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少し説明を追加しました。
王城から、なぜか王妃のお茶会招待状が届いた。
王妃のあの日のあの態度から、私と仲良くしたいわけではないはずだ。
ライル殿下に報告を入れた。
殿下から陛下にも報告してもらい、王妃周辺の事情を共有してもらった。
ここからは、国の歴史のおさらいも入る。
そもそもこの国は、みっつの国がまとまり、ひとつになった経緯がある。
それぞれの国の王家が、三大公爵家だった。
バストール公爵家は西の山岳騎馬民族。
海の向こうから来て、騎馬民族を従え山岳部に国家を作ったと言われている。
騎馬民族と表現したが、厳密に言えば馬ではない。
魔獣を飼い慣らし騎乗できるものを騎獣と呼び、動物を飼い慣らし騎乗できるものを騎馬と呼ぶ。
その差は、魔石があるかどうかだ。魔石があり魔力を持つ生き物を魔獣と呼ぶ。
つまり騎馬民族は、魔力のない動物を飼い慣らしている人々だ。牧畜的な面も持ち、乳製品が特産品だ。
馬と呼んでも、山羊のように斜面も楽々移動してしまう、異世界の馬だ。
エルランデ公爵家は東の豊かな大地に広がる穀倉地帯の王国だった。
農業を主軸にし、豊かな土地柄か、穏やかな気性の人が多いという。
東の湖沼地域近くまで広がる領地は、各地それぞれの特産品が収穫できる。
そしてマスクル公爵家は、南部で魔獣を討伐しながら暮らす戦闘民族の国家。
我が辺境伯領や近隣領地の人々も、マスクルの戦闘民族だった。
非常識な強さを誇る人たちが生まれる地域性でもある。
ちょっと脳筋ちっくな人たちも多い。
お父様は知的な部類だが、思い込んだら一直線というところもある。
そして当時、エルランデの地を狙うバストールの動きがあり。
自国の北にある東西の国の、小競り合いに苛立つマスクルが、両者を攻撃する姿勢をとり。
あわや三つ巴の戦いの火蓋が切られるというとき。
彼らの間をとりもち、和平をさせたのが、今の王家の祖だという。
実はその人物がどこから来たかは、よくわかっていない。
三つの国家に係わる人物ではなかったらしい。
ただ、すいすいと三者間を渡り歩き、和平を取り持ったのだとか。
そして三国協力しあって豊かになろうと、今のこの国が興った。
神話のような話だが、実際の歴史の話だ。
今の陛下も話術がうまい。
それが王家の強みなのだろうか。
さて、その西の王家だったバストール公爵家だが。
先代当主は、自分たちが国内でいちばん力を持ちたがった。
結果、この国の軍事の主要な地位には、バストール公爵家の息のかかった人ばかりだった。
今は失脚しているが。
本来なら戦闘民族だったマスクル公爵家が、国の軍事も取り仕切りそうなものだ。
でも戦闘民族だけに、中央の政治に興味はない。
自分たちが魔獣といかに戦うかに、主軸を置いている。
わかる。うちの父も側近たちも基本そうだから。
なので国の軍の主要な地位を、バストール公爵が狙って獲得した。
さらに、なんなら王家に自分たちの血筋を入れて乗っ取りたい。
それで前王妃の死後、今の王妃の輿入れが強引に押し込まれたのだとか。
見透かしていたのなら拒否しとけよ王家、と思うだろう。
当時の陛下は、彼らの思い通りに王妃を娶ったあと、彼らが動くのを待ち、企てを暴く予定だった。
だが彼らの企ては、非常に場当たり的なものが多かった。
知略勝負ではなかったのだ。
強引に事を進めることに苦情を呈しても、恥も何もなく正当性を語る。
人々に誹られようが、痛くも痒くもない。
証拠がなければ、堂々としらばっくれる。
証拠を前にしても、しらばっくれる。
そして尻尾切りは非常にうまい。
陛下と彼らは、とことん相性が悪かった。
浅はかすぎる彼らを制せると過信していた当時の自分を、陛下は心から悔やんでいるそうだ。
まあ、なんとなくわかる。
恥の概念もない相手に、恥を知れと言っても、キョトンとされるだけだ。
本来貴族や王族は、外聞や体裁に非常に気をつかう。
そこを損ねることは、交渉材料になるものだ。
けれど彼らは外聞も体裁も取り繕う気すらない。
こちらが外聞も体裁も気にするだけに、非常にやりにくい相手だろう。
陛下は知略も巡らすし、果断に決行される部分もある。
それでも常識人だ。
常識知らず相手の戦いは、分が悪い。
彼らは、相手の恥は突くくせに、自分の恥はものともしない。
十二歳の私に貞操観念の攻撃をしておいて、それを指摘したことで叩かれた。
なのに、私にこうしてお茶会のご招待をしてくる。
本当に厄介な方々だ。
陛下は、知略に自信があって受けて立っただけに、かなりおつらそうだ。
同情申し上げる。
実際に、陛下の手紙にはこうある。
この手のタイプがこれほど恐ろしいと思いもしなかった。
相手の浅はかさが透けているがゆえに、知略が通用すると思い上がってしまった。
今は宰相ともども猛省している、とのお言葉。
心から同情申し上げる。
アルトさんの自白魔法なら有効に思えるが、あれは危険な魔法だけに、貴族に使用するには決まりがある。
ここでまた歴史の話に戻るが、三大公爵家は今も、元は自国だった各地の頭領の役割を果たしている。
ラングレード辺境伯家も、ドラクールとサーディス両侯爵家も、マスクル公爵家の臣下だ。
私も父から、我が辺境伯領の主家はマスクル公爵家だと聞いている。
ひとり娘として、私もマスクル公爵家ご当主に、ご挨拶をしたことがある。
それはそもそも、三国があわさったためだ。
それぞれの国の独自文化があり、能力についての機密もある。
つまり、他勢力に明かせる内容と、そうでない内容がある。
そのため、あの魔法の使用には、その貴族が所属する三大公爵家当主の許可が必要になる。
私の成り代わり事件のときも、マスクル公爵の認可が先にあった。
だから、バストール公爵家の認可なく、バストール公爵家配下の貴族に自白魔法は使えないのだ。
決まり事を作ったとき、こんな事態は想定されていなかったのだろうな。
心からお悔やみ申し上げる。
そんなこんなで、手をこまねいている相手からの、ご招待。
このお手紙は、読んだあと、手紙が焼けて消える魔法がかかっている。
その前提で陛下は、バストール起因の政権争いに巻き込まれた私に対し、手紙の中で平謝りされていた。
さて、ライル殿下とマスクル公爵家の子息たちには、元から個人的な交流がある。
それに加えて、今回の私との婚約。
以前の辺境伯家であれば、問題なかった。
でも今は、ラングレード辺境伯家とバストール公爵家の影響力が逆転している。
自勢力が弱体化し、強化された王国南部すべてがライル殿下の後ろ盾となれば、第二王子の逆転の目がなくなる。
前回の暗殺者騒動の場に、私もいたことは知られている。
あれで怯えていれば、今回のお茶会で揺さぶることで、婚約を白紙にできるのではないか。
そうあちらが思い、手を打とうとしているのではないかと、陛下は予想している。
私が暗殺を阻止したことは知られていない。
つまり、普通のご令嬢なら怯む何かが、今回のお茶会で仕掛けられるのだろうとのこと。
王妃からのご招待なので、受けて立つしかないらしい。
そんな情報をお父様や側近の方々、侍女たちに共有して。
私のドレス武装準備に、さらに盛り上がっている我が家なのでしたー。
王妃からのお招きだが、王妃はその日、公務に引っ張り出された。
陛下が頑張って下さった。
なので、王妃の息のかかったご令嬢たちとのお茶会である。
ご令嬢たちは、今は王妃の侍女をしている方々らしい。
現王妃様のご子息である、第二王子の婚約者もいるという。
三大公爵家のひとつ、エルランデ公爵家のご令嬢だとか。
王妃のたっての願いで申し入れた婚約らしい。
おそらくは、第二王子の後ろ盾にもうひとつの公爵家をと考えたのだろう。
二公爵家で推す王子なら、王太子になれるだろうと。
まあ、それでもライル殿下が立太子したんだがな。
それでライル殿下の命を狙っているのだろうがな。
私と同様に巻き込まれたご令嬢だとしたら、お見舞い申し上げる。
直接被害にまだ遭っていないことを祈る。
招かれた場で私の目は、とびきり可愛いお嬢さんに、釘付けになった。
ファンタジーの萌えを体現したかのような、ミントグリーンのゆるふわ髪。
猫目というのか、少し上がった目尻だが、きゅるんと可愛いお目々。
妹キャラとか後輩キャラで人気爆発してそうな、萌えキャラちゃん!
こんな子が妹だったら、めちゃくちゃ可愛がってウザがられてしまいそうだ。
そしてあっちへ行ってと文句を言いつつ、嫌いなわけではないとちょっぴりデレてくれたら最高です!
そこまでワンセットで萌えるぜ!
彼女が第二王子の婚約者、エルランデ公爵令嬢だった。
他は伯爵令嬢二人と子爵令嬢ひとり。
それぞれと、にこやかに挨拶を交わしたが、何を考えているか今はわからん!
ティーセットが準備され、紅茶がそれぞれの前に並ぶ。
そこで状況を把握した。
王城で魔法は基本禁止だが、体内で魔力を巡らすことは出来る。
そして察知もされない。
つまり魔力を目に込めることは、いつもどおり出来るのだ。
微弱ながらも、私と第二王子の婚約者であるご令嬢の紅茶から、毒の気配を感じるわけだが。
ひとまず私の中で、カーンと戦闘開始のゴングが鳴った。
レッツファイ!
何の毒かまでは、わからない。
ただ通常の解毒薬で中和できるものだということはわかる。
さてさて、これを問題にするべきかとしばし考えて、ふと思いついて席を立つ。
皆様がきょとんとしている間に、伯爵令嬢二人の紅茶と、私たちの紅茶を、淑やかさを所作に乗せて入れ替える。
「あの、何を…」
戸惑う伯爵令嬢から言葉が出る。公爵令嬢も目を見張っている。
だが表情は公爵令嬢の方がわかりにくい。さすが!
「ライル殿下の母君のお国の風習に、主催者とお客様の並べられたお茶を入れ替える、というものがございます」
にっこり笑って知識を披露。
これ、本当の知識です。
私になる前の、アリスティナちゃんの知識にあったものです。
「このお茶会は、私の王子妃教育の進み具合を確かめるものと伺っております」
ふふふふふ、この行為にきちんと理由はあるのだよと主張できるのだ。
「隣国の知識もございますこと、この場でご披露できればと、行動いたしました」
伯爵令嬢たちと子爵令嬢は、目を見交わせてから反論する。
「…何もご自身で動かれずともよろしいでしょう、はしたないことですわ」
「そうですわ。侍女に命じるものでしょう」
動揺を隠しているのか、伯爵令嬢たちは目を泳がせている。
「招かれたひとりが実際に動く、というところも、そのルールに従いましたの」
つまり隣国の風習をそのまま実行しただけだよ、と主張を繰り返すと、相手は黙るしかない。
そしてうろたえているのは、自分たちが用意した毒をわかっているということ。
ヤッタネ!
「ではエルランデ公爵令嬢、頂きましょうか」
にっこり笑って見せて、紅茶に口をつけた。
公爵令嬢も口をつけてから、ふと私を見て微笑む。
「私のことはフリーディアとお呼びくださいませ」
ご令嬢から歩み寄りが! しかもはにかんだ笑顔が可愛いぜ!
「では私も、アリスティナとお呼びくださいませ、フリーディア様」
優雅に微笑み返す。
おっさんが入っていようとも、表面は王子妃候補として優雅に!
そして私たちが口をつけたので、残る三人も口をつけるしかなくなった。
伯爵令嬢二人、目が泳いでいるよ。隠せ。
そこからは、表面上は和やかなお茶会になった。
しばしば優雅な舌戦を交わしたり、伯爵令嬢二人から冷や汗が見えるが、絵面は常に和やかです。
冷や汗や身動きの状態から察した。
どうやら毒は下剤系だったらしい。
ご令嬢相手にえげつないこと考えるな、王妃の陣営!
そのえげつなさが、そっくり返ってしまっているがな!
しかも、そのえげつない系攻撃が、自分の息子の婚約者にも向いていることに、違和感を覚える。
まさか考えるな感じろ系での解釈が必要か?
息子の嫁は気に入らん!とか。
自分のところ以外の公爵家は条件反射で攻撃しろとか。
陛下が苦労するほど明後日の方向を向いてやらかす方々だけに、否定できんな。
「辺境は魔獣も出ると聞きます。恐ろしいこともあるのでは?」
「ええ、素材が豊富で、あらゆる魔道具がそろっておりますの。とても快適ですわ」
わざと噛み合わない会話をしてみたり。
「エルランデ公爵家は、昨年不作であったとか」
「常に備蓄は準備しております。それをご披露する機会があり、領民の父に対する人気が高まりましたわ」
フリーディアちゃんも、やりおる!
というか、わかりにくい嫌みを混ぜるのが貴族会話の醍醐味と思っていたのに、奴ら小者過ぎるんじゃね?
まあでも似た年齢を選んだというから、十二歳の私たちに合わせて、十代の方々。
こんなものかも知れない。
そう考えると、おっさん気質な成人女性が入った私よりも、フリーディアちゃんがすご過ぎるよね。
お茶会も終盤になり、子爵令嬢があるお茶を振る舞いたいと席を立った。
「このお茶は、沸騰直後のお湯をその場で使う必要がございますので」
と、煮立ったお湯を持ってこさせ、その場でお茶を淹れ始める。
適温で出すのではなく、熱々のお茶をセットして、配ろうとする。
おいおい、まさか直接被害を及ぼすマネをせんだろうな。
そう思っていたら、やりやがった!
フリーディアちゃんに、さっきまで沸騰していたお湯で淹れたお茶のカップを、席に置くフリしてよろけおった!
咄嗟に腰を浮かし、フリーディアちゃんの前に鉄扇を広げてカップを受け止める。
子爵令嬢からソーサーも取り、茶器をそろえて置いた。
カップの中にはそれなりにお茶が残っているが、テーブルに水滴が散っている。
テーブルの水滴はいいが、フリーディアちゃんにかかっていたら、火傷になる!
「フリーディア様、どこかにお茶は、かかっていらっしゃいませんか?」
さすがに呆然としていた彼女だったが、我に返って自分の体を確かめてくれる。
「問題ございませんわ。アリスティナ様こそ、せっかくの美しい扇が」
「これは大丈夫ですわ。特別製でございますから」
ふっと払えば水滴はきれいに落ちる。さすが魔蜘蛛絹製。
ふっと払ったつもりだったが、ブンと風を切る音を立ててしまった。
フリーディアちゃんまで目を丸くしている。
誤魔化すように、優雅に口元に扇を広げ、微笑んだ。
「特別製でございますから」
詮索不要よ? と声なく乗せれば、フリーディアちゃんから微笑みを返された。
さてさて、脂汗まみれの伯爵令嬢二人と、子爵令嬢に向き直る。
「今お手元が危うかったようですが、ほぼ熱湯のお茶を、うまく扱えないご体調でいらっしゃるのね」
優雅に首を傾げてみせた。
「そちらのお二方も、ずいぶん汗をおかきですわ」
たぶん下剤的な毒のせいだろうけど。
「王城のお勤めは、健康でなければならないと伺いますわ」
まずは辞職を促してみて、反応を見てみよう。
そう思っていたのに。
「さようであるな」
真打ち登場とばかりに、なぜか陛下がご登場。
このお茶会の席のすぐそばの植え込みの向こうから、話は聞いたぜとばかりに。
どゆこと?
そこからは、彼女たち三人の退職が速やかに決まり、王妃にも陛下から注意が行くことになった。
私の王子妃教育進捗確認のため、自分も陰で見守りたいと、こちらの死角に席をしつらえていたらしい。
このお茶会に係わる人たちには何も知らされておらず、植え込み向こうは立ち入り禁止になっていたそうな。
ご心配をおかけしていたのか、物見高くなのかは、わからない。
「短期間の勉学ながら、見事な切り返しばかりであったな、アリスティナ嬢」
陛下はご機嫌だった。
本日は宰相がおらず、陛下だけ。
宰相閣下も苦労しているのかも知れない。
「フリーディア嬢とも、気が合いそうで何よりだ」
二人でちらりと視線を交わす。
まあ、そりゃあね。
王子妃二人が仲良しの方が、王様は安心だろうさ。
王子二人が王妃様により対立関係っぽいのだから、せめてその伴侶が仲良しであれば、憂いが半減するってもんだろう。
私もフリーディアちゃんとは仲良くやれそうな気がしているしね!
その意を込めて、フリーディアちゃんに笑みを向ければ、彼女もにっこりと返してくれた。かんわゆいー!
植え込みの向こうにいた人たちが出てきて、ふたたびお茶が並べられる。
私たち二人の前に。
「ここからは王子妃候補同士、ゆっくり語り合うが良い」
そして陛下は去って行った。
さてさて、さっきまでは退場した侍女さんたちとの舌戦状態で、二人での会話は、ほぼなかった。
なので、そこからはフリーディアちゃんと、本当の交流を深めた。
王子妃教育って、指先まで優雅にとか大変だよねーとか。
歴史のあのへん名前がゴチャゴチャしてるよね、とか。
いろんなことを貴族令嬢言葉で話している。
そして思った。
フリーディアちゃん、やっぱり可愛い。
見た目も性格も可愛い!
彼女の方も、私に好意を持ってくれているようだ。
会話が弾み始めるとぐいぐい来る。
私の鉄扇にも興味津々らしく、手に取って重さに驚いていた。
「これを優雅に扱えるなんて、お姉様は素晴らしいですわ!」
私はお姉様と呼ばれることになった。
兄弟の兄の嫁になる方が義姉、兄弟の弟の嫁になる方が義妹だから、まあ、うん。
同じ歳なんだけどね。いいけどね。
完結後に、削ったエピソードに設定説明で必要な部分が入っていたことに気づき、ここに入れました。すみません。