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39.魔法の鏡――再々

 カフェテリアの一件から、二週間ほどアリシアは取り付かれたようにアミュレット作りに集中した。

 とんでもない勢いでストレスがたまったせいだ。


 寮に戻ると、毎日のように普通科の女生徒たちが待ち構えているから、それを躱すのもひと苦労だ。


 彼女たちは何とかして、アリシアにマリアベルの悪口を言わせたいらしい。アリシアは辟易としていた。


 それにアリシアが実家で冷遇されていることは今や公然の秘密のようになっている。

 舞踏会で着ていた型遅れのドレスを見れば、流行に敏感な貴族は誰でも気づくだろう。


 昼休みに食堂へ行くと、血相を変えたブライアンとサミュエルに挟まれたミランダが、困り顔でアリシアに向かって手を振ってくる。


(何かトラブルでもあったのかしら?)


 ここのところサミュエルはふらふらと魔法科の食堂に現れて、ブライアンとよく話している。


 そのせいか、いつの間にか魔法科に知り合いも増えて、サミュエルの交友関係が広がっている。


(うらやましいわ。どうやったら、すぐに人と打ち解けて仲良くなれるの?)


 アリシアが彼らのもとに行くと、ブライアンが口を開く。


「アリシア、あの鏡は本物だ。邪悪な魔法道具だよ」

 真剣な表情を浮かべて言うので、アリシアは不安になり、サミュエルとブライアンを交互に見る。


「ええっと、まさかとは思うけれど、夜中に二人で時計塔まで行ったの?」

「ああ、俺はあの禍々しい鏡と二度も対峙した。褒めて欲しい」

 サミュエルが意味不明なことを要求してくる隣ではブライアンがずんと落ち込んでいた。


「いえ、でも規則違反ですし……」

「アリシア、君のために見に行ったんだが?」

 いつも微笑みを浮かべているサミュエルが、珍しく難しい顔で答える。しかも呼び捨て。


「私のためですか? どうしてサミュエル様が?」

「アリシア、ここは魔法科なのだろう。ならば、その流儀に従ってサミュエルと呼んでくれないか?」


 これで二度目だ。サミュエルは妙に押しの強いところがある。ここで押し問答をするよりもアリシアは話を先に進めたかったので妥協した。


「では、サミュエル、何が見えたのですか?」

「相も変わらず、将来の俺の最低で軽薄な姿だ」

 その言葉を聞くと、サミュエルがアリシアを嵌めたのではと考えてしまう。


「それは誰かを陥れたとかですか?」

「俺は断じてそんなことはしない」

「サミュエル、落ち着けよ」

 今まで落ち込んでいた、ブライアンがちょうど良いタイミングで会話に加わった。


 アリシアがミランダに視線を送ると、彼女は処置なしというように肩をすくめた。

「ブライアン、昨夜いったい何があったの?」

「この間サミュエルが一人で魔法の鏡を見に行ったって話の流れで、次の満月に一緒行こうって話になったんだ」


「どうして、そんな話になったの?」

「サミュエルがアレは本物だってきかないから、魔法科の僕が確かめようと思ったんだ」

 どうやら二人は意地の張り合いになり、お互いに引くに引けなくなったようだ。

 ブライアンとサミュエルは二人そろって、夜中の二時に時計塔に忍び込んで魔法の鏡を覗き込んだと言う。


「僕の将来の姿が見えたんだ」

 落ち込んだブライアンの様子に、サミュエルは憂鬱そうなため息をつく。


「俺は二回連続で、同じものを見たぞ。あれは、行動を変えても未来は変わらないってことか?」


「未来ではなく、悪夢だとしたら?」

 アリシアの言葉に二人は同時に首を振る。


「リアル過ぎるよ」

「十分起こりうるものだ。それにフランだって、未来を見て的中したんだろ?」

 サミュエルの言葉にアリシアは少々慌てた。


「その話は秘密だって……」

「この際だ。情報は共有しよう」

 サミュエルが勝手に決めてしまったので、アリシアも黙ってはいられなかった。


「共有してどうするつもりなの? 何かが変わるとでも?」

「検証したいことがあるんだ。アリシア、もう一度鏡を見に行こう」

 アリシアは困惑した。あのようなものを見るのはもう嫌だ。


「サミュエル、少し話を整理させてちょうだい」

「アリシアが行くなら、私も鏡を見に行きたい」

「え? ミランダ?」

 ミランダが、アリシアを見て力強く頷いた。


「魔法科の生徒として検証したい。だってアリシアも、ブライアンもサミュエル様も恐ろしい未来を見たのでしょう? 私の未来も恐ろしいものか確かめてみたいの。それに検証例は多い方がいいよね。それで悪夢なのか未来なのか判断する材料も増えると思う」

 ミランダの言うことには一理ある。


「じゃあ、決まり。次の満月に行こう」

「サミュエル、ちょっと待ってよ。勝手に決めないで。それにミランダは、家から通っているのよね?」

「あ、そっか、私、夜中まで学園にいれない」

 ミランダががっくりと肩を落とす。


「時間までアリシアの部屋に待機していればいいじゃないか?」

 なんでもない事のようにサミュエルが言う。


「そうだけど……正面玄関から寮には入れないわね。寮の生徒たちは全員顔見知りだし……貴族ばかりだから。ミランダ、ちょっと外で待たせちゃうけど大丈夫?」

「え?」

 ミランダが小首をかしげる。


「寮の門限が八時なのよ。寮監が八時に正面玄関に鍵をかけてから、裏口に鍵の確認に行くの。その後、私が裏口の鍵を開けることになるから八時過ぎちゃうかなあ」

「何でアリシアが、寮の裏口の鍵をもってるの?」

 ミランダは声をひそめつつも興奮を隠せない様子だ。


「卒業生からもらったの」

 アリシアは卒業間際のフランからもらった鍵をまだ持っていた。

「女子寮って、そんな緩いの?」

「さあ、よくわからないけど。捨てる理由もないし、なんとなく持ってた」

「なんか、すごく意外だけど……。よろしくね、アリシア」

「うん、任せて」


「アリシアって、なんかお嬢様らしくないよね?」

 ブライアンがあっけに取られて言う横で、サミュエルが腹を抱えて笑っていた。

「面白過ぎるだろ!」


 そこでアリシアは疑問を口にする。

「ところであなたたちはどうやって寮を抜けるの?」

「窓からに決まっているだろう?」

 当然のようにサミュエルが答え、ブライアンが頷く。


「ちょっと待ってあなたたち何階に住んでいるの?」

「僕は二階で、サミュエルは四階だけど、こいつよく寮抜け出しているから大丈夫。心配ないから」

 そう言ってブライアンがサミュエルを指さして笑う。


「嘘でしょ?」

「信じられない!」

 アリシアとミランダが口々にいった。


 サミュエルもブライアンも結構とんでもない人たちだった。



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