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42.時計塔の鏡が映すもの①

「アリシア。ねえ、アリシア、どうしよう」

 ミランダが、がくがくと震える。


「落ち着いて、ミランダ。それより足場が危ないから移動しましょう」

「だめ! 今言わなきゃ、私、一生アリシアに話せないかもしれない」

「何が?」

「私の話が、裁判で採用されたの」

「何のこと?」

 アリシアはミランダの様子に戸惑った。


「鏡の向こうに映った私は今より少し年をとっていたと思う。魔法省に職を得て、研修のために外国に行っていたの。そうしたら、あなたが義妹の毒殺未遂事件をおこして牢に入れられたという話をきいて。しかも私の証言が証拠の一つになっているって、同僚から知らされてびっくりして帰国した。同じ魔法学園出身ということで聴取はされたけれど、私は何も証言なんてしていない!」

 ミランダが、パニック状態で話し続ける。誰も口を挟む者はいなかった。


「でも間に合わなかった。あなたは断頭台の上にいて、そのまま首が」

「もういい、やめて」

 あまりにも辛くなってアリシアは耳をふさぎたくなった。


 しかし、ミランダはまるで熱に浮かされたように先を続ける。

「私は帰国して、すぐに役所に行った。証言なんてしていないし、証拠品の提出などしていないと。そうしたら役人が、書類を出してきて、それには私のサインが書いてあった。でもそんなものにサインした覚えはないの」

「そんな……どうして」

 アリシアの膝は震え、崩れ落ちそうになる。


「何が起きたのか、わからなくて怖かった。だから、あなたのお墓の前にいこうと思ったの。でも罪人だから、谷底に捨てられたと聞いて、どうしていいかわからなくて。でも真相を確かめたくて、人に話を聞くために王都をさまよっているうちに頭に鋭い痛みを感じて、そのまま真っ暗になって終わり」

「ミランダ……」

 アリシアは震える声でミランダの名を呼ぶ。


「アリシア、俺が触れても平気?」

 サミュエルが気づかわしげにきいてくる。アリシアが頷くとすぐに支えてくれた。


 触れてくる手は優しくて、残酷な人には思えない。


(だめよ。しっかりしなくちゃ。サミュエルはまだ信用できない)


 アリシアは冷静になろうと深呼吸を繰り返した。


「おい、ブライアン、いつまで沈み込んでいるんだ。帰るぞ」

 ブライアンが大きく息を吐く。


「それにしてもこの状況で、サミュエルはよく冷静でいられるな」

「そんなわけないだろう。すぐに移動して話し合おう。アリシアの部屋でいいか?」


 アリシアは混乱を静めようとしていたのに、サミュエルがとんでもないことを言うのでびっくりした。


「だめに決まっているでしょ?」

「なら俺かブライアンの部屋でもいいけど、寮監にバレたらアリシアもミランダも大変だよね?」 


「それはサミュエルもブライアンもいっしょでしょ? 明日じゃダメなの?」 

「絶対にダメ。アリシアとミランダをふたりだけにできない」

 サミュエルの言葉にブライアンも同意する。


「僕もサミュエルと同じ考えだ。いますぐじゃなきゃ、話しにくくなることも出てくると思う。勢いは大事だよ」


 結局、アリシアが手引する形で、裏口から三人を女子寮へ入れた。


 みつかったら、良くて停学悪くて退学になる規則やぶりをしているのに、不思議と現実味がない。


 それともこの件で学校を退学になればアリシアは婚約破棄されて自由になれるのではないかと思ったが、巻き込まれた他の三人の将来を思うとそうもできなかった。


 足音をしのばせて三階にあるアリシアの部屋に行く。

 

 中に入るとサミュエルがすぐに消音の魔法道具を作動させた。

「ずいぶん準備がいいのな」

 感心したような面持ちでブライアンが言う。


「そりゃそうだろう。夜中に寮から抜け出して、時計塔に忍び込むんだ。これくらいの準備はしとくさ」


 アリシアの部屋に椅子は二脚しかなくて、アリシアとミランダがベッドに腰かけ、サミュエルとブライアンが椅子に腰掛けた。


「あ、お茶飲む?」

 アリシアが腰を浮かしかけると、ブライアンがそれを制した。


「なにかしてないと落ち着かないから、僕がやる。そんなことより、ミランダの話しも詳しく聞きたい。この際だから僕も話すけど。で、サミュエルも洗いざらい話す気はあるんだろうな」


「それはこっちのセリフだ。君だって言葉を濁していたくせに」

 二人はにらみ合う。


 アリシアがどうしたものかと思っていると、ミランダがぎゅっとアリシアに抱き着いてきた。


「私、魔法省はいや! 魔法師団に入ってアリシアを守る」

「ミランダ、気持ちは嬉しいけれど、あなた魔法省に行きたいっていっていたじゃない」

 ミランダは激しくかぶりを振る。


「やだ。私が魔法省にいたことで、その社会的信用を利用した誰かに証拠や書類を捏造されたんだ。絶対にいやだよ。魔法の鏡の検証もなにもないよ。あれが悪夢だなんて信じられない。感情も空気も匂いも生々しい」

 アリシアにはひとつ気になることがあった。


「ねえ、ミランダ。あなたの未来で私とあなたは友人だった?」

 ミランダは虚をつかれたような顔をしている。


「悲しくて悔しかったことは覚えている。自分に隙があったせいで、冤罪の片棒をかつがされてしまったじゃないかって怖くて……。私の中にある感情はそれだけ。そこだけがポンと切り取られたように見えて感じられたの」

 ミランダはほんの少し落ち着いてきたようだ。


 その時ちょうど湯がわいたようで、ブライアンが皆に湯気を立てる紅茶を淹れてくれる。


 アリシアは礼をいって、紅茶に口を付けた。


「断片的すぎるわね。私が見たものにミランダは出てこなかったわ」

 ミランダが、驚いたように顔を上げる。


「アリシアは何をみた?」


 サミュエルにそう問われたが、正直に答えるとジョシュアに対する感情の説明が必要になるのでなかなかに難しい。



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