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12 公爵家

※他者視点です


エルランデ公爵家では、午後の穏やかな日差しの中、庭園で家族のお茶会が行われていた。


父はいつも公務で忙しく、不在が多い。

兄の自分も、王立学園を卒業してからは領地経営の勉強三昧で、久しぶりの家族の時間だ。


お菓子に舌鼓を打った和やかな時間のあと、最近いちばんの心配を切り出した。

「フリーディア、お茶会で火傷をさせられそうになったって?」


あの場には当然、フリーディアの侍女も控えていた。

後ろに控える侍女は、あのとき距離があり助けることは出来なかった。

だがあの日の出来事は、当主や長男に報告されていた。


「ええ、お姉様に助けて頂きましたの!」

「ラングレード辺境伯家のご令嬢、アリスティナ様ときちんと仰いなさい」


母には先に話をしてあったらしく、補足が入る。

アリスティナ嬢を姉と呼ぶのは、第二王子と結婚をする前提だ。

それはないと、母は不快そうにフリーディアをたしなめる。


だが妹は、目をキラキラさせ、夢中でアリスティナ嬢の話をした。

華麗に助けたときの、素早くしかし優雅に見える動きのすごさ。

全部ぶちまけられると思っていたのに、気がついたらカップにお茶が残った状態で、茶器がテーブルにあったこと。


フリーディアの侍女も、あのときは傍で見ていてもすごかったと口を添えた。

すわ主の危機と飛び出そうとした瞬間、無事におさまっていたのだ。

しかも慌てず騒がず優雅な所作で。




優雅というより、実は固くならず滑らかに動くべしという、戦闘の所作だ。

アリスティナが聞いていれば「さすがSランク師匠の教え!」とか言っただろう技術だ。

そんなことは、彼らは知らない。


とにかくフリーディアとその侍女によるアリスティナ熱に、兄はタジタジだ。

だが、目を輝かせて話す妹の様子は、兄の心を浮き立たせた。




フリーディアが第二王子の婚約者になり、この家の中は雰囲気が暗かった。

強引な打診で断れなかったのに、第二王子はフリーディアに対して冷たい。

王子妃教育そのものは別に構わないが、たまに王妃からのマウントがウザイ。

そして王妃周辺のやっかみか、王城で嫌がらせが絶えない。


今回も、公爵令嬢に熱湯を浴びせるなど、本来ならあり得ない。

明らかにエスカレートしてきている行為。


だが王妃の実家であるバストール公爵家と事を構えるとなると、内乱に発展しかねない政治的判断もある。

父も兄も母も、苦慮していた。

なんとかしてやりたいのにしてやれず、ムカムカしていた。




そこに実際に守ってくれる、頼もしい第一王子の婚約者が登場。

妹は仲良くなった様子で、目を輝かせて大絶賛。

父も母も、楽しそうなフリーディアの様子に、久々に明るい顔を見せている。


仲良くすれば守ってくれそうな相手。

今後もぜひ仲良くして欲しいものだ。


「お前のお友達と、ラングレード辺境伯のご令嬢を招いてお茶会でもするかい?」

「はいっ、是非!」

兄としては、その目で当のご令嬢を見定めたい気持ちだった。

父公爵にも話したら、彼まで公務を休んでこっそり見守るという話になった。







そして当日。

一家で出迎えた辺境伯家令嬢は、とても優雅で楚々とした見た目で、まっすぐな瞳が印象的だった。

蜂蜜色の輝く髪、夜明け前の空を思わせる濃青の瞳。

辺境伯と同じ色を持つご令嬢。

でも垂れ目がちの大きな瞳が優しげな雰囲気で、頑健な辺境伯と異なる印象だ。

将来美人になるだろうと思える、美少女だ。

自分にとっては妹の方が可愛いが。


年齢よりも小柄に見えるのは、成長期に虐待に遭ったからだろう。

彼女の事情が心によぎり、痛ましさに胸が痛む。

だが、その虐待と陰謀を越え、無事だったという辺境伯家のご令嬢。


妹の話から、それを可能にする能力を備えていたのかと推測する。

Sランク冒険者の保護があっても、屋敷からの脱出は自力だっただろうから。

それとも冒険者が、閉じ込められた彼女を救助したのだろうか。

そのあたりの詳細は秘匿されている。


令嬢死亡説からの、数ヶ月後の辺境伯家への帰還。

保護されている間にどう過ごしていたのか、辺境伯とどのような再会だったのか。


知っているのは、義母が彼女を痛めつけ、手当てせず食事も与えず閉じ込めていたこと。

実の娘を辺境伯家の後継者にしようと、成り代わらせて登城したこと。

Sランク冒険者に保護されていたにしろ、苦境にあったのは事実で、そこからの辺境伯家への帰還。


興味はあるが、それが彼女の痛ましい記憶を呼び覚ますなら、聞くことは出来ない。




兄である自分は妹を、父が初めての客であるアリスティナをエスコート。

お茶会会場の庭園へと案内した。

先に到着していた妹の友達、三人のご令嬢と引き合わせ、挨拶が始まる。


そこで父と自分は退室。

と見せかけて、裏に回って目隠しになる植え込み裏のテーブルへ。

先にいた母とともに、いそいそと聞き耳を立てる。


学園入学前の子供のお茶会は、保護者の見守りがあることが多い。

マナー違反というわけではないのだ。


陛下と似たことをしているとは、互いに知らない。




令嬢だけのお茶会は、和やかに始まる。


ご令嬢同士の挨拶のあと、各領地についての話になった。

それぞれの領地にアリスティナが興味を示し、特産品などの話になる。


フリーディアのお友達三人は、それぞれの領地の特産品の話にまんざらでもなく、話題が盛り上がる。

特産品の活用で、彼女たちが思いもしないことをアリスティナが言っている様子も興味深い。


まずメリル嬢の、ロナウ子爵家の特産品、種子油について。

「揚げ物はいいですね。お芋を薄切りにしたり、短冊にして揚げてもおいしいですよね。塩だけもいいですが、チーズを絡めるのも好きです」

そんな料理は聞いたことないと、両親と顔を見合わせた。


次にミリアナ嬢の、タイグ伯爵家の特産品、オランについて

「果実ももちろんおいしいですが、皮も入浴に活用すれば、お肌にとてもいいですよね。湯冷めもしにくくなります」

いやいやいや、初耳だよ!

令嬢方も興味津々で、目の粗い布に包んで湯船に入れればいいと言われ、是非試してみると返す。

母の目も輝いている。

これ、オランを買い占めて試す気まんまんだ。


最後にナナリー嬢のモルト侯爵家。ここは辺境と同じ、魔獣地域だ。

「モランのお肉は、ジンジェとソイソーを揉み込んで、小麦粉とスパイスをまぶして揚げたら、絶品です。師匠のお気に入り料理で」


待て。なぜそんなに料理に詳しいんだ辺境伯家のご令嬢。

「師匠とは?」

そう、それも重要ワード。

聞いてくれたモルト侯爵家の令嬢に心の中で拍手を送る。


「色々ありまして、私に短剣や体術や、戦う方法を教えて下さった師匠がおります」

「色々…ですか?」

「ええ、色々です」

色々の内容は教える気がないのか、微笑んで紅茶を飲むアリスティナ嬢。


「モランのお肉は私も好みますが、ソテーが多いですわ」

「ではカラア…その揚げ物も是非お試しくださいませ」


彼女が言いかけてやめたのは、もしやカラアゲだろうか。


王都の下町で一年ほど前から話題になっている料理だ。

主に冒険者たちの間で、食堂の大人気メニューなのだとか。

公爵家の王都邸料理人が耳にし、なんとか再現しようとしている。

モランなどの鳥型魔獣肉に、小麦粉とスパイスをまぶして揚げることはわかっているという。

彼に、ジンジェとソイソーを揉み込んでみろと、耳打ちすべきだろうか。




「戦う方法というのは、その扇ですか?」

フリーディアが目を輝かせて突っ込んだ。

さっき流された話題なのに、なぜ果敢なのか妹よ。


アリスティナはにっこり笑って頷く。

妹には応えてくれるんだな、辺境伯家ご令嬢。


「魔獣討伐は動きやすい服装で良いのですが、ドレスでも咄嗟に戦えるように、この扇を作りましたの」


いや待て。

情報量が多すぎる。


魔獣討伐をするのか、ご令嬢が。

え、辺境伯領の教育なの? 聞いたことないけど。

そしてドレスでも戦おうとしちゃっているのか、この子。

しかも武器が扇?


目をキラキラさせているが妹よ、それに染まったらお兄ちゃん心配だよ?

「先日もお助け頂きましたものね」

「詳しく!」

なぜかナナリー・モルト嬢がノリノリだ。




フリーディアが、以前語った王城のお茶会での熱湯茶事件を話す。

ご令嬢は三人とも熱心に話を聞きながら、鉄扇とアリスティナにキラキラした目を向けている。

アリスティナ嬢は苦笑気味だ。

照れなのか困っているのかは、わからない。


「どのような素材でできておりますの?」

熱湯紅茶をひと振りで、汚れもつかず水分も飛んだとの話に、今度はミリアナ・タイグ嬢が食いつく。

彼女はいつもドレスや小物などの流行に敏感だ。

見た目も美しい扇が、丈夫で扱いやすいのだから、興味を持って当然だ。


「軸は聖銀で、布は魔蜘蛛絹です」

「高級素材!」

メリル・ロナウ嬢がおののく。

彼女は才女だが、家が裕福ではない。


「魔蜘蛛絹、ですか。さすがに手が出ませんわ」

「さすが辺境伯家ですわね」

残り二人の令嬢も、高級素材に少し身を引いた。




フリーディアのお友達は、ロナウ子爵家以外はそれなりに裕福だ。

でも彼女がいる場で、それをひけらかすことはない。

貴族家の子女として、身分に応じた品を身につけることに慣れてはいるが、友人への配慮は考える。

とてもいい子たちなのだ。


なので、お茶会は途端に冷めた空気になる。


それに気づいてアリスティナ嬢がどうするのか窺っていると。

彼女はふっと笑みをこぼして、扇を口元に広げる。


「職人への制作費用は必要でしたが、材料費はかかっておりませんわ」

彼女の言葉に、あとの四人は顔を見合わせる。


「それは、頂き物という意味でしょうか?」

「いえ。私が討伐や採取した素材を活用したのですもの」




父が口をパカーンと開けた。おい公爵家当主、口を閉じろ。


「討伐とは、魔蜘蛛、ですか? そちらの地域に魔蜘蛛絹の魔蜘蛛はおりませんわよね」

魔獣に詳しいナナリー・モルト嬢が尋ねる。

「ええ。魔蜘蛛を狩ったのは北部山岳地帯ですので」


あっさりとアリスティナ嬢が口にしたが、ご令嬢が北部山岳地帯で魔獣討伐した状況がシュール過ぎる。

いったい何があったのか。


「…聖銀は?」

「トーダオの遺跡ダンジョンです」


確かにあそこでは、採掘で色々採取できるらしいが、高レベルダンジョンだ。

自分で採取したと言ったが、まさかあのダンジョンに入ったというのか。




しばし沈黙のあと、アリスティナ嬢が口元に指を当てて令嬢たちを見回した。

「今回の戦争で、辺境伯領は混乱を来しておりました。その間、私がどうしていたかご存じでしょうか」


ご令嬢方は、慎重に頷く。

「たしか後添えの方の連れ子様が、成り代わりを目論まれたと聞いております」

代表してメリル・ロナウ嬢が言った。

「Sランク冒険者に保護されていらしたと」

そこまで言って、令嬢三人が顔を見合わせた。




「ここからは、秘密の話をしてもよろしいかしら? 使用人の方々も、聞こえても口外厳禁です」

この前置きがある場合、もし漏らせば主家にとんでもない迷惑がかかる前提だ。物理で首が飛ぶ話になる。


「私の母が亡くなり、父の後妻が、戦争で父の不在時に、私を物置に閉じ込め虐待したのが始まりです」

ご令嬢方は目を伏せた。


実はもっとひどい話だと彼女たちも知っている。

折檻して怪我をさせ、手当てもせずに放置。

食事も与えない。かばった使用人は解雇。

物置に閉じ込めたのも、本当に外から鍵をかけ、死んでしまっていただろう状況にしていたという。


「なので、食事も与えられない家は抜け出し、冒険者として生活しておりました」


あっさり明かされた新事実!

「そして冒険者登録をしたときに、元Sランクだった師匠が、危なっかしいからと、私を保護してくださったのです」




その師匠に出会い、教えを受けながら師匠の家で過ごしたこと。

図鑑片手に採取をしつつ、ポーションを作って日銭を稼ぎつつ、魔獣討伐を教わり解体して素材を得て。

そんな日々を悲壮感なく語られ、令嬢たちは興味深く聞いた。

両親と自分も聞き耳マックスだ。


師匠の家で料理をしたり、武器への付与を学んだり、高魔力に任せて便利な魔法を開発してみたり。

その生活の中で、師匠がSランク冒険者に復帰し、半年ほどの旅に出たそうな。

トーダオの遺跡ダンジョンから始まり、北部山岳地帯、東部湖沼地域と回った。

師匠の元仲間たちも合流して、頼もしい人たちに囲まれての冒険だったらしい。


第一王子との出会いは濁されたが、冒険者として出会ったらしい。

境遇を知り、たぶん婚約者という名の護衛を期待されているのだろうと言う。

んん?


そんなこんなで、ドレスで戦う方法を模索したという。




「ドレスは重くて足にまとわりつくのが、動きにくい原因です。足さばきが重要ですね」

「そうですのね、なるほど。ダンスの足捌きを活用して、私もいざというときの動きを確認しておきますわ」


なぜ同調するんだ、ナナリー・モルト嬢。魔獣地帯という地域性なの?


「では武器として活用できるように、聖銀と魔蜘蛛絹ですの?」

「聖銀も魔蜘蛛絹も魔力を通しますから、硬化や耐熱耐火など、その時々で付与できます」

「聖銀武具と同じですのね! 特殊魔獣相手でも戦える武器になりますのね!」


いや、だからナナリー・モルト嬢、二人で盛り上がらないで。


「王城は魔法が基本禁止ですが、身体強化や素材に魔力を通す方法なら感知されません。先日もそうでした」

待って、抜け道を模索しないで!


「それは武具職人が作成いたしましたの?」

「ええ。師匠の馴染みの、ドワーフの職人です。冒険者だったときも、私の手に馴染む短剣など作成頂きましたの」


お嬢様言葉でする話の内容ではない。

そしてうらやましそうにしないで、ナナリー・モルト嬢!


両親は私の前で、口を開けっぱなしになっている。

だから公爵家当主夫妻、口を閉じろ。




「どうしてそのお話を、私どもに教えて下さったのでしょうか」

メリル・ロナウ嬢が、まっすぐにアリスティナ嬢を見据える。


彼女はにっこりと笑った。

「ここにいらっしゃる皆様は、爵位や状況に関係なく、きちんと友情を育まれている方々と、わかりましたから」


確かにうちの妹と、彼女たちは、兄から見てもちゃんと友達だ。


「私も是非その中に入れて頂きたい、お友達になりたいと思いましたの」

だからこその打ち明け話だと、彼女は語る。




そしてうちの妹とその友人と、アリスティナ嬢は本当のお友達になった。

名前で呼んで欲しいと、互いに挨拶をし直していた。


両親ももちろん、このご縁は是非とも大事にするべきだと考えて。

お茶会の場に居合わせた使用人たちに、秘密厳守の誓約をさせたのだった。


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