83.サミュエルとブライアン
ブライアンが魔法科の食堂で遅めの昼食をとっているとサミュエルが姿を現した。
彼は何の挨拶もなく、ブライアンのテーブルに座る。
「アリシアなら今日は休みだぞ?」
「知っている。アリシアは家のごたごたで忙しい。出席日数を気にしていたよ」
サミュエルはもう昼食を済ませているようで、コーヒーを飲んでいる。
ブライアンが肉をほおばりながら口を開く。
「魔法騎士科も何人か退学になって、普通科のマリアベルの取り巻きたちも学校を辞めたんだろう?」
「どの家も信用を無くして立ち行かなくなって、取り潰しや没落の憂き目にあったらしい。普通科は王妃派閥の三分の一の生徒が辞めたそうだ」
「サミュエルは相変わらず耳が早い。しかし、この学園腐ってやがる。学園長は大丈夫なのか?」
「膿をだし切ってから、辞任すると言っている」
ブライアンはサミュエルの話に相槌を打ちながら、肉を飲みこんだ。
「で、例のものは本物だったのか?」
「ああ、これか?」
サミュエルが魔石のはめ込まれた短剣をテーブルに無造作に放る。
「うわっ、サミュエル、投げんなよ! 危ないなあ。これ見るからにやばい代物じゃないか」
「アリシアのアミュレットが無ければ、一発で仕留められていたよ。母もよく魔族殺しの宝剣が伝えられている家に嫁いだものだ」
サミュエルの言葉に、ブライアンが苦い表情をする。
「僕たちのことを魔族だなどとたわけた名で呼んでいるが、奴らの方がよほど恐ろしいじゃないか」
「まあ、これは君に渡しておくよ」
「ううん、僕もいらないけれど、母がしかるべきところに預けるだろう。で、アダムとカーティスは殺し合いになったんだろ? 君は何度もアダムに殺されかけたのに、なんで止めたの? カーティスだって、君を見殺しにしようとしただろ?」
表情を険しくするブライアンに、サミュエルは軽く肩をすくめる。
「ブライアン、俺のこと性格がいいとか勘違いしている?」
「サミュエルは基本いい奴だと思っている。だが、暗黒面を持っているのも事実だ。で、どうして、あいつらを生かしたのさ?」
「社会的制裁を受けさせたかったんだよ。どのみちアダムは処刑だろ。まあ、永遠に強制労働ってのも俺の中ではありかな」
「確かに簡単に許せるものでもないよな。母上にそう伝えておく。それで留飲を下げてくれると信じて」
そう言うとブライアンは紅茶を一気に飲み干して再び口を開く。
「ロスナー公爵になった気分はどう?」
「最悪。親戚どもはロスナー家の掟がどうのと煩いし、非難囂々で面倒くさい事ばっかり。またアリシアと自由に旅がしたい」
ブライアンが声をあげて笑う。
「じゃあ、なんだって君はロスナー公爵家を継ぐことにしたんだ? なんなら腹違いの弟たちや煩わしい親戚とかに押し付けてもよかったんじゃないか。そうすれば外からも内からも簒奪者なんて陰口をたたかれることもなかった」
「は? 御冗談を。絶対に譲らないよ。まあ、元義母にはきっちり財産分与して、今後味方になってもらうことに決まったけどな」
「まったく、いとこ殿は抜かりのないことで」
ブライアンが肩をすくめる。
「アリシアを守るためには権力がいる。そうだな、親戚全員黙らせて、いざという時国王を仕留められるだけの権力が欲しい」
それを聞いたブライアンが顔を引きつらせ、小声でまくしたてる。
「こっわ! 重すぎだろ。こんな場所でさらりと言うなよ。ってか、僕を国際問題に巻き込まないでくれる? これでも隣国の筆頭公爵家の息子なんだけど?」
「ブライアンだってきっとそうだ。それが俺たちに流れている血だろ」
ブライアンが上目遣いにサミュエルを見る。
「で、サミュエルはアリシアに言ったのか? 魔族の血が流れているって?」
「魔族の血が流れているかも的なことは伝えたよ。人との交配でだいぶ血は薄まっているからね」
「え? それって伝えたことになるの?」
ブライアンが心配そうに眉尻を下げる。
「アリシアは、俺の金色に縦に裂けた瞳孔を誇り高くて美しいと言ってくれた」
それを聞いたブライアンが、目を真ん丸に開く。
「力を直接見せたのかよ! 君は先祖返りしているからな。まあ、アリシアもちょっと変わっているから、お似合いだな。でも気づかなかったなあ」
「何が?」
「君たちが一緒に逃避行するほど、仲がいいとは」
「いいや、俺は父とアダムに騙されて、出頭するところだった。ところがアリシアが連れて逃げてくれって必死に頼むんだ」
「へえ、意外。あの頃のアリシアって、サミュエルのことそんなに頼りにしていたんだ」
ブライアンが不思議そうに首を傾げる。
「俺もちょっとというか、だいぶ嬉しかったから、浮かれてすぐ連れて逃げたけど。妙に引っかかってね。この間、聞いてみたんだ」
「サミュエル、君がモテるのは知っている。のろけだったら怒るよ?」
ブライアンがそう言って、眉間にしわを寄せる。
「そんな色っぽい話じゃないよ。むしろ怪談だね。アリシアが下町の東地区にある救護院で手伝いをしているときに、占い師だと名乗る老婆がけがをして運ばれて来たんだ」
「怪しいなあ。アリシアは占ってもらったのか?」
ブライアンが身を乗り出してくる。
「頼みもしないのに、いきなり予言を始めて、アミュレット盗んで消えたと言っていた」
「サミュエル、どこが怪談なんだ? それすりだろ?」
「老婆は、『あんたのもとに今夜ある人物が訪ねてくる。その人物の心をなんとか開かせて、一緒に逃げな。でなければ、嬢ちゃんもその人物も無残な死に方をする。まあ、その人物に嬢ちゃんがたいして思い入れがないのなら、一人で逃げるがいい。今よりましな死に方ができる』と言ったらしい」
「……それって、当たっているなあ。君は出頭する気でいたんだから」
「ああ、アダムと父の罠だとも知らずね。で、その後老婆は比喩ではなく、本当に消えたらしい」
「はあ? 俺その手の話し苦手なんだけど」
「で、アリシアが修道女に老婆が消えたって話したら、別名『バンシー』と呼ばれていると答えたそうだ」
ブライアンがぶるりと震える。
「やっぱり、下町の東地区はやばい地域だよな。魔法道具屋が多いせいか、妙な雰囲気がただよっている」
「俺もそう思う」
「とりあえず、そのバンシーとやらには礼をしなくていいのか?」
「アリシアは出て行けと言われたらしい」
「何とも不思議な話だな。怖すぎて検証する気にはなれないけど。まあ、あれだ。サミュエルは今まで結構な確率で死にかけたが、アリシアといれば大丈夫な気がする。マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになるから、運命も一緒じゃないか?」
とたんにサミュエルが眉根を寄せる。
「ブライアン、どういう慰め方だよ」
「元が不幸だったんだ。二人で幸せになれよ。僕は全力で祝福する」
ブライアンはそう言ってひらひらと手を振った。