第8話 雨の跡地、悪意の残滓
6月7日 太陽の日 10時00分 レーゲン地区大通り
平日の朝だというのにあまりにも人がいない。雨だから外に出ていないなんてこともいい訳にならないほど静かで人の営みというのが感じられない。そもそも建物が無い。
今歩いている大通りは馬車道と歩道と区分されているのにも関わらず、歩道の外側には建物も無く低木や草地が広がるばかりで道で王都近くとは思えない寂しさ。
平に整地されて綺麗な石畳の大通りが絵画のお手本みたいに消失点になるまで遮る何かがない。
「ここは昔お店や宿泊所が並んでいて昼も夜もにぎやかな場所だったんだけどね、アメノミカミ襲来時に殆どが破壊されて再建されないまま更地になってるのよ」
「十年間何も起きなかったのに、その間何も無かったんですかですか?」
「皆あの時の恐怖が消えていないのよ。最初の数年は瓦礫の撤去作業や道路の修繕作業に追われて、それが終わって「さあ何か建てるぞ」となっても誰もその土地に住みたがらなかった。なにせ何十年と並んでいた商店街がたった数時間で何もなくなったのよ。再起する心は雨を見るたびに消えていったんでしょうね」
淡々と話す言葉に視線の先には当時の光景を追いかけているようだった。
言われなければ気付けなければわからない。当時を思い出させるような跡は自然に飲み込まれて隠れてしまっていた。
「目的地はまだ先よ……こういう観光案内は趣味じゃないんだけどね」
普段とは違う寂しげな言葉。普段の淡々とした様子と違うので少し緊張が走る。
俺が今立っている場所、目の前の光景。ここは十年前の戦いの終着点だとするならば、この先はもっと激しい傷跡が残されているだろうか?
そう考えながらキャミルさんの後に付いて歩を進め門から徐々に離れていくと――
「……あれ?」
違和感。歩く道は何も変わらない石畳の道。
だがほんの些細な色違いや形違いが絶妙な気持ち悪さを生み出している。ここからは別人が新たに作り上げたかのように道が若返った。いや、未熟に組み上げられたとしかいいようがないぐらい順応していない。
何故を問うまでもなく頭に浮かぶ。石畳が抉れるような激戦がここから先で行われたということ。
「気付いたのね。ここが悲劇の場所と言っても過言ではないわ。そして、錬金術の汚点を隠した場所でもある」
「その言い方……アメノミカミとは違うんですか?」
アメノミカミなら汚点だと隠す必要は無い。奴との激戦で道が傷ついた……きずついた……?
──何か変だ。苛烈な争いがあったにしても不自然すぎる。今いるここが被害の有無の境界線、これは道の外側にまで伸びていく。これはわかる。だけど縦の変化、道の色の変化はどこまで続いているんだ? ここからどこまで新しい道を作り直したんだ?
それに周囲の木々も低めで草地も疎ら……明らかに他と比べて遅い。いや荒野に近い。まるで毒を撒いたかのように大地そのものにダメージが負っているみたいだ。
「この傷跡はアメノミカミが作りだしたものじゃない。ライトニア王国の錬金術士がアメノミカミを滅するために危険な道具を使用した結果がここにある。大きな力に負けじと大きな力をぶつけたことでこの周囲一帯は吹き飛び焦土と化したのよ」
「えっ? …………この、この広い範囲を?」
王都の中心地、それぐらいの広さは焼かれたということ。キャミルさんの言葉を正しく飲み込むならば、雨の中の戦いで水の塊の相手がいながらも焼いたということになる。
どれだけえげつない火力を有していたんだ?
「それはソルが起こしたんじゃないんですか?」
「違うわよ。私もなんて名前の道具かは知らないけど、爆弾だったのは確か。黒い炎が球体になって爆ぜたのを覚えてる。遠く離れていても熱風と衝撃波が届いた。それでも仕留めきれず再生して侵攻してきたのをソルの熱線によって蒸発し尽くした。というのが戦いの終末。本当に酷い光景だったわ。アメノミカミよりもあの道具の方が被害をもたらしたと言えるわね」
そんな爆弾まで存在しているのか……俺の知っている炎の爆弾、フェルダンとは威力の桁が違う。錬金術で到達してはいけない技術なんじゃないか?
「でも、誰も口にできない。この国の殆どは錬金術士は崇高な存在だと信じているから、もしもこの国の錬金術士のせいで惨状を作り上げたのだとしたら、国民の支持は消えるでしょうね。だからこそ全てをアメノミカミに押し付けた。奴にも責任があるのは事実だけれど、正しい歴史は消されてしまった」
「そんなこと俺に教えていいんですか……?」
聞いてはいけないような話を唐突に伝えられてしまう。思わず周りを思わず見渡してしまったけど誰もいないから安心した。この会話を他の騎士団に聞かれたら連行されて思想教育で軟禁されかねないんじゃないか? いや、流石にそこまでの国じゃない……ないよな?
「違うわ。私のワガママで話したかったのよ、勝者の特権とばかりに事実を隠蔽するなんて気に入らないのよ。おかげで監視がついてたこともあったし……私の勝手だけど胸の奥に溜まってた毒をようやく吐き出せたわ」
「俺をゴミ箱みたいな扱いするなんて」
「それについてはごめん。でも……やっと誰かに話せてすっきりした! 誰かの為に都合よく書き換えられた歴史なんて趣味じゃないのよ。さてと……もう少し先ね」
進むたびに話が重くなっていく。今度は何だ? 実は国の大臣が犯人でしたとか、お偉い錬金術士の自作自演だとか、内なる私が犯人とか言わないよな?
まあ、流石にこれらは馬鹿馬鹿しい妄想のはずだ。実際はもっとつまらない結果だろう。
このまま道を進んでいくと……。
「道から逸れてますよ?」
「こっちであってる。それによく見て、ここにも道があったのよ。そしてこの先は住宅地で目的地だから──」
大通りから左に外れ、足元をよく見ると土や草で覆われているが斑点模様みたいに石畳を組み合わせた道がささやかに主張していた。
この先が住宅街と聞かされても周囲は塀だけが生き残って肝心な家は無くなっている。それでも歩みを進めると被害も緩やかとなり建物が見え始める……だが、どの家も死んでいる。住む者がいなくなった家が何件も並ぶ現実に思わず口を覆ってしまう。
雨が伝う壁がまるで涙の跡のようにみえてしまう。
「まるでゴーストタウンみたいだ……」
半壊した豪邸、柵や塀が吹き飛び瓦礫と化し、残された庭木は整えられることを忘れありのままに成長していた。そんな人が住めなくなった家が何軒も並んでいる。
「この辺りにもう住んでいる人はいないわ。他の地区や王都に移ったりしてるから亡くなって消えた訳じゃないから安心していいわよ」
「そう信じますよ……」
門を出て大通り歩いた。その途中で一つも住宅は無かった。でもそれは……工事で撤去されたんじゃなくて跡形も無くなった証明じゃないのか?
最悪の想像は簡単にできる。今目の前にある半壊した豪邸はギリギリ爆発に巻き込まれなかった。もしもここより大通り側の住民が家に籠って避難していなかったら?
いや、止めよう。終わったことを酷い形で妄想するのは。
「ここが目的地。雨宿りぐらいはできるだろうから入るわよ」
「この家がですか? 不法侵入で怒られませんか?」
「言わなきゃ怒られないわ」
キャミルさんはどうどうと足を踏み入れていく。なにせ他者を退ける門なんてないのだから簡単だ。その錆び付いた成れの果ては庭に乱雑に伏していた。
不法侵入だと内心躊躇してしまうが、仮に門が機能してようともこの家は人が住める状況じゃない。あらゆる物が酷く崩壊している。燃やされた跡や窓ガラスや壁も何かで叩きつけられて壊れた跡が多い。
妙だ……爆風や戦闘の影響が及んだにしても、ここより大通り側の家よりも圧倒的に被害が大きい。ピンポイントにここだけが狙われたみたいだ。
その理由は偶然ではなく必然だとしたら? そもそもここは誰の家だ!? 急いでネームプレートを探してみると運良く無事だったので読んでみると──
「え~と……ローズ。ローズさんの家だっ……た? え、確かレインさんの家名は――」
その名を理解してしまった瞬間脳を凍らせるような寒気が走った。
「そう、レイン・ローズ。ここはレインが住んでいた家よ」
どういうことだ!? ここには明確な悪意や敵意によって傷つけられた跡が色濃く残っている。でもレインさんは調査部隊の隊長。こんなことされるような……いや、これは十年前の傷跡。でも、それだと矛盾しないか?
理由はわからないがこの惨状はつまりライトニア王国民の敵意が具現化したものと考えられる。
でもそんな国民から敵意を向けられた人間が騎士団の隊長になれるのか? いや、無理だ。騎士は国の為に戦う。レインさんもそう言っていた。
国民から支持されないような人が騎士になって隊長になれるわけがない。
「良い顔してるわよ。連れてきた甲斐があったというものね。ここから話すのは王殺害未遂と国宝強奪の疑いを掛けられ、今も尚地下に投獄されている男。ガイア・ローズに付いて」
「まさか……!?」
「ええ、レインの父親よ――」
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