第7話 視線の先、声の先は俺じゃない
「何だって?」
「お断りしますと言ったんです。俺はアメノミカミと戦いたくないです。なんでそんな危ない存在に命懸けで戦わないといけないんです? アンナの為であってもまずは一緒に逃げますよ」
言ってしまった。いや、言えてしまった──。
この平衡感覚が失いそうなほどの緊張感。周りに味方がいないヒリついた空気。随分と懐かしい。前の世界に戻ったみたいだ。ここ一ヶ月半は本当に平和だったんだど思い知らされる。こんな空気は当たり前の中で生きてきたのが俺だった。
加えて正面のレインさんより、横から感じるサリアンさんの殺気の方が数倍濃厚で刃の形をして肌に突き刺してきているようだ。血でも付いてそうなぐらいヒリヒリする。
「……君も騎士の1人だろう? 国の為に戦うことは使命だと思わないか?」
「国の……ため……?」
そういえばそうだ。騎士という役職は言うなれば自衛隊のようなものだ。国を襲う問題が起きた時率先して解決に向かう素晴らしい人達。
ただその根底には大事な人や生まれ育った街を守りたいといった純粋で崇高な想いから来ているはずだ。
じゃあ俺はどうなんだ? この国で生まれた訳でも無い。それでこの国で何をされた?
最低価格の価値を付けられ無様な見世物と成り果て、「100キラ」という数字を見る度に今も心臓が嫌な風に高鳴る。
馬鹿みたいだがあの時よりも力がある今でも昨日のことのように思い浮かんでしまう。忘れるに忘れられない。
それに、騎士団トップクラスの人達に囲われ尋問された。その目的も確実に暴走させるための作戦でレクスを呼び起こすためだった。何かが違えば俺は俺の意識が無いまま死んでいたかもしれない。偽物とは言えアンナのレポートを破いてアンナに酷い表情をさせたのは許せる気がしてない。
そして、王より問答無用で生と死の選択を迫られた。
俺は……あの時……一度自分の命を捨てた。まぎれもなく自分の意思で生をあきらめた。結果として運良く拾えたけれど、大事な何かは失ったような気がした。
「違いますよレインさん。俺の主はアンナ・クリスティナだけ国は二の次三の次。アンナ以外の別の何かの為に刃を振るうことはまるで考えられません。どんな立場の人間の言葉であろうとアンナの言葉以上に優先すべきことはありません」
アンナの為ならいくらでも力を貸したいし命を賭けたっていい気持ちにもなれる。絶望の淵から救ってくれた、一緒に食事をしてくれた、住む場所を与えてくれた、役目を与えてくれた。
この首輪のように刻まれた呪印は俺の誇りでもある。アンナがくれた消せない最初の贈り物。
俺が手にした力は彼女の為に使ってこそ、見知らぬ誰かの為に使う気にはなれない。
「あんたねえ……色々してあげた恩を忘れたっていうの?」
確かに世話になったのかもしれない、鍛えてくれたかもしれない、力の使い方を学ばせてくれたのかもしれない。
だが何故だろう、恩義や感謝がまるで湧いてこないのは?
いや、わかってる。俺が望んで調査部隊に踏み込んだ訳じゃないからだ。鍛えてくれた理由も、破魔斧の力を調べるための対価に過ぎなくて。別に俺自身に興味があるわけじゃない。益を求める善意が透けて見えていた。
互いに得があるだけの仕事だけの関係だから、情なんて殆ど無い。
「俺が破魔斧を手にして穏やかに過ごしてるだけで十分恩返しできてると思いますよ。それに、未来の糧になる情報も提供しているじゃないですか。貯め込まれた宝箱を何個開けたと思ってるんですか?」
「あんたねえっ……!」
「落ち着けサリアン。ソレイユが不在でソルが不調な今、その穴を埋められる力がレクスしかない。レクスの能力を使えばアメノミカミを確実に仕留められる。背後に潜む巨悪に牙が届くかもしれないんだ!」
俺は今まで誰にも期待されてこなかった。だからわかる。わかってしまう。
戦って欲しいなんて言葉を発しているが、レインさん達の言葉は一切俺に向けられていない。瞳は俺に向けられていても、俺を見ていない。
俺が持っている『破魔斧レクス』だけに期待している。なんなら霊魂レクスと切り替わった俺が戦ってくれることを望んでいるのだろう。
「力がある者の責務ではないか? その力を国の為に役立ててはくれぬか?」
国の為? 何が国の為。まるで俺がこの国にされたことは栄誉なことみたいな物言いじゃないか? 全てが冗談で済んだ話みたいじゃないか? 終わってないし消えてない!
悔しさが溢れて拳を握る力が強くなる。叩きつけたくなるぐらいに感情が昂る。
「なんで生まれた国でもない! 物として売られて生き恥を晒し! 剣を向けられて! 投獄されて! 物みたいに生死の選択を強要された国の為に命を賭けるような真似をしなくちゃいけないんですか!? おかしいでしょ!? 顔も名前も知らない大多数を盾にして動かそうとするなよ!?」
俺はそこまでお人好しじゃない……!
ずっと確信めいた考えが頭の中にあった。
もしも俺か破魔斧。どちらか助けられない状況が起きた時。レインさん達は必ず破魔斧を回収し俺を見捨てるだろうと。
俺の価値は破魔斧があってこそ。
「それは……」
「はいはい!! 少し落ち着きなさい! レインも氷使いなのに熱くなるのはおかしいわよ。これ以上は悪くなりそうだから解散よ、か・い・さ・ん! 行くわよテツオ!」
「えっ、あっ! ちょっと!?」
キャミルさんに腕を掴まれ部屋を連れ出される。細腕でも絶対に放さないという意思を感じるほど腕の力は強い。でも、この場から離れられるならと、素直に流されていく。
足早にどんどんと重苦しい空気が離れていく。放った言葉は二度と飲み込めない。けれど、口に出さなければ誰の心にも届かない。鼻の奥がツンとして溢れた感情を抑え込むような痛みが響く。
「ふぅ……ここらで休憩するわよ」
雨の降り頻る訓練場を一望できる廊下の途中。
周りの音が耳に届かないぐらい凄まじく心臓がドキドキする。この脈動は連れられて疲れたからではない、上司に逆らったからだ。絶対に怒ってるだろうなぁ……という一部の小心者の自分。でも、謝って撤回する気は毛頭無い。
それすなわち戦うことを意味しているから。
「……キャミルさんは何も言わないんですね」
けれどどうしても不安というのが付きまとう。救いの言葉が欲しかったのか、批判の言葉で止めを刺して欲しいのかわからない。連れ出してくれた理由が知りたかったのか。
一番何か言いそうな人が何も言わなかったのが気になってしょうがなかった。
「言いたいことなんて無かったもの。テツオの言ってることも間違ってない、レインも焦りすぎて正しく物事を判断できてないから逃げるのが正解。だいたいあんな化け物にまともな戦闘経験させてないテツオを参戦させること自体が間違ってるのよ。相性が良くても嬲り殺されるのがオチね」
あっけらかんといつもの調子で答えてくれる。
その言葉が妙に嬉しくて安心して体の力が抜けてしまった。
「だけど、レインの気持ちも知っておくべきね。付き合いも長いし情けない隊長の印象ばかりじゃ不公平だし」
「知ったところで気持ちは変わりませんよ?」
ただ焦りという言葉は気になる。思えば妙な必死さも感じられた。
でも、俺が破魔斧を手にしてこの国にいるなんて状況は想像できる訳がない、アメノミカミを迎撃する際には俺抜きで作戦が組み上がっていたはず。俺がいなくても問題無いに決まっている。何せ十年という期間があったのだから。
「知った程度で変わる意思じゃないでしょ? でも、話すのはここじゃない。全てが始まったあの場所がいいわ」
「あの場所ってまさか……?」
「そう、アメノミカミが出現したレーゲン地区へね」
まだ俺は知らない。どんな傷跡を残したのかどれほどの強さを持った存在だったのか。百聞は一見にしかず。それを身を持って体験することになるだろうと確信があった。
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