49.逃げ出す
サミュエルとルミエールの店を訪れた後も、アリシアはこの店で何度か自家製のアミュレットを売りに来ていたのだ。
そのたびに店主は買い取り価格を上げてくれたので、一週間はどうにかなりそうな金額を持っている。
ただ問題はアリシアが未成年の女性だということだ。
そして、今回のアミュレットには絶対に手を付けたくなかったが、背に腹はかえらない。
アリシアはこの借りはサミュエルに返すと誓って、彼からもらった魔石で作ったアミュレットの一つを売ってしまった。本当は彼に渡すはずだったのに……。
これには驚くほどの高値が付いた。
「お嬢ちゃん、こんなに腕がいいなら、商業ギルドを紹介しようか? まだ学生だけれどいい腕をしている」
「え? 商業ギルドですか?」
存在は認知していたが、自分からは縁遠くて思いつきもしなかった。
「ぜひ、紹介してください!」
アリシアが食い気味に言いう。
「何か事情があるようだね。今すぐ紹介状を書いてあげよう」
「あの、それと女性が一人でも安心して泊まれる宿をご存じないですか?」
すると店主がため息をつく。
「やはり訳ありかい。年に数人はいるんだよ。学費を払えなくて放校になり、わしに口利きを頼みに来る生徒が」
「そうなんですか?」
「うむ。お嬢ちゃんの場合は随分と器量がいいから安全に泊まれる宿となると難しいね。これだけの魔法道具を作れるんだから、魔力は強いだろう。アミュレットと魔法で自分の身は守れそうかい? 対人の実践経験はある?」
「いえ、全く」
アリシアは店主の言葉に怯んだ。
「じゃあ、宿屋はあきらめな。この路地をまっすぐに抜けて右手に曲がると川が見える。その川に沿ってしばらく道を下っていくと修道院がある。そこならば二、三日は置いてくれるよ。わしから、一筆書いておこう」
まさかここまでルミエールの店主が、面倒見が良いとは思わなかった。
心のなかでルミエールの店主を信じていいのか迷いはあるが、冤罪で処刑されるよりずっとましだと思うことにした。
今は実家に帰る方が危険な気がした。
(なんだか怖いわ。私が将来をかえようとしても、もとの運命に戻すような力が働いているような気がする。だから、絶対に家には帰らない)
アリシアは暮れゆく下町の雑踏にあって、ぶるりと震えた。
その後、アリシアは店主の指示通り、紹介状を持って修道院へ向かう。
あたりが暗くなり始めたころに、大きくて古ぼけた修道院に着いた。
緊張しながらノックをすると、ほどなくして中年の修道女が顔を出す。
「どうかされましたか」
修道女が、落ち着いた声音でアリシアに話しかけてくる。
「あの……、私、住んでいる場所を追い出されてしまって、一晩泊めていただけないでしょうか? ルミエールさんの紹介です。どうかお願いします!」
深々と頭を下げる。
「わかりました。これも何かの縁でしょう。相部屋で構わなければ、どうぞ。ただし、ここに宿を求める者は貧しい女性がほとんどです。貞操の心配はありませんが、盗難にはくれぐれも気を付けてください。その場合、修道院は何もすることはできませんから」
お金や手持ちのアミュレットを盗まれるのは非常に痛手である。
逃走資金がなくなってしまうからだ。それにサミュエルからもらった大事な魔石も奪われたくはない。
(とりあえず、盗まれないように荷物の番をしながら、一晩過ごすしかないわね)
アリシアは一睡もしない決意を固めた。
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