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44.時計塔の鏡が映すもの③

「ちょっと待て。サミュエルが死んだのはお家騒動だろ? アリシアは関係なくないか? それより今のうちに兄貴から距離とっとけよ。あいつ本当に気持ち悪い! もしかして、君の家に伝わるおぞましい宝剣で刺されたのか?」

 いつも穏やかなブライアンが、人をあしざまに言うのを初めて見た。


「今、俺の家は関係ないだろ。話しがややこしくなるからやめろ」

「本当にそうならいいけどな。王族に近いサミュエルの家も、一枚かんでいるんじゃないか?」

 ブライアンは不満そうだ。


「黙れ、ブライアン。それよりアリシア。フランは君と二人きりで話したあの日、なんて言っていたんだ?」

 ここまできたら、腹を括るしかない。

 アリシアはフランの未来がどう変わったかを話した。

 前回はそこまで詳しく話してはいなかったのだ。

 そしてアリシア自身が、フランの言うことをすべてを鵜呑みにしていいものか迷っていることも。


 最初に声を上げたのは、ブライアンだ。


「うわ、えぐいな」

「フランは気性が激しいからな。彼女なら十分あり得る」

 パトリックが刺された瞬間を思い出し、アリシアは少し気分が悪くなった。

 今まで震えて押し黙っていたミランダが、口を開く。


「ねえ、それでいくとアリシアが処刑されずにすんだら、別の誰かが処刑されるってこと?」


「それはいやね」

 アリシアは憂鬱な気分になる。


「どうして? 真犯人が罰を受けるならいいじゃない」

 ミランダがきっぱり言い放つ。


「真犯人? 私が邪魔な人は……」

 王妃にトマスにデボラ。ジョシュアについてはマリアベルを気に入ってはいるが、王太子という立場に誇りを持っているので可能性はかなり低いと思う。


「結局、マリアベルは命が助かったのでしょう? 自作自演かも」

 ミランダの発言に、アリシアは目を見開いた。


「マリアベルは、そんなことをする子じゃないわ」

 するとアリシア以外の三人がびっくりしたような表情を浮かべる。


「アリシアはマリアベルが好きなのか?」

「なんで? 私、あんな義妹がいたら絶対に嫌だよ!」

 ブライアンとミランダが口々に言う。


「違うの。庇ったわけじゃないわ。ただ、マリアベルはなんというか暴力的な……乱暴な手には出ないと思うの」


「それは家族の中でマリアベルだけが君に暴力を振るわないから?」

 突然なげかけられたサミュエルの問いにアリシアは息を止めた。


「ど、どうして……」

 それを知っているのかと言いそうになって慌てて口をつぐむ。 


「これを言うとまたアリシアの信用をなくすけれど、ジョシュアが図書館に君を訪ねていったことがあっただろう?」


 アリシアはすぐに思い当たった。王宮の舞踏会があった翌日か、それより後だった。


 ジョシュアに送ってもらったことが気に入らなかった家族に、殴られたり、蹴られたりした。傷が生々しいままで、アリシアは学園の図書館で勉強していたのだ。


「ジョシュアが一人で行動することはまずない。あの日は彼の学友が一人ついていた。警護と言えば聞こえはいいけど、要は盗み聞きしておけってことだよ。そいつから聞いた。それから、ジョシュアは何かを調べるときも人を使う。たいていは俺ではなく、学友の中から選ぶんだ」


「では、あなたもフラン様のように王妃陛下からつけられた私の監視役なの?」

 アリシアの単刀直入な言葉に、サミュエルは首をふる。


「通常は女性がつけられる。俺は違う」

「私も違うわよ!」

 ミランダが慌てたように付け加える。


 アリシアの胸はざわざわと落ち着かない。


「おい、サミュエル、なんでアリシアがさらに不安になることを言うんだよ」

「ねえ、アリシア、あなた家族に暴力を振るわれているの? それで寮に入っているの? だって、あなたの義妹はタウンハウスから通っているのよね」

 ミランダが心配そうな視線を向ける。


「よく知っているわね」

「だって、すごく立派な馬車に乗って来るもの、有名だよ。それなのにあなたは、実習で足りないものを買うために町に歩いていくから」


 アリシアはミランダの質問にどう答えようかと少し困惑する。


「ちょっと一言では説明できないほど、複雑な事情があって。実は私もよくわからない。マリアベルのことも義母のことも」


「ここまで来たんだ。全部言えよ、アリシア」 

 そんなことを言うサミュエルをブライアンが小突く。


「君、自分の家の事情は口を噤んでいるくせに、よくそんなことをアリシアに言えるな」


「どこに解決の糸口があるかわらないじゃないか? 今はアリシアが冤罪で処刑される未来をどうにかするのが優先だろう」

 アリシアはサミュエルの言葉に頷いた。


「では、私の知っている情報だけをはなすわ。学園に入る前に父と義母とマリアベルが話しているのを立ち聞きしてしまったのだけれど、マリアベルは母の連れ子で私の一つ下ということになっているけれど、実は同じ年で父の実子なの。ウェルストン家の籍に入れるときに年齢を私の一つ下にしたと言っていたわ」


「はあ? 突っ込みどころが多い。尋常ではない話だな」

 最初に声を上げたのはサミュエルだった。


「まだ、続きがあるの、王妃陛下はマリアベルの社交性をとてもかっているのだけれど、彼女の血を王族に入れたくはないとおっしゃるから、びっくりしたわ。マリアベルの血は穢れているとも言っていたの。本当に……意味が分からなくて」

 とうとう話してしまったという気持ちと、やっと重荷を下ろしたような安堵があった。


 アリシアはさらに先を続けるために口を開いた。


(続く)

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