47.幸せ……
時計塔の一件以来、アリシアは勉強に没頭した。
サミュエルも魔法騎士に志望を変更したことで忙しくなり魔法科の学舎に、すっかり姿を見せなくなってしまった。
そしてミランダも同じくして魔法師団に入るべく魔物討伐の実践訓練に参加している。皆それぞれの目指す道を歩み始めた。
アリシアが教科書をめくりながら一人食堂でご飯を食べていると、ブライアンがやって来た。
「おっ、今日のアリシアは行儀が悪いね」
「ミランダもサミュエルも頑張っているかと思うと、気ばかり焦ってしまって」
アリシアはきまり悪そうに微笑んだ。
「焦ってもしょうがないよって言ってあげたいところだけれど、事件の糸口だけでもつかめれば、いいんだけれどね」
事件と言うのは、アリシアの将来に起こるマリアベル毒殺未遂事件の話しだ。
「そうね。鏡に映った私の外見を考えるともうそんなに時間が残っていない気がする。せいぜい卒業後一年ぐらい……」
朝の身支度で鏡を見るたびに、刻一刻と処刑の日が違いづいてきている気がして、つらくなる。
「なんだったら、僕の実家に来る? 失踪ってことで匿ってあげようか?」
そんなことを言うブライアンに驚いた。
「まさか! ばれたら外交問題に発展しちゃうわよ」
「ばれなきゃいい」
ブライアンは真剣で本気で言ってくれていることが分かった。
「ありがとう。でもそれだとお祖父様とお祖母様に迷惑をかけてしまうわ。魔法科に転科するときに尽力していただいたのに、恩をあだで返すようで。それにこの婚約はお祖父様がまとめた話だから」
「上手くいかないものだな。アリシアはどこまで我慢するつもり?」
ブライアンがそう言ってため息をつく。
「勝手に魔法科に転科してしまったし、そんなに我慢しているつもりはないわ。それに元はと言えば、私が発端なのよね。なんで魔法の鏡のことをサミュエルに話してしまったのかしら。今思うと軽はずみだったわ。皆を巻き込んでしまって……」
アリシアはそのことを反省していた。
まさかアリシアの未来にブライアン、ミランダ、サミュエルが関わっているとは思いもしなかった。
そのうえ、ジョシュア側の人間だと思っていたサミュエルは、本格的に魔法騎士をめざして危険を伴う実践訓練に参加している。
ここまでくるとサミュエルがアリシアを嵌めたとは考えられない。
(皆、あの鏡を覗いてから進路を変えてしまった……)
それがいい事なのか悪い事なのかアリシアには判断がつかないが、責任の一端は自分にある気がしてならない。
「サミュエルは人たらしだからしょうがない。それに知らないより、知っていた方がいいに決まっている。ただ僕は、未来に引きずられずに今を大事に過ごしたいと思う」
「ありがとう。今を大事にすごして、打開策を考える」
ブライアンの言葉で久しぶりにアリシアの心が和んだ。
「アリシア、皆のためではなくて、自分のために考えてみたら?」
「え?」
「アリシアの未来は我慢しすぎた結果かもしれない。思いのままに生きてみれば、案外道が開けるかも」
そういう発想はなかった。
「確かに自由に生きてみたいとは思っていたわ」
「それでいいんじゃないのかな。義理やしがらみにがんじがらめになって、自分で自分を縛る必要はないよ」
にっこり微笑むブライアンに救われた気がした。
「ふふふ、なんか元気が出てきた! 午後の実習頑張ろう! サミュエルに渡すアミュレット作らなきゃ」
「あいつ、ほんと図々しいな」
呆れたようにブライアンはいうが、瞳は楽しげに笑っている。
ブライアンもサミュエルが好きなのだ。
(サミュエルって得よね。いつも友人に囲まれていて羨ましいなあ……)
◇
アリシアはその夜、寮の自室でぼうっとしていた。
ブライアンと話し、少し気持ちが楽になったアリシアは、自分の今までの人生を振り返ろうと思った。
今まで必死に勉強をして、現実から目を背けて生きていたような気がする。
(私は、本当はどうしたいの? どう生きたいの?)
彼女は机に座ると、ノートを取り出し、己の望みを書き出した。
1.魔法道具作りをして、生きていきたい。
2.ジョシュア殿下の婚約者になりたくない。
3.幸せになりたい。
『幸せになりたい』と書いたところでアリシアのペンはぴたりと止まる。
(幸せになるって、どういうこと? 誰かと結婚して平凡でも温かな家庭を築くこと? 漠然とし過ぎていてわからない。幸せの意味が……)
アリシアは愕然とする。母ジェシカのような生き方も、父トマスのような生き方もしたくはないのだ。
途方に暮れたアリシアは、書き出したページを破り魔法で燃やした。
(私は冤罪で処刑なんてされたくない……。ただ普通に生きたいだけなのに。その普通すらわからない)
アリシアはゆっくりと深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫。まだ時間はあるから、焦ってはいけないわ」
自分に言い聞かせるように思いを声にした。