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38.ジョシュアの求める答え

 ジョシュアはサミュエルを探していた。


 サミュエルはジョシュアの他の学友たちと違い、いろんな場所に友人がいて顔が広い。

 そしてなぜか、魔法騎士科の下級貴族や下級生からも慕われていて、彼らの訓練に付き合っていることもあった。


 だが、一国の王太子が公爵家の次男を学園中探しまわるのも示しがつかないので、数人の学友を使ってサミュエルを探させた。


 ジョシュアは今、正しい答えを求めているのだ。

 

 教室で自習していると、やっとサミュエルが現れた。

「殿下、お呼びでしょうか?」

「改まらずともよい。公務ではなく、友人として接してくれ」


「わかった。なにかあったのかい?」 

 サミュエルの気軽な口調を聞くと、なぜかほっとする。


「実は昨日カフェテリアでマリアベルとアリシアが喧嘩になってね」

「え? そうなんだ」

「サムはいつも早耳なのに何も聞いていないのか?」


「いや、噂は聞いたが……。アリシア嬢が気の毒だったと言っていた」

 ジョシュアが憂鬱そうな表情を浮かべる。


「困ったものだな。実際にはアリシア嬢が勝手に被害者になっていただけなのだが……」

「へえ」

 サミュエルの反応はジョシュアが期待したものではなかった。


 それどころか全く興味がないようだ。


「サム、お前にはアリシア嬢への伝言を頼んだが、その時何か気づいたことはなかったか?」

「いや、相変わらず不器用な人だなと思っただけだよ」


「不器用か……。実は今の話を踏まえて相談があるのだが、母上がアリシアを正妃に据え、マリアベルを側室にしてはどうかというのだ」

「はあ?」

 サミュエルが素っ頓狂な声を上げる。


「サム、これは内々の話だ。まだ公にはなっていない」

「ジョシュア、側室制度は悪しきものとして、二代前の国王が廃止しなかったか?」


「母上はそれを復活させようとしている。アリシアは社交に向かない。だから、実務はアリシアで社交はマリアベルにということになった」

「それは決定事項なのか?」


「まだ父上の承認をとっていない」

「復活させたら、民から反感をかうぞ。その覚悟はあるのかい? それと一つ疑問なのだが、マリアベル嬢は外国語ができるのか?」


「だから、アリシア嬢を正妃に据えるんだ」

「外交はアリシア嬢がやると言うわけか?」

「アリシア嬢は社交下手だ。アリシア嬢にはマリアベルの通訳をやってもらう」

 ジョシュアの言葉に、サミュエルが首を傾げる。


「マリアベル嬢は他国の政治や文化に精通しているのか?」

「……そこは、母上と私でフォローしようと思う」

「実務のためだけにアリシア嬢を正妃に据えるのはどうかと思う。優秀な文官を雇えばすむのではないか?」

 サミュエルの疑問はもっともなものだった。


「アリシアが魔法科に行く前にこの話をしたが、彼女もお前と同じようなことを言っていた。マリアベルを正妃にして自分を文官に雇ったらどうだと」

「うっわあ」

 ジョシュアの言葉にサミュエルは明らかに引いていた。


「そういう反応をされると話しにくくなる。私はそれほどおかしなことを言っているだろうか?」


 サミュエルは顎に手を当て考えるそぶりを見せる。


「前時代の話をしているのかと錯覚してしまいそうだよ。しかし、そうまでしてアリシア嬢を正妃に据える理由ってなんだ?」

「母上が、マリアベルの血を王室に入れたくないと言うのだ」


「へえ、マリアベル嬢は出自が怪しいのか。ジョシュアはそれでいいの?」

 サミュエルの瞳に一瞬侮蔑の色が浮かんだ気がして、ジョシュアは少し不安になる。


「私の意思は関係ない。ただ粛々と王太子としての義務をこなすだけだ」

「俺はどちらかを選んだほうが、国民も受けもいいと思う」

「それが出来ないから困っているのだ」


「困るも何もないじゃないか。粛々と王太子の仕事をこなすっていうのなら、それで解決だ。あとは国王陛下のご判断をあおぐだけだろう? 俺に相談することでもない」

 サミュエルが不思議そうな顔で聞いてくる。


「君はてっきり、私にマリアベルとの結婚を勧めてくるのかと思っていた」


「王族の結婚にどう口を挟めと?」

 呆れたようなサミュエルの軽い口調に、ジョシュアは肩透かしを食らった気分だった。


 というのもジョシュアはサミュエルに、アリシアが不当な扱いを受けている気がするから、ウェルストン家を調べてみろと何度か忠告を受けていた。


 いくら王太子とはいえ何の証拠もないのに、ウェルストン侯爵家を勝手に調べるわけにはいかないし、トマスに聞いたとしても否定するだろう。

 

 それにマリアベルの無邪気な明るさをみていると、アリシアが家で虐げられているなど想像もつかない……。



「君はアリシア嬢を気に入っているのかと思った」

「なんで?」

 首を傾げるサミュエルに不審な点はない。

 

「この間、魔法騎士科の掲示板のそばで深刻そうに話していた。それとも喧嘩をしていたのか?」

「ああ、あれか。顔を合わせる度にカフェテリアに行くように言っていたんだが、俺が少々しつこかったようで困らせてしまった。優秀だが内気な人みたいだから」

 ジョシュアはサミュエルの返事を聞いてやっと安心した。


 サミュエルは自覚あるのか、ないのか定かではないが、次男で跡継ぎでもないのに驚くほどもてる。


 魔物討伐から帰ってからはなおさらだ。


 だから、アリシアの気をひいているのではないかと心配していたが、杞憂だったようだ。

 

 

 サミュエルの実家ロスナー公爵家は肥沃な領地を持っていてなおかつ、伯爵領、男爵領などいくつもの領地を所有している。


 だが、将来サミュエルはそのどれも継がない名ばかりの貴族となる。


 彼の周りに群がる女生徒はそれを知っているのだろうか。

 それとも知らずにサミュエルにまとわりついているのか。

 

 ジョシュアは、サミュエルが何も継がないことを知った時の女子生徒の反応を見てみたいと思った。


(子供の頃から、サミュエルの周りにはいつも人が集まる。まるで彼の周りだけ明るく照らされているように……、サミュエルは王族の重責をまるで知らないから自由にふるまえるのだ)


 何も背負わない気楽な奴だとジョシュアは思った。


(私は権力の伴わない自由などいらない)

 

 



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