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60.その頃王宮では~エリザベート

 アリシアとサミュエルが結構苛酷なはずの旅を楽しんでいる頃、王都は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


 ウェルストン家は批判の嵐の真っただ中にいた。


 アリシアの目論見通り、寮費滞納の話は瞬く間に広まった。

 事前勧告もなしに王太子の婚約者を追い出した寮監はすぐに処分される。

 

 いくらトマスが王妃の指示だったと言い張っても、誰も耳を貸さない。


 自分の身が大事で王妃に逆らおうとは思わない者たちが多く、トマスが築いた派閥は見る間に縮小していった。


 ただ、エリザベートの愚行に怒りを感じる者たちもいた。


 もともとエリザベートはこの国の人間ではない。


 外交のために他国の王女を迎え入れたのだ。


 わがままに育てられたのか、彼女はこの国の王妃におさまった時から、やりたい放題だった。


 さすがに今回の件では国王も黙っていられなくなり、王妃を自身の執務室に呼び出し問い質した。


 エリザベートはといえば、不機嫌さを隠しもせずに、ソファに腰をおろしていた。 


「エリザベート、君がジョシュアの婚約者であるアリシア嬢を執拗にいびっていたという報告が上がっているのだが、これは事実か?」

 国王が、厳しい口調で問い質す。


「報告ですって? ならば報告書を私におみせください。その者に直接問い質しますから」

 エリザベートは切り口上で答えた。


「では質問をかえよう。君の報告によるとアリシア嬢はお妃教育の基準を満たしていないということだったが、王立魔法学園では普通科でも魔法科でも常に首位だ。そのうえ六か国語をあやつり、ジョシュアよりよほど優秀なのだが、これはどういうことだ?」


 エリザベートは悪びれることなく、涼しげな表情で、ゆっくりと紅茶に口を付ける。


「あなたもおわかりのように、王妃に一番必要なのは社交性です。アリシアにはそれが著しくかけています。貴族社会で派閥を作ることができないのです。これは大きなマイナスですわ」


「派閥が作れない。なるほどそれは問題だな。しかし、良からぬ派閥を作る者よりもずっとましだと思うが、違うか?」

 エリザベートが、国王の言葉に眉を吊り上がる。


「それは私のことをおっしゃっているの?」

「そう、お前の最大派閥のウェルストン家のことだ。それと、お前は出自の卑しい娘をこの王宮に迎え入れていたそうだな」


「は? 何のことでしょうか?」

 エリザベートはとぼけた。


「しかもその娘は学園でジョシュアと懇意にしていて、アリシア嬢との婚約を白紙にして、その娘と婚約を結びなおすのではという噂が学園ばかりか社交界にも蔓延している」


「その娘? マリアベルのことでしょうか? 彼女はウェルストン家の養女です。勝手にジョシュアを慕っていただけです」

 エリザベートは面倒くさそうに答える。


「君は息子の教育も次期王太子妃の教育も自分にまかせてくれと言った。だから私は今日まで口を出さずにいたが。マリアベル、あれはいけない」

「だから、先ほどから申しているでしょう。勝手にジョシュアを慕っていると!」


「では誰が、王宮で開かれるジョシュアとアリシア嬢の親睦のための茶会にマリアベルを招き入れたのだ? 君は毎回それに出席しているそうだね。婚約者同士の親睦を深めるためのものなのに、何時間もアリシア嬢に説教をしていたと報告もある。それほどアリシア嬢が気に入らなかったのか?」

 いったい誰が国王に報告したのかと、エリザベートの苛立ちは募る。


 裏切り者がわかり次第、拷問をして、処罰するまでだ。

 なんとしても何者が報告したのか聞きださねばならない。


「その報告に何か証拠でも? 本当だというなら、今すぐ報告者をつれてきてください」

 エリザベートがいきりたつと、国王は急に笑い出した。


「これは失礼した。うっかり失念していたが、この報告書を作成したのは私だった」

 王妃の顔は怒りに赤黒く染まる。


 扇子で強くテーブルを打つと立ち上がった。


「私はこの国の友好国であるラドルチェ王国の王女です! このような屈辱を受けて黙っていられません。いますぐ国に帰ります」

 国王を怒鳴りつけて睨み据えた。


「エリザベート、座りなさい。お前はラドルチェ王国の王女ではなく元王女だ。ここに君の御父上からの手紙がある」

 エリザベートが驚きに目を見開き、奪い取ろうとした。

 すると国王の従者たちが王妃をおさえつける。


「ええい! 放せ! 無礼者どもが!」

「この国でこれ以上の狼藉を働くようなら、お前を本国に送り返すが構わないか?」

「は?」

 髪を振り乱して暴れていたエリザベートの動きがぴたりと止まる。


「今までお前のしてきたことを、お前の国の国王と前国王に書状にして送ったのだ。その返事がこの手紙に書いてある。ラドルチェ王国では、お前はいらないそうだ」

 エリザベートの顔が蒼白になる。


 今までラドルチェ王国という後ろ盾があったから、好き放題やってきたのに、ここへきて祖国に見捨てられたのだ。


 いかに愚かなエリザベートでも、意味することがわかった。


「どうやらラドルチェ王国はいらない者を友好の証として送り付けたようだな。戦争も辞さないといったら、わび状と金品を送ってきた。お前と結婚した頃はこの国の国力もたいしたものではなかったからな。だが今は違う。我が国は国力をつけ十分にラドルチェ王国を圧倒できる」

「そんな……」

 ガタガタと震えるエリザベートに国王は宣言した。


「お前に最後のチャンスをやろう。早急に、この事態を収拾しろ。でなければお前は処分だ」


 エリザベートは膝から崩れ落ちる。


 王族の『処分』が何を意味しているのか分かっていたからだ。


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