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57.サミュエルの生い立ちとロスナー家の事情①

 アリシアはサミュエルが魚を捕まえ、焚火の前で焼くのを物珍しげに眺めた。


 それから中断された話が再び始まった。


「兄はアダムというんだが、俺の初の実戦で魔物討伐数がおかしいと騒ぎ立てたんだ」

「なんで、お兄様がそんなことを?」

 サミュエルは軽く肩をすくめる。


「それを話すと長くなるから今は割愛。魔物の巣穴に落ちた奴を俺が助けたから討伐数が伸びたって話があったろ? もちろんアリシアの作ったアミュレットの力もあったけど」

「いいえ、あなたの身体能力と魔力よ」

 彼の不可思議と言っていいくらいの身体能力をまざまざと体験した。


「ご謙遜を」

「サミュエル、話がそれているわ」

 サミュエルは言いにくそうに顎に手を当てる。


「ああ、で、その助けた仲間がオーエンという名の騎士家の子息なのだが、突然俺にわざと突き落とされたと教職員に報告したんだ。俺が別の討伐実践訓練に参加している間にね」

「ひどい! あなたがそんなことするわけないじゃない」

「あはは、ブライアンと同じことをいってくれるんだな」

 サミュエルは楽しそうに声を上げて笑う。


「笑い事ではないでしょう?」

「そうだね」

 サミュエルが咳払いをして、仕切りなおす。


「もちろんチームを組んで魔物を討伐していたから、仲間も見ていた。ところが日をたつにつれ、一人また一人と前言を撤回して、全員が俺に脅されて黙っていたことになったんだ。俺を含めて六人チームだったが、一人伯爵家の次男がいたけど後は全員下級貴族や騎士家の子息だった。で、最後に監督役だった魔法騎士の一人が、俺が仲間を魔物の巣へ落としたと証言してチェックメイト。出頭が決まったわけだ」

 アリシアは恐ろしいと思うと同時に怒りを感じた。


「それって、誰かにはめられたってことよね? なぜそのような卑劣な嘘をつくの? チームの人たちは誰かに脅されたの?」

 サミュエルはアリシアの言葉に頷いた。


「おそらくそうだろう。その後俺は何度か聴取を受けた。オーエンって奴も聴取に来たが、俺と一回も目を合わせず震えていた」

「卑怯ね」

「その夜、そいつは首を吊ったんだ」

 サミュエルの瞳に影が差した。


「そんな……」

「たまたま発見が早くて、一命はとりとめた。意識は戻らないようだが、彼の証言は有効だ。それにほかの目撃者もいる」

「なんでそんな状況で出頭しようとしたのよ?」

 アリシアはそこでサミュエルとブライアンの話を思い出しハッとする。


「以前にお家騒動とか言っていなかった? そのアダムっていうお兄様に陥れられたの?」


「何の証拠もないけど、アダムだろうねえ」

「ジョシュア殿下はなんとおっしゃっているの?」


「残念だって」

 アリシアはジョシュアに怒りを感じた。


 サミュエルと一緒にいれば、彼の人となりはわかるはずだ。


 サミュエルは卑怯ではないし、もともと能力が高いのだから、そのような真似をする必要もない。


 それにアリシアは昨晩サミュエルの身体能力の高さをまざまざとみた。人とは思えないほど、凄い。


「ほんとに薄情よね。あの人。サミュエルは、逃げようと思わなかったの?」


「俺としては最後まで潔白を証明したかったし、アダムが陥れたって証拠もつかみたかったんだ。というか、アリシアその『薄情者』ってジョシュアのこと?」

 サミュエルに責められているような気がして、アリシアはドキリとした。


「サミュエルはジョシュア殿下のことが好きなの? 忠義を誓っているとか?」

「忠義を誓っていたら、進路変更なんてしないよ」

 そのことを確認してほっとする。


「そういえば、あなたけがをしにくいって言っていたけれど、昨夜殴られた傷もうなおっているようね」

「ああ、鉄製の置物で殴られた」

「……そんな、死んじゃうかもしれないのに!」

 アリシアは恐ろしくて震えた。


「家名に泥を塗った息子だ。父上はそれでもいいと思ったんだろう。逆に顔に傷を負っただけでケロッとしている俺を、化け物でも見るような目でみていたな」

「父親なのに」

「ずっと離れて暮らしていたんだ。そんなものだろう」

 アリシアは連鎖的に嫌なことを思い出していく。


「サミュエル……前に皆で時計塔で鏡をのぞいた後に、あなたはアダムに刺されて死ぬって言っていたわよね? アダムは強いの?」


「いや? 映像は断片的なものだったから、どういう状況かはわからないが、ロスナー家に伝わる宝剣で背中を刺されたんだ。宝剣は代々跡継ぎが管理するもので、魔族を切る剣だという伝承がある」


 アリシアはぞくりとした。今のサミュエルの瞳は、はちみつ色だが昨夜は金色に輝いていた。


「魔族って……もう滅びたわよね?」 

 確か教科書にはそうあった。


「俺の母方の家系に魔族の血が流れているといわれている。特殊な力を持って生まれてくる者が多いからね。その一方でロスナー家は昔魔族を根絶やしにしたといわれている魔法騎士の一族だった。ふふふ、矛盾しているし、皮肉な結婚だよね」

 サミュエルがうっすらと笑みを浮かべる。


「それって有名な話なの? それとも家にだけ伝わる話? 私、噂話に疎くて知らないの」

「俺の母方の家系は秘密にされているけれど、ロスナー家の魔法騎士の伝説は有名だよ」

 アリシアは驚きと感動を持って目を瞬いた。


「なんで私は身近にこれほど興味深い人がいるのに、知ろうとしなかったのかしら」

「俺を研究対象みたいに言うの、やめてくれないか?」

 サミュエルが眉根を寄せる。


「ねえ、この際だから根掘り葉掘り聞くけど、嫌だったら言わなくていいから」

「今度は何?」

 あきらめたようにサミュエルが答える。

「あなたはどうしてブライアンの家に預けられていたの?」


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