69.学園生活再び①
アリシアは魔法学園の魔法科に復帰した。
夕刻、久しぶりに学園の寮に荷物を持って、入寮手続きに行くと、話に聞いていた通り寮監は変わっていてほっとした。
サロンに数人の女子生徒がいたが、アリシアを呆けたように見るばかりで、話しかけてくる者は誰一人としていない。 皆がその場で凍り付いていた。
翌朝何食わぬ顔で魔法科に行くと、ミランダが元気はつらつとアリシアに挨拶した。
「アリシア! おはよう! 元気そうでよかった」
アリシアは思わず吹き出してしまった。
「ミランダは相変わらず明るいわね」
「ふふふ、それだけが私の取り柄だからね!」
「本当はいっぱい取り柄を持っているのに」
ミランダは屈託のない笑みを浮かべる。
「あはは、ばれちゃった? でも不思議だね。なんだか、アリシアのこと懐かしく感じる。やっぱり制服姿が落ち着くよ」
「ほんと、私もひと月前が、一年前のことのように思えるわ」
「で、今日のランチは?」
ミランダの言葉にアリシアがいたずらっぽく笑う。
「ふふふ、カフェテリアに行ってくる。ちょっと驚かせたい人がいるの」
「それは面白そう。見に行きたいけれど、やめておくね。じゃあ、またね」
「うん、またね!」
二人はそれぞれの教室に分かれていった。
◇
昼休み、少し早めにカフェテラスに行くと、懐かしい面々がいた。
まずリリーたち、彼女たちはいつもクスクス笑いをするのに、今日は妙に静かだ。
そしてマリアベルと、ジョシュアとそのご学友。
アリシアはとある変化に気が付いた。
ジョシュアの学友は主要な貴族が五人いて、あとは数人の取り巻き男子生徒で構成されていた。
ところがめっきりと数を減らしている。学友は二人、取り巻きは半分になっていた。
アリシアはそこへ堂々と入っていく。
もちろん食事をする気はないので、トレーも持たずにテーブルへ向かう。
「ジョシュア殿下、お久しぶりでございます」
すました顔で挨拶をすると、ジョシュアが立ち上がる。
「アリシア嬢! いったいどういうつもりだ。一か月以上も音沙汰なしとは何事だ」
顔を赤くして怒っている、こんな彼は初めて見た。
「事情をお聞きになっていないのですか?」
アリシアがそう言った途端、突然マリアベルが立ち上がり、アリシアに抱きついた。
「お義姉様! ずっと心配していました。無事ならどうして知らせてくれなかったのですか!」
涙ながらに訴えるが、女子寮にアリシアが入寮したのが昨晩、マリアベルが聞いていないはずがない。
(わざとらしい子ね)
「どうしても何も、お父様が寮費を滞納したから」
「違うのよ! 寮監が盗んでいたの! だからお父様は何も悪くない」
マリアベルがここぞとばかりに声を張り上げる。
「まあ、それは知らなかったわ。私、てっきりお父様に嫌われたのかと思ってお祖父様のところにいたのよ」
「お義姉様が告げ口をしたから、お祖父さまがうちに怒鳴りこんできたのね。お母様はお祖父様の従者に殴られたのよ。とても乱暴でびっくりしたわ」
「そう? 私はよくお義母様やお父様に殴られていたから、乱暴ってどういうことかわからないわ」
「え?」
マリアベルが口を半開きにしたまましばしあっけにとられる。
「そ、そんな、お義姉様が? まさかお父様とお母様がそんなことをするわけないわ? いったいどうしちゃったの?」
マリアベルが目を瞬いた。
アリシアはいいかげんこの茶番に飽きてきた。
そこでやっとジョシュアが口を開く。
「アリシア嬢。君ときちんと話がしたい」
「はい、私もそう思っておりました。ぜひ、殿下と二人きりでお話がしたいです」
「では午後に王宮へ」
「いえ、王宮はお断りいたしますわ」
アリシアがきっぱりと断ると、ジョシュアの顔がゆがむ。
「君はいったい」
「私は殿下と二人でお話がしたいのです。王宮には必ず王妃陛下がいらっしゃるではないですか」
ジョシュアは怒りを鎮めるように息を深く吸うと口を開いた。
「それは母上に対する侮辱と受け取っていいのか?」
「では、逆にお伺いしますが、殿下はどうしても私と二人きりでお話しするのが嫌なのでしょうか?」
質問に質問で返されたジョシュアは、驚いたように一瞬言葉に詰まる。
「……わかった。今日の午後私は公務がある。その後、君を寮まで迎えに行く。外ならいいのだろう? 学園の庭園でどうだ」
「はい、ぜひよろしくお願いします」
アリシアは深々と頭を下げた。
「ジョシュア様! 私もお供します!」
マリアベルが言った。
「マリアベル、それはだめだ。これは婚約者同士の歩み寄りだ」
「でも、お義姉様は気を病んでいるようなので心配です。だって、学園の近くに家があるのに、わざわざヴァルト領のお祖父様のところに行くなんておかしいでしょう? お義姉様、どうか冷静になってください。寮ではなく、いったん家に戻りましょう。そして家族で話し合いましょう」
アリシアは突然割って入って来たマリアベルを視界に入れないようにした。
「それでは、私は殿下が寮にいらっしゃるのをお待ちしております。お食事中失礼いたしました」
すでにマリアベルのことは眼中にない。
アリシアの中で彼女のことは終わったことだった。
もともと彼女は妹でもなんでもないのだから。
あたりはしんと静まり返り、皆アリシアがカフェテリアから出て行く姿を呆然として見送っていた。