45.時計塔の鏡が映すもの④
「だから、正直、マリアベルと義母の素性は知らないし、彼女たちがどこから来たのかもわからないわ」
アリシアがそう言葉を結ぶと、隣にいるミランダが心配そうな顔で見ている。
「高位貴族の世界ってすごすぎる。アリシア、そんな家にいて大丈夫なの? 冤罪とかじゃなくて、それ以前に危ないって。どこか逃げられるような場所はないの」
「アリシアはもっと目端が利くかと思っていたが、のんき過ぎて呆れたよ。よくその状況で、のんびり魔法科で勉強していられるな。失礼だが、君の実家ちょっと危なくないか?」
わりと深刻な表情でサミュエルが言う。
「なんだか、僕はちょっとマリアベルが年ごまかしているってことで混乱しているけれど。この国の貴族籍の管理ってそんなに杜撰なのか?」
「わりと金でどうにかなるね」
ブライアンの問いに、サミュエルがあっさりと答える。
「じゃあ、サミュエルが今夜はいろいろと話してくれるようだから、聞くけどさ。実際にジョシュア殿下ってどうなの? 融通が利かなくて、あまり頭がよさそうじゃないけど? それに魔法騎士科にいるのに、全然実習に参加してないんだよな。なんで魔法騎士科にいったのさ」
「ねえ、それ関係ある? というかブライアン、不敬罪で捕まる前に国に帰れよ。魔法騎士科は、王族だけではなく、ほかの高位貴族の子息も実践というか模擬戦にも参加しないよ。けがをしたら大変だからね」
嫌そうな顔でサミュエルが答える。
「じゃあ、魔法騎士科で討伐だの模擬戦だのやっているのは、策士ぶっているが実は脳筋なサミュエルと下級貴族だけか。この間の魔法騎士科の討伐実践で最多討伐とかまじで馬鹿なんじゃないかと思ったよ。死んだらどうするんだよ」
「誰が脳筋だよ。ほんとに君ってやなこと言うよね? 俺は座学も一位だぞ」
「殿下は?」
サミュエルがブライアンをにらみつける。
「王族に成績を付けるのは不敬だ」
「おかしくないか、それ?」
「俺が決めたことじゃない」
二人がバチバチといつもの調子で喧嘩をはじめることで、なぜか場の緊張が薄れ弛緩した。
アリシアがほっとして息をつく。
それでもミランダの温かい手が、ぎゅっとアリシアの手を握っていてくれていた。
その後アリシアは自分の見たものを余さず皆に告げた。
鏡に映った自分のジョシュアに対する思いも含めて……。
夜が明けて、寮の起床時間が迫った頃、三人は腰を上げた。
「アリシア、裏口のカギを借りてもいいか? 必ず返すから」
「え?」
サミュエルに言われて、アリシアは三人を案内するつもりでいたのできょとんとした。
「大丈夫、俺は人の気配を察することができる」
サミュエルがいうと、ミランダとブライアンが自分たちも気配がけせるから大丈夫だとうけあった。
「三人とも気を付けてね」
「そうだ。アリシア、最後に一つだけ」
戸口の間でミランダが振り返る。
「何?」
「私を疑わないの? その王妃陛下のつけた監視じゃないかって」
「どうして? そんなことを言うの?」
ほんの少しアリシアの気持ちが揺れた。
「アリシアと行動を共にすることも多いし、いろいろ話すから」
アリシアはミランダの言葉に小さく笑った。
「確かに怪しいかも。でもミランダならいいよ。もちろん、信じているけど」
ミランダは目に涙をためて、深く頷いた。
(どうかミランダが、皆が幸せになる未来が……)
祈るような気持ちと共に、焦りも感じた。
アリシア自身が動かなければ、変わらないのかもしれない。