40.王妃エリザベート
王妃エリザベートはここのところイラついていた。
彼女の愛息である王太子ジョシュアと懇意にしているマリアベルが、学園の教師から単位を買っているとの噂を聞いたからだ。
いてもたってもいられなくなり、午後のお茶の時間に王宮の庭園にトマスを呼び出した。
エリザベートから問い詰められたトマスは冷めた紅茶を前にして、青ざめた顔で座っている。
最初は認めなかったものの、厳しく問いつめ教師の名前を出したらしぶしぶ白状した。
「どういうことなのか説明してくれるかしら? ウェルストン卿」
エリザベートはせわしなく扇子で仰ぎながら、トマスを詰問する。
「マリアベルは貴重な聖魔法の使い手なのです! ですが、魔力が弱いため学園の授業についていけなくて魔法科目に関してだけはやむにやまれず単位を買いました。その他は決して不正はしていません!」
「不正? それ以前の問題よ。魔力がほとんどないと聞いたわ。そんな者を王族に入れられない! 側室の話はなしということでいいわね。今後二度とジョシュアに近付かないように言っておいてちょうだい」
「そんな! マリアベルとジョシュア殿下はお互いを想いあっています!」
「王族の結婚というのはそういうものではないのよ。ジョシュアもそのことは重々承知している。全く腹立たしいわ。それよりお前は自分の娘であるアリシアをうまく制御できていないそうじゃない」
「はい? あの娘は従順ですが?」
トマスが不思議そうに首を傾げる。
「それならば、なぜ勝手に魔法科に転科したの? 最近ではカフェテリアでジョシュアと食事もしないと聞いたわ。マリアベルがジョシュアに付きまとっているから、まるでジョシュアが浮気しているような言われ方をしているのよ? どうしてくれるの!」
エリザベートは扇子をバチンと音を立てて閉じた。
「では、早急にアリシアにはカフェテリアで食事するように言い聞かせます」
「生ぬるいわ! それでは駄目よ。魔法科から普通科に戻してちょうだい」
エリザベートの言葉にトマスはさらに青くなる。
「しかし、それは私が決めたのではなく、前ウェルストン侯爵が決めたこと」
「学費を払っているのはあなたでしょう? アリシアを寮ではなく、まず実家に戻しなさい。きちんと教育しなおしてちょうだい。いまのままではアリシアも次期王太子妃としてふさわしいとは言えないわ」
トマスが滝のように流れる汗をふく。
「アリシアは、あのように見えて、母親のジェシカに似て頑固なところがありまして、うちの妻と上手くいっていない――」
そこまで言いかけた時エリザベートが癇癪をおこし、バンと音を立ててテーブルを叩く。
彼女はこめかみに青筋を立てていた。
「今、従順だと言っていたじゃない! 寮費を止めれば済むでしょ?」
「そ、それでは我が家の体面が!」
ウェルストン家の入婿とはいえ家督を継いでいるにも関わらず、弱腰で煮え切らないトマスが無様に見えて、エリザベートは深くため息をつく。
「わかったわ。別の家から婚約者を探すわ」
「どうかそれだけはご勘弁を」
トマスがテーブルに頭をこすりつけるように頭を下げる。
「なら、小娘の一人ぐらいどうにかなさい! それからアリシアの持参金の話なのだけれど」
「えっと、それはですねえ」
持参金の話になり、更に歯切れの悪いトマスにエリザベートはさらにいら立った。
アリシアとジョシュアの婚約は、前国王並びに現国王、前ウェルストン侯爵主導のもとで決められてしまった。
エリザベートは何よりも、それが気に入らなかった。
(私ならば、もっといい娘をジョシュアのために見繕えた。家柄だけが取り柄のあんな陰気な娘は気に入らない)