41.時計塔の冒険
いよいよ満月の晩となった。
闇に沈んだ深夜二時前に、四人は学園にある時計塔の前に集まった。
「アリシア、大丈夫? なんだか顔色が悪いけれど」
「うん、平気よ」
ミランダが心配そうに小声でアリシアに声をかけてくる。
フランは未来をかえられると言っていた。
アリシアは、その言葉を信じたいと思うが、フランをどこまで信じていいのかわからない。彼女は依然不安の中にいた。
(また、同じものを見たらどうしよう)
自分が処刑される生々しい記憶が蘇る。
アリシアは鏡をのぞいたことがきっかけとなって、祖父母と連絡を取り、魔法科へと移った。自分の中では大きな変化だと思っていたが、実際に状況は変わってはいない。
相変わらず、ジョシュアの婚約者で、ジョシュアはマリアベルと親しくしている。
ただ一つはっきりしているのは、今のアリシアはジョシュアと来世で結ばれたいなどと思っていないことだ。
マリアベルを優先する彼の姿に最初は嫉妬したが、やがて失望に変わり、今では逃げ出したくなってきている。
貴族の結婚とはままならないものではあるが、さすがに側室制度を復活させようとする王妃をみていると怒りが湧いてくる。
(どうしたら抗えるのだろう。それともまた何かきっかけがあって、殿下を再び慕うようになるの?)
それを思うと恐ろしい。
「アリシア、どうかした?」
ブライアンの言葉で物思いから覚めた。
「何でもないわ。ただ、夜中にこんな場所に四人で集まるなんて、現実感が湧かなくて」
「それもそうだね」
二人と話していると、サミュエルが声をかけてきた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
サミュエルは先頭に立つと何のためらいもなく時計塔のドアを開け、ランタンで暗い足元を照らし狭い階段を上り始めた。
ブライアンは若干緊張しているようで、ミランダはワクワクしている様子で思いはそれぞれ違う。
アリシアは、階段を一段上るたびに、心臓の鼓動が激しくなり緊張感が高まった。
いよいよ細長い通路のような四階の踊り場に到着した。
「誰が、最初に行く? 立候補が無ければ俺がいくけど構わない?」
あまりに平然とした様子でサミュエルがいうのでアリシアは不思議になる。
「サミュエルは怖くないの? さっきから躊躇がないって言うか……」
「俺、三回目だから。誘っておいてこんなことをいうのもなんだけど、アリシアは無理しなくていいよ。じゃあ、行ってくる」
すたすたとサミュエルは鏡の前まで歩いて行った。
皆がその後ろ姿を見守っていた。
そのうち、彼はため息をついて振り返る。
「前回見たばかりだから当然だけど、何もかわっちゃいないよ」
やれやれといった感じで戻ってくる。
「じゃあ、次は誰にする。ミランダが行ってみる?」
ブライアンの質問にミランダが、戸惑いを見せた。
「ごめん、私、ここの空気にあてられたみたい。昼きた時はなんともなかったのに……、四階に着いた途端……奇妙な場所だね」
「じゃあ、僕が行ってくる。サミュエルも付き合えよ」
「は? なんでだよ?」
なぜかサミュエルまで引きずっていく。
「また落ち込んだら、支えて?」
「気持ち悪いな。なんだよ。君は?」
サミュエルが呆れたように言う。
ブライアンが鏡の前に立ち鏡をのぞき込む。それをみたサミュエルもちらりと鏡を覗く。
「……ありえない。なんで何にも変わっていないんだ?」
「そりゃあ、昨日の今日だからな」
再びずんと落ち込んだ様子のブライアンがサミュエルに支えられるようにして帰ってくる。
「なんか、私、ちょっと怖くなってきちゃった」
ミランダがそんなことを言いだした。
「では、私が行ってくるわね」
「アリシア、無理するなよ。俺もついて行こうか?」
サミュエルが申し出てくれた。
「ありがとう。でも大丈夫。私が鏡を見たのは半年以上前だから、検証したいなら私が鏡を覗くのが一番でしょ?」
今までちっとも乗り気ではなかったのに、アリシアはこの時、妙に肝が据わった。
覚悟を決めて、鏡をのぞくと、前回とまったく同じ映像が見えた。
アリシアは牢にいて、彼女の前にはいまより少し大人っぽいジョシュアとサミュエルが立っている。
アリシアの言葉を信じないジョシュアにショックを受けながらも慕い続け、縋り続けている。
暗転、再び断頭台へ。
激しい痛みが襲って来そうな予感にふらりと体がかしぐと、力強い腕が支えてくれた。
「大丈夫?」
サミュエルだ。
鏡の中で、彼女の罪状を読み上げるサミュエルの姿が重なり、恐怖のあまり突き飛ばしそうになった。
「アリシア!」
ぎゅっと抱きしめられたぬくもりに、現実を思い出す。
(この人は変わってしまうの? それとも今の姿が偽りなの?)
鏡で見た映像と現実の狭間でアリシアの頭が一瞬混乱する。
「アリシア、大丈夫?」
ミランダが、サミュエルから奪うようにアリシアを抱きしめた。
胸の中に安心感が広がる。
それと同時に不安も芽生えてきた。
(ミランダは、今は友人でいてくれるけれど、将来は?)
彼女の姿は鏡には映っていなかった。
「とりあえず、今夜は戻ろう」
「待って、まだ私がのぞいてない!」
ブライアンの提案にミランダが答えた。
「私、行って来るけど、アリシアは一人で立っていられる」
「うん、平気」
アリシアはミランダの言葉に頷き、ひんやりとした壁にもたれ、そっと息をつく。
(倒れなくてよかった……。二度目だからかな。やっぱり何もかわっていなかった)
いっそのこと、フランのもとへ行って問い詰めてみたい気がした。本当に未来は変わったのかと……。
アリシアは考えをまとめようとしたが、うまくいかない。
その時、ミランダが小さく叫ぶ声が聞こえてきた。
「嘘でしょ! 嘘よ、こんなの……」
アリシアはミランダの声に驚いた。
ミランダも将来、何かの不幸に見舞われるのかと心配になる。
すぐに反応したのはサミュエルとブライアンで、アリシアも彼らの後に続くようにミランダのもとへ走った。
ミランダは泣きぬれた目で、アリシアに飛びついて来た。
バランスを崩したアリシアをサミュエルが支える。
その瞬間サミュエルと目が合った。彼の明るい瞳はかげり、きまり悪そうに微笑んだ。
(私が、傷つけたのね。支えてくれたのに突き飛ばそうとしたから)
ずきりとアリシアの胸が痛んだ。