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09 婚約?

新章になります


本日は王城の顔合わせです。

王城からのお招きは、日程調整や内容確認などの会議があり、招待状が送られて、最短でもひと月はかかるらしい。

今回は数ヶ月かかりました。


なのでその間は家庭教師の先生方と勉強三昧。

冒険者をしてたから、言葉や所作などの、主に行儀作法が大変だった。

だって冒険者たちに不審に思われない言葉と態度が大事だったんだもの!




他の勉強は、少しおさらいしたら思い出せた。

魔法や調薬、各地の特色、魔獣や植生については、むしろ知識が増えていた。

特に旅をして実地勉強した北部山岳地帯とか、東部湖沼地域の植生なんかは、実際に採取もしたからね。


なので主に行儀作法。そしてダンス。


ダンスとともに、ドレスでの身のこなしも頑張ってみた。

ダンスは領地から来た、王都邸の侍女頭になるテネッサさんが教えてくれたのですが、すんごく張り切られました。

何って、ドレスで戦えるようにということに。

もうノリッノリでしたよ。私より彼女の方が熱心なんじゃないかってくらい。


聞けば、父の祖母がドレスで戦ってしまう辺境伯夫人だったらしい。

私のように辺境伯家のひとり娘で、私のように領主勉強もしながら、いざというときに戦えるよう、特訓したとか。

入り婿な夫を迎え、領主は夫がやったけど、大量魔獣発生のときなど陣頭指揮をとってしまう女傑だったそうな。


長く現役だったので、父より少し上の世代もご存じの方。

残念ながら私が生まれる前に亡くなられたので、お会いしたことはない。


なのでテネッサさん以外にも、張り切っちゃう協力者がけっこういた。

ドレスに隠し武器を仕込むのもノリノリでやられたので、いいのかなーとちょっぴり遠い目になった。

でもその方のドレスも、そうだったらしいよ(こっそり)。




ちなみにメイン武器は鉄扇です。

これは私もテンションが上がりました!

曾祖母の淑女バージョンのときの武器だったらしいです。


領地に戻れば残っているだろうと言われたけれど、これは王都で調達することにしました。

冒険者のときのお馴染み、武具職人のゼンデズさんに相談したのです。

彼も今まで作っていなかった武器に、ノリノリで応えてくれました。


そして完成したのが、軸は聖銀、扇表面は魔蜘蛛絹という、両方魔力を通しやすい素材で作った扇!

鉄扇ではなく聖銀扇と言うべきだが、あえて鉄扇と呼ぶ。言いにくいし。

ゼンデズさんから、魔力付与は自分でやるようにと託された。

少しずつ魔力を馴染ませた専用武器。頑張っちゃうよ!




あと私の嫁入り問題ですが。

これは辺境伯家からの抗議が、すさまじいことになっております。

まずは父の行方不明からの、義母による私の虐待死亡説で、戦争終わってからも辺境の動揺がすさまじかった。


まあね、やっと戦争終わったヤッフー! からの、急転直下。

後妻のやらかしからの、たったひとりの後継者の死亡説。

父も家臣の一部も倒れて、さらに父が王都に来てからも、私がすぐに見つからない。


私の生存は、ごくごく一部には伝えられていた。

でも私が戻るかどうかわからないので、全員には伝えなかったとか。

お父様ありがとう! ご心配おかけしました!


なので、ようやく戻ってきた私を、なんで王家にとられるんだ!とね。


ついでにラングレード辺境伯家は、父と私以外に、血筋の人間がいない。

私が生まれる前、お父様も若かった頃の魔獣の大発生で、祖父母はもとより、父の弟も亡くなった。

その先代は、例の曾祖母でひとり娘だったので。

近い血筋から養子を迎えるということが、できないのだ。




辺境から入れ替わり立ち替わり、主要家臣の方々が来ては、お父様と一緒に登城して会議。

抗議して婚約話を阻んで、今の私は婚約者候補に落ち着いた。


辺境の復興はかなり進んでいるので、司令塔の家臣の方たちも、こちらに来やすくなっているそうな。

お城では荒ぶっているらしいけど、私を構うときはデロデロです。


そして彼らも私の武装淑女化にノリノリです。

王城みたいなところに出入りするなら、戦える手段は多い方がいい、とか。

王城は女の戦場らしいですよ。




そして本日ようやく、ドレスと鉄扇と淑女の仮面を完全装備しての、登城です。

薄く化粧され、髪もクルクルと巻いたり編み込んだり垂らしたり、アリスティナちゃん美少女バージョンです。


いちおうね、冒険者のときも身だしなみは気を遣ってたのよ。

炎天下にさらされても、お肌の状態は保とうと、調薬の要領で化粧品や美容液っぽいものを作ってね。

おかげで日焼けしてヒリヒリしてても、それを塗って寝れば、翌朝は色白プルプル肌が復活でね。


あれ、もしかしてポーションになってた?


まあいい。

とにかく肌や髪のコンディションは、冒険者してたときも保っていました。

でもおしゃれってわけではなく、髪はひと括りで邪魔にならないようにして、動きやすい服だった。


私も乙女でもあるからね。

特上のおしゃれな自分にテンションは上がるわけですよ!


改めて見ると、けっこう美少女なんだよアリスティナちゃん。

今までは、あまりよく見る余裕がなかったけどね。

王都別邸に帰ってからも、すごく忙しくて、身支度もぱぱっと侍女がしてくれるのにお任せだったし。




お父様とダズさんも一緒に馬車に乗り込む。

本日は辺境の家臣団も登城するらしいが、別の馬車で向かっているらしい。


謁見するのは私とお父様。

ダズさんはその直前まで、従者として来てくれるんだって。


「嫌だったら婚約者候補も断っていいからな」

何度もダズさんが言うが、いやダメだろう。

王城からの申し入れは、ほぼ命令と私でも知っている。

内々の話のうちはともかく、正式な申し入れになってしまったら、受けるしかないんだろう。


大丈夫、あちらから取り下げてもらえれば終わる話だから。

殿下の身の安全が保てるようになったら、きっと取り下げてもらえるから。




王城はアリスティナちゃんも初めてなので、ちょっぴり緊張です。

遠目に尖塔とかは見えてたけど、間近に見るのも初めて。


おおー、なんか、お城だ。うまく言えんけど。


父の手を借りて馬車を降りると、ぴしっとそろった動きの近衛騎士たちに迎えられ、囲まれて移動。

アリスティナちゃんまだ小さいから、囲まれて周囲がまったく見えないんだよ。

お城見学くらいさせてくれよ!


控え室でちょびっと休憩してからの謁見の間。

お菓子とお茶があったけど、さすがに緊張して喉を通らなかった。






そして謁見の間。

RPGの謁見の間っぽい音楽を頭の中に流しながら、絨毯の上を、父に手を引かれて歩く。

ダズさんは父の側近として、かなり後ろの方で控える。



私はかなりびびっていた。

謁見の間は、思っていたより貴族が集まっている。


うちの家臣団の人が立っているところも見えたけど。

それ以上に、上位貴族っぽい人たちが多数いる。


堂々とした父のエスコートがあるから歩けているが、緊張マックスだぜ!

うちの近所の侯爵二家のご当主方も一緒なので、ありがたい。




玉座前に来て、父と私は最敬礼のお辞儀。

指先まできれいに見えるようにと指導された姿勢で、止まって待つ。

ここでグラつかないのが、淑女としての技術らしいよ。

もちろん筋力も必要だがな。


玉座側に気配がして、王族の皆様が席に着かれたようだ。

王と王妃、そして今回メインのライル殿下がいらっしゃるらしい。


顔を上げるように声がかかり、父と一緒に拝聴の姿勢になる。

初めてお会いする陛下は、ライル殿下と少し似ていた。


「ようやく会えたな、アリスティナ・ラングレード嬢」

軽く目を伏せ手を動かして、恭順のポーズ。




「此度は王城側の不手際により戦争が長引き、大変な目に遭わせたことを、まずは謝罪する」


ざわりと空気が大きく動いた。

そりゃそうだ。陛下が公式の場で謝罪とか、本来はありえないんだよ。

ってか、本当になんでいきなり謝罪?


「直接の加害者は、当然厳罰に処する。だが、戦争の被害が大きかった原因は王城にもある」

張りのある王者の声。

「まずは賞罰について、聞くが良い」




そう。気になっていたのだ。

謁見の位置には、お父様と私と両侯爵、あとひとり年配の男性。

誰だ?


「まずはこの戦争の一番の功労者はアルベルト・ラングレード辺境伯である」

これは当然、お父様で文句が出るはずもない。

「だが辺境伯から、陞爵は辞退された」

まあ、これは聞いている。これ以上の爵位は面倒だし、私もいらん。

「そのため家臣の叙爵及び陞爵となった。辺境伯領も増えることになる」


ここで少しざわめき。

実は辺境伯領って元から広いのだ。


そもそも辺境伯は、侯爵とも並ぶ軍事権限を持つ爵位だ。

でもうちは色々あって、侯爵領より大きい。

これ以上増えると公爵に並んでしまうのだが、並ばせてしまうらしい。


そんでもって、配下の叙爵ってことは、爵位持ちが増える。

陞爵は今の爵位持ちの位が上がる。

お父様がとんでもない権力者になってしまうということだ。




「さらにラングレード辺境伯領へいち早く支援に動いた、ドラクールとサーディス両侯爵も、同様だ」

彼らも自身の陞爵より、家臣団の叙爵や陞爵を選んだそうだ。

国の南部の勢力がすごいことになるのだが、いいのだろうか。


「此度の謁見とは別に、叙爵及び陞爵については場を設ける」

うん、ありがたい。

この謁見でそこまで発表されたら、この場にどんだけ長くいなきゃならんか、わからんからな!




「また、王城の不手際の原因となったバストール公爵家は、降爵としたいところだが、影響が大きい」


ここで大きなざわめきが起きた。

そらそうだ。だって王妃の実家だもん。


でも私たち的にはうなずける。

だって辺境に王城の大規模部隊が来るのが遅れたの、奴らのせいらしいからね!

見知らぬ男性は、バストール公爵だったんだね。

さてさて、どんな罰なのかなー。




ざわめきが収まらず、陛下の脇の騎士から制止の声が上がった。


それからの話を要約すると、領地が減って配下も減って、高額な弁済金を国に納めろという話だった。

前の話を合わせると、バストール公爵家が、うちより力をなくしたってことになるのだ。


だけど当然といえば当然だ。

幸いにも辺境の主な臣下に死者は出なかったけど、村がいくつも犠牲になり、兵の死者も多かったらしい。

私の知り合いに死者が出なかったというだけで、犠牲は大きかったのだ。

しかもお父様も、死ぬかも知れない状況だった。


バストール公爵家が納める弁済金は、それら死者への補填や、復興のために、我が領地へ回されるらしい。

これで辺境伯家は不満を収めてくれということだ。


ついでに軍事の主要機関には、バストール公爵家ゆかりの人たちが責任者に多数ついていたが、その人事に見直しが入った。

南部をとりまとめるマスクル公爵家ゆかりの方々が、除籍された方にかわってその席に多くつくらしい。




再びのざわめきが静かになったところで、陛下がこちらに視線を向ける。

「では次に、王太子ライルフリードの婚約についてだ」

おっと、私にとっての本題が来た。


「先だっての辺境伯家令嬢との婚約騒動は、皆も記憶しておろう」

義姉の成り代わり婚約者騒動ですな。

王城で、みんなの前で成り代わった義姉が、お披露目したからな。


辺境伯家のみんなは直接知らないけれど、情報を集めてくれた人から、話は聞いている。

婚約を餌に義母と義姉を呼び出し、成り代わっていることを暴露させたと。

アルトさんが自白魔法で頑張ってくれたらしい。




「あのときお披露目された者が別人だったため、騒動にはなったが、辺境伯令嬢に婚約を申し入れたことに変わりはない」

そうらしいですね。

私が婚約者候補から外れないのは、義母と義姉を呼び出す理由だったにしろ、正式な申し入れ扱いになっていたからだとか。


陛下が話を続ける。

「だが辺境伯家との後継者問題が話し合いの途中だ。まあ、辺境伯もまだ若い。後添えの話なども「お断りいたします」」




しん、と場が静まり返った。


陛下の言葉を、お父様の声がかぶせて遮った。


ちょっと! 父! お父様!

やらかしたんじゃないんでしょうか、陛下の言葉を遮るって!


そりゃあまあ、わかりますよ。

義母のアレがあったのに、後添えと言われて喰い気味に拒否するの、わかるよ。

でも陛下の言葉を遮るって!

さっき制止を呼びかけてた騎士さんが怖いんですけどー!


「よせ。これは、こちらが悪かった。そもそも騒動の理由となった後添えの話は、たしかに良くない」

陛下が取りなしてくれた。

自分が出した話題が悪かったので、父に不敬は問わないという意味だ。


父が礼をとる。

「申し訳ございません。娘を失ったかと肝がつぶれた事件のため、後添えは考えられません」

「わかった。こちらが悪かった。許せ」




たしかに辺境伯領の後継者問題で、お父様にさらに子供が出来れば解決するけど、そこはもう無理なんだ。

もう我が家は新しいお母様なんて、こりごりなんだ。

そう陛下も理解してくれて、話を取り下げてくれた。ありがたい。


「辺境伯家は、先々代から傍流がおらぬ」


父の祖母が一人娘。祖母の子供は男女ひとりずつだが、他家に嫁いだ娘は子が生まれる前に亡くなった。

父は弟がいたが、結婚直前に起きた魔獣大発生により死亡。子供はいない。

その魔獣大発生による犠牲は、父の両親も含まれる。

だから父は、若くして領主になった。


そして私が一人娘。

つまり私の嫁入りは、実は辺境伯領にとって大問題なのだ。

なので婚約話が進まず、揉めに揉めている。




「よって辺境伯領の後継者問題があるため、アリスティナ嬢とは仮の婚約。婚約者候補ということになる」

いいですよー。仮の婚約の方が、解消するときに傷もないしね。

それまでボディガード頑張るよー。


ここで承ったと深く腰を下ろし、礼をする。

「私には身に余ることにございます」


指先まで美しくを心がけ、ぴしりと静止。決まった!




「身に余るのであれば、辞退をすればいいものを」

壇上から女性の声が響いた。


「辞退をしてよろしいのですか!」

顔を上げて喰い気味に言う。

ちなみに壇上の女性は王妃しかいないので、そちらに向かって。


王妃は少し怯んだようだった。

「王家からのお話に、こちらからお断りなど出来「できないよ」ですよね」

ライル殿下が差し挟んだ言葉に、素直に同意する。

だよねー。




「王妃よ、アリスティナ嬢の言うとおりだ。出来もせんことを言うでないわ」

陛下が王妃をたしなめた。だよねー。


なんで期待持たせるようなことするんですかね、王妃様は。

辞退できるならしとるわ!

ボディガードくらいしてもいいけど、婚約者は面倒なんだよ!




「王家に嫁ぐには、清い体でなければなりません」

王妃が強い語調で、私に向かって言い放つ。

おっとー、私の隣の父から冷気が漂い出したのですが。


つまり王妃の主張は、今回の騒動で行方不明だった私の純潔を疑うってか?

九歳から十一歳にかけてのまだ子供な時期に、そういう意味で、何事かあったんじゃないかって?

現在十二歳になりたての子供に?

ないわー。




ここで陛下が周囲を見渡し、声を張った。

「先日の騒動を半端に知る者も多いだろう。ここで皆に知らせておこう」


あのときの義母の主張を、宰相が要約してくれた。

正当な女主人と認めない辺境の者たちへの恨み。

次期領主として勉強し続けた、生意気な義理の娘への悪意。

あげく義理の娘を痛めつけ、食事を抜き、最後は物置に閉じ込めたまま生死不明で放置した義母。


ここで知った新事実。


私が次期領主の勉強をしてたから虐待したって、知らんがな!

領主にならなくても、別に勉強は役に立つだろうが!

義母の産む子に爵位渡さん意思表示に勉強してたわけじゃねーわ!




「アリスティナ嬢は、閉じ込められた場所から逃れ、高名なSランク冒険者に保護されていた」

再び陛下の張りのある声が響く。

「そのSランク冒険者は、第一線を退いてからは、人材を育てることに尽力しておる高潔な方だ」


なにやらゴルダさんが、えらくご立派に持ち上げられている。

でもまあ、嘘ではない。

Sランク冒険者として有名だったらしいし、私がすぐに保護されたのも事実。

人を育てることに力を入れている人というのも事実。

うん。嘘はない。


「ラングレード辺境伯領は魔獣も多く、冒険者とも馴染みのある土地だ。冒険者と交流もあろう」

その言い方は、ゴルダさんがお父様と元々の知り合いだったみたいに聞こえる。

実はうちの領地に来たことなくて、行ってみようって盛り上がってたんだけどね。




「かの方が保護していた令嬢に、何事かがあったと疑うのは、かの方の矜持を傷つけることにもなろう」

おおお、ゴルダさんが「かの方」になっちゃったよ!

なんかすげえ人みたいに言われてるけど、ちょっとゴルダさんどういうこと?


とはいえ、つまり陛下は私の潔白をこの場で決定づけてくださってるんだよ。


以後、この件で私を非難することは出来ないように。

下手な噂すら広まらないように、傷ひとつも残さないように。


私のために、堂々とこの場の皆を騙しきってくれている陛下。

思わず感謝の眼差しを向けたら、ふとこちらを見て、微笑んでくれた。

ナイスミドルの微笑みだぜ!




私もにっこり笑顔を向けた。精一杯のアリスティナちゃんスマイルだよ!

そしたらなぜか、陛下の隣のライル殿下が横を向いた。

おいこら、どういうことだ。

私の笑顔は見る価値がないってか! ああん?(しゃくれ顎風に)




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