かれたのは、贈り人のこと。
どういう人格なのか。どういう状況なのか。
あ、やはり興味はあったんですね。
スルーされてたので、興味ないのかと思ってましたよ。
「なるほど。異なる世界を生きた大人の記憶か」
三十代まで生きた女性であり、あれで死んだのだろうという記憶を語った。
おひとり様だったことや、おっさん入っていたことは、話していない。
ざっくりと、科学技術が進歩した世界、身分差がなかったこと、民主主義とは何かなどの話をした。
発現する別の人格が、まったくの別人の記憶を持つことは、今までの例として資料にも把握されているらしい。
だからこそ発現した人格が、良い人のことも悪い人のこともありえると理解されている。
しかし輪廻転生の概念はこの世界にはなかった。
魂の前世という発想は、今までされていなかったそうだ。
まあ、私も死の瞬間の記憶はないからね。
「では、私がもう少し大人にならないと、そういう対象と見られないわけか」
きらきらしい美形が言いおった。
しかも長い睫毛に憂いを乗せての、少し色気のある雰囲気を作ってやがる。
前世でそっち方面に疎かったので、うっかり赤面をしてしまったではないか。
「あの…私はお茶会や夜会などの、護衛ではないのでしょうか」
「心外だね。本気の求婚だよ」
言われて瞬きが多くなる。
マジかー。
「ただまあ、辺境の後継者として、養子となれるような血筋の者がここまで見つからないとはね」
ひとり娘を王家が望んだ場合は、傍流の血筋から養子を迎えて家を存続させることが多い。
だがラングレード辺境伯家は、父の兄弟も祖父の兄弟も、なんならその前の世代まで、見事に血筋が絶えている。
そんな事態になっているとは、王家側も思っていなかったらしい。
「とりあえず、後継者問題が解決しないと無理ですね」
ばっさり言うと、がっくりと肩を落とされた。
そのあとは、また贈り人の話になった。
私は子供の絵本の知識程度にしか、来訪者と贈り人の話を知らない。
殿下はもう少し、資料として読み込んだという。
贈り人が入った体は、魔力が上がり、身体能力も高くなる傾向があるそうな。
他にも特殊魔法を身につけやすくなったり、色々と能力が向上するらしい。
心当たりがある。
アリスティナちゃんは元々すごく勉強家だったし、魔力循環もちゃんとしていた。
時間停止の空間魔法をあの年齢で身につけてしまうほど、ハイスペックだった。
だけど身体能力はそれほどでもない、普通のご令嬢だったはずだ。
いや、むしろ鈍くさい傾向だった。
マスクルの戦闘民族は、魔法特化型と身体強化型にわかれるそうだ。
うちの辺境伯領は、身体強化型が多い。お父様も身体強化型だ。
アリスティナちゃんは魔法特化型だった。
母がサーディス侯爵家ゆかりの出身で、マスクル本家の血も入っていた。
体の特質は、母に似たのだろう。
その魔法も、攻撃魔法が不得手で、教わった魔法だけしか知らなかった。
なのに私は目覚めてから、バンバン特殊魔法を使った。
ゴルダさんに教えてもらい、短剣や体術などの戦い方を早々に身につけた。
攻撃魔法もできたし、冒険者歴が年数を重ねていないのに、Sランクの皆様とダンジョンに潜った。
元からアリスティナちゃんのスペックが高かった上で、贈り人でさらにスペックが上がった。
そしてSランク冒険者たちにレベリングしてもらい、ハイスペック令嬢の爆誕だ。
こうなったら最強冒険者目指しちゃうか?
いけんじゃね?
そんなことを考えていたら、ライル殿下が頬にキスしてきやがった!
びっくりして椅子からずり落ちそうになった。
「君が学園卒業で十五歳になるとき、私は十九歳。そのときは大人の男になっているよう、努力する」
少し斜めの顔から、挑戦的な視線を送られる。
コイツ、自分の顔面の威力を知っていやがるぜ。
そのあとは予定どおり、殿下の側近候補の人たちと顔合わせをした。
フレスリオ・エルランデ様から名乗られて、ふと会ったことあるなと思った。
フリーディアちゃんのお兄さんだった。
ライル殿下の側近候補ということに驚いたけれど。
第二王子の婚約者の兄が、第一王子の側近になってはいけない、などという決まりはない。
フリーディアちゃんと私が仲良くなったことで、アリとされたそうな。
お兄さんからは、くれぐれも妹をよろしくと熱い挨拶があった。
あのとき陰でお兄さんたちが聞き耳を立てていたことは、察していた。
なんせ魔力を隠したりせず、ダダ漏れだったしね。
すぐ近くの植え込みの向こうに、高魔力な人たちが集まっていたらわかるよね。
なので、お兄さんからのこの歓迎は、嬉しかった。
冒険者をやっていたご令嬢を、妹の友達と認めてくれたのだ。
悪影響与えそうだから、あまり付き合うなと言われたら、悲しいなと思っていた。
他に、マスクル公爵家のロイド・マスクル様とも挨拶をした。
うちの主家のマスクル公爵家は、ご当主様と挨拶はしたことあっても、ご子息は会ったことがなかった。
ロイド様は王立学園に今年入学したばかりなので、私たちと在学時期がかぶる。
マスクル公爵家の嫡男は双子で、ロイド様は双子の弟。兄の方が公爵家を継ぐ予定だという。
そして兄は次期学生会長に決まっているそうだ。
本来は今の時期に候補者が出そろうのだが、第二王子が入学するときの学生会長を、みんなが嫌がった。
結果、公爵家嫡男が学生会長になるべきだと、押しつけられたらしい。
そんな嫡男の弟であるロイド様は、戦闘民族としては線が細く見える。
だがすごい魔力の圧を感じる。魔法特化型だろう。
マスクル公爵家は、どちらかといえば魔法特化型が多いと聞く。
ロイド様は、私に向けて謝罪をされた。
本来なら辺境伯領の戦争にいち早く駆けつけるべきなのが、マスクル公爵家だ。
なのになぜすぐ辺境への支援に派兵できなかったのか。
辺境伯領に隣国が攻め込み、派兵する直前のことだった。
バストール公爵家とマルクス公爵家の間にある魔の森から、魔獣があふれ出てきたそうだ。
派兵するはずだった兵たちは、あふれ出た魔獣に対処しなければならなくなった。
いつもは森の奥にいるはずの高ランク魔獣も出て、数ヶ月に及ぶ混乱になった。
討伐後、再度兵を整え派兵したが、兵は当然少なかった。
前兆もなくあふれ出た魔獣。
魔の森に調査へ入ると、どうにもバストール公爵領側から追い立てられたのではないかという痕跡があった。
バストール公爵家は、以前から三大公爵家の頂点に立ちたがっていた。
たとえば、あの戦争を機に、マスクル公爵家の力を限りなく削ごうとしたのだとすれば。
エルランデ公爵家は婚約という形で押さえて。
マスクル公爵家は魔獣被害と戦争で力を削いで。
あのバストール公爵家兄弟のやらかしは、計算の内か、まったくの計算外か。
とにかくあの戦争すら利用したバストール家。
「どんな理由があろうと、なんとしても支援せねばならない状況で、支援ができなかったことは事実」
ロイド様は、あのときの状況説明のあと、再び丁寧に謝罪をしてくれた。
私は、久しぶりにざわめくアリスティナちゃんの心を感じていた。
あのときのアリスティナちゃんの魂の悲鳴は、今でも鮮明に思い出せる。
そして私の中で、久々にアリスティナちゃんの感情がざわめいている。
私の影響なのか戦闘民族の血なのか、「やっちまえ!」的な方向で。
なんか、スマン。
アリスティナちゃんが私に染まったかも知れないことに、心の中でお父様とダズさんたちに詫びる。
あと側近は、アルトさんと、ゼネス・トルディという子爵家のご令息。
メガネの落ち着いた雰囲気の、ひょろりと背の高い人だ。
王立学園を首席卒業した秀才らしい。
殿下と同学年で、惜しいところで殿下が負けたという。
いつも競争していた相手で、側近になってもらったのだとか。
ひととおりの挨拶のあと、王子妃教育などの話をしてから、またバストール公爵家の話になる。
殿下が何度も命を狙われていることで、側近もその候補の人たちも、警戒をしている相手だ。
「バストール公爵家に関する情報は、私にも共有してくださいね」
奴らの動向を知り、対抗する気まんまんな私の言葉。
彼らから困ったような空気が流れる。
「だって、フリーディア様も私と一緒に毒を盛られるところでしたのよ」
その発言に、フレスリオお兄さんが反応した。
毒については、気づいてもいなかったらしい。
なので、目に魔力を通して毒に気づいていたこと、他国の文化を利用して紅茶を入れ替えたことを説明した。
お兄さんは、くれぐれも妹をよろしくと、また熱く手を握ってきた。
ライル殿下がぺいっとその手を引き剥がしていた。
「目に魔力を込めて、毒を感知する方法を教えてくれ!」
さらにアルトさんに熱く迫られた。
なんとなく出来たことなので、言葉にするのが難しいものの、なるべく詳細に説明してみた。
ついでに、あのときライル殿下に万能解毒薬もどきを飲ませたのも、それで状態を調べてのことだと言ったら、さらにアルトさんは張り切った。
しばらく自分の中で魔力を巡らせてみていたアルトさんだったが、すぐに出来るものではない。
「私も是非、出来るようになりたい。しばらく試行錯誤してみるが、行き詰まったらまた教えて欲しい」
「では私の方にも、バストール公爵家の情報は、くれぐれも共有してくださいね」
そんな感じで、殿下の側近の方々とも、顔合わせを終えた。
タイトル回収