8.三話 魔法の鏡②
「あなたのことは品行方正な生徒だってありのまま報告している」
「ありがとうございます」
「で、それを踏まえて、私と今度時計塔の鏡を見に行かない? あなたも自分の未来を知りたいでしょ?」
アリシアは目まぐるしく頭を働かせ、たどり着いた答えを口にした。
「それは、私が殿下を疑っているということになりませんか」
目の前のフランは盛大なため息をついた。
「頭がかたいのねえ、マリアベルと殿下のことは学園中の噂よ。あなたも知っているでしょ? リリーとか聞こえよがしに言っているじゃない」
それを最上級生のフランが知っていることがショックだった。
「それは、王妃陛下の耳にも……」
「残念ながら、あなたを監視する生徒は私一人ではない。誰かは知らないけれど同じクラスにもいるはずよ。少なくともあなたは成績優秀でまじめだけれど、ご友人たちに侮られているという噂はお耳に入っていると思うわ」
アリシアは絶望的な気分になった。
さっきまで苦しくなるほど恥ずかしかったのに、今は傷つき過ぎて何も感じない。
「考えさせてください」
「一週間後の午前二時十五分前にあなたの部屋を三回ノックする。出てこなければ諦めるわ。あんな義妹がいて、あなたも辛いわね。私だったら家出しているかも」
そう言って、フランは席を立った。
フランの言葉はアリシアの心に深く刺さった。
今までどこかでマリアベルのことを悪い子だと考えてはいけないと思っていた。
フランから見たマリアベルは嫌な存在なのだろうか。
しかし、リリーたちはアリシアではなく、マリアベルを選んだ。そしてジョシュアも……。
それからの一週間、時計台の鏡のことがアリシアの頭から離れなかった。
最初は行く気などなかったが、ここの所ずっとジョシュアを見かけていない。
学園へは来ているようだが、ジョシュアと顔を合わせることはなく、アリシアの不安はさらに募る。
アリシアがジョシュアを慕っていても、きっとジョシュアの心にはアリシアはいないのだろう。
素直で愛らしい顔立ちのマリアベルと一緒にいたほうが楽しいはずだ。
いよいよ期限の一週間がきた。
アリシアが今夜のことに頭をなやませつつ廊下を歩いていると、マリアベルに声をかけられた。
「お義姉さま!」
彼女の声を聴くだけで、気持ちがずんと沈む。
本当は同じ年のくせにと白々しく感じる。
わかっている、マリアベルを嫌うべきではないと。いまアリシアが侮られているのは、彼女の陰気で気弱な性格のせいだ。
決して明るく社交的なマリアベルのせいではない。
「どうかしたの? マリアベル」
つとめて平静を装って返事をする。
「お姉さま、殿下から、伝言があってきました。今度の日曜日一緒に王宮で午後のお茶会をしましょうですって」
「ほんと?」
アリシアの口元はつい緩んでしまう。
久しぶりのお誘いだ。
なぜ、マリアベルを通して……という疑念にはふたをする。
しかし、マリアベルの次の台詞でアリシアは凍り付く。
「何を着ていったらいいのかしら。私、王宮で殿下とお茶会ってはじめてだから、服装がわからないのよね。デイドレスでいいの?」
「……誘われたのは、あなたなの?」
アリシアに言われて、マリアベルはびっくりしたように目を見開く。
「違うわ。お義姉様のついでですって、ふふふ。ジョシュア様が王宮庭園を案内してくださるそうよ」
歌うようにマリアベルは答え、楽し気に笑い声をあげる。
アリシアは茶会の時に王宮を案内されたことなどない。しかも今マリアベルは「殿下」ではなく「ジョシュア様」と言った。
胸騒ぎがする。
アリシアが彼らと会うことから逃げている間に、事態はさらに悪化してしまったようだ。
嫌なことから逃げて出してしまう自分の気弱さがほとほと嫌気がさす。
そして、マリアベルの天真爛漫さをうらやましく思う。
(私は結局マリアベルがうらやましいんだ)
「そう、それは楽しみね。マリアベル、ドレスのことはお義母様にご相談するといいわ」
何とか微笑みを浮かべ、アリシアはそう答えた。
その日の晩は綺麗な満月でアリシアは窓から月が中空に差し掛かるのを一心に見つめていた。
――ドアが三回ノックされる。時計を見ると午前二時十五分前だった。