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プロローグ

初投稿です


不幸な少女の話をいたしましょう。


彼女は本来なら、とても幸福な少女でした。

おっとりしつつも朗らかな母。鍛え上げた立派な体格だが、穏やかで理知的な父。


特に父は、辺境伯という他国と国境を接する地域で、武の重責を担う立派な人で。

それでいて少女の小さな疑問に、わかりやすく丁寧に何でも教えてくれる、知識人でもありました。


少女には、物心がついた幼い頃から、多くの家庭教師がつけられました。

礼儀作法や魔力の扱い、魔法学に語学に算学、歴史、薬学、魔獣についての知識。

辺境伯の後継者としてたくさんの勉強をしていました。


少女も知識が増えることが楽しく、せっせと勉強をしていました。


魔力も豊富で知識欲も旺盛。

勉強ははかどりましたが、戦闘用の魔法が出来ませんでした。

でも彼女はまだ幼い少女です。

無理に戦うための魔法を教える必要もないと、周りの大人も判断していました。




あるとき領地を接する他国が後継者争いを起こしました。

王家の他の王子たちを陥れ、後継者になった王太子がいました。

陥れた理由のひとつに、王子のひとりが少女のいる辺境伯領と国をまたいで内通していたという、でっち上げがありました。

その王太子は自分の正当性のため、少女の父の領地に攻め込みました。


少女の領地は流行病で弱っていたものの、小競り合いは少女の父が勝ちました。

ですが戦争に駆り出された父を助けようとして、領内の問題に奔走していた母が、その流行病で亡くなりました。


後継者になれるものが少女独りのまま、妻を亡くしたことで、再婚話が持ち上がりました。

隣国は小競り合いで敗れたあと、本格的な戦争の準備をしているそうです。

戦争となれば国の支援も受けられます。

とはいえ領地に有益な縁談があれば望ましいところ。


折良く裕福な新興貴族の娘が、嫁いだ先の商家で夫を亡くして戻っていました。

互いの条件が合ったため、再婚することになりました。

家同士の様々な話し合いの末に、資金や物資の支援も絡んだ婚姻が成立しました。

その新しい妻は、少女と同じ年の女の子を連れて嫁いできました。




さて、不幸な少女の話の先が見えたでしょうか。


そうです。その後妻がとんでもない人だったのです。


領地で父と一緒だった頃は、良き妻、良き母と見えました。

戦争のため、王都の邸宅に母と娘二人が避難した当初も、辺境伯家の者が家を取り仕切っている間は、良い母でした。


やがて戦争が本格的になり、父の助けになるようにと、辺境伯家の主な家臣を領地に送ってからのことです。

自分が連れてきた使用人が圧倒的多数になると、本性を見せました。




少女の部屋には、魔法で閉じられた金庫がありました。

そこには辺境伯家の女主人の証となる、アクセサリー一式がありました。

魔宝石をふんだんに使った、美しくも強い力を持つ宝飾品です。


母が死の間際、少女に託したものでした。

義母が嫁いできたとき、女主人の証は既に、少女に受け継がれていることは明かされていました。

しかし義母は、そのときから不満に思っていたようです。


義母は少女に、女主人の証を自分に渡すよう迫りました。

少女は拒否しました。

もし誰かに渡すならば、義母が男子を産み、その子が成長して後継者となってから渡すべきだと。

父からそう言われていたからです。


義母は少女の食事を抜いたり、折檻をしました。

そしてそれは次第にエスカレートしました。

辺境伯家の従来の使用人は止めに入りましたが、その人々は解雇されて屋敷から放逐されてしまいます。


少女は物置で寝起きさせられ、元の部屋は義母の娘の部屋になりました。

衣類は使用人が着るような簡素なもの。

自分で自分の世話も、しなければなりません。


そして折檻をされ、食事も与えられず、手当てもされず。

物置に放置されました。

さらには物置に、外から鍵をかけられ完全に閉じ込められてしまいました。




さてさて、ここで、この世界の昔話を紹介しましょう。

それは「来訪者と贈り人」という総称で知られる、地域ごとの様々な伝承です。

共通しているのは、魔力が高い人が絶望の底で死の間際となったときに、別の人格が生まれるというものです。


別の人格は、復讐に走るような過激なときもあれば、周囲に良い影響を与えるものもありました。

復讐や破滅をもたらす別人格は「来訪者」、良い影響を与える別人格は「贈り人」と呼ばれました。


さあ、長い話はそろそろ終わりです。

つまり何が言いたいかというと。




ヘッドライトを浴びて、大型車が突っ込んできたときに死んだであろう、日本育ちの三十代だった私が。

今まで語った少女の記憶を持って、痛む体で冷たい石の床に寝転がっているというこの状況。


『これが異世界転生ってやつかー』

ぽつりと日本語で呟く声も、少女のか細い声。

腹からの大声で笑ったり話したりする、少しおっさんが入っていた私の声ではありません。


痛む体で手を上げてみると、小さな子供の手であろう細い指。


つまりこの記憶の少女、アリスティナ・ラングレード辺境伯家令嬢は高魔力であり。

虐待で絶望して、怪我のまま放置され、空腹で死の間際となり、私が呼び覚まされちゃったわけですね。


『…っこいしょっっとお!』


なんとか気合いで身を起こす。

痛む体で怠重いのに動くためには、気合いが必要なのだ。

言葉はおっさんだが少女っぽい声が自分の耳に少し気まずい。


『まず必要なのは水と食べ物とポーション。戸棚や物入れを漁りまくるぜ!』

なんせ虐待されてはいるが、自分の家なのだ。

必要物資は遠慮なく手に入れるべし。

昔のRPGのごとく、行動をしてやるぜ!




貴族少女の記憶では、食べ物のありかなど見当もつかない。

だが要は、厨房を探せば食料はあるはずだ。


ポーションは、怪我などの危険が多い場所に常備されていると聞いた。

つまり火傷など怪我の心配がある厨房には、置いてあるだろう。




夜なのか周囲は暗いが、試しに体内魔力を目に集めれば、暗くてもはっきり部屋の中が見えた。

すごいね魔力! 日本人的にはテンション上がるぜ!


家庭教師からは、魔法はイメージが大事と教わった。

なので明確にイメージすれば暗視ゴーグルいらずなのです。

ちなみに物置というのは納戸のようなもので、窓はない。


扉は鍵がかかっているけど、これも解錠の魔法をイメージすれば、カチリと手応えがあった。


マジですごいな魔法。




音を立てないよう注意して扉を開ければ、しんと静まりかえった廊下。

真夜中なのだろう。ざわめきなんかもない。


そろそろと移動し、食堂から続く扉のさらに先へ。


厨房を発見し、まず湯を沸かす。

薪で煮炊きするのではなく、魔力コンロというものがあるのだ。

魔石は抜いてあるが、指を突っ込んで魔力を通せば使えた。

つまり火を使っている間は片手が使えないが、まあヨシ。




まず湯を沸かすのは、空腹はともかく喉の渇きがヤバいからだ。

人間、多少食事事情が悪くてもある程度は生き延びられる。

だが水分はヤバい。脱水症状になる。というか既に怠い。


じゃあさっさと水飲めと言われそうだが、真水は危険な予感がする。

体調が悪いのに、水にあたるとマズイよね。


沸騰をさせて、戸棚のカップに少しとって、冷まして飲む。

指先から魔力で温度を下げれないかやってみると、意外といけた。

魔法はイメージが大事というが、真冬の気温を想像してみて、それをカップに浸透させるイメージでいけた。


暖かい気温なので、冷たい水がおいしい。ごくごく飲んじゃう!

出来れば経口補水液を作りたいが、まず水分摂取してから、物を漁ろうと思う。




水分補給を終え、戸棚や収納庫などを、静かにあれこれ漁る。

大きな音を立てないように気をつけながら、スープを作ってみた。

野菜らしき物を細かく刻み、パンを浸して煮込んでパン粥っぽくしてみた。


なにせ、ろくに物を食べておらず、胃に優しいものでないとリバースの可能性が高いので。


地球と違う食材はよくわからないが、とにかく火を通せば食えるだろう!

味はミルク系でごまかせ!

たまに最悪になるときもあるがな。


ちなみにポーションも見つけて飲んだ。

ポーションではお腹は減ったままだった。

ヒットポイント全回復とはいかないらしい。

まあ、体の痛みが消えたのでヨシ。




さて、このアリスティナちゃんは空間魔法も使えてしまう。

教わった魔法しか使えないが、魔法の家庭教師は空間魔法が得意だったのです。


自分の得意分野は、教え子には特に学んで欲しいものだったらしい。

熱心だった。


九歳のアリスティナちゃんが、ついに魔法空間で物を収納できるようになったとき、家庭教師は感激で泣いた。

高度な魔法らしいですよ。アリスティナちゃんすごい! 天才!


家庭教師たちは一緒に王都に来たものの、辺境伯領の主な使用人がいなくなってすぐ、義母に解雇されたわけだが。


つまりは魔法の空間に、鍋ごとパン粥や湯冷ましが保存できてしまうのです!

ヤッタネ!


他にも調味料とか調理器具、食器や食材を魔法空間に突っ込んだ。


明日の朝に困る人が出る? 知るか!

九歳の少女を虐待して平気な母娘とその使用人だ。困っとけ!




パン粥がお腹におさまったあとに食べる普通の食事も調理して、空間にポイ。

あと沸騰した湯を直後に鍋ごと空間にポイ。


アリスティナちゃんの知識的に、これで金策できるはずと思うのよ。


さらにリネン室で毛布やシーツなどを色々と漁り、裁縫道具を探し当て、

物入れから袋やら瓶やら箱やら、今後使えそうな物をポイポイと収納して。


物置に戻り、誰も入れないように入り口のドアを固定した。

そして、ゆっくりとパン粥を食べた。


まずくはなかったよ。よかった。


湯冷ましに蜂蜜と塩を入れてグルグルして、なんちゃって経口補水液を飲んだ。

で、毛布にくるまっておやすみなさい!


ちなみに防音結界的なもの出来ないかなーと試したら出来た。

なのでその後、外で騒ぎがあったかどうかは知らない。


とにかく食って寝て体力回復をはかってみることにした、異世界第一日目なのでしたー。






最後までの話の流れは決まっています.


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