61.マリアベルの受難
アリシアが消えて十日が過ぎた頃――。
マリアベルは学園の普通科の席で女子生徒に囲まれて泣いていた。
「本当にお義姉様ったら、どこへ行ってしまったのかしら。いくら探しても見つからないの」
マリアベルの悄然とした様子に、リリーをはじめとした取り巻きの女生徒たちが彼女を慰めた。
「大丈夫ですよ。きっと見つかますわ」
「それにしても、アリシア様はとても勝手な方ですわね!」
「そうよ、家から馬車が来るのを待っていればよかったのに」
皆が口々にアリシアを非難する。彼女たちの中では、寮監のひどい仕打ちはなかったことのようになっていた。
「ジョシュア殿下も大変なのでしょう?」
「ええ、ジョシュア様もここのところ学園に来られないようで、とても寂しいわ」
マリアベルが肩を落とす。
その時、教職員がマリアベルを呼びに来た。
「お義姉様になにかあったのかしら? 行ってきますね」
マリアベルは皆にそう告げると席をたった。
急いで教職員の後をついて行く。
連れて行かれた先は学園長室で、マリアベルの鼓動は早まった。
ノックをして入ると、モノクルをかけた老人――学園長が窓を背にして座っていた。
「マリアベル・ウェルストンです。あの、お義姉様になにかありましたか? 見つかったんですか?」
マリアベルの心細げな反応に学園長は無表情だった。
「ウェルストン嬢、君は今学園の二年生ではあるが、三年には進級できない」
「どういうことですか? まさかお父様が学費を滞納したのですか?」
マリアベルは驚きに目を見開いた。
「学費はきちんと納められている。君の成績では三年に進級できないということだ」
「そ、そんな……」
そこで学園長は疲れたようにため息をつく。
「毎年、高位貴族から金をつまれて、やむにやまれず入学を許可することもあった」
「だが、学園に入学した以上、金で単位は買わせない。貴族から金を貰って出席日数が足りないにも関わらず生徒に単位をやっていた教職員を懲戒免職にした。その結果君のような生徒が十数名出ることになったのだ」
マリアベルは驚愕した。
「私はジョシュア様に一緒に昼食をとってほしいと頼まれて、授業を休んだだけなのに」
学園長に必死に訴える。
「それは私のあずかり知らないところだ。だが、出席日数云々の前に、君の成績では進級は不可能だ。場合によっては一年からやり直すことになる。君は入学の時にも不正を働いていたね? たとえ普通科でも魔力のないものはこの学園の入学が認められない。即刻退学にしないのは温情だ。ではもう教室にもどりなさい。そして勉学に励みなさい。君の義理の姉、アリシア嬢のように。ここは学問を志す者が集う場所。社交の場ではない」
学園長の厳しい言葉にマリアベルの頬を涙が伝った。
「私は、父と母の教えにしたがって生きてきました。お義姉様は社交が苦手だから、殿下をお慰めするように言われてきました。ずっとそのことに心砕いてきたんです。私の存在価値はそこにしかないから……」
マリアベルは肩を震わせて、泣き崩れた。
すると学園長がそばにいる教職員に指示を出す。
「その生徒を教室に戻してくれたまえ」
「そんな! お願いです! どうか……私を助けてください」
学園長に縋りつこうとしたマリアベルは、廊下に出されて教室に連れて行かれた。
(お友達になんて言い訳をしたらいいの……)