70.学園生活再び②
ジョシュアは公務があると言っていたのにすぐに、アリシアのところにやって来た。それも魔法科の授業中に。
アリシアは教職員に呼び出された。
「この場合、私は早退扱いになるのでしょうか?」
即座にこう答えると、教職員はうろたえて、公務扱いにするから出席だと言った。
(全く授業中だっていうのに、これは権力の濫用)
アリシアが教室の外に出るとジョシュアが不機嫌そうに眉根を寄せていた。
「君、昼間の態度はどういうつもりだ?」
「まさか、そのことで授業中に私を呼び出したのですか?」
アリシアが非難するように言い返すと、ジョシュアがぎょっとした。
「いったいどうしてしまったんだ。君はもっと大人しくて」
「扱いやすかったですか?」
アリシアがジョシュアの続く言葉を引き取って答えると、彼は不機嫌そうに黙り込んだ。
「それで、用件はなんだ」
「学園の廊下で話すことでしょうか? 授業を受けている生徒に迷惑では?」
「わかった。では外へ出よう」
二人はぎすぎすした雰囲気の中、無言で廊下を歩きエントランスを抜けて外へ出た。
「君がウェルストン家の馬車を待たずに、ヴァルト伯爵のもとへいったせいで、母上は父上からお叱りを受けた」
「ウェルストン家は私のために馬車など出していません。それでどうして王妃陛下がお叱りをうけたのでしょう?」
甚だ疑問である。
「母上は君の教育担当だ。だから教育がなっていないということでお叱りを受けたと言っていた」
「まあ、王妃陛下はどうして、まだ私を殿下の婚約者にとお思いなのでしょう? 理解ができません」
アリシアが不思議そうに首を傾げる。
「は? お前は何を言っているんだ? 王族の婚約は神聖な契約だ。そして君は国民の血税で王妃教育を受けている」
「私は王太子妃にはふさわしくありません。殿下も不安になりませんか?」
「何のことだ」
ジョシュアは険しい表情で答える。
「私は実家に帰らず、お祖父様を頼りました。それが判断ミスというのなら、私は殿下にふさわしい相手ではないと思います。きっと重大な局面で失敗するでしょう」
「そうならないように、お妃教育を受けさせている。それと君には魔法科から普通科に移ってもらう。これは王妃陛下の命令だ」
アリシアはその言葉に再び首を傾げた。
「私、また家出しようかしら?」
ジョシュアがあんぐりと口を開ける。
「家出……とは? どういうことだ」
「殿下は私が変わったと思いますか?」
「ああ、まるで別人だ。悪いものにでもつかれているのかと思ってしまうくらい。君の言動は奇妙だ」
「ええ、私もそう思います」
アリシアは神妙な顔で頷くと、ジョシュアは気持ちが悪いものを見るような目をした。
「一年以上前でしょうか。フランソワーズ・ムーア様という寮長が女子寮にいらっしゃったのは覚えておいでですか?」
ジョシュアは記憶を探るが出てこないようだ。
アリシアには関心がない証拠だ。
「私が熱で倒れた時のことを覚えていますか?」
ジョシュアがハッとする。
「覚えている。そうだ。あの頃から君は少しおかしくなったのだ」
「そうなんです。悪いものにつかれたと言うのなら、殿下にはらっていただきたいのです。そうしたら、元の私に戻れる気がします」
ジョシュアが疑り深い目でアリシアを見る。
「わかるように説明してくれ」
「時計塔の魔法の鏡の話はご存じですか?」
「は? あのくだらない怪談話か」
ジョシュアが不機嫌そうに吐き捨てる。
「それが怪談ではないのです……」
ジョシュアが感情的になっているこの状況は利用できると思い、アリシアは真剣な様子で切り出した。