62.ただいま逃亡中~きままな二人旅
アリシアとサミュエルが一緒に旅を始めて一か月近くが過ぎた。
内気な面はあるが我慢強いアリシアと、明るく交渉上手なサミュエルは喧嘩することもなく、楽しい日々を過ごしていた。
最初は野宿が多かったが、二人で路銀を稼いだお陰で最近では宿屋に泊まれることも増えた。
三日ほど同じ宿屋に滞在した朝、アリシアの部屋にサミュエルがやって来た。
彼は紳士でアリシアの部屋には踏み込まない。
いつも戸口で頭をのぞかせて、用件だけを告げる。
「アリシア、そろそろ宿を変えないか?」
「そうね。滞在して三日になるから、隣町にでも行く? それとももうちょっと先?」
彼らは慎重に、時には気ままに移動し続けていた。
「うん。その前に手持ちが少なくなってきたから、魔物退治の仕事を受けたいんだけど、剣がないんだよね」
「いつも体術でどうにかしてきたのに?」
サミュエルは剣がなくても強いので、不思議に思った。
「ああ、飾り程度のなまくらでいい。今回の依頼人が素手だと不安がるんだ」
「サミュエルは攻撃魔法も得意なのにね」
「ここら辺には、魔法使いがいないから説明が難しい。下手に実演しても目立つし、怖がられるだけだ」
人口の割合でいえば魔力のある者は少ない。
さらに魔法が使える者はもっと少ないのだ。田舎町だと一生魔法を見ないで過ごす者もいる。
アリシアは旅に出て初めてその事実を実感させられた。
王都の狭い地域で過ごしていると、そんな当たり前のことにも気づかない。
二人は旅先で重宝され、魔法を使い路銀を稼ぎながら移動していた。
「武器屋へ行くのね。私も行く」
「え? アリシア、武器に興味があるの?」
「もちろん。専門はアミュレットだけれど、これでも錬金術を学んでいるのよ」
「いや、作った魔法道具が売れるんだから立派な錬金術師だろう」
その後、二人は連れだって、町に一つしかない武器屋に向かう。
間口は狭く、薄暗い店だった。あまり武器は売れないようで、埃をかぶっている商品もある。
アリシアはこの店の商売が成り立つのが不思議なくらいだった。
サミュエルは壁に立てかけてある、大きな両手剣を見ていたが、アリシアは棚の並びに魔法剣士が扱う帯刀できるちょうどよい剣を見つけた。
値段は驚くほど安い。
「ねえ、サミュエル、これがいいわ」
「そうかな。こけおどしには大きなものがいいと思うけど。まあ、どうせ飾りだし、アリシアがそれっていうなら」
サミュエルはあっさりと頷いた。
魔法騎士になりたいといっていたわりに、意外と剣にはこだわりがないようだ。
もっとも彼の身体能力は異常で、剣を必要としないからかもしれない。
アリシアは旅の中で、サミュエルが突然現れた魔物を素手で倒したのを幾度となく見たことがある。
まだ旅が始まったばかりの頃、アリシアは魔物の出現に震えて、得意の守護魔法すら唱えられなかった。
サミュエルはそれを拳の一撃で倒すと『弱い魔物だからたいしたことないよ。ああ、魔石もしけているな』と言ってケロリとしていた。
どうしても深い森に入ると魔物に遭遇してしまうので、アリシアもさすがに慣れてきて魔法ぐらい唱えられるようになったが、たいていサミュエルが蹴りや殴打で倒してしまう。
(なんで、こんなに強いのに魔物討伐の一件、疑われたのかしら? というかおかしいくらい強いわ……)
アリシアはサミュエルの強さに戦慄しつつも、彼の疑いは晴れると確信した。
店から出るとアリシアはうきうきした様子でサミュエルに言った。
「ねえ、サミュエル、どこか廃墟とか人目につかないところないかしら?」
「もしかして、俺のためにアミュレットでも作ってくれるのかい」
サミュエルが笑う。
「今日はアミュレットじゃないの、その剣を魔法道具に変えるの」
「え? 錬金釜もないのにどうやって? これ鉄だぜ?」
サミュエルがしげしげと冴えない灰色をした剣を眺める。
「あ! あそこがいいわ」
「ちょっと、アリシア」
アリシアが古く使われていない倉庫を見つけて走ってくのを、サミュエルが追った。
アリシアは倉庫にはいると、すぐに人払いの魔法をかけた。
「アリシアは、一か月の間にずいぶん逞しくなったな。これって不法侵入じゃないか?」
サミュエルが感心したように呟く横で、アリシアは木の棒を使って地面に魔法陣を描いた。
「集中が乱れるからおしゃべりは禁止です」
アリシアは完成した魔法陣の中心に、今買ったばかりの剣を置き、そのうえに赤いアミュレットを置いた。
そして呪文の詠唱を始めると土に書いた魔法陣に沿うように光が走る。
ほどなくして剣とアミュレットが眩しい光をほとばしらせた。
光が収まるにつれて、魔法陣もさらさらとその姿を消していく。
後には、赤いアミュレットを埋め込んだ白銀の剣が残った。
「できた!」
「え? 嘘だろ? 錬金釜がなくても錬金術って使えるの? しかも、かっこよくなってる」
サミュエルがぎょっとしている。
「その分、魔力の消費量は大きいけど、コツがわかれば錬金釜がなくても出来るわよ」
「さすが座学と実習共に首位のアリシアは違うな」
「サミュエルだってそうじゃない」
サミュエルは地面に置かれている剣をとった。
「ちょっと軽めかな。これって切れ味がよくなったとか?」
サミュエルがそう言った瞬間、後ろから石が飛んできた。
彼は軽く剣ではじいた。
「嘘でしょ? 隙を突いたつもりだったんだけど、あなたって後ろにも目がついているの?」
「いやいや、ちょっと待ってよ。なんで俺に石を投げつけるんだ。実験かい?」
「もちろん剣の性能を確かめるためよ」
そう言ってアリシアはサミュエルに近付く。
「ねえ、剣を貸して」
サミュエルがアリシアに剣を渡すと彼女が言った。
「私に向かって思いっきり石を投げつけて」
「勘弁してくれ、それだけはできない。俺がやるから」
サミュエルはそう言ってアリシアから、剣を奪い返す。
「自信作だから大丈夫なのに……」
「いいから。君が石を投げてきても、俺は反応しない。それで剣の能力を確かめるんだろ?」
「うん、じゃあ、投げるわね」
アリシアは思いっきり、サミュエルにむかって石を投げる。
その時剣の柄にはめ込まれた魔石が光を放ち、石はサミュエルに当たることなく粉々に砕かれ弾かれた。
「は? ちょっと待て、これ凄くないか?」
「そうでもない。五、六回使ったら魔石は砕けるわ。それで元のなまくらに戻る」
「アリシア、確実に腕を上げているよね」
「うん、サミュエル、気を付けてお金を稼いできてね」
「わかった。アリシアに少しでもうまい物を食べさせられるように頑張ってくる。偉いぞ、アリシア」
彼はそう言ってアリシアの頭を撫でた。
アリシアが驚いたように後退りする。
「あ、いやだった?」
サミュエルが少し驚いたように目を瞬く。
「ううん。人に頭を撫でられたのは初めてだったから、びっくりしただけ。案外、気持ちがいいのね」
「アリシアって時々驚くほど純粋だね。いくらでもなでてあげるよ」
喜んだサミュエルが、アリシアの頭を両手でわしわしとなでる。
「ちょっとやめてよ!」
アリシアは恥ずかしくなって叫ぶ。
「君って、猫っ毛なんだね」
「もう!」
アリシアは慌ててサミュエルの手から逃げ出した。
その晩サミュエルが金貨を数枚と魔石を持って帰ってきたので、アリシアは歓声をあげる。
二人はいつもよりいい宿に泊まり、美味しい鹿肉の郷土料理に舌鼓をうっていた。
「サミュエル、私、次は温泉に入りたい」
アリシアは冷えていて美味しい果実水をのみ、濃厚なブラウンシチューを口にする。
「ああ、じゃあ魔物の多い火山地帯に寄ってから、ブライアンのところへ行くか。こんなに遊んでいるのがばれたら、あいつ怒るだろうな」
「そうか……、あなたには待っている人がいるものね」
アリシアはその日暮らしの自由な生活が気に入っていた。
魔法科で学んだ技術も実践できて役に立つし、二人で協力し合って十分に食べていけた。
あまりにも自由で楽しくて、時々この生活がずっと続くのではと錯覚しそうになる。
「まあ、いいんじゃないの。ちょっとした寄り道というか迂回ということで」
サミュエルが鹿肉のステーキを頬張りながら気軽に答える。
そんな感じで二人は気ままに移動を繰り返していた。