73.真実をその手に
「とぼけるな! 短絡的で最低最悪なシナリオだな。私がマリアベルと共謀して、毒殺未遂の事件を作り出し、お前に罪を擦り付けて処刑するなど、ありえない。私はそんな卑怯者ではない!」
「マリアベルと共謀? 」
首謀者はジョシュアだった。
彼はアリシアと婚約破棄ができる正当な理由が欲しかったのだ。
ただ、それだけのことで、ジョシュアはもっとも安易で残酷な方法をためらいもなく選んだ。
だが、ここでマリアベルの名前が出てくるとは思わなかった。
彼女がそこまで邪悪だとは考えもしなかったのだ。
アリシアは恐怖と心の痛みで体がすくみそうになったが踏みとどまり、毅然とした態度でジョシュアをみる。
「毒は誰がどうやって手に入れたのですか?」
「毒物など王宮にあふれている。適量ならばただの睡眠薬になると母上が手渡してくれた。いい加減にしろ、アリシア嬢。いや、アリシア、お望み通りお前と婚約破棄をしてやろう。このような魔法道具を作るなど、犯罪行為だ! 貴様は国家にあだなす危険人物。この件は国王陛下に報告する」
ジョシュアは蔑みの視線をアリシアに向ける。
「そんな悪魔的な魔法道具、私には作れません」
アリシアは静かな声で答えた。
すべての真実を知ったアリシアの胸に去来するものは、虚しさだった。
(冤罪で処刑されるほど憎まれ、慕っていたこの人に陥れられた。私は邪魔な道具……)
「いいや、お前は魔法道具作りの天才だと聞いた! いったい他に誰がこのような危険な魔鏡を作り出すというのだ。認めろ! そうすれば、今すぐ婚約を破棄してやる」
アリシアはジョシュアの卑劣さに吐き気を覚える。
ジョシュアはランタンを時計塔の上に掲げると、大声を張り上げた。
「聞いていただろ、サミュエル! アリシアは大罪人だ。今すぐ拘束してくれ!」
「殿下、お一人でいらっしゃったのではないのですか?」
アリシアの非難の声に、ジョシュアはせせら笑う。
「馬鹿な。私が供もつれずに一人で行動するわけがなかろう」
「そうですか、殿下はお約束を守れない方なのですね」
ふわりとランタンが一つ灯り階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
サミュエルの姿がランタンの明かりに浮かぶ。
「サミュエル、聞いただろ? この女は魔法道具を使って、王族である私に精神攻撃を仕掛けた反逆者だ。今すぐ捕らえろ」
「殿下。お言葉ですが、人をとらえるのにこの通路は狭すぎます」
サミュエルが困ったように答える。
「お前は体が大きいからな。サミュエル、ではこの国の王太子として命じる。あの女をとらえよ。うっかり塔の階段から落としてしまっても構わない。私が事故として処理する」
「はあ、魔法の鏡にひどい未来を見せられて、悪手を選んだな。何も言わずに飲み込んでしまえばよかったものを……」
サミュエルは前髪をかき上げ嘆息すると、上に向かって叫んだ。
「ブライアン! ミランダ! 学園長! 聞いていましたか」
すると上階から三つのランタンが次々にともるのが見えた。
「ど、どういうことだ! サミュエル、貴様は私を裏切ったのか?」
「いいえ、あなたが俺を見限ったのでしょう? 今更よく頼れたものですね」
サミュエルが軽く肩をすくめると、ジョシュアの顔が醜く歪む。
次の瞬間身を翻し、ジョシュアはサミュエルではなく、アリシアにつかみかかろうとした。
それをサミュエルが難なく、取り押さえる。
三つのランタンがゆっくりと降りてきた。
ブライアンにミランダ、そして学園長だ。
「そんなバカな。皆、この鏡を信じていると言うのか? こんな馬鹿げた話はない。学園長、あなたはどうなんだ!」
「この鏡は一人に一つだけ、未来を見せる」
「では国王陛下の前で鏡の力を証明してみせよ!」
学園長の言葉に納得できないジョシュアが叫ぶと、学園長は疲れたように言った。
「サミュエル、うるさいから、とりあえず下に運んでくれないか? 騎士と役人と、私の旧友が来ているから引き渡してくれ」
「はい、わかりました」
サミュエルは軽々と暴れるジョシュアを魔法で拘束して担いだ。
そしてアリシアを見る。
「アリシア、危ないから先に降りてくれ。彼は君に危害を加えるかもしれない」
「わかったわ」
アリシアはこの結果にやるせない気持ちでいた。
(殿下、マリアベル、王妃……、私が何をしたというの?)
気持ちを整理するために、陥れられないために、真相を知りたかった。
でもすっきりするはずの気持ちが澱み、沈んでいく。
その時、時計塔の一階から、突然眩しい光が広がった。
下には数人の騎士と、気品があり矍鑠とした老人が一人立っていた。
ジョシュアはその姿を見て、叫び声を上げた。
「そんなバカな!」
なぜなら老人が、田舎で隠居生活を送っているはずの前国王だったからだ。
一階に着くとサミュエルが騎士にジョシュアを引き渡した。
ジョシュアは前国王に向かって口を開く。
「お祖父様、まさか、あの魔法の鏡を信じているのですか?」
「あれは王家の秘宝だ」
それを聞いたジョシュアが一瞬ぽかんとする。
「は? なぜ王家の秘宝があのような場所に放置されてい
るのです?」
「あの場所で決まった日時にしか発動しないからだ。つまりこの時計塔自体が、魔法道具として機能している」
「ならば、塔を厳重に管理すべきでしょう!」
ジョシュアが吠える。
「魔法省で管理しています」
凛とした声が響き、ジョシュアのそばに一人の少女が立った。