32.フランとの再会
休みの日にサミュエルと共に、フランのもとへ行くことになってしまった。
当日は天気も良く、アリシアはサミュエルの馬車でフランの住むユベール家のタウンハウスを訪問した。
サミュエルはサロンへ、アリシアはフランの部屋へと案内された。
当然のように、サミュエルはそのことに異議を申し立てたが、フランが「あなた、女性の同士の話に割り込むつもり? 紳士としてどうなの?」といって押し切った。
部屋に入るとすでにお茶の準備が整っていて、フランはすぐにメイドを下がらせた。
レースのカーテン越しに麗らかな日の差す穏やかな風景。
ティーテーブルには美味しそうなクッキーやタルトにサンドイッチが並んでいる。
だが、アリシアは緊張のため手をつける気にはなれなかった。
「サミュエル様はいいのですか?」
フランが、アリシアのカップに湯気の立つ紅茶を注いでくれる。
「いいのよ。サミュエルには聞かれたくない。そんなことより、今日は来てくれてありがとう」
「フラン様、どうしてサミュエル様に頼んだのですか?」
「あの挙式のとき、私は気分が高揚していて、おかしな態度をとってしまったでしょ? だから、アリシア様に怖がられているかと思って。それにあなた真っ青な顔で私を見ていたし、その後倒れたって聞いから念のため頼んだの」
それがわかっていてどうして呼び出したのかと思う。
なんだか、そわそわと落ち着かない気持ちになって、世間話もなしにアリシアから切り出した。
「それで……フラン様、お話と言うのは?」
「実はね。あの時計塔で見たことをすべてをあなたに話したわけではないの。ただ将来が変わったのは確かなことよ。本当は、挙式で私がシャルロットに刺されるはずだった」
「何ですって! フラン様はあの方が入ってこないように対策を講じたのではないのですか? まさかご自分が刺されるつもりで?」
フランが苦い笑みを浮かべる。
「未来を知ったことで余裕が出来たのね。刺されても私は一命をとりとめて、男の子を産む。それがわかっていたから、パトリックが泣き叫び、悲嘆にくれる姿が見たかった」
「え?」
フランがふふふと声を上げてわらう。
「あの晩、魔法の鏡をのぞいたら、とぎれとぎれの映像が流れ込んできたのよ。私だって、直前まではシャルロットの行動を追っていたわ。止めようと思えば、多分止められたと思う。でも、魔がさしたとでもいうのかしら。鏡に映った通りにパトリックが泣いて懺悔して、私に永遠の愛を誓う姿がみたくなったの」
フランの瞳が熱を帯び、口元が緩む。彼女の恍惚とした表情を前にして、アリシアはごくりと唾を飲み込んだ。
「……そんな」
「アリシア様はお優しいのね。結果、パトリックは命がけで私を守って、私に懺悔して永遠の愛を誓ってくれた。そして今、私のお腹の中には赤ちゃんがいる」
「……」
「あなたも鏡をのぞいたから、わかっているだろうけれど、あそこに映る未来は断片的な映像。だから、私のどの行動が未来をかえたのかはわからない。でも未来はきっと変えられる。あなたに直接それを知らせたかった。あなた、絶望していたようだから……。それに正直にいえば、この体験は文書には残したくなかったのよね」
フランは穏やかな表情にもどり、そこに邪悪さはないのにアリシアの背中に怖気が走る。
「アリシア様、あなたは私を怖いと思う? それとも軽蔑する?」
「怖いわ。でも、軽蔑はしない」
「顔色が悪いわね。無理にお茶に付き合わなくてもいいわよ。でも最後に聞かせて。あなたは狂おしくなるほど、誰かを愛し求めたことはないの?」
フランは気が強く、貴族令嬢とは思えないくらい単刀直入にものを言う。
危うく口を開きそうになって、アリシアは思いとどまった。
これ以上、フランと会話を交わせば、自分の見た未来を感づかれるか、洗いざらい話してしまいそうな気がした。
心のどこかで、フランを警戒しているのだ。たとえ話したとしてもフランは傍観者に徹し、アリシアを助けてくれないだろう。
だったら危険を冒すべきではないとの結論に達した。
「フラン様、見当違いです」
「え?」
フランが驚いたように軽く目を瞬いた。
「私は鏡をのぞいていない。私が見たのはただの悪夢です」
アリシアはきっぱりと言い放つ。
「では、あなたはその悪夢を通して変わってしまったのね。きっと未来も変容しているはず。アリシア様の幸運を祈るわ」
フランは『悪夢』と言ったが、アリシアが鏡をのぞいて未来を見たと確信しているような口ぶりだ。
実際にその通りなのだが、それについてフランと語りあうつもりは毛頭なかった。
結局彼女との接点は魔法の鏡だけで、もともと相容れない。
(鏡の向こうの私は、いまわの際に『来世ではきっとあなたと結ばれますように……』と祈った)
「気持ち悪い」
アリシアは小さく呟いた。