50.消えたアリシア ~ブライアン
ブライアンが、アリシアが退寮になり学園を休んでいると聞いたのは、彼女が出て行ってから三日後。
こういう時ばかりは、噂が広がりにくい魔法科を恨めしく思う。
ミランダが、魔法師団の実習を兼ねた遠征について行っていて学園にいないのも大きな要因だった。
どうしても女子生徒同士の方が噂は広まりやすい。
悔やんでもいてもしかたがないので、ブライアンはとりあえず情報通のサミュエルに話を聞こうと、魔法騎士科に走った。
「サミュエル、いるか!」
焦りのあまり魔法騎士科の学舎のエントランスで大声を上げる。
すると驚いたように周りの生徒がブライアンを振り返ったが、誰も答える者はいなかった。
誰か知り合いはいないかと目を皿のようにして探す。
一人夜会で面識のある伯爵家の子息を見つけて、ブライアンは駆け寄った。
「ちょっと君! サミュエルを知らないか?」
すると彼は目を泳がせた。
どうにも様子が変である。いつもならもっと愛想がいいはずなのに、と違和感を抱いた。
(まさか、サミュエルに何かあったのか? 討伐実践でけがをしたとか?)
「どうしたんだ、ブライアン。こっちに来るなんて初めてじゃないか?」
後ろからのんきなサミュエルの声が聞こえてきて、ほっとして振り返る。
「サミュエル、緊急で話がある。ちょっと外に出ないか?」
「まあ、別に構わないが」
サミュエルはけろりとしているが、ブライアンは周りから刺すような視線を感じ、急いでいとこを学舎から引きずり出す。
人気のない庭園まで来てから、ブライアンは口を開いた。
「僕の知っているサミュエルは人たらしだったはずだが、何があったんだ? 避けられているような、非難されているななんともいえない雰囲気が学舎に漂っていたが、なにかあったのか?」
「人たらしってことはないだろう? 俺だってごまんと敵はいる。それより君の急用を話せよ」
サミュエルが軽口をたたいているので、それほど深刻な事態ではないのだろうと判断した。
「アリシアがいなくなった。君なら何か知っているんじゃないかと思ってきたんだ。どうして教えてくれなかった。彼女に何があったんだよ!」
「は?」
サミュエルが唖然としたような顔をする。
「え? 嘘だろ? 知らないのか? 彼女、三日前に女子寮を退寮させられて以来学園に来ていない。教師たちも何も聞いてないらしい。皆、心配している」
「俺は一昨日、魔物討伐の実践訓練から帰ったばかりだ。ちょっと今は情報が入りにくい状況にいてね。アリシアの退寮の理由は?」
「それが妙なんだ。寮費の滞納という理由で突然追い出されたらしい。アリシアが実家に帰ったのかどうかもわからない状況だ。同じ魔法科の僕に告げずにいなくなるなんておかしいだろう? それにお前も知らないなんてどうかしている」
ブライアンは情報通のサミュエルが知らないことに困惑と焦りを覚えた。
一方サミュエルは何か思案している。
「ブライアン、君はとりあえず、アリシア宛にウェルストン家に手紙を書いてみてくれないか? だが、できればアリシアの実家に行って、探りを入れて欲しい。俺は心当たりを探す」
「今からか?」
「当然だ」
「で、魔法騎士科の妙な雰囲気はなんだったんだ? 君、何かのトラブルにまきこまれていないか?」
サミュエルはおよそトラブルとは縁がなかったし、あったとしてもうまく収めるだけの能力がある。
だから、あの雰囲気には違和感しかないのだ。
「まさに渦中の人だよ。だから、俺には時間がない。明日は聴聞会に出席しなければならないんだ。それまでに心当たりを探したい」
ブライアンはサミュエルの言葉に驚き、彼の肩をつかんで揺さぶった。
「は? 聴聞会? 君、いったい何をやらかしたんだ!」
サミュエルは気の抜けた笑みをうかべ、首を傾げる。
「さあ? ブライアン、忠告だ。あまり俺と接触しているところを見られない方がいい。では、アリシアを探しに行ってくる」
とんでもないことをさらりと口にして、まるで散歩にでも行ってくるような
気軽なようすで身を翻すサミュエルの腕をブライアンはつかんだ。
「サミュエル、何かあったら、僕を頼れ。これでも隣国の公爵家の息子だ。アダムと上手くいっていないことは知っている。僕は何があっても君を信じている」
ブライアンの言葉にサミュエルは破顔した。
「さすが、ブライアン。君はそういう奴だと思っていたよ」
そう言って、サミュエルはブライアンの手に封筒を握らせる。
「おい、なんだよ。これは?」
「俺からの最後の頼み事。人のいないところで読めよ。じゃあな」
そう耳元でささやくと、サミュエルは颯爽と去っていった。
ブライアンは彼の後姿を呆然と見送りながら、嫌な胸騒ぎを覚えた。
「サミュエル、最後じゃなくて、初めての頼み事の間違いだろう!」
ブライアンがそう叫んだ時にはサミュエルの姿は消えていた。